聖なる夜に
「お疲れさまでした」
抑揚のない声でそう告げ、俺は部室を後にする。
時刻は午後六時。
数日後にはクリスマスを迎えるかという季節で、あたりはすっかり暗がりが濃くなっている。
俺は、この時間の下校が嫌いだ。
なぜなら、この時間は学校のバス停にバスが止まらないので、少し遠くまで歩く必要があるからだ。
そして何より――
「やっほ。今日も終わりが遅かったんだ?」
この時間には、いつもこの人がいるからだ。
制服から、同じ学校だということは窺えるが、名前と学年とクラスは知らない。
ただ、いつもこの時間のバス停にいる。
入学当初、部活が長引いた影響で、このバス停を初めて利用したとき…
履き慣らしたローファーに、ボロボロのスクールバッグを手にしているこの人に話しかけられたのが始まりだった。
それからというもの、部活の終わりが遅い日には、毎回この人に話しかけられている。
……話しかけてくるから嫌いなのではない。
ただ、相手の顔立ちが整っているせいで、遊ばれている感が否めないのだ。
そんな自身の疑心暗鬼ぶりが嫌になるので、こういう人とはなるべく距離を置くというのが俺の見解だ。
さらに、決まって毎回二人きりなので、気まずいったらありゃしない。
「セッションが長引いて。」
問いかけに対しても、つい端的に答えてしまう。
「今度、軽音部でコンサートやるんでしょ?見に行くからね」
「来なくていいです。」
ぶっきらぼうに放つ俺の言葉に、彼女はわざとらしく頬を膨らませる。
やがて、その場には沈黙が訪れる。
何分程度そんな時間を過ごしただろうか、その静寂を破るように乗り場にバスが到着する。
が、先に並んでいた彼女はバスに乗らずに立ち止まり、俺に先に乗るように促してくる。
それに従ってバスの中に入るなり、一人席に腰を落ち着けた。
二人席だと、彼女が隣に座ってくるので厳禁だ。
「……あの、座席に座らないんですか」
俺の横でつり革につかまり立っている彼女に、抑揚のない声で尋ねてみる。
「私だって、君が一人専用席に座らなければ座りたかったよ。」
「僕だって、あなたが隣に座らないのならば、二人席にも座ります。」
「冷たいなぁ…会ったばっかの頃は耳に息をかけられて喜んでいたのに。」
「喜んでないです」
これ以上話すと俺の名誉が危ういので、これ以上深掘りしないでおこう…
とはいえ、俺のせいでこの人が立っているんだと思うと妙に居た堪れないので、席を譲ってみることにした。
「どうぞ、座ってください」
座席から立ち上がった俺は、空いた席を手で指してそう言う。
そんな俺の気遣いを受けて、彼女は目を丸くした。
そして、丸くなっていた目はやがてニコッとした細い目に変わりーー
「じゃあ、そうさせてもらおうかな!」
彼女は、明るく頷いた。
彼女の頬が赤らんでいるのが気になるが、喜んでいただけたのなら何よりだ。
その後、彼女が座席に腰を落ち着けてからは、俺たちは一言も交わすことなく帰宅した。
十二月二十三日。
二日後に迫るクリスマスコンサートに向けたセッションは、今日も長引いた。
クリスマスなんて、世のカップルたちが公的にいちゃつく日だというのに、非リアの俺がおとなしくそれを祝わなければならないことに腹が立って仕方がない。
クリスマスなんて、なくなればいいのに…
中学二年生の冬から、僕はそう感じるようになっていた。
そして、この時間ならば必ずあの人もいるだろう……
非常に億劫だ。
バス停につくと、案の定あの人はそこに立っていた。
しかし、いつもと様子が違う。
どことなくそわそわしているように見えるのは、気のせいではないと思う。
「や、やあ。今日も遅かったんだね…」
うん。あきらかにおかしい。
いつもなら、出合い頭に軽口の一つでも飛んでくるはずだ。
「体調でも悪いんですか」
「へ!?あ、いや……別にそんなことないよ?」
「ならいいですけど……顔も火照ってるし、無理はしないでくださいね?」
「わかってるってば!」
珍しく取り乱しているが、大丈夫だろうか……
本当に体調不良だったら、面倒とか見てやった方がいいんじゃないか…
そんなことを考えている俺の目に、まぶしい光が差し込む。
ふと顔を上げると、ちょうどバスが到着したところだった。
バスのドアが開くと、今日の彼女は俺に順番を譲るでもなく先に二人席へと乗り込んだ。
それに続いて俺も乗り込む。
今までだと、一人席に腰を落ち着ける流れだ。
しかし、彼女の体調が悪いとなれば話は別。
今日のところは赤く染まった耳を抑えてうつむいている彼女の隣に腰を落ち着けた。
座る瞬間、彼女はこちらに振り返るなり目を丸くして二度見した。
「君って意外と、鋭かったりする?」
「え?…まぁ、口調が冷たいとはよく言われますが」
「んー、どうやら私の勘違いだったみたい」
口元に笑みを浮かべながら彼女はそう言う。
何のことかよくわからないが、勘違いならそっとしておこう。
「ねぇ、クリスマスって暇?」
バスに乗り込んでから十数分といったところだろうか。
彼女から、そんな声がかけられた。
「明後日は軽音部のコンサートです。先輩も知っているはずでしたよね?」
「先輩…か…」
「今何か言いました?」
彼女の口からボソッと何かが聞こえた気がしたのでそう問いかけた。
「いや、なにも。そういえば、コンサートだったね……」
やけに声のトーンが暗くなった気がする…
それに、『絶対見に行くからね!』とか返されると思っていたのに、全くそんなことがなかったことにむしろ驚きを覚える。
「じゃあ、イブの夜……いつものバス停で。」
彼女がそう言い終えると、ちょうど彼女の最寄りのバス停にバスが停車する。
「そんじゃ、また明日」
「ちょまっ!」
慌てて呼び止めるが、彼女はいそいそと降車してしまった…
今日の彼女は、感情が測りきれなかったな……
いや、いつも予想だにしない行動はしてくるが、そうじゃない。
なんか、根本的なところから違った。
まるで、別人を見ているようだった…
「お疲れさまでした。」
十二月二十四日。
俺はいつも通り、挨拶をして部室を後にする。
よし、この後の予定をおさらいしておこう。
まず、何食わぬ顔でバス停に赴き、あの人にあいさつをされるからそれに軽く返す。
そして、いつも通りバスに乗っていればやがて我が家の最寄りのバス停だ。
そう、いつもと変わらぬ夜。
イブだからと言って、昨日の別れ際のあいさつに意味があったとは限らない。
期待してたようなそぶりを見せれば、何を言われるか分かったもんじゃない。
……まぁ、別に期待してたわけでもないけどね。
誰を納得させるためかわからない言葉を脳内で繰り返しながらバス停へ向かった。
場所はいつものバス停。
時間帯も、自販機のラインナップもいつも通りなバス停。
ただ、一つだけいつも通りではないことが起こっていた……
あの人がいない――
赤と緑に彩られていた内心が黒一色で塗りつぶされる感覚を覚えた。
俺は全く、成長していなかった…
クリスマスが嫌いになった中学二年生の冬。
当時の俺には恋人がいた。
小学校の卒業式に俺が告白されたのがきっかけで付き合ったのが始まりだ。
周りの家族や友達からは、こんな年齢から恋人がいるなんておかしい云々言われてきた。
未来の自分たちがどんな道を歩むのかなんてことは気にせず、ずっと一緒にいられるだろうという根拠のない自信を愛情と呼び、義務教育課程中でありながらも充実した生活を送っているつもりでいた。
――その年のクリスマスが訪れるまでは。
聖なる夜、待ち合わせの時間を過ぎてもやってこない恋人を心配し、あちこち探しまわった挙句に発見したのは、恋人とクラスメートの浮気現場である。
そのとき俺は、子どもの恋愛なんてものは所詮、ごっこ遊びの延長線上に過ぎないということを悟った。
まさか、十四歳にしてそんなことを気軽に相談できる相手がいるわけもなく…
俺のメンタルは、濡らした覚えのない紙みたいに、気づいたら破けていた。
きっと、毎日バス停に立っていたあの人は、きっとそれほど悪い人ではないんだろう。
でも、ただの明るい女子高生の言葉に対して内心で一喜一憂していた自信を振り返ると、あの時のごっこ遊びを真に受けていた時から自分が成長していないことを実感させられた。
その事実がとてもむなしく、俺の周りを包む暗がりが強くなった気もした。
……というか、比喩表現ではなく完全に視界が黒でおおわれているぞ。
目に何かが覆いかぶさっている感覚だ。人肌の温みを感じる…
って、手!?
まてまて、温度差を考えてみろ!!
いまの、完全にブルーな雰囲気だったはず。
そんな物思いも吹き飛ばすように、耳元に聞きなじみのある明るい声が届けられる。
「だーれだ」
その声を聴いた瞬間、俺の瞳からは涙があふれ始めた。
「ちょ!濡れて――。って、えぇ!?泣いてるの!?」
「泣いてなんかっ…なぁあ」
とか言いつつも、言い訳ができないくらいに顔は涙でぐしょぐしょだし、声も裏返ってしまっている。
「もしかして、寂しがったりしてくれた?いつも私が早く来ているからね」
明るく柔らかい声での問いかけに、俺は声を出さず首を振って『いいえ』と伝える。
「じゃあ、何があったのか、詳しく話せる?ほら、とりあえずこれ飲んで。」
キャップが外れた状態で渡されたペットボトルの飲料水を口に含み、少しずつのどに流しこんでいく。
やがて落ち着きを取り戻した俺は、自分の過去について赤裸々に話してみせる。
一通り聞いた彼女は、柔らかく息を漏らし
「やっぱり、寂しかったんじゃん」
と、背中を優しくさすってくる。
「もう、大丈夫。」
俺が生まれて初めて自分の過去を打ち明けた相手は、この人生で一番暖かい夜を、俺にプレゼントしてくれた。
今の俺に必要なのは、過去を顧みることじゃなく、身近な人のちょっとした温かい言葉だったのかもしれないと思った。
「でもね、さとるくん。私はもっと早く相談してほしかったな。」
「え、どうして僕のなま――」
意味深な発言に対する俺の問いかけは、唇に当てられた彼女の指によって制止させられた。
「同学年なんだから、当たり前でしょ?」
言いながら、彼女は自らの制服のリボンを指す。
「赤色!?ってことは一年生!?」
この学校は、女子の制服に付属するリボンの色が学年カラーになっている。
そして、僕の所属する一年生の色は赤色。
つまり、この人は一年生だったわけで……
「うそ、めっちゃ年上だと思ってた」
ついつい素で言葉を返してしまう。
「お?一気に砕けた口調になったねぇ」
「同学年なら、そんなに気を使う必要もないかなって」
「おぉ…なんかきっぱりしてんね」
「よく言われる」
一気に会話のテンポがアップした気がするのは気のせいではないだろう。
要因は、ためだと分かったからというのもあるが、きっと温かい言葉をかけてもらったのが一番影響していると思う。
「あの…」
感謝を述べようとしたが、名前がわからない…
表情からそれを読み取ったのか、彼女は手短に自己紹介を済ませる。
「私は一年D組の犬養にこ。よろしくね。」
「あぁ、えと」
「一年C組の西野幸雄くん、でしょ?」
「さっきから詳しくない?」
「だって同じ図書委員じゃん。本当に覚えていないんだね…」
「え!?そうだったんだ。ごめん、委員会はほとんど行けていないから…」
「それも知ってるよ。C組ってD組とペアで当番だから、いつも忙しくしてるんだよ?」
あ、まさかのパートナーだったか……
「それはもう、なんというか…すみませんでした。」
「よろしい。今度からちゃんと来てね」
「はい……」
感謝を伝えるどころか、新しく会話を始める糸口を見失ってしまった……
どうしたものかと悩んでいると、俺が口を開くより先にバスが到着した。
それに乗り込んだ俺たちは、二人席に隣同士で腰を落ち着けた。
その後の帰路は、他愛ない雑談に講じている間に気づけば過ぎ去っていた――
十二月二十五日
コンサート当日であり、二学期の終業式でもある。
終業式は何事もなく終えられ、今は三十分後にコンサートを控え、曲順や軽い打ち合わせをしていた。
会場には、すでにちらほらと人の姿も見られる。
しかしコンサートに行くと言っていた犬養さんの姿はまだ見られなかった。
コンサート開始五分前。
まだ犬養さんの姿は見られない。
でも、俺の心は落ち着いていた。
昨夜の出来事で知ったこと。
それは、犬養さんは俺が思っていたほど悪い人じゃなかったってことだ。
開始零分前。
ドラムのスティックが頭上に掲げられ、今からカウントが開始しようというとき、会場の入り口がぐわっと開く。
その先には、見覚えのあるぼろぼろのスクールバッグを手に下げた犬養さんが立っていた。
「ちゃんと聴いてろよ!!」
ギターボーカルとしてマイクの前に立っていた俺は、ライブの演出を装ったセリフを、昨日まで名前も知らなかった大好きな人へ呼び掛けた。
「お疲れ様。」
「ありがとうございます。」
いつものバス停で、温かい缶コーヒーを差し出される。
今日は俺の嫌いなクリスマス。
だが、そんなクリスマスを好いてみる努力をしようと思った。
このバスの終点、学校の最寄り駅とされる地点まで一緒に乗って、そこにあるイルミネーションの前で思いを伝える。
そう決心し、缶コーヒーのプルタブを引いた。
<犬養目線>
西野幸雄くん。
当時中学二年生だった私が、同い年の彼に恋をしたのはクリスマスの日。
友人にクリスマスの遊びの約束をドタキャンされて、夜の駅前を一人で歩いていた。
そんな私が、同じ学校の上級生に囲まれていたところを助けてくれたのが西野くんだった。
服が破けても、傷ができても、構わず上級生に挑んで私を守り抜いてくれた。
けれど、彼は何も言わずに去ってしまった。
抱えきれない寂しさを感じる背を私に向けて。
どうやら同じ中学校ではなかったようで、もう二度と会うことはないと思っていた。
―――図書委員会の自己紹介で、彼を見かけるまでは。
彼に気づいてもらえるように、学生かばんもローファーも、あの時と同じものを着用して、いつも帰りの遅い彼を、少し遠くのバス停で待つ日々を送っていた。
そして今夜。
私は、このバスの終点である、助けてもらったあの駅で西野くんに告白する。
そう心に決めた私は、ちょっと固いコーヒー缶のプルタブを引いた。
<西野目線>
緊張でうまい言葉が浮かばず、結局無言のまま、気づいたらバスの到着時間になっていた。
もはや当然のように隣同士で二人席に腰かけるも、会話は一向にスタートしない。
心なしか、犬養さんまでもが緊張しているように見える。
しかし、ここで覚悟を決めなければ。
コンサートもうまくいったのだ。俺なら大丈夫!
「「あの!」」
不意に声が被った。
お先にどうぞと譲られたので、今度こそ勇気を振り絞って…
「み、見せたいものがあるから、一緒に終点まで乗ってほし…くて……いやだったら全然だいじょ――」
「私も同じこと、言おうと思ってたよ」
いらん付け足しをする俺の唇に人差し指を当て、言葉をかぶせる犬養さん。
同じこと?
それってつまり……
そういうこと…なのか!?
それからというもの、バス内は静寂に包まれていた。
しかし、不思議とこの沈黙は、とても居心地がよく感じた。
『お待たせいたしました。終点、駅西口です」
運転手のアナウンスが車内に響く。
終始カチコチだった俺たちは、バスから降りるなり再び固まってしまう。
「それで…見せたいものって?」
先に口を開いたのは犬養さんだ。
「じ、じゃあ、ついてきて!」
俺は、彼女の手を引いてその場所まで案内する。
そして、イルミネーションの前には、それほど時間をかけることなく到着した。
一本の大きな木を彩るLEDが華やかな光を放っている。
「久しぶりに見に来たけど、やっぱりきれいだなぁ…」
「そう言ってもらえてよかった。」
言って、イルミネーションに向けていた体を犬養さんの方へ向ける。
犬養さんまでもが緊張した表情に変わる。
大きく息を吸って吐く。
跳ねる心臓の音が大きく響いている気がして五月蝿い。
犬養さんに聞こえているのではないかと不安になるほどに。
喉がこわばって声が出しづらい。
が、それでも伝えなきゃ。
「犬養さんーー」
<犬養目線>
華やかな光を放つイルミネーションが施された、クリスマスツリーの前。
私は、緊張を隠しきれない表情の西野くんと向き合っていた。
彼の顔は耳まで赤く染まっており、服の裾をギュッと掴んで、頑張って何かを伝えようとしているようだった。
伊達に学生をやっていない私は、一瞬でその行動の意図を理解できた。
彼は、真剣な眼差しでこちらを見つめ…
「犬養さんーー」
告白の言葉を口にするのだった。
<20年後>
「お母さん、クリスマスのパーティーまでに帰ってくるかなぁ」
不安げな瞳で、寂しさを露わにして問いかける娘に、俺は答えた。
「きっと来るさ。」
「なんで分かるの?」
「お父さんは、お母さんのそういうところを好きになったからだよ。」
今日はクリスマス。
俺が一年で一番大好きな日だ。
初めまして、もしくはこんにちは。
夜風なぎです。
本作は、私の活動報告にて、『クリスマスに投稿する予定だよ』と告知をしていた短編小説になります。
しかし、24日に体調を崩したことが影響して、投稿が一日遅れてしまいました。
申し訳ありませんでした。
病に負けず、自分の書きたいことをいっぱい描いた渾身の一作です。
よかったら、評価、リアクション、感想のほどよろしくお願い申し上げます。
さて、ここからはちょっとした告知です。
今月28日に、今連載中の代表作の最新話を更新する予定ですのでそちらも併せてご確認いただけたらと思います。
最後に、ここまで呼んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
来年こそは、『クリスマス当日』に!さらに素敵な物語を提供できるよう尽力してまいりますので、来年もお見かけになられたら是非クリックお願いします!!
追記:一部の描写を、コンプライアンスの観点から修正しました。より多くの人にこの作品を楽しんでもらえるよう、年齢制限を解除するにあたっての判断です。読みやすくなっていると思いますので、ぜひ高評価いただけると幸いです。




