譚之弐 忌譚 余闇
人の踏み分けし道少なき森の中、宵闇に紛れて二つの影が疾る。
前をひた疾る影からさらに細かな影が一つ、二つと地に滴る。その臭いは野性の獣欲を呼び醒ますもの 血だ!!
追われる者、形状しがたき影を持つものは 今、深く傷ついていた。それでもそいつは猿のごとく木上を疾る。
そのものの能力も並ではなければ、さらにそいつを追う人影、異形のものを傷つけた者の技量も並ではい。
追う者、その闇をまとったような漆黒の人影の唇は今、笑みの形に歪み、その眼差しは異形の影に ひた と張りついて離れない。
刹那
異形の影は、ぐらりと揺れた。力を失ったかのようにそいつは地面にドサリとその身を叩きつけた。そして、追う者もまたそれにあわせて地に降り立った、両の足で音もなく。二つの影、人に似て非なる影をもつものともう一つの人影との距離は まだ縮まらない。
人影はそいつが力尽きたのではないことを、そいつが最後の力を、全身からふりしぼるようにしてたわめていることを知っているからだ。
数秒後、ふたりの影にとっては長の刻
そいつの中の力がぎしりと音をたてて軋み、そいつは二つの距離を傷ついたものとは思えぬ速さで縮め、二つの影は交錯し、異形のものの背には新たなる漆黒の影が増えていた。
そして、倒れ死ぬ間際、そいつは生き残った影の持ち主に「裏切り者の血族めっ!!」と一言、血の怨嗟を残した。
言われた人影はそれにただ冷ややかな笑みを持ってのみ答え、無造作にそのものに近づき、新たにそいつに加わった影、漆黒の刃を引き抜くとそいつを解体し始めた。
数刻後、炎に照らしだされた美貌は、あろうことかそいつを嬉々として貪り喰らい始めた。
そいつの身体から生えていた四本の腕のうち、三本は鋭利な刃物によって美事に切断されていた。残った一本の腕の獣毛をその炎で焼き払い、そして喰らう、そいつの切断された切り口を満足そうに見つめ、その上半身を炎に投げ込み、そして喰らった。悪夢のような、彼女にとっては至福の刻が過ぎた後、そこに残されたのは異様に肥大した男の性器をぶら下げた腰と、そして猿鬼と化した人の頭のみ。
そいつを血の臭いを嗅をつけてきたやつらに放り投げ、野獣達の骨を噛み砕く音の不気味に響く中、炎にその身を照らしだされた彼女は、口の端にまだ乾かぬ血を滴らせながら甘美な眠りについた。
剛胆と言えばあまりに剛胆、無謀と言えばあまりに無謀な美貌の主じであった。