061:もう二度と戻らない
マリアの事は分かった。
移動しながら端末で調べて、知れるだけの情報は得た。
彼女は俺たちが街を離れた二日後に行方が分からなくなった。
警察は彼女の行方を捜していて、唯一の手掛かりは彼女が履いていた靴だけだった。
片方だけが水路の近くに転がっていて、警察は謝って彼女が転落した可能性があると考えて調べていた。
昨日見たものは、彼女を探している警察たちの姿で……違う。
彼女は事故で亡くなった訳じゃない。
彼女は何者かの手によって殺された。
事件と事故の両面で調べている警察。
監視カメラの映像を調べている筈なのに分からないのは、証拠となるものが無いからだろう。
連日、雨が降っていた稀な日だ。監視カメラの映像も多少は見づらいだろう。
誰もいない早朝であれば濃い霧が掛かっているのも知っている。
しかし、現代のカメラで捉えられないのであれば……何者かにより手が加えられた可能性が高い。
敵は複数人の可能性がある。
犯行を行った人間とそいつを助けた協力者だ。
何の理由があってマリアを殺したのか……どうでもいい。
殺したのであれば、死んでも文句は言えない。
殺人者が死んでも誰も悲しまない。
今まで多くの人間を殺してきた俺だからこそ言える事だ。
殺しをした人間は、何時の日か大きな報いを受ける。
俺がお前を――殺すから。
倉庫へと戻れば、ミッシェルがいた。
彼女はメリウスの整備をしながら入って来た俺に声を掛ける。
俺はそれを無視して自室を目指して静かに歩いて行った。
階段を上がり、端末を見ながら情報を頭に入れて。
マリアが行方不明になった日とその状況を読み取る。
朝起きて、子供たちを起こしに来た修道女の一人がマリアがいない事に気づいた。
マリアは昨晩から子供たちが目覚める早朝の間に消えている。
暴れた形跡は無く、悲鳴すら聞こえなかった。
それはつまり、彼女が自発的に起きたか……彼女が信頼する人間がやって来たかだ。
そんな時間に自発的に起きて行動する可能性は低い。
十中八九が、何者かが彼女だけを起こして連れ出した。
孤児院に来て日が浅い彼女が信頼する人間は限られている。
修道女か神父か。或いは、別の子供たちか。
子供たちは除外する。
年端も行かない子供が犯行を実行する術はない。
協力者でさえも、何のメリットも無いのに協力する可能性は無い。
修道女と神父の可能性が高い。
もしも、修道女の犯行であれば当日の当番の誰かだろう。
部屋は幾つかあったのを記憶しているが。
マーサさんの洗濯物の中に、修道女たちの服などはほとんど入っていなかった。
別の洗濯籠に入れていた可能性もある。
しかし、そうであれば別の人間も協力してそれらを運ぶ筈だ。
そうしないのは洗濯の量がある程度限られていて。
大人たちの衣服の洗濯はほぼ無かったからと言える。
つまり、修道女は寝泊まりはする事はあっても、それは当番制で。
彼女たちは別の家があり、通いながら働いているのだろう。
修道女がマリアを連れ去った可能性はある。
しかし、それをするのであればその当日の担当だった人間が怪しいだろう。
疑いの目が行くのは担当の人間で、警察もその可能性は十分にあると考えている筈だ。
捕まっていないのであれば、自分の行動を立証できるだけの何かがあるからだ。
協力者が裏で手を回した可能性もあるが、彼女たちの中に殺人を犯すだけの動機は無い。
異分子であるだけで恨みを買う人間は山ほどいても、マリアはまだ子供だ。
あの修道女たちが子供に向ける目は暖かさがあり、演技であろうともあれほど熱心に子供と接する事は出来ない。
なら、誰が怪しいか……神父しかいない。
アンドレー神父は、教会の中でも信頼が厚い。
街の市民たちからも信頼されていて、街の顔役と言っても過言ではない。
逆に言えば、何をしたとしても黙認されるだけの力があると言える。
警察組織の中でも、彼を慕う人間はいるだろう。
金を渡せば、平気で汚職に手を染める輩がいても可笑しくは無い。
心の拠り所を作る聖者は、心を支配する悪魔にも成り得る。
……いや、まだ可能性の話だ……だが、怪しい点は十分にある。
俺は深く考えていなかった。
しかし、マリアの死と引き換えに。
俺は過去の情報を怪しむ事が出来た。
マリアは言っていた。
皆が寝静まった夜遅くに、教会を訪れていた人間がいたと。
その時に話を聞いていた人間は神父で――”優しい口調”で対応していた。
可笑しい筈だ。
殺人鬼の相手をして、彼はそれでも平静のままでいた。
その時は、相手が逆上して襲い掛らないようにする為の対応だったと思っていた。
だが、どう考えても優しく相槌を打つのは妙だ。
優しく咎めるのなら分かる。しかし、話に乗る様な聞き方はどう考えても異常だ。
そして、もう一つの不可解な点。
それは俺が神父から情報を得て殺人鬼の家に侵入した時だ。
殺人鬼は俺が来る事を分かっていたように奇襲を仕掛けて来た。
普通ではあり得ない。情報が漏れていた可能性はあったが。
それでも、俺が何時のタイミングで来るかは分からなかった筈だ。
それなのに、奴は完璧に俺が来る事を理解して準備をしていた。
確実に殺す為に、確実に背後を取る為に……情報を伝えていた可能性が浮上する。
あの時に、俺は神父にしか情報を伝えていなかった。
そして、そのやり取りも暗号のようなものにしていた。
バレる可能性もあったが、明らかに理解する速度が速すぎる。
まるで、暗号ではなく内容を直接聞いていた様だった。
つまり、神父は脅されていた訳では無く……殺人に加担していた協力者だった可能性がある。
あり得ないだろうと思い込んでいた。
聖職者であり、市民から信頼される人間が。
裏で猟奇殺人の協力者であったなんて思う筈がない。
疑う点があったにも関わらず。俺は深く考える事無く街を離れた。
その結果、マリアは殺されてしまった……俺の責任だ。
俺がもっと速く気づいていれば。
俺がもっと上手く行動していれば。
後悔だ。後悔ばかりであり、己への怒りが湧き出してくる。
まただ、また、俺は失った。
自分の愚かさで、自分が無能であるから……子供が死んだ。
部屋の前に立つ。
そうして、ノブを回して中に入る。
扉を閉めてから、俺はある人物に電話を掛けた。
ワンコール、ツーコールと鳴り――繋がる。
『……お前から掛けて来るなんてな。どうした? まだ、例の件は』
「――子供が殺された。調べて欲しい事がある」
『……訳ありか……分かったよ。その事件を調べるんだな。目星はついているのか?』
「ロンド国の領内にある空港のある街だ。そこで教会と孤児院を経営しているアンドレーという神父がいる……そいつの”過去”を調べてくれ」
『……分かった。深くは聞かねぇ……なぁ、お前……いや、いい……他には?』
「今は無い。何か分かったら教えてくれ。じゃあな」
俺は電話を切る。
そうして、端末を仕舞ってからゆっくりとデスクに近づく。
棚を開いて中を見れば拳銃が入れられていた。
俺はそれを取り出してから、弾薬パックから弾を取り出す。
シリンダーを開いて、中に弾丸を込めていく。
静かにゆっくりと弾丸を込めて――カチリと嵌める。
俺はそれをズボンに差し込む。
そうして、マリアが俺に充てた手紙を取り出した。
これを見れば、何かが分かるのか。
彼女は一体、俺に何を伝えたかったのか。
憎悪も殺意も熱を失い、心は冷え切っていた。
ただただ犯人を殺す事だけを考えていて。
そこには何の感情も無い。
ただ殺さなければいけないと思って、俺は銃を手に取った。
「……」
ゆっくりと中身を取り出す。
そうして、開いてから手紙の内容を見る。
子供らしい字であるが、とても綺麗な書き方で。
手紙の内容は、俺へのお礼であった。
殺人鬼がいなくなり、外に出かけれなくなっていた子供たちも喜んでいて。
恐らくは手紙を渡してくれた少女であろうか。
彼女と仲良くなり、その子はマリアを姉のように慕ってくれたらしい。
孤児院に入った時から、見えない所で世話を焼いていたらしいが。
その子供はマリアの行動を知っていて、彼女は嬉しい気持ちを手紙に綴っていた。
手紙の終わりごろには、自分の里親になってくれる人間がいると神父から聞いて。
朝早くに会う約束をしているから、準備を済ませて門の前で待たないといけないと書かれている。
とても早い時間であり、遅れてはいけないと言われて。
手紙を書こうとしたが、神父はそれは出来ないと言ったらしい。
理由が分からない彼女だったが、”他の修道女や子供たちにも秘密”であると言われて。
彼女は”カメラから見えないように”この手紙を書き、あの少女に手紙を託したと書いていた。
後で怒られるかもしれないと不安を書いていて、黙っていて欲しいとも書いていた。
そうして、彼女は寂しさを滲ませながらも、里親になってくれる人たちが優しい人たちだったらいいと書き綴っている。
この手紙の中には、その時の彼女の気持ちが込められている。
俺はそんな内容を黙って見つめていた。
そして、叶う事なら彼女を慕う少女も一緒にと……。
『助けてくれてありがとう! また会えたら、お話を聞かせてね。あの時のアイスは本当に美味しかったよ。大きくなったら、今度は私がナナシに食べさせてあげるからね! 約束だよ!』
「……」
手紙を読み終える。
そうして、文字が歪んでいる事に気づいた。
静かに目を向ければ、手紙を掴んだ手を握りしめていた。
硬く握りしめた拳は震えていて……分かったよ、マリア。
彼女の手紙が、彼女の最期の想いが――真実を教えてくれた。
疑う事は無い。
可能性が定まって、道がハッキリと見えた。
神父は彼女を唆して、彼女を誰にも気づかれる事無く連れ出した。
手紙から伝わる。
彼女は本気で喜んでいた。
彼女は本気であった筈の未来を想い描いていた。
それを無慈悲に奪い、奴は今も素知らぬ顔でいる。
彼女の信頼を裏切り、彼女の夢を踏みにじり。
彼女の明るい未来を壊して――生きている資格はない。
俺はゆっくりと手紙をデスクに置く。
そうして、部屋から出て行った。
「お、ナナシ帰ってたのか! どうだった子供たちは――っ!」
「…………すぐ、戻る」
部屋から出て来たヴァン。
アイツは俺に声を掛けてきて、俺はゆっくりと奴に視線を向けた。
すると、ヴァンは表情を凍り付かせて後退する。
俺は努めて冷静に、またすぐに戻る事を伝えた。
そうして、ヴァンの返事も聞くことなく歩いていく。
急ぐ必要は無い。
焦る必要も無い。
奴はまだいる。奴は逃げる気が無い。
誰も知らない、誰も疑わない、誰も来ない――そう、思い込んでいる。
身勝手に安心し、心の中でほくそ笑み。
何時も通りの日常を過ごしながら、殺した子供の事もすぐに忘れる。
そうして、また何時の日か誰かの人生を奪うんだ。
強欲で、汚らわしくて。
臭く、歪で――吐き気がする。
いてはいけないんだ。
そんな奴はこの世にいてはいけない。
何の罪も背負うことなく、何の痛みも受けずに。
のうのうと生きて、また誰かを不幸にする人間なんて――存在してはいけないんだ。
「……」
コツコツと靴の音が響く。
俺は前だけを見ながら、神父を殺す事だけを考えた。
確実に殺す――命乞いをする暇もなく殺す。
絶対に殺す――誰が止めようとも殺す。
静かな殺意。
心を満たす冷たい炎。
それを感じながら、俺は倉庫から出て――紅の空の下を歩いて行った。




