表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第三章:苦しみ抗う罪人たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/230

069:己を鍛え上げろ

 ……悪夢のようだった。


 心が闇に呑まれて、別のナニカに変わって行くようで。

 俺の目には全てが敵に見えて、それら全てに破壊を振りまこうとしていた。

 あのまま行けば、確実に何もかもを殺し尽くしていたかもしれない。

 そうならなかったのはヴァンと――”エマ”のお陰だ。


 あの時、確かに二人の声が聞こえた。

 闇に染まりかけていた心に二人に声が響いて。

 そうして、寸での所で持ち直して帰って来れた。


 何が起きていたのか。そして、自分が何をしていたのか。

 詳しい事は分からないまでも、自分が危うかった事は分かる。

 ヴァンもイザベラも傷だらけであり、俺は激しく後悔した。


 ヴァレニエに帰ってから、俺はすぐに医者に診てもらった。

 結果は、全くもって異常はなく。

 傷と呼べるものは何一つ無かったらしい。

 まさかと思って一人の時に鏡の前でバンダナを外してみたが。

 古傷だけはしっかりと残っていた。


 俺は勝った。

 イザベラの話では、確かにあの男の生体反応はロストしていたらしい。

 死体の確認までは出来なかったものの、生体反応が消えているのであれば確実に死亡している。

 俺はエマたちの仇を取れた……なのに心はまるでスッキリしない。


 それはまるで、まだ終わりでは無いと言わんばかりで。

 俺はそんな不安を誤魔化すように、アンブルフの機体の修理を手伝っていた。


 窓から差し込む朝日は温かく。

 倉庫内に舞う埃がキラキラと光っていた。

 ミッシェルは専用のコンソールの前に立ち、巨大なロボットアームを操る。

 

 倉庫の中で、設置された巨大なロボットアームを動かして。

 半壊された状態のアンブルフの中身を開いていく。

 壊れているとはいえ、中はまだ生きている可能性もある。

 だからこそ、固定用のボルトなどを丁寧に外してから慎重に装甲を剥がしていった。


 ガシュリと音がしてアンブルフの装甲を剥がしたアームが停まる。

 ミッシェルは息を吐いてから、そそくさと走って行き近くに会った台座を移動させる。

 そうして、中の配線などが剥き出しになったアンブルフの前に立つ。

 台座の上に立ちながら、ボタンを押して上がって行く。

 彼女はゴーグルを装着しながら、工具を手に持って中身を弄り始めた。


「……あちゃ、これはやばいな……仕方ねぇか……予備のコアはあるか? 白い球体の四番だ」

「……あった」


 ミッシェルに聞かれて、俺は置いてあった大きな箱を開く。

 ゴテゴテとした箱であり、足で下の出っ張りを踏めばガシュリと中の空気が抜ける音がした。

 その中には三つのコアが入れられていた。

 四番と書かれた札の後ろに入れられた白い球体のコア。

 大きさにして直径八十センチほどであり。

 一般的な人間が想像するよりも、メリウスのコアは小さかった。


 チラリと横を見れば、メリウス用の”精製液”がドラム缶のような物に入れられている。

 精製液をコアが取り込み、化学反応を起こさせる事によって莫大なエネルギーを生み出す。

 バランスボールほどのこの球体が、十五メートルはある巨人を動かし。

 過去の産物である戦闘機をも凌駕するスピードで駆けるのだから凄いものだ。

 

 謂わば、コアはメリウスにとっての心臓であり、無くてはならないものだ。

 武装にも使えればいいが、コアはその見かけ以上にかなり重く。

 激しいエネルギーの動きの耐えられるように特殊な合金で作られていた。

 その為、あまり重さに関しては考慮されておらず。誰であれコアの重さを削ろうとする人間はいない。

 一個だけでもかなりの金が掛かるからこそ、使い捨ての武装に使う奴は先ずいない。

 だからこそ、従来のエネルギー兵器はメリウス自体のコアと繋ぐかバッテリー式のものが主流だが……。


 万象によって作られた兵器はそんな常識には囚われない。

 従来のバッテリーのように一発の威力が弱く短い時間しか使えない訳では無い。

 コアとの直結型と違い、メリウスのパフォーマンスを落とす事も無い。

 だからこそ、エネルギー兵器においてSAWの右に出る者はいない。


 誰も知らないからこそ、SAWの兵器を使える。

 もしも、アレ等のエネルギーがどうやって作られているのか知れば……いや、どうだろうな。


 大神官のお陰で最悪の事態は免れたが。

 彼の死が異分子によってもたらされた事実は既に世界中に広まっている。

 これからはより一層、異分子への当たりもつよくなるだろう。

 もしかすれば、その事実を認め受け入れた上で。

 非人道的な施設が作られる恐れだって全くないわけじゃない。

 俺はそれを恐れているからこそ、この情報を仲間以外に話せないのだ。

 もしも、この広い世界に異分子を理解してくれる人間がいるのなら……。


「……何考えてんだ?」

「……いや、何でも無い」


 いつの間にか横に立っていたミッシェル。

 黒く汚れたグローブを外しながら、彼女は休もうと言う。

 三日前からずっと倉庫に籠って作業をしていた。

 流石の彼女も休憩を挟まなければバテてしまうと言っていた……それでも、俺よりは動けているけどな。


 テキパキと動いているミッシェル。

 手伝う為に来たとは言え、俺が出来る事は限られている。

 重い物を運んだり、彼女にアンブルに乗った時の情報を伝えたり……それくらいだ。

 

 マニュピレーターの調整を終えて、動力回路も昨日の内に直した。

 問題があるのはコアであり、彼女は徹夜してでも直そうと考えていた。

 しかし、先ほどの言葉が表すのは修復不可能という事だろう。

 貴重なコアを破壊して、新品に交換させてしまう事になって申し訳なく思う。

 俺は無言で彼女についていく。


 彼女は無言で俺に座る様に言い。

 俺はそれに従って椅子に座ってから、彼女が淹れてくれるコーヒーを待つ。


「……今日は苦いのにしておくか」

「……あぁ、そうだな……ありがとう」

「ん」


 彼女はコーヒーを淹れて、湯気の立つそれを俺の前に置く。

 コップを掴みながらゆっくりと飲めば、控えめな甘さと苦みが口内を満たす。

 眠気が消えていき、心の中の雑念も晴れていくようだった。

 俺は笑みを浮かべながら、中身をちびちびと飲む。

 すると、前から視線を感じた。チラリと見れば、ミッシェルがジッと俺を見つめている。


「……どうした」

「……別にぃ……体は大丈夫なのかよ」

「……? 問題ない……心配してくれていたのか?」

「……まぁな……あんまり思いつめるなよ。姐さんは知りたがっていたけど。私は別にどうでもいいから」


 ミッシェルはそう言いながらコーヒーを飲む。

 眉を顰めて口を横一文字にした彼女。

 コーヒーが思っていたよりも苦かったのだろう。

 俺はくすりと笑いながら、小さく彼女に感謝の言葉を送る。


 イザベラはあの日から俺を見る目が少し変わった。

 いや、関係が悪くなった訳じゃない。

 少し俺への警戒心を持っているだけで、普段は何時も通り接してくれる。

 しかし、目覚めてからすぐにアレは何かと聞かれた時は驚いた。

 記憶が曖昧な状態で、アレが何を指しているのかも分からなかったから。

 ヴァンはそんなイザベラを宥めながら、起こった事を説明してくれた。


 説明を聞いても、自分が何をしたのか理解できなかった。

 ただ心が殺意に満たされて、全てが敵に見えていた。

 そうして、衝動のままに全てを破壊しようとしてヴァンとエマの声が聞こえた。

 その事を伝えれば、イザベラとヴァンは眉を顰めていた。

 理解できないだろう。俺も自分で言っておいて理解できない。

 それでも、ミッシェルだけは何も聞かずに、こうして俺を連れてきてくれた。

 あのまま二人と一緒にいさせるのはマズいと思ったのだろう。

 イザベラは何処かへ出かけて、ヴァンも誰かに電話を掛けていた。


 二人が何をしようとしているのかは分からない。

 でも、俺は二人を信じている。

 暴走し仲間にさえ牙を剥いた俺を会社から追放しなかったのだ。

 だったら、俺は彼らの意思を汲み取って黙って仕事をするだけだ。


 そう考えながら、コップの中のコーヒーを見つめる。

 すると、横から頭を小突かれる。

 見ればミッシェルが人差し指を立てている。

 彼女はジト目で俺を見つめて小さく息を吐く。


「だから、思いつめんなって……マゾなのか。お前」

「……失礼だろ」

「失礼なもんか。またそのしけた面を俺に見せたら、姐さんたちに言ってやるよ。ナナシは自分を痛めつけて興奮するド変態だってな」

「やめろ」

「やめて欲しいなら、考えを改めろぉ……誰もお前を責めてないんだ。もっと気楽に生きればいいんだよ。お前は傭兵なんだからな」


 ミッシェルはそう言って笑う。

 そうして、無言で砂糖をコーヒーの中に入れていた……やっぱり苦かったのか。


 彼女はコーヒーを飲みながら席に座り直す。

 そうして、アンブルフへと視線を向ける。


「……ヴァンから聞いたけど。新しい力ってのを探しているんだってな……アイツならすぐに見つけて来るだろうな」

「……ヴァンには伝手があるのか?」

「あぁ? 知らねぇよ……けど、姐さんほどの凄腕がアイツの下で働いてんだぜ。普通なら考えられねぇだろ……ヴァンは馬鹿で下品でガサツだけど……アイツには不思議な魅力がある。だから、勝手に人が集まるんだ。俺やお前みたいなのがな」

「……そうか……そうだな……アイツは凄い奴だった」


 俺もアンブルフを見る。

 半壊し胴体だけになったそれ。

 頭部もボロボロであり、口元は大きく裂けていた。

 センサーは破壊されて光は消えている。

 だが、こいつのお陰で俺は色んな危機から救われた。


 ヴァンはこいつを俺に託した。

 その意味は、これしか残っていたからだけではない。

 俺であれば使いこなせると信じてくれたからだ。


 俺はまだ、アンブルを使いこなせているとは思っていない。

 もしも、名のある傭兵がこれに乗れば、俺よりも上手く使いこなせるかもしれない。

 俺はまだ未熟であり、負ける時の方が多いだろう……でも、生きている。


 アンブルフに乗って戦って、俺は生きて帰って来た。

 ヴァンは分かっていた。

 これに乗って戦う俺が、絶対に死なないと信じていた。

 俺はその期待にだけは応える事が出来ていた。


 ヴァンは凄い奴だ。

 ちゃんと俺たちの事を考えている。

 絶対に出来ない事は言わない。

 確実に命を落すような任務を与えた事はない。


 応えたい。これからもヴァンの機体に。

 その為にも、俺はもっとアンブルフを使い熟せるようにならなければならない。

 そうでなければ、新しい力を手に入れたとしても、俺は間違いなく死んでしまう。

 こいつでなければダメだ。こいつと共に、俺自身も成長する。

 百パーセントの性能を引き出せた時、俺はようやく次のステージに進める。


「……ミッシェル。俺はもっと強くなりたい……どうすればいい」

「……そう言うと思ってたぜ……よし、それじゃアレの出番だな」

「アレ?」


 ミッシェルはゆっくりと指を指す。

 その方向に視線を向ければ、シートが掛けられた何かがある。

 彼女はコーヒーを置いてから、ついて来いと俺に指示を出す。

 俺もコップを置いてから彼女の後を追う。


 ゆっくりとそれに近づけば、それなりの大きさだった。

 球体状であり、彼女がシートを剥がせば黒い大きな玉が出て来た。

 側面には支柱のような物が取り付けられていて地面に刺さっている。

 コードの類は一切なく、内蔵バッテリ式だろうかと勘繰ってしまう。


「これはシミュレーターだ。それもただのシミュレーターじゃない。統括委員会の公式モデルだ」

「統括委員会の……何でそんなものが此処に?」

「……お前は知らないかも知れねぇけど。Aランクの傭兵に一度でもなった事がある人間には委員会から専用のシミュレーターが送られてくるんだよ。だから、これは姐さんのもので……そう言えばお前。姐さんの事あんま知らないよな?」

「……名のある傭兵だとは思っていたが……Aランクか」

「……まぁ今は違うけどな……理由とかは、俺に聞くなよ。そういうのは本人の了解を得ろよ。いいな?」

「……分かっている……それで、これは俺が使ってもいいのか?」

「良いけど、先ずはアンブルフのコックピッドに合わせねぇとな。設定は俺がしておくから、ちょっと待ってろぉ」


 彼女はそう言ってシミュレーターの表面に触れる。

 すると、球体の表面に青い光が走る。

 そうして、ガシャガシャと音を立てながら球体の表面が波打つように変形していく。

 人一人が入れる大きさになったかと思えば、彼女はその中へは入ろうとしてゆっくりと俺を見て来る。


「……スーツ着たいか? いや、モチベーション的な事だけどさ」

「……別に拘りは無い……何か関係あるのか?」

「いや、ヴァンみたいに形から入るのかと思って……あぁ、アイツと同じ思考回路になっちまった……はぁぁ……待ってろ」

「あ、あぁ?」


 少し戸惑いながら、中に入って行った彼女を見つめる。

 すると、入り口は自動で閉じてしまう。

 中から音は一切聞こえず、彼女が何をしているのかも分からない。

 俺は手持無沙汰の状態で、ミッシェルが出て来るのを待つ。


 ……これを使えば、より実戦に近い状態で戦闘が出来るのか……楽しみだ。


 どんな強敵と戦えるのか。

 そして、何処までリアルに近づけているのか。

 予想でしかないが、あのゲームセンターでの戦闘以上の結果が得られるかもしれない。

 あの謎のパイロットのような凄腕と……口角が上がってしまう。


「……あ、コーヒー」


 思い出したようにデスクへと目を向ける。

 そこには飲みかけのコーヒーが二つ置かれている。

 俺はシミュレーターに目を向けてから、出てくるまで時間があるだろうと考えた。

 

 ゆっくりと飲みながら待てばいい。

 時間は有限だが、焦る必要なんて無いのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ