譚之弐 忌譚 その四
「母さん、帰ってきたくれたの」
僕は、半ば帰ってこないものと諦めていたから素直にその疑問を口にした。すると母は僕の頭を結構な力で蹴飛ばすと「一人息子を見捨てたら誰があたしの老後を見てくれるんだい」と言い放った。
しかしそう言って一応は笑った母の表情の中に僕は不安と怒りとが同居しているのを見つけてしまった。
「ふむ、なかなか厄介なものに憑かれおったな、拓磨」
「祖父さん、そんな説明はどーでもいいから普段神社で遊んでいる分こーいう時ぐらい勤勉に働いておくれよ」
やはりそうやって舅に軽口を叩く母の目はやはり不安げに見えた。
「そうもいかんのだよ これは 結論だけを先に言っておくとな、拓磨、そいつは祓えん」
しばしの思案の後、祖父はしぼりだすような声でそれだけを告げた。
「おい、じじいっ!いいかげんな事を言うなよ、今じゃ人面疽なんて珍獣程度のものだろうが!! マンガでも大抵の奴はぺぺぺのぺーっ! と祓われるのが定番ってもんだろうがっ!!」
『一弘が本気で怒った顔を見たのはいつ以来のことだったろうか』
「それにはな、語られてない部分があるんじゃよ」
「語られていない部分?」つめよる蘇奈を沈痛な面持ちで見ながらも淡々と告げられた祖父の言葉に、そこで初めて好奇心を露にして陽がそう尋いた。
「この話を聞いて一番辛いのは拓磨、お前だ。それでも聞く勇気がお前にはあるか?」
祖父は、彼の質問には答えず、普段は決して見せることもない険しい顔をして僕等を見回し、そしてその視線を最後に僕へとゆっくりと戻して そう尋いた。
「ええ、聞かせてもらいますよ、なんといっても自分の身の上に振りかかっている災いですから ね」
大の字に寝ころがってそう祖父に告げた僕の態度は あるいは尊大に見えたかもしれない。