譚之弐 忌譚 その七
蘇奈 一弘は すっかりと冷めきってしまった自分の湯飲みから、目の前に座る一人の男にわざとらしく視線を移動させた。
テープルの向こう側で 青瀬は先ほどから自分の記憶の抽斗から何かを掘り起こす作業に埋没していた。
夜中の、正確には午前の三時近くに訪れた青年を彼の家族は何も言わずに家にあげた。どうやら拓磨の関係者だと思っているらしかった。
「思い出した、語られていない部分を」
唐突ともいえるタイミングで、男は一人納得したように呟きを漏らした。
「本当か!? 何なんだっ? もったいつけてないでさっさと教えろっ!」
思わず青瀬の方へと一弘は身を乗り出して尋いた。
感情が素直に行動に出てしまうのは彼の最大の欠点でもあったが、美点でもあった。
「そう慌てるな。ところで、お茶がぬるくなったのだが、煎れなおしてはくれないのかな?」
勢い込んで詰め寄った、その気勢を削がれた一弘は、青年のその尊大ともいえる態度に不快を露にはしたがそれでも しばしの葛藤の後には 好奇心の方がそれに勝った。
「わーったよ 煎なおしゃぁいいんだろ、煎れなおしゃあ」
せめてもの抵抗とばかりに文句を言いながら、「ほらよっ」と言って荒っぽい音を立てて湯飲みをおく。
「なぁ 蘇奈、お茶というものは少なくとも沸騰しまくるお湯というもので煎れるものではないぞ」そんな一弘の心情にはおかまいなしに青瀬は煮だったお湯の入れられた湯飲みを柔和な笑みで見つめると、その笑みを崩さずに注文をつけた。
「文句言うな、この天才様自ら煎れてやった茶だぞ、ありがたく飲みやがれっ! それよりちゃっちゃと思い出したとかいうことを話せっ!!」
「ああ、しかし 話す前に一つ尋いておきたい事があるんだが」
「前置きはどうでもいいからちゃきちゃき喋べらんかい!! うっとうしい」
そう言った時、青瀬は珍しく真摯な顔を見せてはいたのだが、待たされることが何よりも嫌いな一弘にそれに気づく余裕は無かった。
「そうか、ならまぁいい、簡潔に言うとだな お前の友人、富井 拓磨は鬼と化す」
淡々と極めて冷静に、彼は衝撃だけを述べた。
「鬼いっ!?、と、いうと地獄にいるというあれかぁ?」
「そう、そのあれだ」
素っ頓きょうな声を上げた蘇奈を横目に、呑気に、そろそろ頃合いになったお茶などをすすって、日向の老人のような微笑みをうかべつつ彼はそう言った。
その人畜無害な行動から青瀬の心情を推し量るなどという芸当は蘇奈には不可能だった。