~ 道しるべはまだ遠く ~
魔物の巣を焼き尽くしたあと、村に平穏が戻った。
けれども、私の心は静けさの中で揺れていた。
この村は優しく、温かい。けれど、ここに留まることは「帰るべき場所」を見失うことでもある。
まだ遠い道しるべを探すために、私は再び歩き出さなければならない。
わたしは、魔物の巣を破壊したことで、ひとまず何もすることがなくなってしまった。
というのも、あれだけの偉業を成し遂げた者に休息も与えず、農作業に従事させるなんて、村の恥だと言われてしまったのだ。
それも分かるけれど、何もすることがないというのも退屈なもので、日がな一日、散歩したり昼寝したりしながら、この村で役立ちそうな生活魔法を考えていた。
火猛族の村で教えた洗濯魔法は、当然この村でも広まっている。他に便利な魔法はないかな。
移動や運搬の魔法は便利だけれど、遠くへ旅をする習慣のないこの世界の人たちにとっては、あまり役に立たなそうだった。
わたしも、きっとこの先旅をするんだろうけど、移動魔法には「行ったことのある場所にしか行けない」という制限がある。
となると、後戻りする必要がない限り、あまり意味はなさそうだ。
旅の行商人に聞いてみても、大陸は広く、人の足では一生をかけて旅をしながら珍しいものを広めることが、行商人の役目だと自負しているらしく、滅多に一度行った村や町に戻ることはないそうだ。
珍しいものを探して、一生旅するのか。そういう生き方もあるんだね。
あまり便利にしすぎるのも考えものだし、これは自分の帰るための道しるべを探したほうがいいのかもしれない。
翌朝、わたしは長老様に、ここから旅立つことを伝えた。
長老様は「村を救ってくれた礼もロクにできていないのだから」と言っていたが、何らかの事情があるのだろうと察してくれて、無理に引き留めることはしなかった。
デディアや、お手伝いしていた農家の人たちはとても残念がっていたけれど、「この村に残っていても、自分の帰るべき場所に帰れるわけじゃない」と伝えたら、皆でせめて旅支度くらいはさせてくれと言ってくれた。
最初に来たのがこの村で、本当によかったとわたしは思った。とても優しい村だ。
火猛族の村が最初だったら、何もできないわたしはどうなっていたのだろう。
でも、「もしも」なんて考えても仕方がない。考えを他所に向けて、自分がどこへ向かうべきかを考えていた。
村に来ていた旅の行商人に、大きな町はないかと尋ねたら、ここから北へ数日――おおよそ二週間ほどかかるらしいけれど、この国ラティーナ王国で三番目くらいに大きな街があると教えてくれた。
名前は、国境の街レスティラント。隣国ベルトニア共和国との国境に接する、国境を管理する街らしい。
ここは王国だから、もしかすると大きな街にはお貴族様とかいるのかな。
街は愉しみだけど、貴族とはあまり関わりたくないんだよね。
街に行ったら、なるべく目立たないように活動しようっと。
デディアたちに「旅は二週間ほどになる」と伝えたら、かなり大きな荷物を寄こされた。
わたしは体が小さいから、やっぱり運搬魔法は必要かも。
召喚獣とか使い魔みたいな存在が荷物を持ってくれるとありがたいんだけど、生憎、そういう魔法は取得できなかった。
運搬魔法の基礎的なものは取得できたので、きっと使っているうちに楽になるよね。自分の特異性に期待しよう。
村の皆に――といっても、特に関わった人たちにだけでもと、挨拶をして回っているうちに、二日が過ぎていた。
いつの間にか、こんなに関わっていたんだね。自分でも驚く。
旅の荷物は、かなりの量だった。保存食に水袋、小さめの鍋、小型の鉈のような道具、訓練の時に使っていた剣を少しグレードアップしたもの、雨合羽のような羽織物などなど。
そして長老様からは、不思議な紋様の入ったペンダントと、「街に行くなら」と少なくて申し訳ないがと通貨をいただいた。
「少ない」とは言っていたけれど、それはきっと、わたしの働きに見合わないだろうという意味だと思う。
大きな金貨十数枚と小さな金貨、それに銀貨がかなりの枚数入っていた。
大きな金貨一枚で街ではおそらく一週間くらい滞在できるらしいから、かなりの金額になるんじゃないかな。
通貨を受け取ったので、行商人からこの国の地図らしきものの写しを買った。もちろん、ぼったくりに遭わないようにデディアについてきてもらった。
商人とは、稼げるときに稼ぐもの。そういう人たちだ。
正式な相場は街へ行ってみないと分からないということで、自力でなんとかしよう。
出発の朝、村の入り口には、村人のほとんどが見送りに来てくれているんじゃないかと思うほどの人数がいた。
長老様とデディアに代表して改めて挨拶をして、村を旅立った。
知っている人全員に挨拶していたら日が暮れてしまうからね。
ここからは、道らしきところを進んでいくことになるらしい。
また、サバイバルの始まりだ。
村人たちの見送りを背に、私は道なき道を進み始めた。
背中に感じるのは惜別の温もり、胸に抱くのは未知への不安と期待。
旅の荷は重いけれど、それ以上に心に刻まれた「帰るべき場所を探す」という決意が私を前へ押し出す。
道しるべはまだ遠い。けれど、その遠さこそが、私の物語を形づくるのだ。




