譚之弐 忌譚 その伍
友人達 ―まぁ、一人は今日知り合ったばかりなのだが― が半ば強引に祖父に追い返された後、しばらくはまたあの重苦しい沈黙がこの部屋を支配していた。
「”顔の名は”根”と言う」
長い長い沈黙の後に ようやく祖父はただそれだけを僕に云った。
「”根”?」
「”根”とは、その名の通り取り憑いた者の体の中に根を張りめぐらし、その者の体を奪っていくという妖し」
祖父はあまり”根”について語りたくないようで、そこで言葉を切り、次の言葉を発するまでに かなりの間ができた。
「そして”根”とお前の意識は次第に入れ替わってゆき、お前と”根”との意識が完全に入れ代わったとき、お前の意識を持った”根”の部分が落ちる。それと同時にお前の意識は死に絶え、”根”が富井 拓磨の体を操る…、そういう目的のために造られた人造の妖しよ」
「人の造った?」
「くけけっ、その通りよ。なかなかの博学じゃねぇかよ、このくされチンボッ!! グゲッ!」
蘇奈に代わって顔にエサを与えていた母が祖父の言葉に その手を一瞬止め、その隙に”顔”が騒ぎだしたが、それでも母は黙々と単調な作業に戻っていった。まるで何もかもが遠い世界の出来事だとでも言うかのように…
「そうだ、人の造った妖しよ、人が神になろうとして造ったもの… いや、その試みはことごとく失敗したと聞くが、その過程のなかでさまざまなものが産まれた、この”根”もそのうちの一つよ」