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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第二章:世界を動かす者

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058:屍の上に立つ平和を

 目が覚めれば、仲間たちがいた。

 ヴァンもイザベラも、ミッシェルもいて。

 彼らは俺を心の底から心配してくれて、同時に叱ってくれた。

 勝手に一人で出て行き、また危険な事をして。

 こうして、彼らが駆けつけてくれなければ俺はそのまま死んでいたかもしれない。

 いや、それは言い過ぎかもしれないが……それでもだ。


 俺はヴァンたちに謝った。

 そうして、彼らに俺が知った事を伝えた。


 鍵と呼ばれるもの、それを集めなければならない。

 それは災厄と呼ばれる存在が持っている。

 奴と接触し倒す事が出来れば、鍵と呼ばれるものを手に出来るのだろう。

 そして、俺という存在がノイマンという男と関りを持っている事も伝えた。


 正直な話、ノイマンという男が父であると説明されても納得は出来ない。

 幼い頃の記憶は綺麗に消えていて、父も母も憶えていないが。

 それでも、ノイマンという男が俺の父であるとは思えなかった。

 しかし、碧い獣は俺の父がそいつだと言って……何も分からない。


 ノイマンとは一体誰だ。

 碧い獣は俺の兄弟とでもいうのか。

 行き成りすぎる。話しが飛躍し過ぎて、今の俺では理解が追い付かない。


 

 だが、これでハッキリとした……俺にはやらなければいけない事がある。


 

 ノイマンが何者で、俺という存在が何なのか。

 それら全てを知る為には、災厄と戦わなければならない。

 今のままではダメだ。このままでは俺は確実に死ぬ。


 

 もしも、災厄と戦って勝てる可能性があるとすれば……奴らを頼る他ない。


 

 仲間たちは先に停留所へと行った。

 唯一、俺はヴァンだけを連れてきている。

 綺麗な水が流れる石橋の上で、俺はヴァンと並んで立つ。

 空は厚い曇が掛かっていて、どんよりとしていた。

 周りには疎らだが人がいるが、誰も俺たちなんて見ていない。

 誰もが大神官の死で気持ちが一杯であり、沈んだ表情をしている。

 ヴァンはそんな彼らを見てから、ゆっくりと俺に視線を向けて来る……あまり時間は無いな。


 バスが来るまでの時間だ。

 それまでに、俺はヴァンを説得しなければならない。

 考えて来た言葉は沢山あっても、それでこいつが納得するかは分からない。

 ヴァンは馬鹿みたいに振舞っているが、判断力に関しては誰よりも優れている。

 どうすればいいかを即座に考えて、適した答えを提示できるだけの決断力が高い。

 だからこそ、俺は不安で仕方ない。

 もしも、俺の考えを否定されて話が無かった事になれば……もう打つ手は無いだろう。


 俺は石橋の欄干を掴みながら、ゆっくりと言葉を発した。


「……お前たちに話したように、俺はこれから災厄と戦わなければならなくなった……今のままでは、確実に死ぬだろう」

「あぁ、そうだろうな……だけど、一つ違うぜ……俺じゃない。俺たちだろ?」

「……そうだな……お前はそう言うだろうな……でも、分かっているだろ。相手は伝説の存在だ。その力は未知数で、俺たちが敵うかも分からない。だから」

「――だから、SAWの力を頼るってか?」

「……っ!」


 俺が提案しようとした案。

 ヴァンはそれを見抜いていた。

 先手を打たれたことによって、俺は少し動揺した。

 だが、その考えにこいつが至っているのであれば話はし易い。

 俺は「そうだ」と答えながら、そうでなければいけない理由を説明した。


「奴らの計画でも、災厄との戦闘は必ず発生すると思う。奴らの狙いも鍵で、それを手に入れる為に有力な傭兵たちを募っていると俺は考えた。少なくとも、奴らは俺たちが知らなかった災厄の情報を持っていた。つまり、奴に対抗する為の力を用意できる筈だ。そうでなければ、勝てない戦に臨む筈も無いだろ?」

「……そうだな。奴らは情報を持っている上に力もある……俺も思ったよ。アイツ等なら、勝てるだけの何かを用意できるってな」

「それなら!」

「――だけど、それとこれとは別だ。奴らは危険すぎる」


 ヴァンはそう断言する。

 分かっている。そんな事は嫌というほど知っていた。

 SAWの狙いは災厄と異分子の中でも特に優れた個体であるハイランダーだ。

 万象と呼ばれる非人道的な装置を生み出し、今も奴らは異分子を使って大量のエネルギーを生み出している。

 俺でなくても、異分子であれば危険は感じるだろう。

 こんな事が無ければ俺も、絶対に奴らと手を組もうとは思わない……だが、それでも。


 俺は視線を下に落としてしまう。

 ヴァンの目を直視できず、思わず視線を逸らしてしまった。

 すると、ヴァンは俺に手を伸ばしてきて両頬を鷲掴んできた。

 強制的に顔を上に向けられて、ヴァンのサングラス越しの目が俺を見つめる。

 怒っているのか悲しんでいるのかも分からない。

 ただジッと俺を目を見つめてきて――ぷっと吹き出す。


「はははは! 面白れぇ顔!」

「……放せ」


 俺はヴァンの手を払いのける。

 すると、ヴァンはにししと笑いながら「そのままでいろ」と言う。


「無理する事なんてねぇよ。お前の前にいるのは相棒だろ。肩に力が入ったまま話すような間柄じゃねぇ……何を隠しているんだ?」

「……俺は、別に……」

「……話したくねぇってのならいいぜ。無理するなって言ったばかりだしよ……けどな、信用できないとか役立たずって思ってるのなら……俺は悲しいな」


 ヴァンは欄干に手を載せながら笑う。

 その笑みは何時もの自信に溢れた笑みじゃない。

 何処か悲しげであり辛そうに見えた……分かっている。


 ジョンから聞いた話を彼らに伝えないのは失礼だ。

 俺は誰よりもヴァンやイザベラ。そして、ミッシェルを信じている。

 役立たずなんて思った事は無い。寧ろ、俺の方が彼らの足を引っ張っているから。

 だからこそ、このまま隠す訳にはいかないと思っていた。


 でも、もしも、これらの情報をヴァンに伝えれば……絶対にヴァンは怒るだろう。


 SAWが行っている異分子を使った非道な行い。

 人を人として見ていないような行いであり。

 人権も何もかもを無視した外道の所業だろう。

 そして、奴らはそれだけでは飽き足らず。更なる結果を求めてハイランダーも狙っていた。

 奴らの目に映る異分子は、正に金のなる木であり、自らの好奇心を満たす玩具でしかない。

 そんな奴らが俺をテストパイロットに指名してきたのには必ず理由がある。

 それがどういう理由なのかは分からないが……碌な結果にはならないだろう。


 俺は考えた。

 考えて、考えて、考えて――ヴァンが大きく息を吐く。


 奴に視線を向ければ、欄干に腕を載せながら流れる川を見つめていた。

 そうして、俺が中々話さないのを見て徐に言葉を発する。


「……俺は昔な。お前と同じように……兵士だったんだ」

「……軍人だったのか?」

「あぁ、まぁ少し特殊だけどよ……五歳の頃に親に売られて、特別な施設で育った。兵士になる為の訓練って言うよりは、ある存在に近づける為の実験って言うのかな……地獄みてぇな時間でさ。何度も何度も逃げ出したかったけどさ。結局、逃げれなくて苦痛に耐え続けて……俺は最後まで残れたが。奴らが言うには失敗作だったみたいでさ。結局、そのまま兵士としてこき使われてきたんだよ」


 ヴァンは何でもないように語る。

 彼の口ぶりからして、それは途方も無いほどの苦しみだったのだろう。

 教育では無く実験と言ったんだ……つまり、そういう事だろう。


 五歳という幼い時から行われていたのかは分からない。

 彼の口ぶりからして、最後まで残ったと言う意味は文字通り生き残ったと言う意味か。

 そして、彼はその施設を追い出されて兵士として運用されてきた。

 何故か、俺と重なる様な話であり、人事には思えなかった。


 ヴァンは川を見つめながら話を続ける。


「……兵士として活動を続けて……丁度16の頃……俺は任務で取り返しのつかない事をしでかした……極秘の任務でな。多くの名を持つとある最重要人物の捜索を任されて、街から離れた場所にあった一軒の民家にそいつが出入りした情報が入って来てな。他二人の仲間たちはそいつを絶対に捕まえて昇進する気でいた。今思えば、殴ってでもそんな気を失くしてやるべきだったよ」

「……まさか」

「……あぁ、お前が思った通りの事が起きた……アイツ等は俺が外で見張りをしている隙に。そこに暮らしていた夫婦を射殺して、子供にまで手を掛けようとした……碌な情報も出さない上に、子供の命だけは助けて欲しいって叫んでいたのが気に食わなかったのか……銃声を聞いて中に入って、銃口を子供に向けたのを見て俺は止めた。だけど、その子供が仲間に噛みついて…………今でも、ハッキリと憶えているんだ。その子が撃たれる瞬間も、死んだ時の表情も……っ……俺は生まれて初めて、途轍もない恐怖を感じた。どんなに辛い実験をされてもそこまで怖いと思った事はねぇのによ……その件は上層部の奴らの手でもみ消された。その家族は犯罪者と手を組んでいて抵抗したからやむなく射殺したってな……ふざけるなよ」


 ヴァンは拳を握りしめて欄干を叩く。

 彼の目は怒りに満ちていて……恐怖の色も見えていた。


「……俺はその日を境に、メリウスに乗れなくなっちまった……戦場で出会う奴らがあの子供に重なって、悲鳴が聞こえて来るんだ……俺は使い物にならないからって除隊させられて、そのまま酒浸りの生活を続けて……そんな時に、コージに出会った」

「……コージ?」

「あぁ、俺が会社を起ち上げるきっかけを作ってくれた友人だ。そいつと俺とイザベラで、会社を作ったんだ」

「……でも、何で傭兵の仕事を……戦場はトラウマなんじゃないのか」

「……あぁトラウマだよ。今でも震えるくらいにはな……でも、コージは言ったんだ。恐怖も不安も乗り越えられるってな。今もこうして理不尽に殺される子供たちが大勢いる。そんな彼らの為に戦えば良いってな……戦争好きな傭兵共が震えあがるほどの傭兵たちを育てて、弱者から金を巻き上げるクソ野郎共からたんまりと金をふんだくって……何時の日か。誰も戦いに興味を失くして、俺たちが稼いだ金を使って子供たちに正しい教育と心を教えてやるんだ」


 ヴァンはそう言いながら欄干に背を預ける。

 そうして、スッと人差し指を俺に向ける。


「お前なら出来る。争いを無くすだけの抑止力になれる。そして、L&Pの名を広めてくれ。理不尽に命を奪う野郎共、そして、弱者をいたぶる事が好きな変態共を――L&Pが喜んでぶっ殺しますってな」

「……暴力には暴力ということか? ふふ」

「まぁそうとも言うな……暴力に正しいも間違いもねぇけどさ。自分が今まで学んだことが、誰かの為になるんだったら……それまでのクソみたいな時間も、悪くなかったて言えるんじゃねぇかな」


 ヴァンはそう言いながら笑う。

 戦うという事は命を奪う事だろう。

 傭兵や兵士の中には家族がいて。

 ヴァンはそんな存在を相手にしても戦うと言っているようなものだ。

 だが、ヴァンはその事実を認識しても戦うと決めている。


「……三人で会社を起ち上げた時に、俺は覚悟を決めたよ。戦場で出会う全ての人間と向き合う。ナナシやイザベラが殺した傭兵たちを、俺は憶えておく……それが生き残った人間の……戦場に仲間を送った奴のケジメだ……屍の上に立つ平和を俺は作り上げたい……今更だけどよ。協力してくれるか、ナナシ」


 ヴァンは俺に視線を向ける。

 真剣な目であり、彼はそんな俺に手を差し出してくる。

 何故、この時に自らの過去を明かし夢を語ったのか……いや、分かっている。


 ヴァンが何をしようとしているのかも。

 この手を握った時に、俺が彼に何を話すべきかを。

 それを理解した上で――俺はヴァンの手を取った。


「お前の誘いを受けた時から、こうなるとは思っていた……何処までもついていってやるよ。社長」

「……かぁぁ! そこは社長じゃなくて相棒だろ! 何恥ずかしがってんだよ!」

「……うるさい……くそ」

「ははは! あれれ? 顔が赤い気が――ぶぅ!」


 奴がにやけた顔で俺を揶揄おうとした。

 すかさず、俺は奴の腹に軽めのパンチを放つ。

 馬鹿は腹を抑えながら「ぼ、暴力反対」と言う……知るかよ。


「……SAWは異分子を使ってエネルギーを生み出している……文字通り、作る為の材料として……そして、奴らは災厄と異分子の中でも優れた個体であるハイランダーを狙っている……俺がジョンから聞いた情報だ」

「…………何処でとは聞かねぇよ…………話してくれてありがとうな。けど、それを聞いたら絶対にオッケーは出せねぇな」

「……そう、か……分かった」


 やはり、ヴァンは俺の提案を受け入れない。

 分かっていた。絶対にこいつはそれを受け入れないと。

 優しい男であり、俺たちの事を思ってくれている。

 

 振り出しに戻ってしまった事には思うところは無い。

 こうなると分かっていたからこそ、次の手を考えようとしていた。

 だが、俺には人脈も無ければ力も無い。

 今の状態ではどうする事も――


 ヴァンがゆっくりと俺の頭に手を乗せる。

 そうして乱暴に手で撫でながら笑う。


「それはダメだが、俺に考えがある……任せてくれるか?」


 ヴァンは頼りがいのある言葉を言う。

 その目を見れば、ただのハッタリでは無いと分かる。

 ならば、俺の言う事は決まっている。


「……任せた。すまない」

「謝るなよ。これは俺の仕事なんだ。寧ろ、ようやく俺の真の力を見せる時が来たかぁってやる気が出て来るぜ!」

「……どうする気なんだ? SAWほどの所なんて」

「ストップ! 今は秘密だ! トップシークレットってやつだ! 絶対に後悔なんかさせないからよ――待っててくれ」


 ヴァンはそう言いながら拳を突き出す。

 俺はくすりと笑いながらその拳に自分の拳を当てた。

 知っていた。こいつがこういう男だと。

 疑う事が無いほどに、こいつは真っすぐで正直な奴だから。

 嘘が下手で、子供のように笑う男で――俺の相棒だ。


 空を見れば、雲の切れ間から光が差す。

 どんよりとした曇り空が晴れていき、温かな光が街を照らす。

 二人でその光景を見つめながら――


「あ、そういえば時間は――やべぇぇ!! もう来てるぞぉぉぉ!!?」

「――ッ!!!?」

「走れぇぇぇ!! アイツ等は絶対に俺たちを置いて行くぞぉぉぉ!!」


 ヴァンは腕時計で時間を確認してから叫ぶ。

 俺は驚きながらも勢いよく駆けだしたヴァンを追っていく。

 大切な話をして、奴の事を知れたと言うのに。

 何時も通りの騒がしさで……でも、これでいい。


 これが俺とヴァンだ。

 こういう時間が、俺たちの関係を表している。

 慌ただしくて騒がしくて――落ち着く時間だった。

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