譚之弐 忌譚 その陸
「…」
祖父はそう言って苦い表情を見せた、年老いた彼はそこに何を感じとったのだろうか。
「ここまでが、一般に知られている部分、そしてここからがもっとも重要な語られていな部分だ、喝あつっ!!」
突然の気合、祖父は僕の意志とは関わり無しに動きだした僕の右腕に懐から出した”符”を気合とともに貼りつけた。刹那僕の右腕が一度”どくん”とのたうち それで動くのを止めた。
「顔が出てきて支配を始めるのが、七日目、後小一時間程でお前の全身に根が張りめぐらされる、いいか、よく聞け、”根”の意志は殺せる、しかしお前の中に張り巡らされた根は新たな主じをお前のなかから見つけ出す、そうだ、お前の中にある誰もが持つ負の感情を新たな主じとして成長しだす。
「それで、僕はどうなるんです」
妙に冷めた意識のなか、自分の声がひどく虚ろに響いていた気がする。
「妖しとは、人の心の闇から生まれ、人が心の闇に呑まれて産まれるものだ」
「…」
「そうだ、化生、特に人間は鬼と化す」
「助かる方法はないんですか?」
この時程の深い絶望感を僕は生涯決して忘れ得ないのだろう。
「二つある。一つは鬼と化す前に死ぬこと…」
「…、もう一つは?」
口ごもる祖父を急かすように僕は尋いた、僕はただ祖父の次の言葉に光明を見いだしたかったのだ、例えそれが微かな光明であったとしても…
「そして…、そして もう一つの道は表面に出てきた己の鬼を支配すること」
「…」
期待した光明は余りにもわずかすぎた。それは死刑宣告にも等しいものだった。自分の欲望と相対して、それに勝てる人間なんているのだろうか?
”死”
その時の僕の冷めた意識はそれが最善の方法だと答えた。しかし僕はまだ生きていたかった、猛烈に、初めて僕が”生”というものに執着した瞬間だった。
「ただ一人、それに成功した者がいるにはいる…」
僕は祖父の顔をじっと見据えて次の言葉を待った、僕はたとえわずかでもさらなる光明を手にしなくてはならなかった。生き延びるために…
「役の行者」
期待していた光明は余りにわずかすぎた。
顔がエサを噛み砕く音がやけに重たく僕の耳にのしかかった。