~ 迎えざる者、来たりて ~
一人旅の静けさは、自由と孤独の両方を抱えている。
しかし、その自由は思いがけない出会いによって破られることもある。
この章では、マサミが「助けるか否か」という選択を迫られ、望まぬ形で都市社会の権力の渦へと足を踏み入れる瞬間を描く。
迎えざる者は、果たして災厄か、それとも新たな道標か――。
わたしは、一人旅を始めた。
少し寂しさはあるけれど、気ままに景色を楽しみながら進む旅も悪くない。
最初に来た時より、魔法も剣も身についている。旅を楽しめるというのは、やっぱり良いものだ。
ただ、一人旅だからこそ、魔物や、どこの世界にもいる野盗には注意を怠れない。そこさえ気をつければ、とても気楽なものだ。
……そもそも、旅人が少ないこの世界で野盗って成立するのかな。まあ、いいか。
食べ物も、村で「食べられるもの」と「食べられないもの」を教わったおかげで、少し工夫すれば贅沢とまではいかないが、十分に楽しめる。
それにしても、本当に“道らしからぬ”場所を歩くことになるんだね。遠くまで旅をするのは、一部の冒険者か旅の行商人くらいだと聞いた。
となると、行商人は自分を守る術を心得ていないとやっていけない。そこまでして珍しいものを探す――それも、この世界のロマンなのかもしれない。そんなことを考えながら、道らしき場所を進む。
この世界は、本当に「旅」や「遠出」という概念が薄い。
こんな地図で迷ったらどうするんだろう。道もほとんど整備されていない。
……そうか、村に軍が派遣されないのは、そもそも「軍を遠くまで送る」という発想がないからか。こんな道を行軍してへとへとになった軍では、何もできないだろう。
帰るのだって大変だ。なぜ転移や移動系の魔法を使わないのだろう。まだ成熟していない世界なのかもしれない。今は憶測でしかないが、街に着けば何かわかるだろう。
長老様は、人間族と獣人族の関係が見た目ほど良好ではないとも言っていた。謎は深まるばかりだ。
夕焼けがきれいだ――なんて言っている場合じゃない。野宿できそうな安全な場所を探さなきゃ。
こういう時、気配察知は本当に役立つ。害意のある相手がわかるのは助かる。
このあたりなら大丈夫そうだ。ぽつんと立つ大きな木が絵になる景色。木に住み着いている生き物も無害そうだし、今日はここにしよう。
一人旅で困るのは、ぐっすり熟睡できないことだ。
水の調和魔法に気配察知をリンクさせておけば、何かが近づいたときに水音で知らせてくれる。範囲も広く、十分に体勢を整える時間が取れる。これで安心だ。
夜は静かだ。自分の心臓の音すら聞こえてきそう。
木陰から夜空を眺める――そういえば、この世界に来てからゆっくり夜空を見上げたことはなかった。
「今日もお疲れ様、マサミ」
そう自分に声をかけ、静かに眠りにつく。
翌朝、日の出とともに目が覚める。
朝食を済ませ、まずは方角と時間を確認する。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
【旅の寄り道コラム】
異世界サバイバルの友「携帯日時計」
時計も方位磁石もない世界を旅するのは、意外と厄介だ。
わたしは過去に、時間を知る手段も、方角を測る道具もない世界を経験してきた。
その両方を解決するのが、この小さな日時計だ。
作り方は簡単。村であらかじめ作り、出発直前に方位を正確に合わせておく。
あとは太陽の高さで時間を割り出し、その時間と高さの関係からおおよその方角を特定できる。
二週間程度なら誤差も少なく、一時しのぎには十分だ。
ただし条件がひとつ――太陽が高さ方向に弧を描くように動く世界であること。
これが成り立たない世界では、残念ながら役に立たない。
元の世界の知恵を持ち込んだ、わたし流のサバイバル術のひとつである。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
荷物をまとめると、わたしは北へと進む。
ただ、このわたしの方法で進むと、どうしてもこういう世界では誤差が出る。
わたしは方角に忠実に進めるけれど、この世界の人は「ほぼそっちの方向」という感覚で、目立つ目印を地図に書き込んでいる。
わたしは、その目印を頼りに地図に合わせた方向修正をしつつ進む。もっとも、目印地図があるだけましだ。それが、村で旅の行商人から買った“地図らしきもの”の正体。
場合によっては、目印を優先するあまり、完全に方角が違っていたって不思議じゃない。それが怖いところでもある。最初に書いた人がメモのつもりで書き込んだものが、意味不明のまま書き写されて継承されていたりとかね。とにかく、不思議地図だ。
今のところは、たぶん順調に進んでいる。目印がほぼ合っていたから。
夜も更けた頃、わたしは今まであったことを何気なく思い出していた。
たった一か月くらいで、いろんなことがあったよね。最初の村で出会ったデディアさん、長老様、村の皆さん。火猛族の村にも行った。みんな元気にしてるかな。
魔物の巣の破壊は怖かった想い出しかないけど、デディアさんの言葉に救われた。
長老様の話も、結局街へ行ってみて、なぜあんな風になっているのか知りたい。
国境の街レスティラントか……今は半分くらいまで来ているから、あと一週間くらい。どんな街で、どんな出会いがあるんだろう。そんなことを思いながら、眠りにつく。
夜明け直前、突如として、一つの足音が水音として聞こえてきた。
わたしは剣を構え、そちらの方へ向いて警戒する。すると、更に大量の足音が水音として響いた。
え、どういうこと? 追われてるの?
気配察知を強める。先頭の人は害意がないみたいだ。
後ろからついてくる音のほうへ集中すると……魔物なのかな、敵意の塊だね。
こういう時、先頭の逃げている人を助けるのが普通なんだろうけど、もしかしたら先頭の人が何かやらかして、後ろの人たちに敵対してしまっただけってこともある。
余計なことに巻き込まれるのは避けたいけど、ここまで近くに来ているとスルーってわけにもいかない。
後方が魔物なら助ける。でも、人の集団なら見極めてからだ。
わたしに直接攻撃するようなら容赦はしないけどね。
後方は分散して多方面から来るわけではなく、一直線に一人を追いかけている構図は変わらない。
前方の人が見えてきた。
わたしは大声で叫ぶ。
「――あのー、急いでるとこ悪いけど、あなた、何か悪いことでもしたの?」
単刀直入、明確に聞く。この状態で嘘をつけるなら、相当時間をかけないといけないし、そんな余裕はない。これで、とりあえず助けるかどうか決める。
逃げている人が走りながら叫び返す。
「私は、レルナード=レスティラントだ。王宮から戻る途中で謂れのない襲撃を受けた。助けてくれれば、礼はする。」
レスティラント……わたしの向かっている街の名前を冠しているってことは、街の領主か親族だよね?
お貴族様か~。目立ちたくないと思っていると、狙いすましたようにやってくる災難ってやつだよね~。
このまま見殺しにはできないか。
「助けてあげるけど、あまり関わりたくないの~。お礼とかどうでもいいから、後は立ち去ってね~」
なるべく関わらないのが一番。
さて、相手が人となると殺すという選択肢は取りたくない。でも、この街から離れたところでどうしようか。
わたしは素早く雨合羽を羽織り、正体をつかまれないようにした。
そして、「このまま駆け抜けて~、後はなんとかしとくから~」と声をかける。
横をとりあえず走り抜けるのを見届け、風で壁を後ろの連中の前に作る。
後ろの連中はその壁に勢いよくぶつかり、ばたばたと倒れた。
態勢を整える前に声をかける。
「わたし、こういうの好きじゃないんだけど~、何も言わずに立ち去ってくれないかな~」
「邪魔だてする気か!」
あらら、相当お怒りだね。しょうがない。土の壁でひょいっと囲む。少し冷静になってもらわないと。
土の壁の外からコンコンとノックして、「こんな感じだけどどうする?」
しばらくは威勢のいい声も聞こえていたが、やがて静かになった。
壁の中が落ち着いたころ、さっきの――なんとか=レスティラントが戻ってきた。
貴族に興味がないから、貴族と分かった途端に名前を忘れた。
「助かった、礼を言う。」
「あ、うん、どういたしまして?」
疑問形なのは、貴族と関わりたくないので、お礼とか正直困るからだ。
「この人たち、どうする? このままでいいの?」
「ああ、早飛を街に出している。すぐに応援が来るだろう。」
早飛? 風飛族の人かな? たぶん飛脚みたいなものだよね。
でも、街から歩いて一週間のところだよ? 早くても二、三日かかるんじゃないの? と思っていた。
そんなやり取りをしているうちに、すっかり夜が明けていた。
わたしは何事もなかったかのように荷物をまとめ、いつも通りに出発しようとした。
「待て、どこへ行くんだ」と声をかけられる。
「わたしは自分の旅に戻るだけ。あとは好きにやって」
背を向けて片手を上げ、そのまま立ち去ろうとした。
「待ってくれ、助けられた礼もせずに帰したなどと言ったら、レスティラント家の恥だ。何か礼をさせてくれ」
貴族様のお礼とか、本当に困るよね。
「こんな言い方すると不敬だ、死刑だとか言われそうだけど、わたし、貴族の面子とかどうでもいいの。さっきも言ったけど、お礼とかいいから。じゃあね」
ここで、この人一人がわたしに死刑だなんて言ったって、顔も見せてないし、この人をしばらく黙らせておけばいいだけだし、さっさと行こう。
そう思った矢先、何やら向かう先に数人の羽の生えた人が飛んで来た。
え? どういうこと? ここ、街から一週間かかるところだよね?
しかも、風飛族と違うよね。羽生えてるし。早飛って本当に飛んでくるの?
目を白黒させているわたしをよそに、「領主様、ご無事ですか」なんてやり取りが聞こえてきた。
「あの者を賓客として丁重に屋敷へ案内してくれ、くれぐれも無礼のないようにな」
え? わたし?
わたしは、囚われの姫となった。
そうこうしているうちに、援軍の第二陣、三陣と到着し、素早く資材が運ばれ、簡素だけど立派な馬車が完成する。
こんなこと出来るんだね。人海戦術だね。原始的ではあるけど、確実な方法。
馬車が完成する頃には、馬まで運んできていた。
街の領主ともなると、凄いね。
一人旅の気楽さは、ほんの一夜で終わりを告げた。
助けた相手が領主家の人間であったことは、マサミにとって「関わりたくないもの」と「避けられないもの」との境界を突きつける出来事となった。
ここから彼は、貴族社会という新たな舞台に否応なく引き込まれていく。
それは、旅人としての自由を失う代わりに、より大きな責任と選択を背負う始まりでもある。




