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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第三章:苦しみ抗う罪人たち

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076:再会の約束

 時間はあっという間に流れていく。

 俺はイザベラと共にメリウスの操縦テクニックを磨いて。

 ミッシェルはそんな俺たちの傍らで夜通し作業をしてくれていた。

 その結果、俺は成長の糸口を見つける事が出来て、ミッシェルもアンブルフの整備を終わらすことが出来た。


 早朝に目覚めて目を擦りながらアンブルフを見る。

 機体は完全に修復されていて布が掛けられていた。

 俺はその姿に感動して――肩を叩かれた。


 そこには先に起きていたイザベラがいて。

 彼女は笑みを浮かべながら台の方を指さす。

 すると、そこには大の字になって寝転んでいるミッシェルがいた。

 腹が丸見えであり、今にも風邪を引きそうだ。

 

 ミッシェルにお礼を言おうとしたが。

 彼女は台の上で気持ちよさそうに爆睡していた。

 目の下には大きなクマが出来ていて、寝不足だったことは一目瞭然だ。

 俺がどうしたものかと見ていれば、イザベラ台の上に載り。

 取って来ていた毛布を彼女に掛けて頭を膝に載せていた。

 今日は顔合わせの日であり、早く事務所に戻る様に彼女は俺に言って。

 俺はミッシェルにありがとうと言っておいて欲しいとお願いする。

 そして、イザベラにもお礼を伝えて……また会う約束をした。


 彼女は微笑みながら、俺に早く行くように言う。

 俺は頷きながら手を振りって彼女たちと別れた。




 事務所に戻れば、建物の前に高そうな黒い車が停まっていた。

 近くには運転手らしき小綺麗な見た目の老人とガタイの良いSPらしき黒服たちが立っている。

 車体は大きく、運転手を除いて十人くらいが乗れそうな大きさで。

 タイヤはついていたが、恐らくはホバー式のもので。

 微塵も車体が揺れる事無く、快適な車中泊すら出来るものだろうが……いや、今はそれどころじゃないな。


 車から視線を外す。

 そうして、事務所の階段を登って行った。


 扉の前に立ち呼吸を整えて……ゆっくりと扉を開けた。


 中に入れば、事務所の中にはヴァンと白いスーツを来た女性がいた。

 ソファーに腰かけながら、客人用のティーカップを持って優雅に紅茶を飲んでいる。

 ヴァンの話では三十代だと聞いていたが……どう見ても二十代前半。いや、十代でも通用する。


 肩程の長さで切り揃えられた手入れの行き届いた金髪。

 顔立ちは中性的であるが、大人の女性らしい佇まいで思わず緊張しそうになる。

 背格好は座っているから判別し辛いが……恐らくは170はありそうだ。


 スラッとした姿に、手足はモデルのように長く細い。

 肌も綺麗であり、凡そ荒事の経験が無さそうな感じだ。

 彼女がヴァンの言っていたセシリア・ハーランドその人だろう。


 彼女はゆっくりと味わうように紅茶を飲む。

 そうして、音も立てる事無くカップを置く。

 ゆっくりと目を開けば、綺麗な青い瞳が俺に向けられる。

 長いまつ毛に切れ長の瞳で、息を飲むような感覚を覚えた。


「……君が、ナナシ君だね。弟が世話になっているよ」

「弟じゃねぇよ……あぁ、ナナシ? この人がハーランドグループの総裁様であらせられるセシリア・ハーランド様だ……ナナシ?」

「……っ! すまん」

「……ふふ、初心だね。益々気に入ったよ」


 彼女は妖艶な笑みを浮かべながら舌なめずりをする。

 その仕草はどことなく危険であり、俺は背筋をぞくりとさせる。

 すると、俺の反応を見ていたヴァンは「そういうのは止めろよな。ビッチみたいじゃん」と釘を刺す。


 彼女はヴァンの言葉にくすりと笑う。


「相変わらずの失礼な物言いだねヴァン。私はビッチではなく、愛多き人間なんだ。美しいもの、可愛いものは等しく愛でるものだよ。だから君も、一度私の胸の中で全てを吐き出して」

「――よーし! 顔合わせは出来たな! それじゃ本題と行こうか!」

「……ふふ、つれないね……すごく可愛いよ」


 セシリアさんは笑っている。

 しかし、その瞳は全く笑っていない。

 獲物を見る肉食獣の目であり、姉を名乗っているのに弟と呼んで慕っている者すら喰おうとしている……変態だな。


 ヴァンの説明は強ち間違っていなかったと思いつつ。

 俺は彼女に許可を貰って椅子に座る。

 彼女と対面になる形で座れば、ゆっくりと視線を向けて来る。


「さて、それじゃ戯れはこれくらいにして。彼の言う通り本題と行こうか……その前に一つ質問がある。いいかな?」

「……どうぞ」

「ありがとう……君にとってメリウスとは何かな? 何でもいいよ。教えてくれ」


 セシリアさんはそう言って簡単そうに見える質問をしてきた。

 答えによっては、俺の今後に関わるのだろうか。

 よく分からないが、彼女は俺から何かを引き出そうとしている。


 俺にとってのメリウスは何処まで行っても兵器でしかないのか。

 人を殺す為の道具。又は、敵から身を守る為の鎧。

 同じメリウス乗りと戦う時に活用できるこの世界の主力兵器で……だが、そうじゃない。


 彼女が求めているのはそんなありきたりな答えじゃない。

 教科書に載っているような答え何て興味は無いだろう。

 彼女は”俺自身”の答えを聞いている。

 世間一般の認識じゃなく、俺が感じたものを……だったら。


「……メリウスは兵器だ。人を殺すのに適したものだ。戦闘機よりも戦車よりも多くの戦果を挙げられる代物だ」

「……それが君の答えかな? なら」

「――だが、それは本質じゃない」

「……ほぉ、では本質とは?」


 彼女は少しだけ興味が湧いたように目を細める。

 俺は静かに頷きながら答えを提示した。


「メリウスは可能性だ。多くの可能性を秘めたもので、多くの人間の想いや願いによって姿を変えていく。工事現場で使われる作業用、戦場で負傷者した兵士を運ぶ為の医療用……だが、まだある。メリウスは可能性の塊だから、使い方によっては全く別の運用方法もある筈だ……だから俺にとってのメリウスは……未来では殺す為じゃなく、生かす為のものとして使われていく気がする……これじゃダメか?」

「……ふ、ふふ……良いね。実に良い……パーフェクトだ! その通り、メリスウは可能性だよ!」


 彼女は大きく手を広げて笑う。

 窓から差す光が後光のように見えるが目の錯覚だろう。

 俺は彼女が満足する答えを言えたことに安堵する。


「君とは話が合いそうだ。ヴィジョンが見えているからね……うん、合格だ!」

「……それじゃ」

「あぁ作ろう。いや、是非作らせてほしい。メリウスを可能性だと言った君なら、きっと新型も上手く使いこなせるだろう……そうだね。何か希望があるのなら、今の内に聞かせてくれないか。あぁざっくりとでもいいよ。こういう武装にしたいとか、何に特化させてほしいとか」

「……反映できるのか?」

「ん? 勿論さ。君は客で私は業者だ。クライアントの願いは全て叶えるくらいの度量が無ければ、ビジネスは成り立たないんだよ……さぁ遠慮せず言って見なさい。それに完璧な形で応えて見せよう」

「……」


 俺は顎に手を当てて考えた。

 自らの願い。どんなものに乗りたいか。

 強く速く頑丈ならいい……いや、そうじゃない。


 そんなありきたりの願い何て意味は無い。

 彼女にそんな要望を伝えなくても、彼女はそれらを叶えてくれるから。

 だったら、俺が今、もっとも強く抱いている事は――あれしかない。



 

「――アンブルフと一緒に戦いたい」

「……ほぉ、アレと一緒に……だが、君が求めているのは新型だろ?」

「あぁそうだ。だから――アンブルフを進化させてほしい」

「――っ!」



 

 俺は頭を下げる。

 無茶な要望だったかもしれない。

 型落ちの元量産型のメリウスを新型に進化させて欲しいなんて。

 でも、俺はアンブルフをこのまま倉庫片隅に眠らせたくなかった。


 ヴァンから貰ったメリウスで、ミッシェルが何時も整備してくれたメリウスで。

 イザベラと共にミッションに挑んだメリウスだ。


 アイツは死んでなんかいない。

 型落ちのガラクタでも無い。

 まだ戦える。まだ一緒に戦場へと行けるんだ。

 

 ミッシェルがアンブルフを直してくれた事にも意味がある。

 アイツはこれから先でまだ活躍できると信じていたんだ。

 言葉にしなくても分かる……だから俺は、この願いを口に出した。


 ゆっくりと頭を上げる。

 そうして、セシリアさんを見て――表情をひきつらせた。


「く、くふ。くくく、くふふ……ふふふ!」


 彼女は片手で口を覆っている。

 しかし、その頬は紅潮していて目は限界まで細くなっていた。


 笑っている。いや、必死になって笑いを堪えている。

 何がそこまで面白いのか。何がそこまで嬉しいのか。

 彼女はゆっくりと手を口から離す。

 そうして、昂然とした表情を俺に向けて来る。


「……君はどこまで私を喜ばしてくれるんだナナシ君……それだよ。私が真に求めたいたものは」

「……?」

「メリウスをただの道具と思っていない。まるで自らの半身のように思い、安易にそれを捨てる選択肢をしない。たとえ古く脆く弱かったとしても、君はそれと共にいたいと願った……素晴らしい。素晴らしいよ……私の理想が今目の前にあるようだ」

「……いや、そこまでは」

「しー! 黙ってろナナシ! 何かいい感じだから!」


 ヴァンは口の前に人差し指を立てる。

 黙っていろと言うが完全に聞こえているだろう。

 そう思って視線を向ければセシリアさんは天井を見つめてポロポロと涙を流していた……うぁ。


 思わず引いてしまう。

 何故か、嬉しいのか涙を流していて。

 プルプルと彼女は震えていた。

 俺はどうしたものかと激しく戸惑いながら彼女を見つめて――スンと表情を戻して俺を見て来た。


「君の願いは確かに伝わった。あぁ叶えよう。いや、叶えさせてくれ……君とアンブルフの想いを、私が一つにする」

「あ、あぁ……うん」


 良く分からないが、俺の願いは聞いてくれるらしい。

 それを聞いて首を傾げそうになりながらも。

 俺は首を左右に振ってから、少しだけ口角を上げた。


 何にせよ、またアンブルフと一緒に戦える。

 それが堪らなくうれしくて、俺はギュッと拳を握った。


「……取りあえず、要望も聞けたし……よし、それじゃ行こうか!」

「……まさか、今から?」

「ん? 勿論さ! あ、荷物はヴァンが纏めてくれるから心配はいらない。運送の手配は此方でしておくから、ヴァンは速やかに彼の私物を纏めてくれるか?」

「おいおい、急すぎるぜ……まぁ、やっておくけどさぁ」

「よし、なら君は……他の子との別れは済ませている様だね……なら、ヴァンだけか……私は先に下で待っているよ」

「……ありがとうございます」


 俺は彼女に頭を下げる。

 そうして、椅子から立ち上がって彼女は部屋から出て行った。

 ガチャリと扉が閉まった音を聞く。

 そうして俺たちは静かになった部屋の中で互いに視線を合わせずにいた。

 カチカチと時計の秒針の音だけが響く中で、俺はゆっくりと椅子から立ち上がる。

 近くに置いてあった俺のナップサックを取ってから肩に担いで――ヴァンに視線を向けながら俺は笑った。

 

「今までありがとう。此処まで来られたのはヴァンたちのお陰だ。本当に感謝している……すぐに戻って来るから。俺の席は残していてくれよ?」

「……なぁに言ってんだよ! 当たり前だ! 嫌って言っても迎えに行くからな! 絶対に絶対にぜぇぇぇったいに! 帰って来いよ、相棒」


 ヴァンは親指を立てながら笑う。

 そんな奴を見ながら、俺は静かに頷く。

 

 

「……あぁ、またな”相棒”」

「――っ!」


 

 それだけ言って俺はそそくさと扉の前に立ちそれを開ける。

 後ろ手に扉を閉めれば、部屋の中から嬉しそうな声が聞こえて来た……馬鹿だな。

 

 俺は照れくささを隠すように表情を強張らせる。

 カツカツと音を立てて階段を下りながら、事務所から出て。

 視線を事務所へ向ける。

 慣れ親しんだ事務所であり、此処から俺の傭兵生活は始まった……いや、まだ序盤だ。


 まだ何も成し遂げていない。

 ヴァンの夢も、俺の目的も達成できていない。

 これからだ。これから俺たちは――


「挨拶は済んだかな?」

「……はい……よろしくお願いします」

「……ふふ、良い子だ……さ、乗りたまえ」


 彼女は運転手に扉を開けさせる。

 そうして、先に俺に乗る様に促してきた。

 俺はそれに頷いて車の中に乗り込む。

 広々とした車内で座席が円のようになっている。

 立ち上がらなければ天井には頭がつかないほどの高さだ。

 高級な革張りの椅子であり、そこに腰をおとしながら入って来たセシリアさんを見る。

 彼女は微笑みながら「長旅だ。寛いでくれ」と言う。


 扉が閉められて、ナップサックを隣に置く。

 そうして、俺は曇りガラスを通して見える外の景色を見る。

 事務所を見ればヴァンが窓を開けて手を振っている。

 俺はそんな奴に手を振る。

 そうして車が動き始めて、事務所から離れていき――ん?


 何かが後方より迫っている。

 一台のバイクであり、それに乗っているのは――ミッシェル!?


 何かを叫んでいた。

 俺は窓の開け方をセシリアさんに聞く。

 そうして、ボタンを押して窓を開けてから身を乗り出した。


 ミッシェルはヘルメットも付けず叫ぶ。

 

「絶対に帰って来いよぉぉぉぉぉぉ!!!! お前の居場所は此処だからなぁぁぁぁぁ!!! ナナシぃぃぃぃぃ!!!」


 ミッシェルは叫んでいた。

 俺はそんな彼女に手を振って応える。

 すると、彼女も手を振って来て――バイクがふらついて転倒した。


「――っ!」


 ゴミの山に突っ込んだ彼女。

 俺は心配して車から降りそうになって――彼女が手を伸ばす。


「元気でなぁぁぁぁぁ!! 止まるんじゃねぇぇぇぞぉぉぉ!!」

「――あぁ!! また会おう!!」


 ゴミの山から顔を出した彼女は笑っていた。

 俺はそんな彼女に手を振りながら――目から雫を零した。

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