譚之弐 忌譚 その拾
顔は消えた。
僕の五体に百八の符が貼りめぐらされ、奴の意識が自分の中へ、もぞりと入ってきたところまでは覚えている。
断絶
「お前はどっちだ?」そう尋いた祖父の険しい顔が僕の次の記憶だった。
そして、”僕”は今ここにいる、妖しと妖しの血脈の集う町”捨里”と呼ばれるこの町に…
*
「まぁさんっ、あーそぼっ」
二人の童女の声が僕を現実に戻した。
「うふふっ、あのねぇ、あのねぇまぁさん」
二人がおかしくっておかしくってたまらないといった感じで互いに目配せして僕を見た。
なんか、嫌な予感っ。
「障子って、何度破いてもあきないのねっ」
「拓ちゃーん、ちょーっと、こっちいらっしゃあい」
小母さんの猫撫で声が僕を呼んだ。
そして、僕はしっかりと怒られた。
「…くどくどくど…、ホントにもうしっかりしてもらわないと、何のために拓ちゃんにお給金はらっているんだかわかりゃあしないわよ……くどくどくど…(中略)…、ただでさえあの二人には手を焼いているんだから…」
いつもの日常を横目に平和にお茶をすするここのご主人の方をときたま眺めながら、僕はよくよく長話の好きな人だと、ため息をついていた。
彼女の説教が終わり、僕は、童女たちと鬼ごっこをやっていた。
「こらっ、まてっ!」
僕が怒られる様子を開けた障子の穴から覗き見していた二人はわりとあっりと捕まった。
捕まったところで 僕が彼女達の行動を束縛できないと思ったらしい。
甘いっ!
”トンッ”軽い音をたててガラス製の八角形の箱が二人の童女を囲う。そして二人は動か なくなった。
『どうだ、祖父ちゃん特製”呪言の檻”っ!』
「まったく、ここで障子を張り替える間ぐらいはおとなしくしていてくれよ」
『まーさん、冷たいっ…』
『ふふっ、こうでなくっちゃぁ! 障害が大き くてこそ二人の愛は燃え盛るのよーっ!! …あれっ?…なんか違ったかなぁ!?』
しかし、束の間の平和は一人の男の来訪によって破られた。
「おーい、拓うーっこの天才様自ら足を運んでやったぞ、感謝したまえ、”えばりっ!”おーいっ、一見ぃ、二見ぃ。ついでに拓ちゃぁん。土産持ってきてやったぞ、あれぇっ!? おっかしいなぁいつもは飛んでくるのに…、あっ拓ちゃんみーっけ! おや、嬢ちゃんだち何してんの? そんなガラス箱の中で あーあ、可愛そうな事するなぁ拓ちゃんは、どれどれ、白馬の王子様が助けてあげましょう麗しのお姫様がた」
「わっ、ばかっ!やめろっ!!」
僕がそう叫んだときには既に手遅れだった。
「わーいっ お兄ちゃん、ありがとっ」
「お兄ちゃん 好きよっ
「かっ、ずっ、ひっ、ろぉーっ!」
「俺、何か悪いことしたかぁ?」 邪気のない顔でそういう友の顔、そして貼り替えたばかりの障子が無情にも破かれる音を聞きながら僕は思った。
『俺、何か悪いことしたかぁ?』