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終章:神の二度寝

 かつて、人々から祈りにのせて問い続けられてきた。


 “全知全能の神は、自分でも持ち上げられない石を作れるのか?”

 愚問だと思っていた。だが、今ならわかる。


 この問いは、“完全とは何か”、“矛盾を抱えたまま存在できるのか”

 ――それを量るための問いそのものだったのだ。


 私は石を作れる。

 今の私には持ち上げられない石を。

 しかし、次の私なら持ち上げられる。

 そしてその次は、さらに持ち上げられない石を作り、またその次がそれを持ち上げる。

 私は、永遠に未完成であり続けるために自分自身を更新する構造を選んだ。


 完全は、止まることだった。だから私は、止まらないほうを選んだ。

 不完全は、世界を乱すものではなく、世界を動かす。

 大老が恐れたそれは、私の中ではずっと昔から息をしていた。


 私を形づくり、壊し、また作り直す。まるで波が岩を削り、岩が波を返すように。

 完全ではなく、不完全という名の永遠を、選び直すために。



 ……暗闇の底で、何かの呼吸があった。

 乾いた土の匂い。

 焚火の弾ける音。

 温度のある世界の気配。


 ぼんやりと取り戻した意識の中で、彼――ハルは横たわっていた。


 光のベールに包まれ天界から離れたはずの彼は、

 今、どこか遠い場所。生まれゆく世界の入口にいた。


 天も地も形を成さない、それでも確かに新たな世界の匂いがする場所。

 目を開くと、焚火の火の粉がゆらりと宇宙へ飛んでいく。


 ハルは、自分でも理由がわからないまま呟く。

「……夢、か」


 声には嘲笑も諦念も混じっていたが、ほんの少しだけ、安堵の温度があった。


 夢ではない。だが現実とも言いきれない。


 神として生まれる前の、最初のひと時。

 人が生まれる前の記憶を持たないように、ハルもまた、この曖昧な一瞬を夢と呼ぶしかなかった。


 ハルは、微かに笑う。

「……ったく。生まれ変わって最初に見る景色が焚火って、もっとこう……豪華な演出とかないのかよ。シンのやつ、手を抜いたな。」

 弱く、けれど確かにハルらしい文句だった。


 そして静かに目を閉じる。

 歩き出す前の、短い休息。

 いずれシンのところへ辿り着くまで、寄り道をしながら新しい神として。


 火の粉が、またふわりと揺れた。

 それは、”神の二度寝”する場所としては、ほどよく美しかった。

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。


この物語は、いわゆる全能の逆説(omnipotence paradox)

「全知全能の神は、自分でも持ち上げられない石を作れるのか?」

という問いが、ずっと頭の片隅に残っていたことから書き始めました。


もっとも、このパラドックス自体、

ずいぶん人間側の論理で組み立てられた問いでもあります。


なぜ、そんな質問に答えなくてはいけないのか。

今ごろハルなら、鼻で笑っているかもしれません。


完璧な答えなんて、提案書やテストの中でしか求められていない気もします。

不完全でも、それでも出した答えなら、ちゃんと自分なりの答えなのだと。


この物語が、少しでもそんな気分になれる時間だったなら、嬉しいです。


さて、そろそろアラームが鳴る時間です。

ページを閉じたら、皆様の世界の続きを、どうぞお楽しみください。

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