譚之四 ほつれあう 閑話 その壱
その村では 鬼を神と崇めていた。
”鬼神様…鬼神様っ! …鬼神様!! 我らの村に繁栄を! 我らを貴方様の庇護の御元におおき下さいまし、石女に貴方様の御神力をもって子を授け給え、鬼神様、鬼神様っ! 我らに守護と繁栄をお約束下さいまし…鬼神様!…鬼神様!!…我らにっ! …我らにっ!! 我らだけにっ!!!”
それは祈りというよりはむしろ呪いであった。
人の心には闇が存在するという。
だからといって誰がそれを責められるというのだ。
長々と唄うように口ずさむ彼らの視線の中央、血に黒ずんだ質素な石壇の上、巫女の衣装を纏わされた一人の少女が四肢の自由を奪われたまま横たわる。
長い長い唄が終わり、一人の男がしづかにその 手を挙げる。と、それを合図として少女の目が開かれた。
夢と現つをしばし彷徨った少女が、自身に迫り来る刃が現実の自身の身の上に降りかかる災いだと知ったときの聞くもの全ての体毛を一筋残らず逆立てずにはおかない最期の悲鳴。
そして、女が四肢を封ずる麻縄と血の滲むのもかまわず暴れる様は見るものすべてに狂気を漂わせた。
そして、少女は、動かなくなった。
年に一度、村の者達は よそより見目麗しい処女をさらっては、それを贄として鬼神に奉じた。
別に驚くには値しない、人間が他の動植物達の頂点に立つと自認したとき、最高の贄は人となったのだから…
少女の美貌に貼りついた最期の恐怖。
噴水のように沸き上がった女の血に彩られながら歓喜の表情をたたえる顔、顔、喜悦!
*
源初、鬼も神もいなかった。
すべて、人の欲望が産み落とした。
血を食し続けた丸い石壇が現実の鬼となって彼らを支配するようになるのはまた後の話である。