054:不慮の事故
時刻は午前九時十五分ごろ。
昨晩の受けた傷はまだ痛むが、それでも十分に回復した。
流石にヴァンはまだ痛いようで片腕に包帯を巻いていた。
アイツは俺が腕を回しているのを「え、こわ」と引いていた……何でだよ。
昨夜の事件は、民衆には伏せられる事になった。
大事な神託の発表前であり、彼らを不安にさせたくないという大神官の願いもある。
だからこそ、俺たちは怪我の治療を終えてからホテルへと戻り。
そうして、また再び全員で集まり昨日の事を話していた。
イザベラたちは怪我を負って帰って来た俺たちを見て少し心配していた。
だが、見かけほどひどい怪我では無いと伝えれば二人は安心してくれて。
今はミヤフジも交えて、コーヒーを飲みながら話していた。
「……にしても、ロボットとはねぇ……よほど、力のある奴らなんだろうなぁ」
「……何で、そう思うんだ?」
「んぁ? だってそうだろ。暗殺に特化したような戦闘用ロボットを作って送り込める奴らって事は。それだけの技術力がある上に、壊れても惜しくねぇって考えているから送り込めた訳で……まぁ調べて分からないんだったら。十中八九、独自に開発されたもんだろうからそう思っただけだよ」
ミッシェルはそう言いながら鼻を鳴らす。
彼女の意見は正しいだろう。
大神官という地位のある人間を襲ったのであれば、計画的な犯行の筈で。
高価なロボットを簡単に送り込める相手であれば、それなりの力がある筈だ。
後から駆けつけて来た人間たちが調べていたが、彼らは首を捻って考えていた。
それはつまり、既存のロボットの中にはそれと同じものが存在しないからだろう。
ミッシェルの考え通り、相手はそんなロボットを独自に作れるだけの技術や財力がある。
……一体、誰が大神官を暗殺しようとしたのか?
彼ほどの人間を殺して得られるメリットは何だ。
神は大神官の死を利用して、異分子の国との関係性を悪化させようとしていたのだろうか。
最初は、神自身が大神官を暗殺する計画を練ったのではないかと考えたが。
それならば、こうもアッサリと防がれてしまうような事はしない筈だ。
ロボットを使ったとはいえ、俺たちというイレギュラーが介入し事件は防がれた。
そもそもが、そんな事をしてまで大神官を殺すメリットが無い。
地位ある人間を殺してヘイトを稼ぐと言ってもだ。
兵士たちの士気を向上させたところで、それは一時的なものだろう。
合理的な考えを持つ神が、高々人間の士気を向上させただけで得られる戦果を欲するか。
答えは否であり、神自身がコストに見合わない計画を練るとは到底考えられない。
つまり、これは神の計画ではない……なら、誰が計画したというんだ?
刃物くらいなら持ち込めるかもしれない。
ロボットも、作業用のものとして通せば持ち込めるだろうか。
……いや、それは難しいだろう。
出力やその体の機能は明らかに作業用のロボットとはレベルが違う。
資料自体は誤魔化せても、機械自体のスペックは自動的に分析される筈だ。
つまり、人の目は誤魔化せても機械の目だけは誤魔化せない。
この街に入った瞬間にそれは発見されて、持ち込もうとした人間は尋問を受けるのが普通だろう。
だが、ロボットはこの街に侵入し。
誰も気づくことなく、大神官の懐深くまで入り込んでいた。
それは何故か、考えられる点は幾つかある。
「……敵が送り込んだ暗殺用のロボット。アレは間違いなく兵器だ。だが、この街の防衛装置は作動しなかった……それは何でだと思う?」
「……防衛装置は問題なかった。定期的にメンテナンスをしているらしいからな。その時だけ不具合が起きた可能性はねぇだろうよ……となると、敵が予め”細工”していた可能性があるな」
俺が皆に質問すれば、ヴァンはゆっくりとそう言った。
一つ目の可能性は敵が事前に防衛システムに細工をしていた可能性だ。
もしも、敵がそれを弄る事が出来たとすれば。
通常では通る事が出来ない筈の兵器も、通過する事が出来るだろう。
その時だけの限定か。或いは通過できるものを設定しておいて通したか。
その何方かであり、それさえクリアできていれば兵器を通す事は容易いだろう。
「……後は、パーツをバラした状態で此処で組み立てたかだなぁ。俺はそっちの方が可能性が高いと思うぜ」
「……あぁ俺もそうだと思った……防衛システムの管理を任された人間はある程度に絞られる。絶対的な信頼がある人間で、不正などは絶対にしないような人間だ。それと、その人間についての情報は公表されていないし。調べたとしても絶対に分からない筈だ」
ミッシェルの言葉に俺は同意する。
防衛システムへの介入が出来るのであれば、そんな事をせずとも暗殺は容易い筈だ。
それこそ、神殿自体に爆弾でも仕掛ければ確実に対象を殺せる。
もしくは、兵器でなくとも毒物でもあれば大神官の飲み物に混ぜて殺す事も出来る筈だ。
それを敢えてせず。高価なロボットを使ったのは……それしか方法が無かったからだろう。
ロボットは高価であり、精巧な作りをしているものが多い。
しかし、アレは銃火器やエネルギー兵器は積んでいない比較的単純なもので。
専門家が数名いれば、分解した者を再び組み立てる事は容易いだろう。
問題は設備であるが、この街にも工房の類は存在する事は確認済みだ。
バラバラのパーツの状態であれば、怪しまれない限りは検問を通過できてしまう。
敵は検問を突破する為に、怪しまれないような細工を施していたのだろう。
「この場でロボットを組み立てて、敵は大神官の暗殺に使用した……失敗した今頃は、逃亡を図っているに違いない」
「連絡はしたのか?」
「おう。その可能性はすぐに気づいたからな。警備員とか大神官様に伝えておいたぜ。今頃は外部から来たメカニックや此処にいるメカニックに警察が聞き込みに行ってる筈だろうさ。犯人が見つかるのも時間の問題って事だ」
そう言いながら、ヴァンはコーヒーを飲む。
確かに、これで事件は解決したように思える。
暗殺計画は俺たちの手で未然に防がれて。
敵の正体も概ね分かっていて、今日中には捕まる可能性が高い。
メカニックが関わっているのは確定事項であり、その人間さえ捕えればすぐに――?
ミヤフジの端末から音が鳴る。
彼女はハッとしてからカップを置いて俺たちに頭を下げる。
「あ、すみません……はい、はい……え!? それは本当ですか!? はい、はい……分かりました。すぐに向かいます!」
「……どうかしたのか?」
ミヤフジは端末を取って電話に出た。
そうして、彼女は何か焦ったような声色で話していた。
通話を終えて端末を仕舞った彼女にどうしたのかと尋ねれば。
彼女は「移動しながら説明します!」と言って立ち上がる。
「おいおい! まだ、飲んでるんだけど!?」
「飲みながら来てください! 時間が無いんです!」
「……こりゃただ事じゃんねぇな。行くぞナナシ」
「……一難去ってまた一難か……星の巡りが悪いのかねぇ」
俺たちはコーヒーを一気に飲んでから立ち上がる。
そうして、俺は財布を取り出してから多めの金をテーブルに置いた。
ミヤフジはスーツの上から茶色のコートを羽織り、バタバタと駆けて行った。
一体、彼女は何を聞いたのか……。
ミヤフジを追いかけて走る。
そうして、彼女は足を止めながら荒い呼吸で指を指示した。
「此処です」
「……そうなったか」
移動中にミヤフジから説明は受けた。
それに驚きながらも向かえば、一軒の店の前には何名もの警官が立っていて。
規制線が張られていた先には、真っ黒に燃えた店が見えていた。
ミヤフジの上司から連絡が来て。
今いるノース・カメリアで事件が発生したと言うを知らせを受けた彼女。
被害に遭ったのは”ビントス機械工場”という名の有名な工房で。
死亡したとされるのは、その工房で働く店主のビントス・オームのようだ。
傭兵統括委員会の中で、雑誌を作る仕事をしている彼女は今回のような事件にも関わる機会があるのか。
彼女の上司は、今回の被害者が名のあるメカニックの上にメリウスのオーダーメイドもしていた事を知っていて。
記事に取りあげようとこうして彼女に連絡を寄越したらしい。
外から見ただけでも分かるほどの荒れ具合。
窓や扉は破壊されて吹っ飛んでいて、店内も店内に面した道の一部も黒く焦げている。
この惨状から見て、内部から爆発が起きたのは分かるが……。
ミヤフジは近くの警官に聞き込みをしていた。
何か少しでも情報を得ようとしてくれて……しかし、警官は無言で首を振るだけだ。
「……ダメですね。詳しい事は話せないようです……でも、これは明らかに……」
「口封じ……可能性は大いにあるな」
ミヤフジの言葉にヴァンは答える。
彼の言う通り、メカニックの話をしていた直後にこの事件の話が流れて来た。
結びつけるのであれば、黒幕が自らの正体の発覚を恐れてメカニックを殺した事になる。
恐らくは、爆弾による始末では無く……店内にあるガスか何かに火をつけて殺したのか。
だが、此処から見ているだけでは何も分からない。
せめて、もう少し近くで見る事が出来れば……そういえば、アレは……。
俺は大神官から貰ったあのカードを思い出す。
肌身離さず持っていろと言われて。
大切にポケットに仕舞っていたが、もしかして……。
俺は警官の方へと歩み寄る。
すると彼は、俺に下がるように言って来た。
俺はそれを無視して彼に対してカードを提示した。
「……! これを、何処で?」
「……大神官様から貰った」
「……入ってください」
規制線のテープを持ちあげて彼は入る様に言う。
皆は驚きながらも、俺の後についてきた。
近くまでよれば、ドロドロに溶けたガラスが地面にへばりついていて。
歩く度にカチャカチャと音が鳴る。
暗い店内へと踏み入れば、まだかなり熱かった。
消化はされていて火は完全に消えている。
床も濡れていて、まだ少したまりが出来ているような気がした。
事件発生からそれほど時間は経っていないようで……死体らしきものの前でコートを来た男が立っている。
ゆっくりと振り返ったのは小太りの中年で。
彼は鋭い目で俺を見ながら「誰だ?」と聞いて来た。
俺は先ほど警官に見せたようにカードを提示した。
「……こんな奴がねぇ」
「……このカードは何なんだ?」
「あ? 知らずに持ってるのかよ……そいつは謂わば許可書のようなもんだ。何処にでも入れる特別なもの。大陸に存在するカメリアの地で大神官を任された人間だけが持つ事を許されたもんだよ……何でテメェが持ってんだかなぁ」
「ぬ、盗んでませんからね! ナナシさんはちゃんと」
「あぁ分かってるよ。そいつは許可なく持てば色が変わっちまう。色が変わってねぇのなら、正式に渡されたんだろ……で、お前たちは何? 邪魔しに来たのかぁ?」
面倒そうな顔で俺たちを睨む男。
俺はそんな男を見ながら、死んだ人間について教えて欲しいと願う。
「……言っとくが、これは事故だ。煙草の火が工業用のガスに引火してドカンとな……幸いにも、周りに民家は無かったから死んだのはこいつだけで済んだけどよ」
「本当にそうなのか?」
「……お前、やけに聞いてくるな……何か知ってるのかよ」
俺が疑り深く聞けば、彼は目を細めて俺を見て来る。
もしかすれば、これ以上聞けば俺が疑われるかもしれない。
そう思いはしたが、俺は彼に昨晩の件に関わっている事を伝えた。
「……あぁ、そういえばいたな……よく見てなかったが。確かにお前だったな……正直、百パーセントとは言えねぇ……不審な点があってな。この店で使われているガスには予め少し臭いが加えられている……何故か分かるか?」
「……部屋にガスが充満している事に気づくためにか」
「そうだ。このガスは人体には無害で。逆にそれが部屋に充満しても誰も気づかなくさせちまう。だからこそ、敢えて臭いをつける事で部屋にガスが溜まっているかどうかを分かる様にしているんだ」
「つまり、臭いで気づく筈が。気づかず火をつけたのが可笑しいという事だな」
俺がそう言うと男は「そうなんだが」と濁すように話す。
「……さっき分かった事だが。この男は遂先日、病院の検査で味覚と嗅覚が麻痺しているって診断されててな……何でも、食べた魚の毒が処理しきれてなかったらしくて。命に別状は無くても、暫くは味覚と嗅覚がバカになっちまってたらしい」
「……それは、つまり……」
「……そうだな。この事故が起きた事が”当然”っていう事になっちまう」
男は大きく息を吐き捨ててそう言う。
嗅覚が麻痺していたのなら、臭いが分かる筈がない。
怪しい点は何も無く。何処からどう見ても不慮の事故だろう。
だが、この男は百パーセントでは無いと言っていた。
それには根拠がある筈で、俺はそれについて尋ねた。
「……こいつは俺の記憶の話だ。誰かに聞いた話って訳でもねぇ……酒場でな酒を飲んでいた時に、この男を見かけてな。誰かと話していてよ。その時確かに……”煙草は止めた”って言ってた筈なんだ……こいつを知る人間が此処に来てたから話を聞いたが。確かに人前では煙草を吸っていなかったらしいぜ……妙だと、思うがねぇ」
「……」
煙草をやめたと言っていた被害者。
そして、彼を知る人間も被害者が煙草を吸っていた所は見ていなかったらしい。
いや、それだけでは何とも言えない。
煙草を止めたのに、死んだ男は酒を飲んでいた。
もしかしたら人前で吸わなくなっただけで、隠れて吸っていた可能性はある。
煙草は吸った事が無いが、一度吸えば中々簡単にやめられるものではないと聞いたことがある。
俺はどうしたものかと考えていれば、イザベラが歩き出す。
そうして、床に転がっている何かを拾っていた。
「おい! 勝手に触るんじゃ」
「――煙草の燃え残りだ。妙だねぇ」
「……あ?」
イザベラは小さくなった吸殻らしきものを持っていた。
そこには黒く細長い糸のような何かが束になっていて。
周りを包む紙は完全に焼け焦げているが、それだけはまだ残っていた。
「至近距離の燃焼爆発で。こいつが吸っていた煙草がまだ残っている……普通の煙草じゃこうはならないし。そもそも、こんな真っ黒な葉っぱは見た事が無い……触れれば糸を引くくらいに粘々していやがる。気色の悪い煙草じゃないか。そう思うだろ、警部さん」
「……おい! 鑑識を呼べ!」
「は、はい!」
近くに立っていた若い警官が走って行く。
そうして、外で何かを調べていた鑑識らしき人間に話しかけていた。
「……どれくらいだ」
「……まだ八十ってところか……だが、調べ甲斐がありそうだ……まだ、いるか?」
「……いや、俺たちがいても邪魔になるだけだ。話しを聞かせてくれてありがとう」
これ以上此処に居ても、分かる事は無さそうだった。
俺は男に礼を言って去ろうとする。
すると、男は俺たちを呼び止めて端末を出すように言って来た。
「……これも何かの縁だ。連絡先を交換しておこうぜ……何かあったらかけて来い……俺はケーニッヒ・グリント警部だ。お前は、ナナシだったな」
「……あぁ、分かった」
端末を出しに連絡先を交換する。
そうして、俺たちは事件現場から去って行く。
この事件が本当に事故なのか。
それとも、昨夜の暗殺事件の犯人が証拠隠滅を図ったのか。
何も分からないが、妙な胸騒ぎを覚える。
まるで、俺たちの見えない場所で――”巨大な何か”が動いているような気がしていた。




