053:天命に抗う
「……本当によろしかったんですか? 何も此処までしなくても」
「いえ! ダメですよ! 大神官様は部屋にいてください! 絶対です!」
神殿へと戻りながらその道中でミヤフジに電話を繋いでもらった。
大神官に事情を説明し、半ば強引に神殿内へと入れてもらって。
俺たちは彼の護衛をする為に、彼が普段から使っている執務室で待機していた。
大神官が利用する部屋だと言うのに、内装は簡素なもので。
執務作業をする為のデスクと椅子が一つだけで。
他は小さな本棚くらいしかなかった。
窓は無く換気扇があるだけで、他に侵入できる場所は無い。
青色の壁で、床は白い大理石が嵌められていた。
部屋自体は質素であるが、掃除はきちんと行われているようでホコリ一つない。
彼から少しだけ説明を受けたが。
この神殿で動くのであれば彼と一緒にいなくてはならない。
それもそうであり、俺たちは部外者で。
彼の許可や監視の目が無ければそもそも勝手に立ち入ってはいけないからな。
元より、此処では彼の傍を離れるつもりはないが。
もしも、何処かへ行くのであれば最低限、彼に声を掛けておく必要がある。
「……そういえば、SPの方々が見えませんが?」
「あぁ彼らの仕事は日中までで。もう既に勤務時間外なんですよ」
「……暗殺されるかもしれないのに、何故?」
「私がそう指示をしました。逃げるつもりも争うつもりありませんからね。要らぬ手間をかけて、死ななくてもいい人間が死んでしまうのが私はとても辛いので……だから、ミヤフジさん達もすぐに」
「――ダメです!! 絶対に、絶対に帰りませんから!!」
「……困ったものですねぇ……でも、ありがとうございます。こんな老体を気遣ってくださる方々がこんなにもいて……死ぬのが、少し怖くなってきました」
「死なせません! 何が何でもお守りしますから! 大船に乗った気でいてください!」
「……ふふ、そうさせて頂きますよ」
大神官はくしゃりと笑う。
しわくちゃの顔であるが、その皺の数だけ色々な事があったのだろう。
歳を重ねていき、彼自身の心も俺たちとは比べ物にならないほどに広い。
自分が死ぬと分かっていても落ち着いていて、俺たちを帰そうとするくらいだからな。
だが、ミヤフジの言葉を受けて流石の彼も死を恐れているのだと分かった。
……誰だってそうだ。最初から望んで死のうとする奴なんていない。
何かがあったから、事情があるから。
彼はその中でも理不尽な理由であり、何が何でも守りたいと思った。
俺は彼の話を聞いてから、ゆっくりと腕時計を確認する。
すると、時刻は既に午後九時を過ぎていた。
窓が無いから分からないが、既に陽は沈んでいたのを覚えている。
今夜中に来るかは分からないが、奴らが襲撃をしてくる可能性が高いのは……間違いなく今夜だ。
「……神託の儀式は明日行うんですか?」
「……本当は秘密なのですが……そうですね。明日、行うとだけお伝えしておきます」
「……あの場所でですか?」
「はい。あの場所で大神官である私と神官数名を連れて儀式を行います」
必要な情報を聞き終えて、俺はやはり狙うのは今夜だと断定した。
儀式を行う日は警備が厳重となり、如何なる暗殺者であろうとも侵入は難しくなる。
逆に何も無い日であれば、此処に居る人員は儀式などの準備に追われて忙しくなる。
警備の人間は勿論いるが、儀式当日よりは遥かに少ないだろう……だが、少し気になる。
「……警備の人間があまり見えませんでしたが……何処に?」
「彼らは主に、儀式を行う場所の警備をしています……我々の代わりは幾らでもいますので。死んだとしても、別の人間が儀式に参加するでしょう。ですので、人よりも場所を守るのが彼らの最重要任務となります」
彼はハッキリとそう言った。
ミヤフジは少しだけ悲しそうだったが、彼自身は特に何も思っていなかった。
それが当然であると認識している。
そんな彼に今更俺が言う言葉は無い。
今はただ必要な情報を集めて、警備の役に立てたかった。
「……大神官様はこれから何を?」
「……そうですね。儀式の流れは熟知していますし。書類の確認なども午前中に終わらせたので……儀式が始まるまでは部屋で待機していようかと」
「……寝室ですね。分かりました……ヴァン。俺は外を見張る。中は任せてもいいか?」
「あぁ問題ないぜ。ミヤフジは適当な場所に隠れていろよ」
「いえ! 私も何か……あぁ、でも戦えないし。人質にされるかも……うぅ、すみません。隠れています」
ミヤフジは申し訳なさそうに顔を伏せる。
しかし、別に彼女を役立たずだとは思っていない。
今は何も出来ないかもしれないが、いざという時はきっと役に立ってくれる筈だ。
俺はそう言って彼女を元気づけてから、カチカチという時計の秒針の音を静かに聞いていた――
§§§
暗闇に包まれた空間で、俺は近くを浮遊する青い光の玉を見た。
大神官が言うには、これはこの神殿内で使える照明装置の類で。
人が暗闇の中に足を踏み入れようとすれば自動で明かりをつけて照らしてくれるものらしい。
承認などは不要なようで、誰であろうともつくような仕掛けになっている様だ。
これは防犯装置としての機能も持ち、何処から侵入しようとも暗闇の中で動く人間がいればこれによりすぐに発見できてしまう。
だからこそ、これさえあれば敵の奇襲にも気づける筈だが……変だな。
大神官の勧めで飲んだ例の液体。
それによって未来の光景を見る事が出来たからこそ不思議に思う。
あの時に見た光景では、光の玉は弱弱しいながらも”一つ”だけだった。
そう、一つだけだ……何故か、奴の周りは暗かったからな。
何故、光の玉は奴には反応しなかったのか。
奴の周りは暗く、光が弱弱しいかったからこそ夜の襲撃だとは分かったが。
それでは光が出現しなかった事が説明できない。
大神官は嘘を言っておらず。現に俺の周りにも玉が出来ている。
だからこそ、絶対にこの装置は人に反応するのだと分かるが……いや、待て。
侵入者の瞳からは生気を感じなかった。
だからこそ、死にゆく大神官を見つめる目が冷たいと俺は認識したが。
それは冷たいのではなく、文字通り生命というものを感じられないからじゃ……もしかすると。
俺は腕時計を確認する。
時刻は既に午前三時であり、警備員以外は眠りについているだろう。
大神官も眠っている筈であり、中にはヴァンやミヤフジが待機している。
もしも、彼の命を狙うのであれば今が好機だ。
標的は眠っていて、警備の人間も此処へは来ない。
入り口と儀式場を守り、後は神殿内を巡回している筈だ。
絶対に来る筈だ。そうでなければ、暗殺を成し遂げる事は不可能になる。
何処からだ。何処から侵入してくる。
俺の予想が正しければ、敵は……。
視線を前に向ける。
長く暗い廊下が続いていて、音はまるで聞こえない。
左右を見ても、長い廊下が続いているだけで人の気配はしなかった。
天井には窓は無く。廊下に面する窓は固く閉ざされていた。
侵入できる経路は無く――天井を這わなければいけないよなッ!!
俺は勢いよく背後を見る。
そうして、大神官から貸してもらったナイフを投げた。
すると、扉を開けて侵入しようとしていたそれはナイフを弾き飛ばしながら飛び上がる。
くるくると宙を回転しながら止まったそいつは漆黒のローブを目深く被っていた。
見かけは人だが、壁を張ったり凄まじい跳躍力を発揮していた所からして人間じゃない。
奴はふらふらと立ち上がりながら、袖から怪しげな短刀を出す。
そうして、目にも留まらない速さで俺に向かって来た。
「――シィ!」
「……」
奴へと右拳による攻撃を繰り出す。
すると、奴は軽やかな動きで俺の攻撃を半身をずらす事で回避した。
そうして、俺の懐深くに入りそのまま短刀を心臓に――させないッ!
俺は内に込めていた左拳を振るう。
そうして、奴の短刀を弾いてから奴の手首をそのまま掴む。
勢いの乗った奴を利用して、そのまま奴の首を掴んで壁に叩きつけようとした。
しかし、奴は俺の攻撃を予測して人体では不可能な動きで固く閉ざされた扉に足をつけた。
「なにッ!」
「……」
奴はそのまま足に力を込めた。
凄まじい力であり、扉に少しだけ亀裂が入った。
奴はそのまま飛ぶように壁を蹴り上げて、そのまま俺を弾き飛ばした。
奴の跳躍により強引に拘束が剥がされて。
俺はそのまま飾ってあった花瓶をなぎ倒しながら床を転がった。
静かな廊下に花瓶が割れる音が響いて、部屋からヴァンがどうしたのかと聞いて来た――まずい!
奴を見れば、そのまま足に力を込めてから視線を大神官の寝室に向けていた。
このままでは、奴は内部に侵入してしまう。
俺は何とか立ち上がって止めようとするが――遅かった。
奴は勢いのままに扉をぶち破り。
内部へと侵入してしまう。
そうして、部屋の中に入った奴は不気味な動きで方向を転換してベッドに飛び――ッ!
俺は急いで部屋に入った。
そうして、奴の短刀がベッドで眠る大神官に突き立てられているのを目撃する。
遅かった、助けられなかった――そう思うだろうな。
俺はニヤリと笑う。
すると、奴は何かに気づいて布団を捲った。
「よぉ」
「……!」
ベッドで眠っていたのは大神官ではない。
そこにいたのはヴァンであり、彼は分厚い本を盾にして攻撃を防いでいた。
そのままヴァンは奴のがら空きの胴体に目掛けて蹴りを放つ。
派手な音を立てて奴が吹き飛ばされて床を転がって行く。
俺はそのまま奴へと近づいて、全力の蹴りをお見舞いした。
何かに罅が入るような音が聞こえた。
そうして、奴は置かれていた本棚に当たって止まった。
ガラガラと中に置かれていた本が奴に降り注ぎ。
奴の体の一部の”破片”が転がっていた。
「……やっぱりな」
「やっぱりって?」
「……こいつは人間じゃない……ロボットだ。だから、玉が出ていないんだ」
「……何だって?」
ベッドから出て来たヴァンは俺の横に立つ。
そうして、一緒になって倒れているロボットを見ていた。
今回の襲撃犯は人では無くロボットだが。
アレが遠隔操作によるものか。それとも、自立思考型なのかは分からない。
だが、恐らくはベッドで眠るヴァンを確認した事から遠隔操作型の可能性が高い。
まだ、機能は死んでいないだろう。
アレくらいの攻撃でくたばるようなら、暗殺何て出来る筈がない。
警戒しながら奴に近づいて――っ!
奴が本の山から飛び出す。
そうして、天井にへばりつきながらその赤い目をギョロギョロと動かしていた。
奴は周囲を見て、ある一点に視線を固定した。
そこにはクローゼットがあり――させるかッ!
俺は落ちていたナイフを取る。
それは奴が持ってきたナイフであり、俺は奴の頭目掛けて投擲した。
すると、奴は飛んできたナイフをしっかりとキャッチしてそのまま俺たちの背後に飛んだ。
「オラァ!!」
着地した瞬間に、ヴァンが近くに置いてあった椅子で殴りかかる。
奴は避ける事もせずにそれを受けた。
高級である木の椅子がバラバラに砕けて破片が舞う。
奴はキラリと目を光らせて――ッ!!
「うぉ!!?」
俺は咄嗟に、ヴァンの体を引っ張った。
すると、奴が鞭のように腕をしならせてナイフで切りつけていた。
ヴァンをキャッチしながら体を確認して、彼の腹の部分の服がぱっくりと裂けているのに気づく。
血が出ていないから怪我はしていない。
それに安心しながら、俺は奴を見て――くそ!
奴はクローゼット目掛けて突進しようとした。
俺はそれを防ぐ為に奴へと突進する。
全力のタックルであり、奴は体勢を崩された。
「おりゃああ!!」
「……!」
ヴァンも遅れて突進し、二人の力が加わった事によって奴の体は弾き飛ばされた。
そうして、そのまま部屋の花瓶を倒しながら奴が倒れる。
俺たち二人は大きく呼吸を乱しながらも、奴へと駆けて行き――うぐぅ!!
奴は地面に倒れたまま、腕を大きく伸ばして振り回した。
鞭のような攻撃であり、咄嗟にガードしたがそのまま吹き飛ばされてしまう。俺はベッドの柱を折りながら布団を巻き込んで転がり落ちる。
ヴァンも飛ばされたようでアイツの悲鳴が聞こえた。
腕がじんじんと痛みを発しているが、今は気にしている余裕はない。
俺は強引に布団を引き剥がして立ち上がり――ダメだ!!
奴はクローゼットの前に立ち、そのまま勢いよく扉を開けた。
その中には大神官の服を着たままガタガタと震えている”彼女”がいる。
奴はそれが分からないようで、そのまま短刀をずぶりと刺した。
嫌な緊張が走り、俺は声をあげて手を伸ばした。
瞬間、大神官の服の裂け目からぶしゅりと白い何かが噴出された。
「――!」
「わわわわわ!!」
大神官の服を来たミヤフジ。
その服が勢いのままに剥がれて、彼女が抱えていた消火器から消火剤が勢いよく散布されていく。
それを諸に喰らったロボットは誤作動を起こしたようで。
奇妙な音を発しながら、出鱈目な攻撃を繰り出して部屋の中で暴れ始めた。
「これを!!」
「――助かります!」
ベッドの下で隠れていた大神官。
彼は俺にロープを渡してきて、俺はそれを受け取り片方をヴァンに投げた。
俺の意図が伝わった奴は、そのまま俺とは逆の方へと走る。
奴の周りを走る様に動いて、暴れる奴にロープを絡めていく。
奴はそんな俺たちの動きを察して、攻撃を仕掛けて来た。
振りかぶられた腕を見ながら、俺はスライディングするように避けた。
顔面スレスレに奴の腕がすり抜けて行って、嫌な汗が流れていく。
ヴァンも壁を蹴りつけ跳躍し、アクロバティックな動きで攻撃を回避していた。
そうしてそのまま俺たちは、奴の体にロープを括りつけて――
「「せーの!!」」
「――!!」
勢いよく引っ張れば、ロープが奴の体に食い込んだ。
そうして足をもつれさせながら、大きな音を立てて床に転がり――うぉ!?
「あばばばばばば!! 助けてー!!!」
ミヤフジが消火器を持ちながら大きく飛び上がる。
そうしてそのまま顔面を天上で強打して、ミヤフジは鼻血を出しながらゆっくりと落下してきた。
その下には藻掻いているロボットがいて――あ。
気づいた時には、消火器ごとミヤフジがロボットの上に落下していた。
ぐしゃりという音が聞こえたと思えば、奴の体から出たオイルが俺とヴァンの顔にびちゃりと掛かる。
ロボットは必死になって手足をばたつかせていたが、そのまま静かになっていった。
胴体に大きな風穴を開けられて、戦力にならないと思われたミヤフジがとどめを刺した。
俺たち二人はそんな彼女を見つめながら、ただただ震えていた。
「いたたた……あれ? 死んでる……え、私?」
「……アンタ以外誰がいんだよ……あんな最期は嫌だね、俺は」
「同感だ」
ミヤフジは鼻を抑えながら立ち上がり。
ロボットの残骸を見つめてはしゃいでいた。
取り敢えずは、襲撃者とされるロボットは排除した。
廊下の向こうから声が聞こえているから、間もなく警備員が駆けつけて来るだろう。
大神官はベッドの下から這い出して、この状況を見て驚いていた。
「……まさか……運命が変わったのですか?」
大神官はまだ、目の前の光景は信じられない様だった。
しかし、ミヤフジはそんな彼に対して満面の笑みを向けてブイサインをする。
「……ふふ、運命なんて誰にも分かりませんよ。人間の底力からを舐めないでください!!」
「そうだな。今回はアンタの言う通りになったな……だけど、もう来ないよな?」
「……やめてくださいよ。もう嫌ですよ私……無理ですって。本当に」
彼女は低い声でそう言いながら、必死になって手を振っていた。
彼女の言う通り、こんなのを何度も相手にしたくはない。
襲撃者を倒した事で、奴との戦闘で負ったダメージが出て来た。
俺は痛みを発する腕をだらりと下げながら、静かに息を吐いた。
「……本当にありがとうございました……これで、私も役目を果たせます」
「……その役目とは、神託の事ですか?」
「えぇ、私は長い間考えていました……そして、ようやく答えを見つけました……例え、神の意に反するとしても、私は……」
彼はスッと廊下の先を見つめる。
視線を向ければ、無数の青い光の玉と共に警備員が駆けつけてきていて。
俺は彼の言葉の意味を考えながら、彼が成そうとしている事に何故か。
――大きな不安を抱いていた。




