~ 閑話 雪白庵 ~
フルスクラッチ更新版です。
お店を立ち上げるにあたって、わたしは様々な問題を抱えていた。
大事なことはいくつかある。
この世界では鉛の危険性を証明できる術がないこと。それでも、少しでも使わせない方へ持って行くためになんとかしなければならない。
おしろいの老舗も、危険性を知らずにやっていることで、一概に責め立てるだけでは済まない。老舗を維持するための売り上げ、それによって支えられている家族、おそらく、あれだけの店舗を構え、長い歴史のある商店を潰す可能性さえあること。それに伴う対立。
対立も商店同士の対立だけではない。背後関係のある貴族同志の対立も生まれるかもしれない。貴族同志の対立にわたしは興味ないけど、公爵家に支えられて始めるからには、無関心で勝手にやってくださいとは言えない。
そんなことを色々考えながら、クレオスペリアの魔導機や魔法陣、蒸気機関に囲まれた産業街を散策していた。
レスティラントとは違って、街全体に動きがあって面白いけど、この世界で初めて見る異質な街という一種の怖さがあった。
そんな街並みを散策していると、何か騒ぎがあった。
近づいてみると、商人同士の言い争いらしい。
「おまえのところのあの商品は俺のところの商品とそっくりじゃないか」
「同じようにみえるのは偶然ですよ」
一見、言ったもの勝ち言い逃れ的な話にも見えないことはない。
わたしは、あまり興味なかったので過ぎ去ろうとした時、衝撃的な言葉を聞くことになった。
「お前の美白魔法薬は、おれのところのと同じじゃないのか!」
え?あの危険なおしろいをほかの店でも売ってるの?わたしは耳を疑った。
「あれは、お宅の商品とは全く違うもので作っているから、関係ないはずだ。」
しかも違う成分て・・・
自分が出そうとしているおしろいを出されたってことなのかな?それは、それでいいことなのだろうけど。わたしはちょっと気にかかる事があった。
幸いにして、商人というのは、主力商品はどこでも売り込めるようにサンプルを持っているものだ。
わたしは、こっそり、地図魔法の応用の元素検出魔法で調べた。権利を主張している方の商品は、鉛が見つかった。こっちはたぶん件の老舗「レフィアルド商会」だね。
もう一方の商人の品物を検分させてもらうと、鉛はみつからなかった。しかし、気になるのは、わたしも知っている、甘汞だ。こちらは、透明感と輝きのある水銀おしろいだ。
もう一度水銀をターゲットとして検分させてもらうと、見事なくらい見つかった。
この輝きはラメを入れることで解決できるので、そちらも作らないと、こんどは水銀中毒が増えてしまう。本格的に化粧品を見直すくらい変えていかないと、いけないのかもしれないと思った。
女性の美の追求はとどまることを知らないのはどこの世界でもおなじだ。
とにかく最大の難問は、店を賄う人材を見つけないといけない。
この世界では、店先に店員募集などという張り紙で募集する習慣はない。
どこかの伝手で信用雇用らしい。しかし、わたしにはその伝手が基本的にない。商人ギルドでも募集はできるらしいけど、全くの新商店立ち上げに付き合ってくれる奇特な人はいない。
そんな時に、グラントール公爵夫人セリーナ様からお茶会のお誘いを受けて、行くことになった。
「こんにちは、セリーナ様」
「こんにちはマサミさん」
「その後、おしろいのことはいかがですか?」
商品名はまだ決めていないが商品の販売形態は決まっていたことを説明した。
乾燥肌寄りの人向けのリキッドタイプのチューブに入った手で塗るタイプ。
脂性肌・一般向けで、パウダータイプに、高級感ある鏡付きのコンパクトをつけて、塗りやすさを売りにするためにパフもつける。
3,4か月使える分量で大銀貨5枚、庶民でも使えるように売りたいと話をしたところセリーナ様はキラキラとした目で後押ししてくれた。
そして、水銀おしろいの話を耳にしたことで、水銀の危険性も説明した上でラメ入りのパウダータイプも売りたいことを伝えた。
水銀おしろいの危険性の話は、命を救ったわたしの話だからセリーナ様は一つ返事で信じてくれた。
わたしは、まず基本の二つをその場で土魔法と水魔法を駆使して生成し、サンプルを見せる。
そこへ、土魔法で雲母に酸化チタンを均一にコーティングした粉末を生成する。この時に二酸化チタンにならないように十分な注意を払う必要があった。自分で危険なものを売ることになってしまうから。
きらきらと、虹色に輝くその粉末にセリーナ様は大変な興味を持ったらしく。自分から試してみたいと申し出てきた。
普通は、お付きのメイドとかに試させるものだが、そこはやはり女性である。
わたしは、さっそく、ラメ入りのパウダータイプを生成して、セリーナ様に使ってみてもらうと満足度は抜群だった。
こちらは高級感をもって小金貨一枚か二枚で売った方がいいとアドバイスを受けたが、ええ~それって庶民が一週間食べられるよね。貴族の金銭感覚はわたしには理解できないよね。
あえて、まだ、人材の話はセリーナ様にしなかったが、セリーナ様の方から、人材に困ってるのでは?と話を出されてしまった。
見透かされている。わたしは、観念して、セリーナ様に正直に答えた。
セリーナ様からは、番頭役の執事、店員のためのメイドを貸しても構わないと申し出てもらったが、それではわたしのお店ではなくなってしまうと思った。
期日を決めて、もしわたしに人を集められなかったら人を借りる事で話をした。
そこが重要なのにそれが出来ないのなら、公爵家に運営してもらって、商品を卸すだけと変わらないと思った。
強がりを言ってみたものの、人材に当てがあるわけではない。
何もしないのでは始まらない、そう思ったわたしは、商人ギルドへ募集のお願いをしてみることにした。
商人ギルドでは、案の定、応募は見込めないだろうと嫌な顔をされた上で言われたが、前例があろうが、なかろうがやってみることにした。
募集要件は、販売員通い大金貨3枚/月保障、店長候補通い大金貨6枚/月保障、能力等考慮して給与アップあり、年2回売り上げに応じて賞与あり。
とりあえず商人ギルドの募集はしたので、次のあては冒険者ギルドだ。冒険者で食べていけない人をスカウトする。
冒険者になったはいいけど、向かない人もいる。そういう人は定職につけないから冒険者として食べていくしかないのだ。
冒険者ギルドへ行ってみる。
「こんにちは、エマさん」
「こんにちは、マサミさん。今日はどんなご用件ですか?」
かくかくしかじか、エマさんに説明すると、あの子いつもパーティでも上手くいかなくて困ってるみたいよ。指差した先には知った顔があった。
ちょっと声をかけてみる。
「こんにちは、エミリちゃん」
「ま、マサミ様、ご無沙汰してます。」
エミリはペコペコと頭を下げる。
「上手くいってないんだって?」
「はい、実は・・・」
エミリは内向的な性格が起因して、パーティに誘われても失敗ばかりで、すぐに追い出されてしまっていたそうだ。
性格ばかりはすぐに変わるものじゃないよね。王都には沢山の冒険者がいるからと行っていたそうで、今はこっちに来てるらしい。
「マサミ様に教えてもらったこと生かせてなくて、すみません。」
そう言うと、またペコペコと頭を下げる。
ここじゃ、落ち着かないのでわたしの家で話をすることにした。
「マサミ様の家、クレオスペリアにあったんですね。」
「あーまあ、ここにもあるってだけね」苦笑いして見せる。
お茶を出しながらよくよく話を聞いてみれば、ここで上手くいかなかったら、故郷に帰って親の農家でも手伝おうと思っていたらしい。
聞くところによると、エミリは簡素ではあるが教育を受けていたらしく簡単な足し算引き算、読み書きは最低限できるとのことだった。
なんでこんな子が定職につけていないのか不思議だったが、納得できる理由があった。それは、伝手による信用問題だ。
この世界の商人はとにかく人を信用しない。それが大きな原因だった。
わたしは、意を決して、わたしのお店で働かないかと持ち掛けた。
内向的な性格のせいで戸惑ってはいたが、憧れの星刻のお店という事で働かせてもらえるならと引き受けてくれた。
そして、わたしは、ここで勇気を出して、正体を明かさねばならなかった。今後のためにも必要なことだった。
「エミリちゃん、わたしの秘密知ってもらうことになるけど決して口外しないこと約束してもらえるかな」
エミリは神妙な面持ちで静かに頷く。
わたしは、仮面をとり、ローブを脱ぐと本来のセーラー服姿になった。
エミリは満面の笑みでわたしに可愛いと抱きついた。
「エミリちゃんまって、離れて!」
エミリは、はっとしてペコペコと謝る。
エミリの違う側面が見えたような気がした。
「こっちがわたしの本当の姿なの、あっちは星刻を背負った冒険者の姿」
細かい事情を説明して、もう一度口外しないという約束を確認した。
エミリは、意外としっかりした側面を持っていて、冒険者では発揮できていなかっただけのようだった。わたしと同じように戦うことをあまり好き好んでする方ではなかったらしい。
もし、よかったら、ということで、店長候補として入ってもらうことにした。
エミリの性格なら、裏切るようなことはしないだろう。それはわたしの見立ての信用だ。
それに、この世界で読み書きがある程度できて、算術ができるのはかなり貴重なのだ。
もちろん、商人ギルドで提示していた額は保証するつもりだ。
それから、色々あたってみたが当があるわけでもなく、期限切れで店員についてはセリーナ様から交代でメイドを借りることで話はついた。
そして、セリーナ様にも、自分の正体を明かし、店に来る店員にはセリーナ様勅命の箝口令が敷かれた。
セリーナ様は女の子の秘密はグラントール公爵殿下にも話しませんよと約束をしてもらえた。
そして、セリーナ様からも一つ秘密を話してくれた。
昔、庶民の使うおしろいを顔に塗ったところ、粉は飛んで服が真っ白になるし、顔も仮面を被ったようにのっぺりとしたもので、とてもじゃないけど、使えたものではないというような話をしてくれた。
あれ?それって、おしろいじゃなくてベビーパウダーなんじゃないかなと思ったけど敢えて突っ込みは控えた。
ただ、わたしの難問はこれで終わらない。
お店の名前だ。色々な案を作ってエミリちゃんとも相談してみた。
わたしが、店名に悩んでる最中にエミリちゃんが、ラメ入りの高級おしろいを使ってみたいと言い出した。
店長候補なのだから、やっぱり商品の使い心地を試すのは大事だと思って一つあげた。
翌日、エミリちゃんはビックリするほどラメが決まってテカテカの斑鉄仮面のようになってしまっていた。
わたしは、吹き出しそうになるのを必死に堪えたが、あとでエミリちゃんにはしっかり使い方を教えておかないとね。
その後もお店の名前の検討は続き、三日三晩かかって決めた。
「雪白庵」
雪のように白く、白い肌を守るおしろいを売る。
今までのおしろいは命の危機が「切迫」していることを暗に込めた。
庵には様々な意味が込められている。公爵家の後ろ盾や、わたしの身元の隠匿性、その他諸々だ。
お店の規模は小さい店舗にしている。
グラントール公爵は遠慮せずに大きな店舗で始めたらいいと言ってくれたが、わたしは敢えて小さな店舗を選んだ。
その理由として、庶民でも来店しやすいこと。
貴族向けには配達をすることにした。その点、貴族は元々店にやってくるのは稀で、どのみちお伺い方式なのは変わりないからだ。
そして、公爵家、ここでは領主が後ろ盾であったとしても、堅実な経営をしていますアピールにもなる。ただでさえ、商人ギルドに登録していながら、いままで活動実態がなかったのだ、商人仲間から、貴族をバックにつけた成金がと思われるのは今後のためにもマイナス要素となってしまう。それでも、当然やっかみはあるだろうし、おしろいの老舗からの攻撃や嫌がらせもあるだろう。
商品名も店名の”雪白”とした。
売り文句は
「雪白、チューブとコンパクトで、朝が変わる。」
庶民にも使える新しいおしろいだという事をアピールすることに重点を置いた。
ほぼ、すべての準備が進んだことで、セリーナ様に報告に行く。
セリーナ様は認知度が上がるまでは、一日の販売数と一人当たりの購入数の制限を設けたほうがプレミア感が出て良いのでは?とのアドバイスからそうすることにした。
再び商人ギルドを訪れ、商人マサミとして、店の場所、店名、オーナーの登録を行い。主力商品”雪白”も登録した。
今後、何かこの世界で化粧品とか、そういった類のものを販売していく店となるのだと思う。




