17 ダンスが踊れないので帰ることにします
聖 女 :フローラ・レイナ(白)
悪役令嬢:アリシア・ヴァレリ(黒)
皇太子 :オスカー・ヴァル(赤)
隣国の皇太子:ヴァン・セドリック(紫)
イザベル・サンダー(なし)
「もう、帰るの?」
声を聞いただけでわかる。
沸いてきたオスカーだ。
「オスカー様、ご挨拶もせずにすみません。やっぱりこういう場所は苦手で。お先に失礼しますわ」
一応、人がたくさんいるところだから、丁寧に挨拶をして帰ろうとした。
「帰る前に、1曲だけ踊ってくれない?」
そう言って、オスカーが片手を私の前に出す。
これは、本当に無理。
「申し訳ありません。私、ダンスが踊れませんの」
チラッと会場を見ると、おそらくイベントを終えたアリシアがヴァンと華麗にダンスを踊っていた。
アリシアは悪役令嬢という設定のアリシア・ヴァレリに、誰かが転生している。
だから、令嬢としての知識や経験を持ってる。
でも私は、もともと異世界から転生してきた設定のフローラ・レイナに転生しているから、この世界の知識や経験がない。
ダンスも踊れないのだ。
だから、キミカナでもフローラのダンスシーンは出てこない。
「オスカー様。あちらのご令嬢がダンスに誘ってほしそうにオスカー様を見ていらっしゃいますよ。踊りたいなら、別の方をお誘いください」
そう伝えて帰ろうとして、また手を掴まれる。
こんなに周りから注目されていたら、手を振り払えないじゃないか。
「ダンスがダメなら、散歩に付き合ってよ」
オスカーにそう言われて、困る。
オスカーには、許嫁と再会してもらわなければいけない。
…走って、逃げるか?
どうしようか考えていたら、誰か知らない女性が近づいてくる。
「あら?オスカーではなくて?」
くるっとした瞳の、素敵な女性だ。
どこぞのご令嬢なのだろう。
お金がかかっていることがわかるドレスを身につけている。
「ああ、イザベル・サンダー嬢。とても…久しぶりですね」
オスカーがそう言って微笑んでいる。
イザベル・サンダー?
誰だそれ。
キミカナを何度もプレイしている私が知らないなんて。
メインキャラクターではないはず。
「本当にお久しぶりです。オスカー様が、全然、呼び寄せてくださらないから、私から来ましたの」
そう言って、オスカーと腕を組む。
もしかして…
「聖女様、こんばんわ。私、オスカー様の許嫁のサンダー家のイザベルと申します。オスカー様とは学友でいらっしゃるのですよね」
そう言われて、敵意を持たれていることはすぐにわかった。
イザベル、大丈夫。
私は、オスカーとどうこうなる気はない。
「ええ。私とオスカー様はただの、た・だ・の!学友ですわ。オスカー様は、友人も親族もいない私のことを哀れに思って、かまってくださっているだけですの」
自分には敵意がないことをイザベルにアピールする。
それがイザベルに伝わったようで「そうですか」とオスカーに向きなおった。
「そういうことでしたら、オスカー様。ダンスにお誘いいただけませんか?」
イザベルが片手を出す。
こうなることを望んでいたのに、胸が痛い。
すっと、後ろに足を引く。
ゆっくりとその場を離れて、人ごみに紛れて外に出た。
私はダンスが踊れない。
やっぱり、部屋に籠っていればよかったなと空を見上げた。




