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相変わらず魔法は発動しないが階層は進み、地下五十階のボス部屋に到達。
相手はデーモン、完全に魔法特化の魔物だ。
(ギルドの情報にはデーモンの事も書いてあったな。攻略したのは確かルビーアイドさんのPTだったな。僕と違って死んだら終わりなのに、ここまで来るなんて凄いな)
ライラックはデーモンの情報を思い出す。
闇属性の魔法を多様し、毒、盲目、麻痺はもちろん、精神攻撃の睡眠や恐怖、混乱、などを使ってくる。
1つかかるだけで不利になるから気をつけろ。
一番厄介なのが、1つで全ての状態異常にかけてくる魔法があるから気合いを入れろ!
(だったかな。力とスピードじゃなくて、弱体と精神攻撃特化とかまじあり得ない。そしてそれに勝ったルビーアイドさん天才だね!こんな敵にルビーアイドさんはどうやって勝ったんだっけか)
書いてあった攻略法を思い出す。
毒は早めに解毒。
目が見えなくても気配で感じろ。
麻痺は他のメンバーに回復してもらおう。
精神攻撃魔法は気合いではね飛ばせ!
(う~む、1人じゃ無理な対策もあるし、気合いってのもルビーアイドさんだからだな。僕は何度もチャレンジ出来るからまあいいけど、ルビーアイドさんの事を思うと1回で勝ちたいよな)
魔法で攻撃してくる相手への攻撃方法を考えるライラック。
(魔法には魔法なんだろうけど、魔法が得意な相手は接近戦に弱そうだから近づければ勝てそうだな。でもその前に精神異常とかになったら終了だな。魔法でけん制しながら近づいてズドンかなぁ………でも魔法が発動しないんだよなぁ)
地下五十階のボス部屋の前で途方に暮れるライラック。
ルビーアイドも凄いが、そもそもここまで1人で来ている時点でライラックも凄いのだが、それには気づいていなかった。
(良し!自分の優位性を存分に生かして戦うか!)
そう言うとライラックは考えるのを辞めて、ボス部屋に入った。
部屋の奥には黒いマントを羽織り、黒いオーラを纏ったデーモンが立派な椅子に座っていた。
ライラックは石を投げつける。
(来いデーモン!僕は何度でも戻って来るぞ!)
ライラックは死んで何度もやり直せばいいと割り切ったようだ。
スタスタとデーモンに歩いて近づくライラックに、もはや緊張感は無い。
表情は見えないが間違いなくデーモンは戸惑っている。
ライラックは何をする訳でも無くどんどん近づく。
最初の場所から半分くらい近づいたところで、デーモンが両手を突き出すと黒い霧がライラックを襲ってきた。
ライラックは息を止めてから、今まで通り大地を蹴って一気にデーモンに向かって突っ込む。
「キュ~~!」
(やってやる!)
空中を飛んでいるライラックの身体が黒い霧にかかると、眠気と共に身体が痺れてきて目も見えづらくなってきた。
(この霧が全部の弱体魔法がかかるデーモンの攻撃魔法か。走ってたら厳しかったな。飛んでてラッキー!)
ライラックは目が虚ろになってきて身体の力も抜けてきてる様だ。でも身体はデーモンに向かって飛んでいるだけなので何もする事がないのだ。
(頭がボ~っとしてきた)
デーモンが小さな声で魔法名を口にする。
「シャドウカッター!」
すると黒い霧が半円の刃となってライラックめがけて飛んで来た。
虚ろな意識の中、ライラックの長い耳はその声をとらえていた。
(シャドウカッター?闇魔法の攻撃が来るのか…………ああっ!風はウィンドか!!!)
急に頭が冴えたライラックは、頭の中でウィンドカッターの言葉を連呼する。
(ウィンドカッター!ウィンドカッター!ウィンドカッター!ウィンドカッター!ウィンドカッター!ウィンドカッター!)
突然キラーラビットの回りに大量に半円の風の刃が現れてデーモンに向かって飛んで行く。
デーモンは慌てて迎撃用にシャドウカッターを放ちながら両腕をクロスさせて防御姿勢をとる。だが圧倒的にライラックの刃の方が数が多かったので、デーモンの身体に切り傷が増えていく。
(なんだか意識がハッキリしてきたぞ!行くぜデーモン!)
防御に徹していたデーモンの目の前には、右拳を突き出したライラックが飛んできていた。
「!!!」
ズドンッ!!
デーモンの胸に大きな穴が空いた。
地面に転がって止まったライラックが振り返ると、デーモンが光になって消えていくところだった。
(おおっ!なんか分からないけど勝ったぞ!)
そしてライラックの頭の中でピロリロリ~ンと鳴ってレベルが上がった。
ルビーアイドはPTだったので、デーモンに単独で勝ったのはライラックが初めてだ。ライラックは人外の存在になりつつあった…………あっ、魔物か。
攻略に疲れたライラックは、地下一階に戻る為に近くの魔物を小突いてわざとやられていた。
なんか勿体ない気がする。
(久しぶりの地下一階だぁ~~~!??)
何か違和感を感じたライラックは、回りの気配を探る。
(あれ?まだ列が無い。長く居なかったせいかな、でも気配からすると地下一階に冒険者が誰も居ないな)
冒険者が居れば痛い思いをするだけなのに居ないと寂しいようで、ライラックはピョンピョン跳ねてダンジョンの入口の様子を見に行った。
(やっぱり誰も居ない。外はどうだろう)
ライラックは恐る恐る入口の魔力の壁を抜けてダンジョンを出た。
久しぶりに外へ出たライラックは広場が広がっていると思っていたのだが、目の前には大きな尻尾がででんとあり奥にその持ち主であるドラゴンの背中が見えた。
(なっ!なんだこりゃあ?!)
ライラックは冒険者ギルドで調べた事を思い出す。
数は分からないが世界最強種ドラゴン。
討伐された記録は800年前に一度だけ。それも討伐の経緯や方法も記されていない為、そもそも討伐の真偽が定かでは無い。
つまり、人類が勝てるかも分からない相手が目の前に居るのだ。
(もしかしてみんなやられちゃったのか?)
最悪の事態を考えてしまうライラック。
グゴゴゴ~~
いびきの様な音が聞こえ、尻尾を回り込んで前に出ると、ドラゴンは寝ていた。
そして街の方を見ると、防壁の上に多くの兵士が立っているのが見えてホッとするライラック。
(良かったぁ~みんな無事だった)
ドラゴンが薄目をあけてライラックを見る。
「キュッ!キュッ!」
(うおっ!起きた!)
ライラックは腰を抜かし尻餅をついたまま後ずさりする。
ドラゴンはつまらなそうに目を閉じた。
ライラックは急いでダンジョン内に戻る。
(焦ったぁ、いったい何なんだ?)
ライラックはダンジョン入口からドラゴンの様子を見続けた。
その状態のまま五日経った時、ダンジョンから魔物が溢れ出す。
(うおっ!なんだなんだ!)
ライラックは慌てて入口から退いた。
スタンピートが起こったのだ。
(ドラゴンが居るせいでスタンピートが起こっちゃったじゃないか!)
ドラゴンが少し横に退くと、魔物たちはその横を通り過ぎて街に向かっていた。
(あれっ?もしかしてドラゴンの目的はこれか?)
暫くすると、街の防壁の前では魔物たちと領主軍・冒険者たちとの戦いが始まった。
「魔法を撃て~~!」
「魔力の無くなった魔法使いは後ろに下がって交替だ!」
防壁の上からは魔法使いたちが攻撃し、下では門の前に出た剣士たちが魔物たちを迎え撃っていた。
「「「「「うおぉぉおおおおお!」」」」」
頭を持ち上げたドラゴンは、街の様子を見てほくそ笑んでいた。