十八年前の抱擁
幼い頃の記憶だ。
飛び降り自殺をしようとした僕の背中を独りの男性が抱きしめて助けてくれた。
「死んじゃいけないよ」
その人はそう言って僕を強く抱きしめる。
「何があっても死んじゃいけないよ。生きていればきっと良い事があるから」
僕はその人に色々なことを語った。
自分が何で自殺をしようとしていたかを。
何でこんなにも追い詰められてしまったかを。
その人は一つ一つ頷きながら聞いてくれた。
そして、最後には僕を抱きしめながらもう一度言ってくれた。
「それでも死んじゃいけないよ。誰にでも生まれた意味はあるのだから――」
その日、言われた言葉を糧に僕は生き続けている。
もう二度とあの人には再会出来なかったけれど。
それでも僕はどうにか――。
***
随分と時間が経った。
僕は巨大な機械の前で大きな息をつく。
「先生。本当にそれをするつもりなのですか?」
僕の隣に立つ助手は言う。
「危険すぎます。まだ何が起こるか分からないんです。失敗する可能性だって――」
「大丈夫さ」
僕は微笑む。
「絶対に成功するって分かっている」
「科学の世界ではそういう言葉を残して何人もの人が死んでいます」
「あぁ、そうだな」
返事をしながら機械の前に歩む僕を見て助手は諦めたようだ。
「行先は?」
「十八年前」
「……かしこまりました」
その言葉と共に助手がタイムマシンを動かし――僕は過去のあの日へと辿り着く。
***
「死んじゃいけないよ」
今にも自殺をしようとしている幼い少年を――あの日の僕を抱きしめる。
あの日の僕は自分の苦しみを必死に訴えかけてきた。
今となってはあまりにも小さな悩み。
しかし、当時としてはあまりにも耐えがたい途方もない大きな悩み。
全てを聞き遂げて僕は告げる。
「何があっても死んじゃいけないよ。生きていればきっと良い事があるから」
***
「――! おかえりなさい!」
戻って来た僕に助手が思い切り抱き着く。
大袈裟な子だ。
絶対に成功するって何度も話していたのに。
「成功したんですね!」
「成功するって何度も話しただろう?」
そう言いながら僕はため息をつきながら椅子に座る。
その隣で助手が僕の大好きなコーヒーを入れながら問う。
「でも先生。十八年前のどこに行ったのですか?」
僕は肩を竦めて答える。
「さてね」
自分にしか助けてもらえなかったこと。
それを虚しく思えばいいのか、誇らしく思えばいいのか。
未だに答えは分からなかった。