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第11章:不完全と完全の闘争

「第三時限、不完全の終焉を証明してあげよう。完全への修正。再構成を開始する。」


 低い声が響く。

 大老の姿が、中心に浮かんでいった。


 もはや、模していた“人”の形は捨て去っていた。

 光と影の筋肉、光で文字の書かれた鎧、そしてその中にわずかに残るのは顔があった。

 笑っているのか、泣いているのかもわからない。


 大老が咆哮した。

 次の瞬間、幾億光年の光景が一斉に押し寄せた。

 城が崩れ、都市が燃え、星が散る。

 そのすべてが、数秒のうちに繰り返される。

 私はその渦の中に立ち、ただ一歩、前へ踏み出した。


 大老の模倣は、私の動作だけではない。かつての思考すらもコピーしている様であった。

『不完全を消すという』目的のために、利用されている。


 過去の私を模して、大老が直接攻撃してくる。

 そのすべてを受け入れ、私はただ歩いた。

「なぜ……、避けない……?」


「完全を求める君には、不完全を理解できない。避けないという選択肢を、模倣できない。それは、ここでの最適解ではないから。」


 拳が私の胸に突き刺さる。

 しかし、大老の拳には光が流れ込んだ。

 それは拒絶ではなく、受容すること。


 大老の身体が震えた。「これは……何だ……!」

「理解できないだろ。地上で学んできた、そのものを受け入れられるか。」


 私は胸に突き刺さる大老の拳を掴み、低く言った。

「完全を超えるものがあるとすれば、それは不完全だ。」

「……。」

「不完全であることを理解する。君の求める完全も、その中にある。」

「……不完全の中の完全?矛盾だ!」

「そうだ。君も私の創った大事な世界の一部だった。なら、君も不完全の中の完全として必要なのさ。」

 大老の瞳が揺らぐ。

 そこには怒りも恐怖もない。ただの純粋な困惑。

「理解できない。私の中では、君はただただ完全な神であった。」


 言葉とともに、光の格子が破裂した。

 白が黒へ、秩序が混沌へ、すべてが融け合ってひとつになる。


 私は大老の装飾となった光を纏い、至近距離で自らの拳を振り抜いた。

 ゆがんだ衝撃波が中心を貫き、大老の身体を内側から打ち砕く。

 光が漏れ始め、一部は砂となり大老の足元へ落ちる。


 先ほどの衝撃波で、静寂が天界に広がる。


 崩れ落ちる大老を見下ろし、私は低く言った。

「大老。完全は、過去の私の不完全の影にすぎなかった。」


「不…完全の影?」

 大老はなぜ自身が崩れかけているのかを、理解できていない様子だ。


「完全は、常に不完全との表裏一体で存在している。だから、不完全を抱きしめてこそ、ようやく完全が生まれる。」


 大老の表情が、初めて穏やかに変わった。

「……それが、不完全の中の完全。」


 私は頷いた。

「不完全があるからこそ、完全がある。」


 大老の光が、静かに消えていく。

 その最後の瞬間、かすかに笑ったように見えた。

「……なるほどな、ようやく理解ができた。不完全を許すか許せないか、それだけの違いだったとは。」

「さすが、大老戒導者だ。見込んだだけはある。」

 大老は、やっと探していた答えを見つけられたことに安堵した様子で光と砂に変わっていった。


 世界が、指示もなく再構築を始める。

 瓦礫が浮き、取り込んでいた地上を戻し、風が流れ出す。


 私を取り巻いていた緊張が一気に緩み、戻りかけの天地に膝をついた。


「……終わった。」


 その呟きは、終わりではなく始まりの前触れのようであった

 戻りかけの柱の下で、ベールに包まれたハルが、かろうじて形を保っていた。

「神嫌いの君には苦行になるかもしれないが、……これは特例だ。」


「黒幕も、ほぼ一瞬で倒せるとは、さすがは“元”全知全能。」ハルは衡者らしく、戦闘を評価していた。

「残念なことに、もう全知全能神に戻ってしまったよ。」


 掌をかざすと、ベールの光がゆっくりと脈打ち始める。


「衡者から神になるとか……俺、出世コースか?」薄い声とともに、ハルが乾いた笑いを漏らす。


「どちらかといえば、失楽かもしれんな。」

 ベールはやがて開き、ハルの身体は粒子のようにほどけて天界の上層へ舞う。


「……神ってのも悪くねぇな。」

「また何巡か、寄り道でもしてこい。」

「へへ、いつも通りだな、シン。」


 ハルが完全に光に変わる直前、その光は、微かにシンへ頷いた。


 私はひとり、静寂の天界に立っていた。

 広がるのは、見覚えのある無数の階層。

 玉座へと続く、冷たく硬質な道。

 一段、一段、歩みを進めるたびに、靴音が虚空に響く。

 重さはない。だが、その音は確かに重厚であった。

 私は思考する。

 ――完全を求めることは、矛盾の否定だ。

 ――だが、人は矛盾の中にしか生きられない。

 ――私は、その矛盾を抱いたまま、歩むことを選んだ。

 大老が模倣し得なかった「不完全」。

 それこそが、私の完全性だ。

 視界の果てに、黒曜石のように輝く玉座が姿を現した。

 無数の神格が、挑み続けた玉座。

 私は迷いなく歩みを進め、玉座へと腰を下ろす。

 背に冷たさが伝わる。


 ――矛盾をも凌駕する全知全能の救済。

 これは私の選んだ座だ。私は目を閉じ、玉座の静寂に身を沈めた。

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