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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第二章:世界を動かす者
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062:化けの皮(side:アンドレー)

 マリアが死に……あぁ行方不明か。


 修道女たちは落ち込み、マーサに至っては泣いてばかりだ。

 子供たちは何も理解できておらず、面倒が少なくて楽だ。

 今はマーサは部屋で眠っている頃だろう。

 神父としての生活は長く、そろそろ退屈してきたころだ。


「……ふあぁ」


 欠伸を掻きながらも、ペンを動かして行く。

 手紙何てあまり書かないが、何の便りも出さないのはまずい。

 あの世界へと戻り、また昔のようにするのであれば友人たちを頼る他ない。

 今まで休止していた活動を再開するのだ。礼儀というものくらいはわきまえているつもりだ。

 

 自室で手紙を書く。

 送る相手は古い友人であり。

 これから世話になる相手だった。

 私の考えが正しければ……アレが来る。


 あの男、ナナシの目は紛れも無い本物だった。

 同じ人殺しの目であり、命を何とも思っていない目で。

 あの目をした人間は厄介であり、目的の為なら如何なる障害も突破してくる。

 それだけの力と決断力を備えた人間ならば、遅かれ早かれ真実にたどり着く。

 そうなれば最期であり、この辺りが潮時であると分かる。


 長居は無用であり、判断を誤れば死を招く。

 このまま、この平和ボケした街に居座るのも……そろそろ飽きてきていた。


 死んだ父からこの仕事を奪い。

 神への供物を捧げ続けて暫く。

 一人では何も出来ない男に手を貸して協力してやったのに……結果はこの様だ。


 あの男が来る事も事前に教えてやったのに、あっさりと返り討ちにあった。

 まぁそうなるだろうと思っていて、その前に毒を飲ませておいて正解だった。

 馬鹿な奴は私の言葉を信じて毒入りの飲み物を素直に飲んでいたのだろう。

 死亡しているのがその証拠であり、それだけは評価してやれる。

 しかし、本当であればナナシを始末してからあの男にもそのまま死んでもらいたかったが……まぁいい。


 荷物は既に纏めてある。

 マーサ達には何も伝える事は無い。

 私は行方をくらまして、再び望む世界へと戻る。

 仲間たちも倉庫で待っており、私はゆっくりとペンを置く。

 そうして、手紙を折りたたみ中へと入れてからシールを張る。

 昔は封蝋をしていたが、アレは面倒だ。

 見栄えは良いが、私自身はあまり好きではない。


 手紙を作り、それを鞄へと入れる。

 そうして、ゆっくりと席から立ち上がった。

 奴が来るまではまだ時間があるだろう。

 真実に辿り着くまでには時間が……いや、辿り着けないかもしれない。


 証拠となるものは何一つない。

 カメラの映像にも細工を施し。

 彼女が失踪した日となる時には、子供たちがいる部屋のカメラには、マリアしか映っていなかった。

 警察はマリアが家出をしたと思い込んでいる。

 身支度を一人でして、勝手に出て行ったのだからな。

 

 本物とほんの少しの嘘を交えるだけで、無能な警察は何でも信じ込む。

 馬鹿な奴らだと思いながら、私は口角を上げてそのまま鞄を持とうとした。


 

 瞬間、ゆっくりと扉が開く。


 

 私は動揺を表に出さないように扉に視線を向ける。

 するとそこには、冷たく鋭い刃のような目をしたあの男が立っていた。

 奴は私に何の断りもなく中へと入り。

 ジッと私の事を見つめていた……早すぎる。


 想定よりも早い。

 一体どうやって……いや、大丈夫だ。


 奴はまだ確証を得ていない筈だ。

 こんなごく短時間の内に、情報を得られる筈がない。

 私は笑みを浮かべながら、どうしたのかと奴に尋ねる。

 すると、奴はゆっくりと口を開いた。


「神父に質問がある……マリアがいなくなった日は、何をしていた」


 その質問を受けて、内心でほくそ笑む。

 やはり、こいつは何も知らない。

 そうでなければこんなバカげた質問はしないだろう。

 私にはアリバイがあり、それを証明できる映像もある。


「……その日は倉庫の整理をしていましたね。子供たちはまだ眠っていましたよ」


 倉庫のカメラには私が映っている。

 カソックを着て倉庫の掃除をする私で――変装した私の仲間であるがな。


 警察はそれを信じていた。

 疑うことも無く、私の無実を信じて。

 この男も私の答えを聞いて静かに頷いていた。

 映像を見せてやる事も出来たが、この男も私の自信のある私の言い方に納得した様だった。

 私はこれなら逃走を図る必要も無かったかと思った。


「すみません。今日は用事がありまして、また今度お話を」

「――なら、最後に一つ聞かせてくれ……最後にマリアと会った日を覚えているか」


 何を言い出すのかと思えば……最後に会った日か。


 何を狙っているのかは分からない。

 意味不明であり、その魂胆が何なのか……。

 

 だが、今となってはどうでもいい。

 どうせ、映像に残っている事を言えばいいだけだ。

 私は努めて冷静に振舞いながら、ゆっくりと奴に教えた。


「そうですね……マリアちゃんと最後に話したのは、ナナシさんがカメリアに行った後で……”子供たちと庭で遊んでいた時”ですね……本当に残念です。私たちがもっとあの子を気に掛けていれば……っ」

「そうか」


 目線を伏せながら目に涙を浮かべる。

 そうして、人差し指で拭いながら。

 チラリと奴を見る。すると、奴も視線を下に向けて納得しているようだった……ふふ。

 

 これで話は終わりだ。

 奴のせいで要らぬ時間を掛けてしまったが、許してやろう。

 奴は私を疑っているが、まだ確証を得ていない。

 これで問題なく行ける。私はそう判断して鞄を持ち――ッ!!


 悪寒が走る。

 嫌な空気を察知して、私は鞄を持ちながら横へと飛ぶ。

 その瞬間に渇いた銃声が響き、目の前を通過していった弾丸が窓を破る。

 バラバラとガラスの破片が飛び散り、私が奴に視線を向ければ。

 奴は無感情に銃口を私へ向けて――


 奴が引き金を引いた瞬間に顔を横へずらす。

 顔面スレスレを飛んでいく弾丸。

 冷や汗が流れて、私は奴が本物であった事を再認識する。


 確実に私を殺す気だ。

 本気であり、奴の中には一部の隙も無いほどに迷いが無い。

 それを察した瞬間に、私は奴に向けて駆けだす。

 奴が銃口を向けていて、私は奴に向けて鞄を投げる。

 奴はそれを片手で弾いて銃弾を放つ。

 だが、狙いが乱れた弾丸は私の頬を掠めるだけに終わる。


 私はそのまま奴へとタックルをしてテーブルも椅子も巻き込みながら扉ごと吹き飛ばす。

 派手な音を立てれば、残骸が宙を舞う。

 騒ぎを聞きつけたマーサが部屋から出てきて悲鳴を上げた。

 奴はそんなマーサに気を取られている。

 私はニヤリと笑いながら奴が落とした銃を拾う。

 そうして、奴の眉間に照準を合わせて――引き金を引く。


「――っ!」


 銃声が響き、床から煙が上がる。

 弾丸が深々と床にめり込んでいて、奴は頭をずらして避けていた。

 

 見えていなかった。

 奴は視線を逸らしていた。

 しかし、奴は銃弾を発射するタイミングで顔をずらした。

 完璧に、それでいて精確に……あり得ない。

 

 弾丸は地面にめり込んで、奴はそのままぎょろりと視線を向けて来る。

 強い危機感を抱いた瞬間、奴は俺の目に向けて指を指し込んできた。

 私は咄嗟に体をねじらせる。しかし、その所為で姿勢がズレてしまう。

 奴は一気に体を起き上がらせて私を跳ね飛ばす。

 私は背後に転がりながら、銃口を――マーサに向ける。


 引き金を引けば、銃弾はマーサの胸を穿つ。

 血潮が出て、マーサはぽっかりと空いた自分の胸を見る。

 大きく目を見開きながら静かに手を置いて――

 

「……ぇ?」

「――!」


 マーサはそのまま崩れ落ちるように倒れた。

 ナナシは初めて動揺し、そのままマーサに駆け寄った。

 そうしてマーサを抱きとめて――終わりだ。


 間抜けへと照準を合わせながら。

 私は満面の笑みを浮かべる。

 奴が動揺しながらも彼女を助けに行くことは分かった。

 だからこそ、心臓への攻撃は避けて生かすようにした。

 そのお陰で、奴はまだ助かる命を救う為に動いた――馬鹿だなぁぁ!


 スローモーションに感じる世界で。

 奴はゆっくりと私に視線を向ける。

 避けるなら避ければいい。

 しかし、銃弾は確実にマーサの命を終わらせるだろう。

 何方かは確実に死ぬ事になる。

 優しい人間として振舞う出来損ないのお前には、他人を見捨てる行為は出来ないよなぁ!


 終わる。これで、終わりにする。

 私を邪魔する人間は生きていてはいけない。

 私の幸福を奪う人間は、殺さなければいけない。

 マリアのように、この男もすぐにあの世へ――


「――ッ!!」


 後ろから気配を感じた。

 その瞬間に私は背後に銃口を向けようとした。

 しかし、その前に何かが私の顔面に当たる。

 メリメリと音を立ててめり込んで、鋭い痛みが走る。

 私は視界を大きく揺らしながら、自室へと弾かれるように転がった。


 デスクに叩きつけられるように倒れて。

 ゆっくりと見れば、サングラスを掛けた男が蹴った後の姿勢で私を見ていた……あぁ、アイツか。


 覚えがある。

 ナナシと一緒にいた男であり、名前はヴァンだったか。

 一人で来たと思い込んでいたが、まさか、仲間を連れていたとはな。

 思わぬ伏兵であり、私は血の混じった唾を吐き捨てる。

 近くには鞄が転がっているが、手を伸ばそうにも奴が見ている。

 奴はゆっくりと私に近づいてきた。

 そうして、私を拘束しようとして――天井から煙が出る。


「――ッ!」

「く、くくく」


 私の手には端末が握られている。

 奴が攻撃を仕掛けて来る瞬間。

 ポケットから端末を取り出していた。

 そうして片手間で操作をして、スプリンクラーに偽装したそれから催涙ガスを放出される。

 奴は大きくせき込みながらその場に膝をつく。

 私も苦しいが、受けたダメージが私の感覚を鈍らせる。

 私はそのまま鞄を持ち、割れた窓へと走って――突き破った。


 バラバラと残骸が舞い。

 破片が体へと刺さり、じんじんと体が痛みを発した。

 血も出ているが、今は我慢しよう。


「憶えた、ぞ!」


 ナナシとヴァン――アイツ等は殺す。


 何時だってそうだ。

 楽しむ為に人を殺し、ムカつく奴を殺してきた。

 人は自分勝手で、我が儘に生きてこそだ。

 厳格な父を嫌い、神を激しく嫌悪していたが。

 神父となって初めて分かった。


 

 神が、神こそが――この幸福を与えてくれたのだと。


 

 我々がしてきた事は罪ではない。私たちに罰を与えない神は俺たちの存在を認めてくれている。

 そして、幸福という人生において最も重要なエッセンスを与えてくれるのだ。

 それが分かってからは、私は神を信じ。神へと多くの供物を捧げた。

 子供も女も、全てを木へと埋めてきた。

 灰となり、天へと召される魂たちもきっと喜んでいるだろう。

 不自由な肉体から解放されて、楽園へと行けるのだから……それなのに、奴らは私の邪魔をした。


 私を殺そうとしてきた。

 私の幸せを奪おうとした。

 ならば、今度は私が奴らを殺しに行く番だ。


 昔のように、”傭兵だった”あの頃のように……また沢山、殺せるんだ!


「く、くくく、ひひ、ひひひ!!」


 笑みが零れる。

 楽しみで楽しみで、仕方ない程だ。

 血をダラダラと流しながら、私は街を駆けて行く。

 私を見て、心配した人間が声を掛けて来るが無視する。

 一刻も早く、仲間の元へ行かなければ。

 幸せの世界へ戻りたい。戻ってまた、幸せに満たされたい。


 こんなにも献身的に、神へと供物を捧げた私なら。

 神はきっとより大きな幸福を、私に与えて下さるだろう。


「楽しみだなぁ。なぁナナシさぁん」


 すぐに殺しに行くよ。

 だから楽しみに――待っていてね。

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