055:神々の手の上で(side:大神官)
儀式場から出て廊下に出る。
神官たちは私に礼をして去って行く。
私も明日の神託の発表の準備に向かった。
「……ふぅ」
足を止めて、チラリと外を見る。
神殿の周りに植えた木が風に靡いて揺れている。
カサカサと言う木の葉が擦れる音が聞こえてきて。
ジッと窓を見つめれば少しだけ陽は沈んでいた。
空は茜色に染まり、窓からオレンジ色の光が差し込んでくる。
鳥たちが窓辺で戯れていて、私はその光景を見て小さく笑う。
「……」
「……すみませんね」
「あ、いえ」
私を守る彼らに謝り、私は再び歩き出した。
神託の儀は滞りなく終わり、私は執務室へと戻ろうとする。
SP達に守られて、ゆっくりと歩いて行った。
そうして、儀式で賜った神の御言葉を思い出す。
神より賜った神託の内容は……やはり、私の思っていた事だった。
『異分子の国がもたらした全ての”災い”を公表します。例外なく、全ての事実を発表しなさい』
『……お待ちください。それはつまり、あの”冬の大虐殺”もですか?』
『当然です。全てを市民に伝えなさい』
『ですが、あれは……っ』
『――貴方の使命を果たしなさい』
創造主の考えは、私如きでは分からない。
あのお方には偉大な考えがあり、私たちよりも遥か先の未来を見ている。
だからこそ、私のような人間があの方の道に異議を唱えるなどおこがましいにもほどがある。
だが、それでも……アレだけはダメだ。
冬の大虐殺。
しんしんと降る雪の下で行われた公表される事の無かった世紀の大事件だ。
それは災厄と呼ばれる過去に存在した魔王が。
街一つを蹂躙し、そこに住む市民たちを残さずに殺戮した大事件。
子供も老人も関係なく、後に残ったのは死んだ人間の影だけだった。
無数に存在する影を見て、調査に向かった人間は気が狂うほどだったという。
その大事件は公表されず。一般には災害によって街は壊滅した事になっていた。
しかし、あの大事件の真相は異分子の国の兵士が引き起こしたものとされている。
その場には異分子の国の兵士がいた事は確認されていて。
彼らの戦闘中の会話や映像記録による確認も出来ていた。
それを提供したのはその場に居合わせていたSAWの人間たちで。
彼らは口を揃えて、異分子の国の兵士の所業を語っていたらしい。
逃げ惑う市民へと攻撃を繰り返し、あの災厄を操り住人を虐殺していたと。
アレを引き連れて来たのは異分子の国の兵士たちで……だが、それでもだ。
このままでは拙い。
神託の内容をそのまま伝えるのが私の役目だが。
そんな事をしてしまえば、この世界の状況は更に悪くなる。
彼らを目の敵にし、世界中の人間の心が一つになろうとも。
この世界で生きている彼らの居場所が何処にも無くなってしまう。
例え事実として、異分子の国の兵士が大虐殺を起こしていたとしても。
この世界に住む他の異分子の方々は、何の罪も無いのだ。
子供も老人もいて、彼らは彼らなりに精一杯生きようとしていた。
私の友もその中の一人で……過ちを繰り返してはいけない。
……これ以上、罪の無い人間を死なせてはいけない……例え、神の意思に背く事になったとしても。
私は心の中で決意を固めた。
そうして、静かに歩いていき――誰かが走って来た。
SPたちが警戒するが、私は彼らに心配は無い事を伝える。
走って来たのは年若い神官であり、まだ神官となってから間もないヒュース神官だった。
彼は眼鏡の位置を正しながら、私にとある報告をしてきた。
それは街の中で有名なメカニックの店が爆破し、店主が死亡した事件についてで。
我々が儀式を行っている間に、そのような事件が起きていた様だった。
「……それで、その……警察の方が言うには事故のようですが……例の方々も来ていた様です」
「……ナナシさん達ですか? それは……そうですね。分かりました。ヒュース君はこの事を他の人にも伝えてください。あ、ナナシさん達の事は秘密で」
「わ、分かりました。それでは失礼します!」
彼は礼をしてから去って行く。
若い青年であり、エネルギーに溢れていた。
自分が若かった頃は、あのように街中を駆け回っていたものだ。
我武者羅に働いて、何でも学んで吸収し……潮時なのでしょう。
自分はもう若くは無い。
死ぬのを待つだけであり、その終わりも見えていた。
ナナシさん達が頑張ってくれたから殺されずに済んだとしても……運命が変わる事は無い。
死の運命はすぐそこで、私は小さく笑う。
そうして、再び歩き出して部屋を目指した。
思えば色々な事があった。
友が異分子となった事も、傭兵統括委員会出身の友人が出来た事も。
そして、最期に希望溢れる若者に出会えた事も。
ナナシさんは一目見た時に分かった。
彼は大いなる使命を授かっていると。
大神官として経験を積んできたからこそ、私はその人間が背負うものが何となく見える。
彼の背中には無数の魂がいて、彼を包み込むように覆っていた。
それは呪いでも祝福でも無い……ただただ彼を包み込んでいるだけでしょう。
何故に、アレほどの魂が彼の周りにいるのか。
そして、アレ等は一体彼の何なのか。
それは分からないが、彼の内には見えない何かがあるのでしょう。
それを求めるように彷徨える魂が彼の元に集まっている。
まるで救いを求めるように、彼らは……。
足を止める。
すると、執務室の前で私は立っていた。
「此処までで結構です。暫く一人にしてもらってもいいでしょうか」
「……分かりました。部屋の前で待機していますので何かあればお声がけを」
私は彼らに会釈をしてから扉を開ける。
そうして、部屋の中に入ってから静かに息を吐いた。
彼には確かに大いなる使命があるのでしょう。
アレほどの力を放つ彼には、それ相応の責任がある。
しかし、彼はまだその力を自覚できていない。
私の言葉に応えられなかったからこそ分かってしまう。
自らの使命が分からず、自らの力を自覚できていない。
何時の日か、彼の前に大きな試練が訪れる。
人には神より試練が与えられて、それを乗り越えなければ成長が出来ない。
神はその人間が乗り越えられるだけの試練しかお与えにならない。
それは創造主様であるのか。将又、別の神であるのか……この目で見られないのが悔やまれる。
あのカードを差し出したのは、彼の内側を見てしまった事の詫び。
これからやって来る苦難を乗り越えて欲しいという私の身勝手な願いに他ならない。
彼なら出来るに違いない。それだけの力があり、人を引き寄せる魅力もあるのだから。
私はくすりと笑う。
そうして、彼が未来を変えてくれることを願って――ん?
デスクに目を向ければ、何かが置かれていた。
それは一枚の手紙であり、私は不審に思いながら近づく。
そうして、手紙を手に取ってから宛名を確認した。
しかし、そこには何も書かれていない。
切手も名前も無いそれは、この部屋に誰かが来て直接置いて行ったことに他ならない。
私は静かに手紙の封を切り中身を取り出した。
そこには何も書かれていない紙が入っていて――――…………
『どう、して……貴方は、まだ……』
『ふ、ふふ……やった。やったぁ……これで、僕は……』
『大神官様ァァァァ!!!!』
…………――――あぁ、そうか。
手紙が手から滑り落ちていく。
それには青い炎が灯り、一瞬にして焼かれて灰となって行く。
私は消えていくそれを眺めながら、再び見た”自らの運命”に――笑みを浮かべた。
これは創造主様からのものではない。
この運命を見せたのは他の存在で。
”我が神”と同じ力を持つ――”別の神”だ。
「ふ、ふふ、ふふふ……あぁ、そうか」
神は存在する。
唯一無二では無く、別の神は存在していたのだ。
そして、これを持ってきた人間には心当たりがある。
我が神が最初に予言し、私を殺しに来ると言った”例の存在”。
これでハッキリとした。あの方は私に嘘など言っていなかった。
私を殺すのは間違いなく、その存在で。
運命を見た私が逃げ出す事は無いと知って、こうして黙って未来を見せて来た。
私は逃げない。否、逃げることなど許されない。
防ぐ事は出来る。しかし、それを防げば神の思惑通りになる。
それを防ぐ方法は既に考え付いた。
許して欲しい。名も知らぬ少年よ。
私は君を救う事が出来るのに。
私は君の手で罪を犯させてしまうだろう。
生涯、罪を犯さぬと誓ったこの私が。
死の間際に大きな罪を犯してしまう事になる。
それをさせるのは彼らであり……私はゆっくりとその場に膝をつく。
「神よ……この私に、裁きを……」
私はただ祈る。
両の目から雫を零しながら。
許されない罪を認め、救えぬ命に謝り続けた。
許して欲しい。
君を捨て石にしようとする私を。
許して欲しい。
君に癒えぬ傷を与えてしまう私を。
許して欲しい。
君に罪を与えてしまう私を。
許して欲しい。許して欲しい。許して欲しい――否、許しを乞うな。
もう後戻りは出来ない。
もう祈りを捧げることは出来ない。
我が神を裏切り、別の神の意志を受け取り。
己が考えの元に動いてしまう自分の祈りに価値など無い。
誰も私の声を聞かない、誰も私を救う事は出来ない。
消えぬ罪を背負い、煉獄の炎に焼かれようとも――魂の穢れを雪ぐ事は出来はしない。
「……ぅ、ぅぅ……私は、一体……誰か、誰か」
自らの口を押えながら、意思に反して零れる声を抑え込む。
弱き心、浅ましい心が。必死に助けを求める。
ダメだ。この声は誰にも聞かせてはならない。
弱さも醜さも、私は共に連れて行く。
死の運命が降るまで、私は己が心を律する。
死への恐怖も、罪の重さも。
全てを受け入れて、終わりの時を待つ。
体が震えそうになれば手で体を叩き。
声が出そうになれば息も出来ないほどに口を塞ぐ。
私は老体を縮こませながら、ただただ残った灰を見つめる。
これが私……これが私の運命……受け入れよう。全てを、この身、この魂で……。
希望は既に託した。
後は私が道を示すだけだ。
彼が進むべき道を、彼が未来で選ぶ選択肢を。
”異分子の神”が私を殺す。
そして、”異分子の子”が、私の希望となる。
この世界は創造主様がお創りになったもの。
この世界の生命たちは創造主様の子であり、彼女の意思が全てにおいて尊重される。
でも、それが全てであってはならない。
運命とは決められたものではない。
人生とは設計図通りに組み立てていくだけのものではない。
魂とは管理されるものであってはならない。
子は親を超えていく。
与えられるだけではない。
彼らにだって与える事は出来る。
神が与えたように、人も神に与える事が出来る筈だ。
彼ならば、それが出来る。
大いなる使命を持つあの子であればきっと。
私は静かに目を閉じる。
そうして、神では無くあの青年に祈った。
彼の未来に希望を。
彼の歩む道が途絶える事なきように。
届く事の無い心の声で、彼へと祈りを捧げ続ける。
『――君の旅に幸運を』
消えゆく老人の願い。
床に転がる灰は私の吐息で消えていく。
形あるものは何時か消えても――人の想いは消える事は無い。




