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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第三章:苦しみ抗う罪人たち

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077:ハーランド第三メリウス研究開発場

 長旅を終えて、東部と西部の境界線付近にある目的の”ハーランド第三メリウス研究開発場”へと到着した。

 大きな開発場であり、セシリアさんに質問すれば敷地面積だけでも小さな街ほどはあるらしい。

 中にはメリウスを実際に動かす為の試験場や高性能なシミュレーターも複数完備していて。

 此処で行われているのは最新のメリウスの開発だけではなく、武装類などの研究も行われているようだった。

 俺はその話に感心しながら、セシリアさんの案内で開発場内にあるパイロット専用の宿舎に案内された。


 宿舎の管理人であるオットーさんという優し気な顔の小太りな男性に挨拶し。

 部屋へと向かう途中で、同じようなパイロットらしい人間たちを見た。

 俺と同じくらい若いパイロット達であり、彼らは俺を見つければ物珍しそうに見ていた。

 俺が軽く会釈をすれば、彼らも小さく頭を下げる……素直そうな連中だな。


 そうして、部屋へと案内してもらい。

 中へと入れば、シンプルな部屋の作りで。

 どうやら個人の部屋になっているようだが、それなりに広かった。

 中を見ながらゆっくりと入っていき、オットーさんから軽い説明を受けた。


 シャワー室にトイレ。

 洗濯機と乾燥機が一つずつ。

 洗剤やシャンプーやリンスにボディーソープは備え付けてある。

 内臓式のクローゼットもあり、荷物が届くまでに必要な服や下着は入れてくれているらしい……何処でサイズを知ったんだ?


 シャワーなどに関しては、ハーランドが作ったものであり故障の類は滅多に無い。

 使い方はシンプルで分かり易いが、何か分からない事や困った事があれば教えて欲しいと言われる。

 そうして、設備の説明を終えてこの宿舎での決まり事を教えられた。


 就寝時間は自由であるが、なるべく仕事に支障が出ないようにする事。

 壁は厚くそれなりの防音機能はあるが、あまり騒がない事。

 後は、夜の十二時以降は宿舎から出てはいけない様だった。


「……後は……まぁ女性の方もいるので、あまり、その……分かるかな?」

「……はい」


 まぁ大体のニュアンスは分かる。

 女性のパイロットもいるからこそ分別を弁えろ。

 そして、あまり節操の無い行為をするなと言う事だろう……する奴がいたのか?


 あまり信じられないが、こんな注意事項があるくらいだから前例があったんだろう。

 会社の規模に比べて、集まって来るパイロットの中にはそんな破廉恥な輩がいるのか。

 俺は少しだけ警戒しておこうと考えながら、他に何か決まり事は無いか尋ねた。

 すると、オットーさんは何かを思いだしたかのようにセシリアさんの方を見る。

 彼女は扉がきちんと閉じられているのを確認してから、俺に忠告してくる。


「君が異分子であることは私もオットーも知っている……が、他のパイロット達には伝えていない。彼らは若くまだ世間を知らないからな……問題が起きる場合を考えて情報は伏せてある。くれぐれも他の者にその事は伝えないでくれ……ふむ。そうだな、そのマフラーは人前では絶対に外さないように、と言ったところか?」

「……もし、バレたら?」

「……その時はまぁ、君で何とかしてくれ……無理なら、此方で別の寝床を手配するだけだがな……そう固く考えるな。バレたらバレたで案外うまくいくかもしれないしな。ははは!」

「……」


 何だか楽観視し過ぎではないのか……いや、分かっている。


 今の言葉は敢えて身構えさせない為のジョークのようなもの。

 彼女自身も俺がペラペラと異分子である事を話さないと思っているだろう。

 見つかる可能性があるとすれば、彼らが俺の事に興味が出て不意をついてマフラーを脱がせてくる場合だが……あり得るか?


 確かにまだ若い。

 セシリアさんの言葉からして、実戦経験も積んでいないかもしれない。

 恐らくは、ハーランドの養成機関で育ったエリートパイロットと言ったところか。

 ハーランド自体も、実戦を経験したパイロットよりも自社で養成したパイロットを使った方が話は早いだろう。

 俺はそう考えて。取りあえずは、彼らを刺激しないように目立たないようにしておこうと考えた。


「この施設内であれば、自由に行動して構いません。自慢じゃありませんが、此処には夜遅くまで営業しているショッピングセンターや娯楽施設もありますし。何なら、色々と”溜まっている”事を解消する為の手配も……す、すみません。き、規則ですので」

「ん? あぁ私は気にするな。寧ろ、ナナシ君にそういう欲求があるのなら私が」

「――遠慮します」

「んん! 君もつれないね! ヴァンを見ているようだよ!」

「は、はは……ま、まぁ! そういう事なので、この施設だけでも大抵の事は出来ますよ。あ、勿論。最寄りの街に行きたいのでしたら、前もって申請してくれれば此方も考えますので」


 オットーさんの説明を聞きながら、電話やインターネットはどうなるのかと聞く。

 すると、この部屋にはパソコンは置いてあり。

 自由に使ってくれて構わない事を教えられた。

 電話に関しても自由であるが、あまり此処の情報は外部に漏らさないように釘を刺される。

 セシリアさんは俺を信用してくれるからこそ「彼に関してその心配はしていないよ」と言ってくれる。


「……うん、こんなものですかね……他に何か分からない事はありますか?」

「……明日は何時に何処に行けばいいですか? それと朝食や昼食、夕食は何処で?」

「そうですね……あ、食事に関しては皆さん此処に戻って来て食べられますので。昼食に関しては休憩時間内に配達ロボットが現場まで運びますのでお待ちいただけたら……ハーランド様、ナナシさんの予定は」

「……ふむ、そうだね……よし、では午前九時までに準備を済ませて待機だ。明日は見学時間としようじゃないか」

「……分かりました」


 俺は頷いてから同意する。

 そうして、オットーさんは何か用事があれば管理人室に来るように俺に言う。

 彼は基本的に十二時までパイロットたちの対応をしていて、それ以降は眠りにつくようだ。

 何かあれば起きてくれるが、あまり起こさないであげた方が良い。

 説明を終えた彼はセシリアさんと共に俺の部屋から出て行こうとする。

 彼から専用のカードキーと此処での証明書となるパスキーを渡された。


「カードキーは自室に入る為のもので。パスキーは此処での身分証明書ですね。警備員が怪しんできたら、取りあえずそれを提示していれば大丈夫でしょう。絶対に肌身離さず持っていてくださいね。絶対ですよ」

「分かりました……これから暫く、よろしくお願いします」

「ふふ、はい。此方こそよろしくお願いします……それではお休みなさい」


 オットーさんとセシリアさんは扉を開けて出て行く。

 そうして、ゆっくりと扉が閉められていった。


 ガチャリと音がして、電子ロックが掛けられる。

 俺はゆっくりと貰ったカードを二つ近くのデスクに置いた。

 青いカーペットの上を歩きながら、ナップサックを床に置きシングルベッドに腰かける。

 ふかふかであり、シーツからいい匂いがする。


 俺はゆっくりと倒れ込みながら、天井の照明器具を見つめた。


「……静かだな」


 ヴァンのいびきが聞こえない。

 二階からイザベラの機械いじりの音がしない。

 ミッシェルとヴァンの喧嘩も無く。

 仲間たちとの会話も無い……慣れるかな。


 そんな事を考えながら俺は笑う。

 随分と自らの心が柔らかくなってしまったと思った。

 だが、悪くは無い。

 そう思って、そのまま眠りにつきそうになり――チャイムが聞こえた。


「……今のは俺の部屋のか? 一体誰が……オットーさんか?」


 ゆっくりと体を起き上がらせる。

 そうして、カーペットの上を歩きながら扉の前に立つ。

 覗き穴から外を見れば……誰だ?


 パイロットらしき男と女がいる。

 俺よりも更に若そうであり、恐らくは十八かそこらだろう。

 俺はゆっくりとロックを解除して扉を開けた。


「おっす!」

「……ど、どうもぉ」

「……誰ですか?」

 

 扉を開ければ若い男女がやはりいた。

 一人は浅黒い肌のもじゃもじゃ頭の黒髪黒目の少年で。

 白い歯を輝かせながら、軽く手を挙げた。

 青いジャージを上下に来ていて、いかにもスポーツマンと言った感じだ。

 身長は俺より低く恐らくは百六十後半くらいか。


 もう一人の少女は白い肌に長い黒髪をおさげにしている。

 赤いカチューシャをつけていて、小動物のように少年の背に隠れていた。

 もこもことした白い服に、ながい紺色のスカートを履いている。

 如何にもな装いであり、治安が悪い場所ではすぐに刃物を突きつけられるタイプだろう。

 何もしていないのに怯えられていて、その青い瞳は潤みを帯びていた……何でだ。


 俺がぶっきらぼうに誰なのかと聞けば、彼らは自己紹介を始めた。


「俺はライオット! ライオット・ジャーマンだ! 歳は18で、養成所を卒業したばかりなんだ! こっちは、俺と同期のドリス・エイミスっていうんだ! こう見えてもこいつは首席で、俺は次席なんだぜ」

「よ、よろしくおねがぃ……ぅ」

「……ナナシだ」


 手を差し出されたので握手に応じる。

 彼は気さくにライオットとドリスと呼べと言って来た。

 フランクな奴なんだと思いつつ、扉の外から周りに視線を向ける。

 他の人間は離れた場所にある大型のディスプレイに映る番組をソファーに座りながら見て笑っている……挨拶は二人だけか。


「……あんまり気にすんなよ。先輩方は自分たちの事以外はどうでもいいらしいからな……ま、へんに威張る人たちでもないし、気楽なもんだけどな……ところでナナシは、何期生なんだ? 俺もドリーも知らないから、先輩かと思ったけど。それにしては妙な時期に来たみたいだし……」

「俺はハーランドの人間じゃない。ただの傭兵だ」

「――!」


 後ろのドリスが驚いたように目を丸くする。

 そうして、グイッと距離を縮めてきて「げげげ現役の傭兵さんですか!?」と言ってくる。


 あまりの声の大きさにテレビを見ていた人間が此方に視線を向けて来る。

 訝しむような視線であり、俺はマズいと思って二人を部屋の中に強引に入れた。

 そうして、扉をロックしてから胸を撫でおろしドリスに騒がしくしないでくれと注意する。


「す、すみません……えっと、それで、さっきの質問の答えは?」

「……傭兵だよ。訳あって、セシリアさんの助けを借りている」

「へぇ! じゃやっぱりアレが総裁だったのか! すげぇなお前!」


 ゆっくりと中に入り、適当に座る様に言う。

 ドリスはデスクの前の椅子に座り、ライオットは床にどかっと腰を下ろした。


「それでそれで! ランクは! ネームドなのか!? なぁなぁなぁ!」

「……まだDランクだ。ネームドじゃない」

「Dランクなんですか!? す、凄い……わ、私たちは実戦経験が無いのでEランクですらありませんから」

「……すぐなれるよ……他のパイロット達も養成所からの?」

「ん? あぁそうだよ。外部から雇えば色々とマズいだろ? ほら、機密情報とか漏らされるかもしれねぇしさ。内部で養成した自社のパイロットなら、社員だし色々と管理が出来るからな……成績が悪かったら、そもそもメリウスには乗れねぇけど」

「……お前たちは優秀なんだな」

「えぇぇ? そうかなぁ? えへへへ」


 俺が素直に褒めれば、ライオットは顔を破顔させて照れ始めた。

 一人の世界に入ってしまったようであり、俺はドリスに視線を向ける。

 彼女は最初の怯えたような表情から一変して、キラキラとした目を俺に向けて来た。


「……なぁ、何でそんなに熱い視線を向けて来るんだ?」

「はわぁ!? すすすすみません……わ、私の兄もメリウスのパイロットだったので……遂尊敬の眼差しを」

「……お兄さんも傭兵なのか?」

「……はい。元Cランクの傭兵です……今は怪我を負ってしまって別の仕事をしていますけど……私は兄のようにメリウスを操縦したくて養成所に入ったんです……兄を含めて家族から猛反対されましたけどね。へへ……」


 人差し指同士を突き合わせながら過去を語るドリス。

 二人は二人で色々と訳ありらしい。

 ライオットからは過去の話を聞いていないが、恐らくは何かあるんだろう。

 別にそこまで興味は無いが、これから世話になるのなら味方は少しでもいいからいて欲しい。

 俺は二人にこれから世話になる事を改めて伝えた。

 すると、ライオットは笑みを浮かべながら「おう! 困った事があれば何でも聞いてくれ!」と言う。

 ドリスも「メリウスなら私詳しいです!」と言う。


 頼もしい味方であり、俺は良かったと内心で思う。

 すると、ライオットはパンと手を叩く。

 そうして、立ち上がってから「早速、親睦を深めに行くか!」と言い始めた……何をするつもりだ?


「俺の故郷では裸の付き合いってもんがある。幸いにもこの施設内にはそれが出来る場所があるんだ」

「……またですか? 男の人って何時も……」

「……どういう意味だ?」


 俺は何か知らないが不安を覚えた。

 すると、ライオットは親指を立ててキラリと歯を輝かせる。


 

「風呂に行こうぜ! 互いの背中を洗い流して「遠慮する」ておおぉぉいぃぃぃ!!」


 

 不安は的中した。

 風呂というものは知っている。

 熱々の湯の中に体をつけて入浴するものだ。

 火乃国などを中心として知られる大衆文化であり。

 裸の付き合いとは、正にそのままの意味だ……つまり、マフラーを取らないといけなくなる。


 ライオットは何がいけないのかと問い詰めて来る。

 恥ずかしいのか、俺が嫌いなのか。

 別にそうではない。そうではないが……よし。


「宗教上の理由で、他者に裸を見られてはいけないんだ」

「へ? 宗教? それって……本当か?」

「あぁ、俺の故郷では女性は特に男性に肌を見られてはいけないんだ。男の場合は……そう、同じオス同士でシンボルを見せ合ってはいけないんだ」

「……何でなんだ? いや、女性は分かるけど……」

「見られたらどうなるんですか?」

「見られた場合は男のそれを――こうしなければならない」


 俺は手をチョキにして、人差し指を切るような仕草をした。

 すると、ライオットは顔面蒼白となり股間を両手で押さえた。

 ゾッとしただろう。俺自身もゾッとした。

 しかし、訳が分からないと言った目でドリスは俺たちを見ていた。


「……わ、分かったよ。そんな事になったら生きていけねぇよな……諦めるしかねぇか。はぁ」

「……何で裸に拘るの?」

「そりゃお前、お互いに全てを曝け出してこそ互いが知れるんだよ。なぁ!?」

「……いや、俺に聞かないでくれ」

「あ、そうだよな……すまん」


 ライオットは頭を掻きながら謝る。

 ドリスはくすりと笑い、何かを思い出したように立ち上がる。


「すみません。レポートを書きかけていたので……また、お話ししに来ても良いですか」

「あぁ構わない」

「……じゃ、俺も行くかな。明日は射撃テストがあるからよ……苦手なんだよなぁ、アレ」

「頑張れ」

「おう……じゃ、またなナナシ!」


 二人はそう言って扉を開ける。

 俺は二人に手を振りながら見送った。

 ガチャリと扉が閉められてまた静かになる。

 俺はゆっくりと息を吐きながら、寝る準備をしようとする。


「……パジャマはあるかな」


 俺はクローゼットへと向かう。

 そうして、久しぶりの一人での一夜だと思って笑みを浮かべた。

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