初夜で白い結婚を宣言し離縁した妻と、再婚に至るまでの物語。
「お前とは白い結婚だ。私には真に愛する人がいる。だから、お前を愛する事はない」
結婚式の後、初夜が行われるはずの寝室で、夫になったルイス・アロウド公爵令息にそう言われたのは、エラウディア・マッセン伯爵令嬢、今日、教会で結婚し、アロウド公爵令息夫人になった女性だ。
ルイスは金髪碧眼で、彫像のように美しい男性で、エラウディアは長い艶やかな黒髪の色白の美人である。
薄い夜着を着たエラウディアは寝室のベッドの上で、ルイスの言葉を聞いてハラハラとその大きな瞳から涙を流す。
「ああ、マリアーヌ様の言う通りになってしまった。わたくしは愛されていなかったのだわ」
わぁっと泣きながら、エラウディアは寝室の外へ出て行ってしまう。
ルイスの胸は痛んだが、自分が愛しているのは、ロディアだけである。
だから、エラウディアに言ってやったのだ。
お前を愛するつもりはないと。
しかし、翌日から大変だった。
まず、食堂へ行けば、エラウディアはおらず、父と母と妹マリアーヌが凄い恐ろしい顔をして睨んでいたのだ。
まず父が、ぎろりとルイスを睨んで。
「お前、まだロディアと言う女と付き合っていたのか。ロディアという女、市井の女だろう?酒場で働いているという、淫らで下賤なマナーも何もないそんな女といまだにつきあっているとは。私はお前にそういう教育をしてきた覚えはない。我が国は愛人を持つことを推奨していない。国王陛下だって王妃様一筋だ。それなのにお前はよりにもよって下賤な市井の女と」
母もルイスに向かって呆れたように、
「本当に市井の女に夢中になって正妻であるエラウディアをないがしろにするとは、お前は馬鹿ですか?いいえ、馬鹿なのですね。わたくしはそんな息子を産んだ覚えはありません。お前なんて出て行ったっていいのですよ。マリアーヌに婿を取ってこの公爵家を継いでもらうのもよいかもしれませんね」
ルイスの妹のマリアーヌも、
「お兄様はさっさと市井の女の元へ行けばよいのです。わたくしが婿を取ってこの公爵家を継ぎますわ。ああ、本当にわたくしが心配した通りになってしまった。エラウディアお義姉様も気の毒です。こんなクソバカみたいな男に白い結婚を言い渡されてないがしろにされて。さすがのお兄様も政略というものを解っていると思っていたのに、馬鹿なの?やはり馬鹿なのですよね。」
父が再び口を開く。
「この結婚は政略だ。白い結婚を貫くだと?そんな事をしたら、マッセン伯爵家になんと言ったらよいのだ。事業提携をするための結婚だったのに。お前は馬鹿だな。本当に馬鹿だったんだな」
ルイスはここぞと熱弁する。
「私はロディアを愛しているのです。ロディアは私を癒してくれる優しい女性です。ですから……」
母は口調を強めて、
「エラウディアだって優しいわ。お前だけではなく、わたくしや夫やマリアーヌにまでプレゼントをくれるではありませんか。使用人にまで屋敷に来るときはお菓子を買ってくるぐらい、気の利いたエラウディア。癒されるだけでは公爵夫人は務まりません。高位貴族の夫人は夫人の仕事があるのよ。お前は解っていない」
マリアーヌが、
「いいではありませんか。お母様。お兄様には出て行って貰って。こんなおバカなお兄様いりませんわ。どうして結婚前にこの結婚は嫌だって言わなかったのかしら。馬鹿ね?馬鹿なのね」
ルイスはむかついた。
「言いづらかったのだ。父上母上が勝手に決めたこの結婚。政略だと言われれば逆らえないだろう?」
母は眉を寄せて、
「だからって、エラウディアにお前を愛するつもりはないって。どういう事?我が公爵家の政略を馬鹿にしているのね。えええ。お前は馬鹿にしているのだわ。あああ、伯爵家に賠償金を払わないとね。こちらの有責での離婚になるのですもの。まったくまったくまったく。お前は馬鹿なの?」
マリアーヌが、
「馬鹿馬鹿って、馬鹿を連呼しなくても、お兄様は当たり前に馬鹿なのですから。お義姉様を慰めて参りますわ。部屋で泣いているとの事ですから」
母は、
「ええ、そうして頂戴。ルイス、お前は荷物を纏めて出て行って、その市井の女の元へでもいきなさい」
ルイスは慌てる。
「私はこの家の跡継ぎだ。父上母上は私に対する愛情はないのか?」
父は、首を振って、
「この公爵家を危うくするような馬鹿は必要ない。貴族たるを何か理解していない馬鹿は不要だ。さっさと出ていくがいい」
ルイスは使用人達に連れ出され、身、一つで屋敷の外へ追い出された。
いや、自分は公爵家の息子だ。あまりにも馬鹿呼ばわりして、あっさりと追い出すなんて酷すぎる。
愛するロディアがいるから、エラウディアなんて愛する事はないと、何で言ってはいけないんだ?
それを父上も母上も妹までも馬鹿にして。
門の前で唖然としていたら、エラウディアが庭から出てきた。
引き止めに来てくれたんだ。この女はなんだかんだと言っても自分に好意的だった。
婚約時代も、自分に惚れていて、色々とプレゼントもくれた。
黒髪で色白で美人だが、派手な美人という訳でもないエラウディア。
だが、エラウディアが引き止めてくれるようで安堵した。
なんだかんだと言っても家を追い出されるのは嫌だ。
輝かしい公爵としての未来がある自分がこのまま市井に落ちて暮らすなんてあり得ない。
エラウディアがにこやかに笑って、
「どうかお元気で。わたくし、ふっきれましたの。慰謝料も沢山下さると公爵様もおっしゃっておりますし、謝罪も頂きましたのよ。心配な事業提携もこのままという事で。わたくし、公爵様ご夫妻とマリアーヌ様の謝罪を受け入れましたの。離縁も受け入れましたわ。わたくし実家に帰ります。貴方の事、顔が綺麗で、逞しくてとても素敵だと思っておりましたけれども、中身が馬鹿だったなんて、わたくしも見る目がありませんわね。マリアーヌ様が、素敵な方を紹介して下さるって。顔が綺麗で胸が逞しい、殿方ですって。わたくし、楽しみで。その方なら、お前を愛する事はない。白い結婚だなんて、馬鹿な事を言い出しませんわ。本当に、馬鹿な方を好きになるなんて、わたくしの人生の汚点ですわね。それではお元気で」
エラウディアはにこにこしながら、屋敷の中へ戻って行ってしまった。
いやちょっと待て。
おかしいだろう?なんでそんなに簡単に自分は切り捨てられた?
エラウディアもエラウディアだし、家族も家族だ。家族の愛情はないのか?
仕方ないので、ロディアを頼ろうと、トボトボと町中を目指して歩く。
ロディアは、酒場で働いていて、その酒場なら、お忍びで度々行っているから、ロディアを捕まえて、頼らせてもらおうと、ルイスは思ったのだ。
ロディアは金の髪の派手な美人で、胸も大きくて色気満載で、色々な男達からモテる美女だ。
ロディアにルイスは夢中になった。彼女はいつも酒場で愚痴を言う自分を慰めて親身になってくれた。いつの間にかロディアの事が好きになって男女の関係になった。だから彼女を頼ろうと思ったのだ。
ロディアは酒場で酒を運んで、働いていたが、ルイスを見ると駆け寄ってきて。
「ルイス様ぁ。いらっしゃい。お待ちしていたのよ。今夜も私の部屋に泊まっていかれるの?」
「住むところが無くなった。家を追い出されたのだ」
「何ですって?」
「両親に怒られて、エラウディアにもいらないといわれた。だから家から追い出された。君の所にしばらく厄介にならせてくれ」
ロディアはルイスを酒場から追い出した。
「貴方と私は他人よ。出て行って頂戴」
「え?」
「だから、他人。私はいくら顔が綺麗でも役立たずを養う事はしないの。お金が大好きなの。だから、お金も地位もない貴方なんていらないわ。さようなら」
ルイスはロディアにも見捨てられた。
行く宛も無く、街をさまよう。
腹が減って仕方がない。
空から雨が降って来て、慌てて、建物の軒下へ逃げ込む。
このまま、野垂れ死ぬのだろうか?
自分が何をした。
エラウディアには愛されている自信があった。
ただ、ただ、これ見よがしにプレゼントを渡されて、にこやかに微笑むエラウディアがうっとおしかった。
親の決めた婚約者がうっとおしかった。だから、街へこっそり遊びに行き、酒場のロディアと知り合って、彼女の家に行き、関係を持った。
ロディアと結婚してもいいと思った。
だが、自分は公爵になる身。政略でエラウディアと結婚しなければならない。
だから、初夜を行う寝室で、エラウディアに対して思わず言ってしまった。
「お前とは白い結婚だ。私には真に愛する人がいる。だから、お前を愛する事はない」
と、自分の何がいけなかったんだ?
寒くて寒くて意識が遠くなった。
「屑が目覚めたぞ」
「屑だ屑だ屑だ」
「いや、馬鹿だろう?」
「馬鹿だ。こいつは馬鹿だ」
目が覚めたら、筋骨たくましい男達に囲まれていた。
「私達は辺境騎士団員だ」
「そうだ。私達は屑男に正義を教え込む団体だ」
噂に聞いたことがある。
美男が好きで、美男を餌食にする団体だと。
身の危険を感じた。
逃げようとしたら、髭を生やして風格のある立派な騎士が、周りの騎士達に。
「この男の父親には恩義がある。手を出すことは許さぬ。ルイス。お前は私付きとする。しっかりと働いて自分がいかに馬鹿だったか反省するがよい」
自分の身体の危険は去ったようだ。ルイスは安堵した。
どうも父が辺境騎士団に恩を売っていたらしい。
騎士団長付きとなって、ルイスは働く事になった。
怪しげなピヨピヨ精霊の着ぐるみを着て、あきらかにどこぞの王国の王子様とか高位貴族の令息が、教会へ出かけていく。皆、丸くて大きい着ぐるみを着て、歩きにくそうにヨタヨタしている。
教会の孤児の子供達に奉仕活動をするそうだ。
昼は孤児達に奉仕活動、夜は筋骨逞しい騎士団員に身体の奉仕活動。
ルイスはそんな彼らを見て身震いした。
父が恩を売っておかなければ、間違いなく自分も彼らと同様な事になっていただろう。
そして、今日、騎士団長室で、ルイスは反省文を書かされている。
この騎士団へ送られてきた王子や令息達は必ず反省文を書くことになるそうだ。
自分の何がいけなかったのか?
考えても理解できない。考えたくもない。かといって、ここから出られるとも思えない。
書くしかなかった。
エラウディアという婚約者がいながら、ロディアと浮気をしていた事。
エラウディアと初夜が行われるだろう寝室で、エラウディアに白い結婚を宣言し傷つけた事。
政略である結婚であるにも関わらず、公爵家の後継として自覚が足りなかった事。
書こうとしたら、辺境騎士団長から、上記の事が書かれた紙を渡された。
「お前は自覚がないようだ。この紙に書かれた事をよく反省してみてくれ」
確かに、自分は次期公爵として自覚が足りなかったかもしれない。
人として、浮気はいけない。エラウディアを傷つけた事もいけない。
だがでもだって……窮屈だったから?公爵になるのだから、ちょっとくらい、愛する相手位、自由にさせてくれたって。
だから自覚がない?だからだからだから?
仮面夫婦なんてぎすぎすした関係は嫌だ。いや白い結婚のギスギスした関係だって、ロディアがいればよかった?
エラウディアの心を考えた事はあったか?
エラウディアの覚悟は?
わたくしはマッセン伯爵家の長女として、伯爵家の政略に従って、アロウド公爵家のよき、未来の公爵夫人になろうと努力して参りました。ルイス様とはよき夫婦に、お義父様とお義母様とマリアーヌ様とはよき家族に。
だって、政略だといえ、皆が笑って暮らせればよいのではなくて?
だから、プレゼントをして、色々と話をして。
ああ、いずれルイス様を愛せればいいと思っておりましたわ。
とても、綺麗なルイス様。わたくしはルイス様と結婚出来て幸せでしたの。
婚約の時のそっけない態度も、傷ついてはいましたけれども許せましたわ。
それなのに、浮気をしていた挙句、白い結婚だなんて……
わたくしは貴方との子供が欲しかったの。
幸せな家庭が欲しかったの。
なのに……酷い酷い酷い。
ルイスは紙を読んでいたはずだった。それなのに、何故かエラウディアの心が流れ込んで来る。
傷ついたエラウディアの心が……
胸が痛い。辛い……苦しい……
ルイスの瞳から涙が零れる。
自分はなんて自分勝手だったのだろう。
エラウディアの心を考えたことがなかった。
政略で結婚が嫌で、反発して。
今、思えば、何でロディアなんて女と浮気したのだろう。
化粧ばかり濃くて、色気はあったけれども。下品な育ちも悪いロディア。
ルイスは反省文を書き始めた。
自分はなんて愚かだったのか。
エラウディアと歩み寄る事もせず、他の女と浮気をした。
エラウディアと初夜を行うはずの夜に、白い結婚を宣言して傷つけた。
何度も何度もエラウディアを傷つけて。
こんな自分は家族にもエラウディアにも見捨てられて仕方がない。
だから私は、この辺境騎士団で死ぬ思いで働こう。
それがエラウディア。君に対する罪の償いになるのだから。
ルイスは、辺境騎士団長の下で、雑用係として働く事になった。
辺境騎士団は出没する魔物を狩るのが本業である。
危険な場所へルイスが赴く事は無かったが、常に騎士団長が働きやすいように、騎士団長補佐を手伝って、スケジュールを管理したり、部屋を掃除したり、馬の世話をしたり、色々な事をした。
そんな事をやって、一年程過ぎ、アロウド公爵家からの迎えだといって、馬車が来た。
見送りに来た騎士団長に肩を叩かれて。
「この辺境騎士団から戻った王族や高位貴族はいない。しっかりと学んだ事を心に刻んで、生きていってくれ」
「有難うございます。騎士団長」
世話になった騎士団長、騎士団長補佐、その他、騎士団員達に頭を下げて、ルイスは馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られて、半日、久しぶりに屋敷に戻った。
父も母も妹も出迎えてくれて、
父はルイスの肩を叩き、
「馬鹿は治ったか?しっかりと反省したか?」
母はハンカチで目元を抑え、
「辺境騎士団へ行って、戻って来た人はいないのよ。貴方は運がいいわね」
マリアーヌはにっこり笑って、
「お尻が無事でよかったわね。ひとえにお父様のお陰よ。よかったわね。お帰りなさい。お兄様」
ルイスは、父に抱き着いて、号泣した。
自分は見捨てられたと思っていたから。
こうして、再び、呼び戻して貰えて、本当に幸せだと思った。
ただ、マリアーヌには婿が来ていて、ルイスは公爵家を継げないと言われた。
仕方がない。自分が公爵家を継ぐだけの器ではなかったのだ。
マリアーヌは、ルイスに向かって、
「お兄様。夫は、王宮勤めで忙しくて、領地経営は父に教わって、わたくしがやっております。手伝って欲しいの」
父も頷いて。
「マリアーヌに引き継ぎをな。お前もしっかりとマリアーヌを補佐して欲しい」
ルイスは頷いて。
「私でよければしっかりと妹を補佐します」
ルイスは、アロウド公爵家でマリアーヌの補佐として、真剣に働いた。
街へ出向いたら、偶然、ロディアに会った。
「あら、ルイス様。生きていたのね。よかったら寄りを戻さない?羽振りのよさそうな服を着ているじゃない?」
「お前なんぞ知らない。私を見捨てたお前なんぞ、消えろっ」
ロディアを追い払った。
そういえば、エラウディアはどうなったのだろう?
妹の紹介で素敵な人とかなんとか言っていたな。
エラウディアの傷ついた気持ちは、騎士団長の部屋にいた時に、よくわかった。
あれは魔法の部類か?不思議とエラウディアの心が流れ込んできたのだ。
だから、謝りたい。
そう思って、調べてエラウディアの嫁ぎ先であるプリド伯爵家に出かけた。
エラウディアは自分が辺境騎士団へ行って半年後にプリド伯爵家に嫁いでいたのだ。
プリド伯爵家でエラウディアに面会を求めれば、断られるかもしれないと思っていたのに、会ってくれるとの事。
客間に通されて、エラウディアに会ったら、エラウディアはにこやかに侍女と共に現れて。
「おかえりなさい。マリアーヌ様から聞いていたわ。辺境騎士団から戻って来たのね」
「エラウディア。申し訳なかった。本当に私は反省している。だから謝罪をしたくて」
「わたくしはプリド伯爵令息夫人ですの。今更、謝罪はいりませんわ」
「でもっ」
「謝罪を貰ったといって、傷ついたわたくしの心が癒されると思って?婚約者時代、少しでも貴方と親しくなりたくて、アロウド公爵家にプレゼントを持って、よく伺ったわ。公爵夫妻もマリアーヌ様もとっても親切にしてくれた。でも、貴方は冷たかった。プレゼントの中身も見てくれなかったわ。結婚したら変わるだろうって?貴方は浮気していたし、わたくしとの初夜も拒絶した。わたくしの心は壊れてボロボロになって。政略だって、わたくし、貴方と幸せな家庭を築けたらって思っていたの。あああ、わたくしはなんて馬鹿な男と結婚したのかしら。しなければならなかったのかしら。呪ったわ。でもマリアーヌ様が良い縁を紹介して下さった。今のわたくしは幸せよ。だから、謝罪はいらないわ。お引き取りを。アロウド公爵令息様。わたくしの事はプリド伯爵令息夫人とお呼び下さいませ」
エラウディアに睨まれた。
エラウディアの心の傷は深い。
あの騎士団長室でエラウディアの心を知って、その痛みは解っているつもりだった。
こうして、ぶつけられて、ルイスは更に深く反省した。
「本当にごめん。すまなかった。許してくれとは言えない。だが謝罪だけはさせてくれ」
床に頭を擦り付けて、両手をついた。
エラウディアの声が頭の上から降って来た。
「わたくしは貴方を許しますわ。貴方は貴方の人生を。わたくしは貴方の幸せを願っておりましてよ」
「すまなかった。本当に……」
エラウディアに、ただただ謝るしかないルイスであった。
それからのルイスはふっきれたように、仕事に精を出して働いた。
公爵家の名産であるワインを王都で売ってくれるように、足を棒にして動き回ったり、
ワイン作りにかかせない葡萄の品種改良に立ち会ったり、
ただただ働いた。
10年過ぎて、28歳になってもルイスは結婚しなかった。
自分は罪深い男だ。結婚する価値はない。
辺境騎士団帰りだと世間に知られているし、公爵家を継ぐ訳でもないので、どこの令嬢もルイスと結婚したがらなかったというのもある。
そんな中、エラウディアの夫であるプリド伯爵が病死したという話を聞いた。
伯爵夫妻は昨年、馬車の事故で亡くなり、エラウディアの夫が跡を継いだばかりのはずである。
エラウディアは二人の息子が爵位を継ぐまでの後見として、プリド伯爵領の仕事をするとの事。
マリアーヌはそんなエラウディアを心配して、よく顔を見せに行っているようだ。
アロウド公爵家は、公爵夫妻やマリアーヌが、
「エラウディアの力になる!」
と、何かと、プリド伯爵家に色々と便宜を図り、力を貸した。
勿論、ルイスも協力を惜しまなかった。
元々、プリド伯爵家はアロウド公爵家の派閥である。公爵夫妻は亡くなった伯爵夫妻とも親しかった。
落ち着いた頃、エラウディアが、息子二人を連れて、アロウド公爵家を訪ねてきた。
礼の菓子を持って、ルイスの父母とマリアーヌと客間で談笑している。
ルイスはエラウディアと会うのは遠慮した。
ただ、遠目で廊下を歩くエラウディアと二人の息子達を見て、自分が白い結婚なんて言い出さず、エラウディアと愛し愛される生活を送っていたなら、あんな可愛い子供たちがいたのだなとちょっと羨ましさを感じた。
それから、エラウディアとアロウド公爵家との付き合いは続いたが、ルイスが直接エラウディアと関わる事はなかった。
ただ、プリド伯爵家の事業にルイスも間接的に何かと手助けを続けた。
そして時は過ぎ、二人が離婚して20年経った頃、エラウディアの上の息子が18歳になり、プリド伯爵位を継ぐことになった。
そんな祝いの席にアロウド公爵家の人々も呼ばれて、ルイスはエラウディアを遠目では無く、直接、近くで会う事になった。
互いに別れた時は18歳。今は38歳。あれから20年経って。
白い結婚を言い出した時がとても遠く感じる。
ルイスはエラウディアに近づいて。
「プリド伯爵の後見お疲れ様。君もやっと一息つけるね」
エラウディアはにこやかに微笑んで、
「そうね。わたくしもやっと荷が下りたわ。と言いたいけれども、まだまだ息子は爵位を継いだばかりで未熟だから、口出しはしないといけないわね」
「ちょっと話をしていいかな」
「それなら、テラスで少し話をしたいわ」
二人でテラスに移動した。
外はキラキラと春の日差しが降り注いで、綺麗な花々が咲いていて。
エラウディアから口を開いた。
「色々と手助けをして下さって有難う。貴方が陰で動いて下さったって、マリアーヌ様から聞いたわ」
「いや、当然の事だ。私は君に許されない事をした」
「わたくしは許すと言ったわ」
「君の心を傷つけた。浮気をして……苦しめて」
「貴方、まだ引きずっていたのね。だから結婚しなかったの?」
「いや、辺境騎士団帰りの男は結婚出来ないだろう?」
「そうね。そうよね」
二人で笑った。
ルイスはエラウディアに聞いてみる。
「私達、やり直せないかな」
「そうね。でも、貴方と結婚なんてしたくはない。貴方に拒否された夜を思い出すの。それにね。わたくし、亡くなった夫を愛しているのよ。今も……」
「ならば、友人としてはどうかな?茶飲み友達になりたい。もう一度、一からやり直したい」
「貴方の自己満足でしょう?貴方の傷を無かったことにしたい訳?」
答えられなかった。それでも……
「どうか……エラウディア」
エラウディアの足元に跪いて、ドレスに口づけを落とした。
エラウディアは微笑んで、
「仕方のない人ね。お友達なら。茶飲み友達になりましょう」
見上げたエラウディアの顔はとても美しく見えた。
それから、3年後、ルイスはエラウディアと再婚した。
足繫く通って、エラウディアを口説いて口説いて口説き尽くして。
そして、再婚にこぎつけたのだ。
教会でささやかな結婚式を挙げる。
両親も妹夫妻も、エラウディアの息子達も祝福してくれた。
両親は安堵したような表情で、
「やっと馬鹿から卒業したか」
「そうね。まさか、また再婚するなんて思ってもみなかったわ」
マリアーヌも呆れたように、
「お兄様ったら。まぁ仕方ないわね。お幸せにね」
エラウディアは嬉しそうに、マリアーヌを抱き締めて、
「心配かけたわね。わたくし、今度こそ、ルイス様と幸せになるわ」
ルイスも頷いて。
「今度こそ、間違えない。父上、母上、マリアーヌ。心配かけたな」
そして、エラウディアの息子達にも、ルイスは頭を下げて、
「君達の母上を幸せにすると約束する」
息子達も頭を下げて、
「はい。母上をよろしくお願いします」
そして、23年ぶりの二人の初夜。
二人でベッドの上で向かい合う。
「エラウディア。私は君の事を愛している。愛し愛される夫婦になろう。末永くよろしくお願い申し上げる」
両手をついて、ベッドの上で頭を下げる。
エラウディアはルイスの両肩に両手を置いて、顔を覗き込んできて、
「旦那様。わたくしも貴方の事を愛していますわ。愛し愛される夫婦になりましょう。こちらこそ、末永くよろしくお願い致しますわね」
二人で口づけを交わした。
23年ぶりの、やり直した二人の初夜はこれから……
春の夜は、暖かい風を窓から二人のベッドへ吹き込んで、夜は熱く更けていくのであった。