譚之参 春の嵐 その壱
僕の中で”もぞり”と身じろぎするものが在る。
僕はそいつと闘い続けなくてはならない。
あれから一月、僕と同年代の者達の不思議そうな視線にも慣れた。猫も杓子も大学に行く時代だものなぁ。
まぁ、もっとも、僕はそれを人が言うほどに悪いと思っているわけではない。ある程度人の集まりというものができると、なにかしら基準となるのが必要となるのだろう。とりあえずは、ただ生まれついたというだけで差別される社会よりはまだましのだろうから。そしてそういうふうにして人間という生き物は、泥にまみれてあがきながら進歩していく事を宿命ずけられたものなのだろう…
僕の中の存在がこの町に密集する妖しの気配に呼応しているのを感じる。それがわかる ようになったということは、僕が彼らに一歩ずつ近づきつつあるという証拠なのか…
*
一弘に、青瀬という男はあれ以来、暇を見つけてはよくこの町を訪れるようになった。
特に一弘なんかは、僕がここの仕事―朝の掃除、渡り廊下の雑巾掛け等の幾多の雑用―をやって いる間の一見と一見の良い遊び相手だ。
二人にしてみれば遊び相手がいるというだけで嬉しいようだし、彼にしてみれば自分のつくる”ある意味天才的な発明品”の口上を容赦なく聞かせる相手が増えたという事はこの上ない喜びであるわけだし、まずは良い事だ。
ま、いつものパターンとしては彼の持ち込む”ある意味天才的なガラクタ”をしばし珍しそうに眺めてはほんの少し奴の演説に聞き入り、そしてその事自体に飽きたらそいつを壊すということなどを繰り返し、毎回懲りずに鬼ごっこをやっている。
彼にとってたいがいの騒動に慣れてしまったこの町の住人というのは、彼の発明に付随する騒動さえ些細なことと言ってくれる良き理解者というものにされている。
当然のごとくそれは、一方的な見解だが…
どんがら、がっちゃんっ!!
「…………」しばしの沈黙
「一、二見ぃぃっ!!」
「きゃぁーっ」
「ごめんなさぁーいっ!!」
どたどたどた
「むぁーてぇいっ! きさまらぁっ! これで二十五作目だぞっ!!」
「細かいことを気にする奴は女にもてないよーんっ!」
「あのっ? 数えてたんですかぁ!?」
「つーかまったら、おしりぺんぺんしながら破壊された二十五体分の説明をみっちり聞かせちゃるっ! かくごしいやっ!!」
「きゃーっ」
「えっちいっ」
「誰がっ! オレ様はなぁ拓と違ってロリコンじゃぁねぇんだよぃっ!!」
ばたばたばた
『自身の名誉のために言っておくが、子供好きとロリコンの間にはかなりの隔たりがあると思う。ふうっ 後始末は全部僕なんだけどなぁ…』
しかし理解に苦しむのは、青瀬という男だ。彼がこの町に来るのは彼の奇特な趣味、すなわち”妖怪オタク”であるからだろう。つまり僕とこの町に住む者達を観察する為だ。
初め、彼のような接し方をする人間にこの町の住人は戸惑っていたようだが、あらゆる意味で裏表のない彼の性格は、人の本性を見抜く彼らにはおおむね好意的に受け入れられたらしかった。
だがなぜ彼は僕に好意的に協力してくれているのだろう。
まぁ、彼の膨大とも言える妖しに関する知識は僕を驚かせるとともに、大いに役に立つものだったのだが。
しかし青瀬の人を小馬鹿にしたような口調はなんとかならないのだろうか、彼はそうやって好んで自身の敵を増やしているような気がする。