5.救出 其の二
風が落ち着いたことに安心して目を開けると、私はそこがもう存在しないはずの竹林の中であることに気づいたのだった。
覚悟はしていたがこれが神隠しなのかと不安に駆られる。
「…隠れ婆やな」
後ろからグイッと肩をひかれる。どうやらカネノも私と一緒にここに連れて来られていたらしい。
「隠れ婆って…?」
馴染みのない名前にカネノの説明を待つ。
「摂津国、今でいう兵庫県で神隠しを行っていた隠し神の一柱や」
「夕暮れ時まで外で遊んでいる子供たちをさらっていく、つくづく趣味の悪い化け物やで…」
そんな化け物が今回の神隠しを引き起こしているのかと思うと足が竦む、しかし少し考えると恐怖と同時にいくつかの疑問も浮かぶ。ここは兵庫県から遠いとまでは言わないが決して近くない。それに加えて私もオギ君も、見た目からおそらくカネノも隠れ婆のさらうような子供ではないのだ。そのことをカネノに聞こうとした瞬間。
「「チリン」」
この竹林に連れられてくる直前、一度だけ鳴った鈴の音がもう一度、前方に広がる竹林の遠く向こうで鳴った。
音源に向かってカネノが歩き始めるので、私も急いで後についていく。二人の間に沈黙が流れる。カネノがあまりに真剣な顔をして進むものだから、声をかけようがないのだ。しかしその沈黙を破ったのは私の発した一言だった。
「…これって!」
「ハルも気づいたか…たぶんさっきの鳥居や」
竹林を抜けた先に待っていたのはこぢんまりとした朱色の鳥居だった。作られてさほど時間が経っていないように見える鳥居からは、端々に先ほど見た朽ちて苔むした鳥居の面影を感じる。それは私たちが神隠しによって"過去"の彌伏神社に連れ去られたという事実を何よりも強く表していた。
見上げると少し歪な石段が山の中にある社に向かって延々と伸びている。この参道の先に何かがある、そう直感が告げる。息を整えた後、カネノに先導され私は石段を登っていく。境内に近づくにつれ、どんどんと空気が淀んでいくような気がするのだが、カネノは一切意に介していないように歩みを進める。そして疲れと悪寒で額にじっとりと汗をかき始めたころ、私たちはやっと境内に足を踏み入れた。
真ん前に見える社の外観はあまり綺麗とはいえず、しばらくの間管理する者がいなかったように見受けられる。そして社の少し奥には周りの木の三倍はあろうかというほどの巨木に紙垂付きのしめ縄がまかれている。おそらくこの彌伏神社の御神木なのだろう。
「ハル、あの木の根元で寝てるんが探してたオギっていうやつか?」
カネノの声に私は急いで巨木の根元を見る。木の根元の少し洞のようになった窪みにぐったりと頭を垂らして座り込むオギ君はいた。私はカネノに肯定の返事だけするとオギ君の元まで駆けて寄る。よかった…息はしているようだ。
ふとオギ君の周りを見渡すと鉛でできた"メンコ"が数個落ちていた…。少ししてカネノもこちらに駆け寄ってきて、二人で意識のないオギ君を持ち上げようとしたその時だった。
チリン――――チリン チリン チリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリンチリン
けたたましい鈴の音が辺りを包む、耳をつんざくようなこの音は境内の入口の方、つまり私たちが上ってきた参道の方から徐々に近づいて大きくなっていく。何かが参道を上ってこちらに近づいてきているのだ。大きくなる一つ一つの鈴の音にはオギ君をここから帰さないという強い意志が籠っているようにさえ感じる。
「さあ、婆さんのお出ましや」
カネノがそういうと、参道を上る"何か"がようやく私たちの前に姿を顕す。
―――その姿は体中に鈴を巻き付けた、暗く悍ましい大男のような影であった。
初めてのWeb小説ということで拙作ではありますが、週1以上で投稿できればとと思っています。応援、感想、改善点等あればお伝えください。執筆に活かしていきたいと思います。