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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第三章:苦しみ抗う罪人たち

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074:瞳に宿る光

 レバーを握る手が汗ばんでいる。

 呼吸も大きく乱れていて、ぽたぽたと汗が顎から垂れ落ちていく。

 それを乱暴に拭いながら、シミュレートの終了を告げる機械音声を聞く。


 俺は静かに息を吐いて呼吸を整えていった。

 終わった。これでまた一つ、学ぶことが出来た。

 やはり、この機械は凄いな。

 アレほどの手練れたちが過去に存在していた事が知れて。

 その上、そんな人間たちの動きを模したものと戦えた。


 笑みを浮かべながら、俺は満足したように頷いた。

 そうして、レバーから手を放してゆっくりと後ろのコンソールを前に出す。

 

 俺は、何度も戦った。

 何度も何度も戦った。


 負けて、勝って、負けて、また負けて。

 ギリギリの戦いで負けて、紙一重の勝負で勝って。

 勝って、負けて、勝って、勝って――また負けた。


 過去の依頼を受けて体験し、過去の英雄たちとも戦った。

 その結果、彼らの腕が本物であると知り。

 データになった彼らの姿を目に焼き付けながら、何度目になるか分からない敗北を味わった。

 機体の性能も関係ないほどに、俺と彼らの間には明確な差があったと気づく。


 それは単純な実力だけなのか?

 いや、少し違う気がする。

 前まではそうだと思っていたが、彼らとの戦いで何かに気づきそうだった。


 俺は今までも多くの戦場で戦ってきた。

 凄腕の傭兵とも戦った経験もあるのだ。

 勝てる事もあったが、負ける事の方が多いと言える中で。

 俺は死の淵に立ちながらも生還してきた。


 そんな中で、俺が何故、自分よりも格上の人間に負けてしまうのか……もしかして。


 俺はコンソールに手を置いてカタカタと叩く。

 そうして、今までの戦闘記録を再生する。

 ある程度絞って必要な情報だけを抽出する。

 すると、そこに映る第三の視点から見る俺の機体の動きは――至って普通だった。


 いや、奇を狙うような行動もしている。

 相手の意表を突こうとしているのだから、当然そういう動きもある。

 しかし、相手と対峙して戦っている時の俺は、客観的に見て何の特徴も無い。

 こうすればいい、こうした方が良い。

 そういうセオリーに縛られている動きであり、単調にすら見えた。


 全身の血が沸騰するような感覚。

 冷静でいられないほどの熱量を感じれば、その殻を破れる。

 逆に言えば、そうならない限り俺は冷静に行動するだけだ。

 まるで教科書通りの動きで……これだから動きを読まれるのか?


 普通の傭兵相手であれば問題ないだろう。

 しかし、今まで戦った傭兵の中にはネームドも存在する。

 そんな相手と戦った時は、決まって此方の攻撃を避けられていた。

 いや、それだけじゃない。

 装甲を削られて武装を強制的に剥がされるような攻撃を真面に喰らった時もある。


 ある人間の暗殺をしに行って出会った異分子の国の兵士も。

 SAWの工場で対峙したネームドの傭兵も。

 そして、エマを殺したあの狂人の時も――俺は相手を倒す事が出来なかった。


 ネームドから逃げる事は出来た。

 しかし、普通に戦っていれば確実に俺は負けていた。

 異分子の国の兵士にも、あのイカれた神父にも勝てなかった。

 それは俺という人間の動きが予測できるものだったからじゃないのか?


 いや、それだけじゃない。

 動きを予測されるだけではなく。

 他にも何かが関係しているような気がした。

 俺は流れる映像を見つめながら、静かに考えた。

 一体他に何が原因で……ん?


 外部からの通信が入る。

 いや、外部というほどではなく。

 これは恐らく、シミュレーターの外側からのコールだろう。

 俺がコンソールのキーを叩けば、通信が繋がされる。

 画面に映ったのはミッシェルの顔で、その隣にはヴァンがいる。


《調子はどうだ? ヴァンが用があるらしいから、終わったら出てきてくれよ》

《別に後でもいいからなー!》

「……いや、今終わった所だ。すぐに出る」

《お? じゃ、待たせておくぜ……お前は何も触るなよ》

《へいへーい》


 通信が切れて、俺はコンソールをカタカタと叩く。

 記録映像を保存して、機体データも保存し……ピックアップした依頼データは次に試すか。


 そんな事を考えながら作業を終わらせていく。

 そうして、三分ほどの作業を終わらせてからコンソールのキーをカチリと叩く。

 後ろへとコンソールを下げてから、シートに触れてボタンを押した。

 すると、シミュレーター内の灯りが消えていく。

 代わりにガシュリと音がして、シミュレーターの外に繋がる扉が開かれた。


 ベルトを外してから外に出る。

 そうして、床に足をつければシミュレーターの扉は自動で閉まって行った。

 倉庫の窓を見れば、既に外は暗くなっていた……かなり集中していたのか。


 時間も忘れてはしゃいでた自分。

 何故だか無性に恥ずかしくなるが。

 俺はそれを表に出さないように口を堅く結ぶ。

 そうして、片手を上げて笑っているヴァンに近づく。


 ミッシェルを見れば、アンブルフの整備に戻っていた。

 俺は心の中で彼女に感謝しながら、ヴァンにどうしたのかと尋ねる。

 するとヴァンは「嬉しい報告だぜ」と言う……まさか。


「実はな、俺の知り合いにすげぇ奴がいてな。その人がお前の腕を見込んで、お前専用の機体を作りたいって言ってんだよ。それもそれも! 何と新型だ! やったな!」

「……俺は何をしたらいいんだ?」

「取りあえずは、その人が三日後に此処に来てくれるらしいからよ。その時に顔合わせをして、お前が納得したらその人について行ってもらう……まぁ嫌なら断っても」

「――分かった」

「……即答かよ……マジでいいのか? 俺が言うのも何だが、その人はかなりの変わりもんだぞ? 俗にいう変態だ」

「……お前が言ったのに、何で断らせようとするんだ?」


 俺はヴァンの言動を不審に思った。

 ヴァンが朗報だと前もって言ってきて。

 俺自身も新型に乗れるのであれば、災厄と戦う事が出来ると考えていたのに。

 何故か、ヴァンは俺自身の意思でこの話を断わる様に仕向けようとしていた。

 理由は不明だが、こいつが俺に行って欲しくないような雰囲気を出している事は分かる。


 その事について聞けば、ヴァンは口をとんがらせて頭に手を持っていく。

 そうして、地面を軽く蹴りながら「別にぃ」と言い出した……はぁ。


「……お前が何を嫌がっているのかは知らん。だが、俺は行くからな……出来ればアンブルフも持っていきたい」

「……持っていけるよ。多分、必要だろうからな……そうかそうか、行っちまうのか……寂しいなぁ」

「…………お前、もしかして…………そういう事か?」


 ヴァンが何を考えているのか気づいた。

 すると、ヴァンは少しだけ頬を赤くする。

 俺はそんなヴァンの表情を見て一歩後ずさりした。

 ヴァンはそんな俺の動きを見て、目を大きく見開きながら両手をぶんぶん振り始めた。


「ちちち、ちげぇよ!! 絶対、絶対に違うからなぁぁ!? 俺は至ってノーマルで、健全で……あぁぁ、兎に角! 寂しいだけだから!! 家族なの!! 俺たちは!! そうだろぉ!! ミッシェル!!?」

「……前々から怪しいとは思っていたけど、そういう事だったのかヴァン……多様性の時代だな」

「あああぁぁぁぁやぁぁぁめぇぇぇぇろぉぉぉぉぉ!!!」


 ヴァンは赤面しながら頭を掻きむしる。

 子供のように喚きながら取り乱している男。

 俺はそんな奴の姿が面白くて思わず吹き出してしまう。

 腹に手を当てながら笑って、俺は睨んでくるヴァンに手を向けて謝る。


「す、すまん。で、でも……く、くふ。あははははは!!」

「……笑うなよぉ。何だよぉ、お前もミッシェルもぉ何とも思っていないのかよぉぉぉ」


 ヴァンは目に涙を浮かべながらガックリと肩を落とす。

 俺はそんな奴を見つめながら、呼吸を正していく。

 そうして、ゆっくりと奴の前に立ちながら首を左右に振る。


「……何とも思わない訳じゃない……皆の元から一時的に離れるのは嫌だ……ミッシェルやイザベラ。そしてヴァンたちと過ごす時間が、俺は好きだ……でも、俺には力が必要だ。だから」

「――待った!」


 最後まで言い切る前に、ヴァンが掌を向けて来る。

 俺がジッと奴を見ていれば、ヴァンはゆっくりと顔を上げた。

 そうして、涙を拭いながらにしりと笑う。


「お前の気持ちが聞けただけで満足だ……そうだよな。うん、必要な事だ……うし! それならもう俺がいう事は何もねぇ! あの人は変態だけど、悪い人間じゃないからな。安心してお前を託せるよ……でも、もしも困った事や嫌な事があったらすぐに俺たちを呼べ。これは約束だぜ?」


 ヴァンはそう言いながら俺に拳を出す。

 俺はくすりと笑いながら、約束する事を伝えた。

 互いに拳を打ち合わせて、ゆっくりと下げる。

 遠目から見ていたミッシェルは「青春かぁ?」と半笑いだった。


 俺はそうかもしれないと言いながら、ヴァンに己が気づいたことを伝えた。

 今まで格上との戦いで負けて来た俺。

 そんな俺の戦い方が単調であったからこそ、簡単に動きを見破られてやられてしまった。

 勝てた時があったのは、その殻を破った動きをしたからだとも伝える。

 すると、俺の言葉を静かに聞いていたヴァンは付け加えるように指摘してきた。


「その人が言うには、武装に関しても駄目だったらしいぜ。それは俺の責任だけどさ。何でも、平々凡々な武器ってのは傭兵たちは見慣れているから、その癖や弱点なんかも見ただけで分かっちまうらしい。今までは扱いやすい物をって思っていたけど。次のステージに上がるなら、新たな武器を探さないとな」

「……確かにそうかもしれないな……いや、でも、それならイザベラは?」

「アイツは武装なんて関係ないだろ? 元Aランクの傭兵だし、ナナシの数倍は経験を積んでるぜ……でも、そうだな。アイツにも適した新兵装を見つけてやりたいな……セシリアに頼むか」


 ぼそりと何かを言ったヴァン。

 俺はそんな奴を見ながら、武装の新調という可能性を考える。

 確かに、今までの武装はどれも一般的なもので。

 特徴が無い分、扱いやすさの点では一級品だっただろう。

 しかし、これから先でより苛烈な戦場へと向かうのであれば、新兵装は必要不可欠だ。

 特に、災厄との戦いであれば、それがあった方が良いに決まっている。

 問題なのは、その武装とやらがどのような物になるかだが……そもそも、俺は何が得意なんだ?


 今までは碌に考えてこなかった事。

 兵士時代は渡された武装だけを使って戦ってきた。

 そして、傭兵になってからも主にミッシェルやヴァンたちからの指示で武器を選んでいた。

 その結果、全ての武装をそつなく使いこなさせるようにはなったが。

 どれが一番得意であるかが分からなくなってしまっていた。


 ……いや、それならいっそ、全ての武装を極めて……いや、ダメだな。


 全ての武装を極めようとすればかなりの時間が掛かる。

 その上、シミュレーターだけでは限界があり。

 戦場に出て実戦経験を積む必要になる。

 それまでに俺が五体満足で生きているかは賭けだろう……いや、どうだろうな。


 俺自身も、自分で自分の事が分からない。

 何が得意で何が苦手か。

 そもそも、死んだと思った状況の中で何度も生還してきた。

 もしかしたら、俺は死ぬ事がないのかもしれない。

 いや、それは言い過ぎだろう。人間だれしも何時かは死ぬ。

 どんなに特別な人間であれ、寿命は存在する筈だ。


 限りある命。

 燃え尽きるその日までに、全てを極められるかと言えば……途方も無いな。


 少なくとも、災厄とまみえる日までと考えれば、絶対に間に合わない筈だ。

 つまり、全てを極める案は却下であり……となると、せめて近接か遠距離か。


 格闘戦装備か射撃武装かは絞っておきたい。

 そうでなければ、範囲が広すぎる。

 二つに絞ったとするのなら、射撃武装にしておきたい気持ちがある。

 それは近接戦よりも射撃戦の方が経験が多いという理由で――


「――ぃ、おーい! ナナシー! 帰ってこーい!!」

「……すまん。考えていた」

「……ま、それは別に良いけどよ……飯行こうぜ。腹減っちまった!」


 ヴァンは腹を摩る。

 すると、大きな虫の鳴き声が響いた。

 ミッシェルを見れば呆れたようにため息を零す。


 瞬間、別の虫の音が響いた。


 ヴァンは首を傾げている。

 俺はゆっくりと手を挙げながら、腹が減っている事を伝えた。

 すると、ミッシェルは笑いながら「しゃあねぇ。じゃ、行くか」と言う。


 ヴァンはにしりと笑い親指を立てる。

 

「そうと決まれば、やっぱりおやっさんの店しかねぇよな!」

「……まぁ久しぶりだし良いけど……勿論、社長様の奢りですよねぇぇ」

「……ナナシ!」

「――ごちになります」

「……お前、そんなキャラだったか?」


 両腕を腰で構えながら、漫画のキャラのセリフを言う。

 ミッシェルに見せてもらったバトル漫画の主人公のセリフであり。

 奢ってもらう時は、こうすれば良いとミッシェルも言っていた。

 試してみればヴァンは困惑した表情を浮かべていて、ミッシェルは台の上で腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。


「……まぁ、いいよ……じゃ、イザベラには言っておくから先に行こうぜ。ほら、さっさと来い!」


 ヴァンが手を振って来るように指示する。

 俺はそんな奴に笑みを向けながら、ゆっくりと後ろを振り返る。


 そこには装甲を剥がされて内部が剥き出しになったアンブルがいる。

 俺は奴を見つめながら、また世話になると心の中で言う。

 すると、アンブルフのセンサーが光ったように感じて――ミッシェルに脇を小突かれる。


 俺はハッとして、二人を追いかけていく。

 扉の前に立ち、ミッシェルが電気を消して。

 暗闇の中で鎮座する愛機は、ただ静かにそこに存在していた。

 そんな愛機の目が青く光っているように感じながら、俺は静かに扉を閉めた。

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