047:不浄を忌み嫌う者たち
連続殺人鬼は死亡し、事件は終息した。
色々と疑問は残ったが、それでも殺人鬼が死んだことは確かだ。
これ以上、あの街で犠牲者が出る事は無い。
アンドレー神父やマーサさん。そして、マリアや孤児院の子供たちもこれで平和に暮らしていけるだろう。
街を一時的に離れる事を告げて。
俺たちは荷物を持ち、すぐに移動を始めた。
俺は街を出て、ヴァンたちと共にバスが待つ停留所へと向かった。
事前にヴァンがバスのチケットを購入してくれて、最寄りの停留所からそれに乗り込んだ。
バス自体には乗員はおらず。バスの操縦はオートで、サービス全般がシステムが行うと説明された。
北部地方には交易都市のような列車は無く。
線路を作ろうにも、戦争状態の国々を繋ぐ線路何て作れば大惨事だ。
それに、線路の管理をする企業もいない上に、国が率先して行う筈も無い。
国から国への移動は空路か陸路であり、陸路に関しては特殊車両を使う必要がある。
荒れ果てた荒野では、何が起きるかは分からない。
行き成り戦火に巻き込まれて、そのまま死ぬなんてざらだ。
間違っても普通車両で移動をすれば、確実に土に還る羽目になる。
それが嫌なら、交通機関を利用する他ない。
戦争状態の国々を移動する為には、専用の特殊大型車両に乗り込むのが常だ。
バスの外観は装甲車のようなゴテゴテとした見た目であるが。
それは如何なる襲撃にも動じる事無く、乗客を安全に目的地へと届ける為だ。
どんな悪路であろうとも走破し、時間ピッタリに乗客を運んでいってくれるそれ。
万が一、野盗に襲われたとしても逃げ切る事が可能なくらいの機動力はある。
そして何よりも、バスには強力な火器兵器が搭載されており。
噂ではSAWから武器を買って搭載していると聞いたことがある。
エネルギー兵器では無いが、当たればメリウスであろうともただでは済まないと書かれていたらしい。
何故、そんな喧嘩を売るような煽り文句を書いているのかは不明だが。
まぁ安心しろと言う事を伝えたかったのだろう。
バスのシステムは完全に独立しており。
パルス兵器などの影響も受け付けない様だ。
ニュースやこの地方で発信されている番組は見られるらしいが。
その他の電波は受信できないような工夫が施されているらしい。
バスに乗り込む客たちが荷物を持ったままバスの中へ乗り込んでいく。
どうやら、荷物を収納する為のスペースは設けていない様だ。
ある程度なら中で収納する事が出来そうであり、俺は無言で中へと入って行った。
階段を上がり入れば、狭く細長い通路があって。
限界で人が二人ギリギリで通れるくらいのスペースは確保されている様だ。
奥へと行けばトイレもあり、黒い通路の足元には青いライトが等間隔に設置されていた。
奥の部屋へと進んでいった男たちは空いている部屋に入っていき、俺も空いている部屋に入ろうとした。
無人のバスに乗り込んでから、適当な個室へと入り。
扉を閉めれば自動でロックが掛かった。
どうやら人が入ったかどうかを自動で検知する機能があるようだ。
黒い革張りのシートに座れば中々に座り心地が良かった。
自動音声が流れてモニターをつけるかと聞かれて俺はつけるように命令した。
俺は暫くの間、モニターに映るニュースを見ていた。
何故かは知らないが、ドリンクのサービスもあり。
勝手に出て来たぶどうジュースを飲んで、俺はゆっくりと寛いだ。
到着までの十二時間余り。
静かに装甲するバスの中で、到着するその時を待つ。
ニュースの内容は、異分子の国との戦闘状況であったり。
SAWが新たに開発した製品の宣伝だったりだ。
他には、各国の戦闘地域でのレポートであったり、神託の日の話だったり……殺人鬼のニュースは無かったな。
殺人鬼の事件は、大々的には公表されていなかった。
知っているのもマーサさんであったり、一部の関係者くらいで。
噂程度に知っている人間もいただろうが、公表はされてなかったと記憶している。
何故なのかは今だに分からないが、警察組織も何か考えがあったのかもしれない。
そんな事を考えながらニュースを見る。
そうして、自動音声のアナウンスが流れてゆっくりと部屋の灯りが薄くなっていった。
外は夜であり、眠るのであれば灯りを消せという事だろう。
俺はそう認識して、素直にモニターの電源を消しシートを倒して寝る体勢に入った。
空調は適温に調整されていて、俺が眠る姿勢を作ればシステムがその動きを検知して。
折りたたまれていた作業用のアームが天井の開かれたボックスから毛布や枕を出して俺に掛けたり頭の下に置いてくれた。
至れりつくせりのサービスであり、ヴァンが言うには北部ではこれくれいが当たり前のようだ。
豊富な資源は、燃料の面でもそうであり。
電気などのエネルギー資源が更に進化した現在では、ガソリンなどは用済みとされていた。
ヴァンのような変わり者くらいがガソリンの車に乗ったりする時代で。
北部地方では使われる事が少なくなった燃料は安価な値段で売られており、このバスもそれを使うお陰で運賃自体は安い。
だからこそ、少しでも付加価値を付ける為に、サービス面を手厚くしているとヴァンは教えてくれた。
……まぁ、今の時代。態々、油田を掘り当てずとも。人工的に燃料は作れるしな。
発展した都市や発達した技術。
素晴らしい物ばかりであるが、過去の産物も捨てたものじゃない。
ガソリン車であろうとも、使いようによっては有効だ。
構造自体は他の最新機械よりはシンプルであり、エネルギー機械のように細かな調整も不要だ。
その性質もエネルギーよりは安定しており、取扱さえ間違えなければ問題ない。
知識さえあれば、少しの不具合ならその場で修理してしまう事も出来る。
便利であり、廃れたとはいえまだまだ現役だ。
そんな事を考えながら、俺は瞼を閉じて静かに眠りについた。
§§§
目が覚めて、シートを戻してアームが掛け布団や枕を回収していく。
またしても勝手にドリンクが出てきて、それを静かに飲む。
目覚めの一杯は挽きたて豆を使ったであろうホットコーヒーであり。
何処にそんな装置を内蔵しているのかと俺は興味が湧いた。
探そうとしてみた。しかし、アナウンスがもう間もなく到着であると伝えて来て渋々諦めた。
シートのボタンを押した。
すると、壁に外の映像が映し出される。
荒野が続いた道は終わり、緑が増えていく。
今は石で舗装された道の上を走行していて、近くには綺麗な水が流れる大きな川があった。
しかし、それよりも目を惹くのは丘の上に作られた”白亜の街”だ。
白で統一された美しい街並みで。
街から排出される水が滝のように流れていき、幾つもの川が出来上がっていた。
街は壁などは一切なく、外敵の侵入を考えていない作りのように見えるだろう。
だが、実際には他の街や都市よりも優れた防衛システムが組み込まれていた。
ほとんどはどんなものかは明かされていないが。
公表されているものの中で強力なのは、ノース・カメリア全てを覆うほどの広域防御シールドだろうか。
エネルギー兵器のほとんどを無効化し、実体弾であろうとも街に落ちる前に消滅させてしまうそれ。
強力無比であり、二十四時間作動しているそれは敵味方を完全に識別できるようだった。
武器の類を持ち込む事は出来ず。
もしも勝手に持ち込めば、システムが自動で武器を見つけてすぐに職員や警官が駆けつけて来る。
だからこそ、銃の類は置いてきた。
武器を持っているのは街を管理している職員と警官くらいで。
後は神官たちを守るボディーガードとかだろう。
街中には警官たちが巡回していて、監視カメラの類もそこら中にあるという。
テロリストや犯罪者が侵入すれば、それもすぐにバレる様だが……本当に碧い獣ったいは来るのか?
警備は厳重であり、下手な監獄よりもよっぽど強固だ。
入るだけでも大変であり、見つからないように街を移動する必要もある。
何処に隠れても見つかるような場所で、本当に何をするつもりなのか……。
俺だったら、こんな街で犯罪行為何て絶対にしたくはない。
敵には回したくはない街であり……少なくとも、碧い獣たちも襲撃なんて馬鹿な事は考えていないだろう。
装甲バスは進む。
そうして、街へと繋がるゲートを抜けた。
白亜の街に住む住人たちは皆それぞれ個性を持った自由な服装で。
涼し気な格好をした人間が数多く存在した。
丘の上だが、それほど風は吹いていないのか。
夜が冷え込むのかは分からないが、着いたらすぐにホテルにチェックインした方がいいだろう。
俺たちは外から来た人間であり、まだこの街については詳しく知らない。
速めに荷物を置いてから、外が明るい内に街を散策しよう。
バスは街の中を進んでいく。
此処からでも見えるのは、巨大な純白の結晶であり。
山のように聳え立つそれは、街のシンボルとしてそこに存在した。
そして、その結晶を中心として街の至る所には水路が作られていた。
近くで見れば本当に澄んだ綺麗な水であり、白光大石が関係しているのは誰でも知っている事だった。
白光大石は穢れたもの全てを浄化すると言われていた。
学者が調べた話では、アレは汚染物質を除去する特殊な性質を持っているようで。
主に汚れて飲めないような水を人が飲んでも問題ないほどまで清める事が出来る様だ。
他にも石ころほどの大きさのそれを缶につめれば、中に詰めた肉や魚などの食べ物の腐敗も完全に防げるらしい。
不浄を払う石、神の涙の結晶体。色々な名前で呼ばれているが、アレはカメリアの住人にとっては神に等しい。
御神体のようなものであり、あの下には神殿が立っていて彼らが率先して結晶の管理を行っている。
許可があれば、少しなら石を取る事も許されるが。
許可なく傷づける者がいれば、死罪を言い渡されるようだ。
だからこそ、皆、白光大石から取った欠片を大切に使っていて。
使わなくなれば神殿へと届けられて、また別の人間に渡されるようだ。
綺麗な街。穢れ何て何一つない。
だからこそ、外から訪れる――穢れを忌み嫌う。
「――ッ!!」
「……っ」
道を歩いている男。
その手には鎖が握られていて、首輪をつけられたやせ細った男を引きづっていた。
アレは異分子であり、此処では奴隷のような扱いを受けていた。
周りの人間たちはそんな彼に手を差し伸べないどころか、軽蔑の眼差しで見ていた。
異分子の扱いは何処であろうとも酷いものだ。
しかし、カメリアでの扱いはそれ以上だった。
「……」
どんなに街が綺麗であろうとも。
どんなに清い物を口につけていようとも……人間の心を清める事は出来やしない。
そう考えながら街を見つめていた。
バスは静かに進み。俺は街を眺める。
進んで、進んで、進んで……止まったな。
停留所らしき場所について、バスは停車した。
自動音声が降車を促してきて、俺は荷物を持ってから扉を開ける。
見ればヴァンたちも出てきていて大きな欠伸を掻いていた……寝られなかったのか?
全員で外へと出てから周りを見る。
大きな屋根はガラス張りであり、上からの温かな光が周りを照らす。
停留所には他にも装甲バスが停まっている。
中から観光客らしき人間たちが降りていて、端末などで撮影していた。
停留所にはこの街を管理する人間が立っていて、観光案内所らしき場所もある。
街の職員らしき人間は白い服に青いラインが入った服を着ているからすぐに分かる。
警察官も立っていて周囲に目を配っているな。
大きな屋根付きの停留所。
全方位対応の立体掲示板にはバスの発着時刻が書かれている。
ホテルの従業員らしき人間が観光客を出迎えていて荷物を運んでいた。
見るからに金持ちそうな見た目の人間たちで。
彼らは専用の乗り物に乗り換えてホテルに行ってしまう。
乗って来たバスも他の装甲バスとは違い豪華であり、デザインも洗練されている。
恐らくは中も一流ホテルの部屋のような豪華さなのだろう。
そんな事を思いながら、俺はヴァンに声を掛けた。
「……ホテルは何処にあるんだ?」
「うぁ? あぁ……えっと、取りあえず此処を出てからすぐのあっちに行って……よし、ついて来い!」
ヴァンは端末で何かを確認する。
そうして、片手をひらひらさせて俺たちを先導する。
ミッシェルは少し不安そうで、イザベラも何故か無表情だ……どうしたんだ?
俺は二人の反応が気になる。
だからこそ、先頭を歩くヴァンから少し距離を取る二人の横を歩きながら質問した。
「どうした? 何かあるのか?」
「……あぁナナシは初めてだったな……まぁ、うん。すぐ分かるよ」
「……私から言えるのは……あまり夢は見ない方が良いって事だけだね」
「……?」
意味深な言葉であり、さっぱり分からない。
俺たちは停留所から出て、端末をチラチラと確認するヴァンについていく。
停留所を出て左へと進んで、道沿いに進んでいく。
そうして、大通りから路地裏へと入っていき。
奥へ奥へと進んでいく。すると、少し開けた場所に出て来た。
小さな店や宿屋もあり。
子供たちで賑わう菓子屋もあった。
中では老夫婦が子供たちと話している。
他にも、屋台などもあって香ばしい香りが漂ってくる。
熱々の鉄板の上で分厚い肉を焼いていて、気持ちの良い音が響き渡る。
流れるような動きでへらを動かしながら、店主らしきガタイの良い男は肉を切り分けていく。
そうして、軽く焼け目がついた薄い生地で、赤みが残った肉や野菜を包み込む。
上から赤黒いソースを掛ければ完成らしく、それを客へと手渡す。
子供の他に、若い男たちが買っているな。
格好からして……現地民だな。
作業服を着ていたり、どこぞの会社の制服を着ている。
子供もいたが、主に労働者が屋台を利用していた。
ちらほらと屋台はあり、そのほとんどが料理の店で。
後はマッサージや機械の修理店……アレは研師か?
「……此処は主に、現地の人間が利用しているんだよ。マッサージは労働の疲れを取る為で、飯屋は……分かるだろ?」
「何で、もっと分かり易い所でしないんだ?」
「あぁ、それはだな。目立つところで商売するのは許可がいる上に、けっこうな額の金を払わないといけねぇんだよ。目立つところには観光客が多くいて……まぁそれなりに金は入るだろうが。此処に出している奴らは、観光客よりも現地民をメインにしたいって考え何だろうよ。まぁ要するに職人肌でケチな上に、変人ときた――い、行こうぜ!」
ヴァンが彼らの説明をしている時。
店主たちは彼の声が聞こえていたようでぎろりと睨む。
研師の手に持った刃物がキラリと光り、ヴァンは身震いして足早に去って行く。
つまりだ。此処に出しているのは観光客では無く現地民をターゲットにしている人たちで。
腕に自信があり、それなりにプライドがあるのだろう。
チラリと価格を見たが、確かに安い。
恐らくは、人目につく場所に出店している店はもっと高いのだろう。
利用するのなら、こういう場所の店にした方が良いな。
俺はヴァンが意外と物知りな事に驚きながら。
彼の後をついていく。
商店街のような場所を抜ければ、円形に広がった空間に出る。
そこにも宿屋があり、ヴァンは「着いた!」と言う。
視線を向ければ、それなりに年季は感じるが。
しっかりとした建物の宿屋がある。
白亜の街の情景を壊さないように、そこも白塗りの建物で。
違いがあるとすれば、窓などの配置に拘っているところだろうか。
自然も取り入れており、安らぎを追求したような外観だった。
……別に何も無いじゃないか。寧ろ、良さげな宿屋じゃないのか?
俺は二人が何を不安に思っていたのかと思った。
取り越し苦労であり、俺はナップサックを下げながらその宿屋に歩いていき――
「ナナシ? どこ行ってんだ?」
「……宿屋だろ?」
「んぁ? あぁ……違う違う。そっちじゃなくて、こっちだよこっち!」
ヴァンは俺が入ろうとした宿屋をチラリと見る。
そうして、俺が勘違いしていたのに気づいて慌てて走る。
彼は指を指しながら、一つの建物を示してきた。
視線を向ければ、そこには確かに宿屋がある。
ボロボロの看板。いや、何故か真っ二つになったであろうそれをテープか何かで強引に補強していた。
そこには”スィートルーム・バラン”と書かれている。
最初に見つけた宿屋とは違い、年季という言葉では言い表せないほどにボロボロで。
レイアウトに拘りがあるのかは分からないが、店の前には不気味なキャラクターの人形が三体ほど置かれている。
鼠を人間と同じほどの大きさにして、元は可愛らしかったであろう顔もズクズクに溶けてホラーだ。
店先の花は見たことも無いような形や色。そして恐ろしい大きさだった……熱帯雨林か?
オリジナリティーを出したかったのか。
壁には絵が描かれていたが、それも雨で塗装が剥げて天井のシミのようになっていた。
癒しの空間でも無ければ、くつろぎの宿でもない。
これでは完全に心霊スポットや悪霊の館ではないのか。
真顔で見つめていれば、ヴァンはニコニコと笑いながら中に入って行く。
二人は俺の肩に手を置いて、首を左右に振る。
「……アイツ、昔から宿選びのセンスは壊滅的だったから……特に全員で泊る時は」
「……悪気は無いんだよ。寧ろ想い出に残るような場所を嬉々として選んでいるからね……尚、質が悪いけど」
「……俺が間違っていた」
「おーい! 何してんだよ! うっとりしてないで早く入って来いよ!」
ヴァンは勘違いをしながら、笑顔で俺たちを呼ぶ。
二人に謝罪をしてから歩き出す。
そうして、諦めの境地の俺たちは不気味な宿屋の中へと入る。
錆びついたベルが不気味な音を奏でながら俺たちの入店を知らせる。
店の中を見れば、カウンターが置かれていてが後ろには客室の鍵が飾られていた。
外の人形同様に、不気味な人形を無数に置かれていて。
満面の笑みと光を感じない瞳が俺に恐怖を抱かせる。
大きな古時計が置かれていて、カチカチカチと音を立てて振り子が揺れていた。
カウンターの横には二階へと続く階段があって、一階の両端には扉がついていてカウンターの奥にも扉がある……それなりに広いのか?
奥行きがあったのだろうと思いつつ、タイルの床を踏みながら進む。
コツコツと音を鳴らしてカウンターに近づけば、椅子に座っていびきを掻いて眠っている小さな老人がいる。
皺の無い綺麗な白いシャツに黒いサスペンダーをつけていて、下は茶色のズボンを履いていた。
しわしわの顔は丸みがあり、髪は見かけの割にはふさふさだが白髪だ。
髭は剃っているようで、ホラーのような宿屋の店主にしては清潔感がある……ただの店員か?
ジッと見つめていれば、ヴァンはどうしたものかと頭を掻く。
気持ちよさそうに眠っている老人を起こすのは気が引けるのだろう。
俺も同じであり、二人で黙って見ていればイザベラは問答無用でカウンターのベルを叩いた。
その瞬間に老人はびくりと体を反応させて飛び起きる。
目を瞬かせて此方を見て、もう一度目を閉じて眠ろうとした。
「寝るな! 起きろ! 俺たちは客だぞ!」
「ミッシェル、もうちょっと優しく」
「あぁ? 日が暮れちまうぞ」
ヴァンが宥めるが、ミッシェルの言葉は最もで。
イザベラは無言でもう一度ベルを鳴らした。
すると、老人は再びびくりと反応して起き上がる。
「な、なんじゃぁ。セールスはお断りじゃぁ」
「私たちが詐欺師に見えるのか? ボケに付き合うほど私たちは暇じゃ無いんだよ」
「ぼ、ボケぇ? 失礼な女じゃ……うぁ? もしかして、お客様ですかなぁ?」
「そうだよ。分かったのなら、さっさと俺たちを部屋に案内してくれよ爺さん」
イザベラは毒を吐き、ミッシェルは老人を急かす。
俺たち二人はそんな彼女らを黙って見ていた。
老人はゆっくりとした動作で近くに置いてあった分厚いレンズの眼鏡を掛ける。
そうして、眼鏡の位置を正して俺たちを見て来た。
「あぁ……四名様で、名前は……」
「ヴァン。ヴァン・ロペス」
「あぁ、はいはい……ロペス様ですね……はい、では此処にサインを」
「はいはいっと……書いたぜ」
椅子から起き上がった老人は、台帳を渡してきた。
ヴァンはさらさらとそこにサインを書く。
それを確認した老人は、ゆっくりと後ろの鍵を見つめる。
震える手で近くに置いてあった変わった形の棒を取り、鍵を二つ取った。
そうして、ゆっくりと歩いてカウンターから出てきて笑みを浮かべて手を二階に向ける。
「それでは、お部屋までご案内をさせて頂きます」
「……大丈夫か?」
あまりにもスローな動きであり、ミッシェルは不安そうだ。
今にも止まってしまいそうであり、俺も少々不安だ。
だが、ヴァンはニコニコと笑いながらついていく。
イザベラも特に何も思っていないようで無言でついていった。
老人は一段一段、時間を掛けて登って
「あぁ、いえ……すみませんねぇ。歳を取ると、階段を登るだけでも一苦労で……普段は孫がいるんですが。買い出しに行っているようでして……ふぅ」
「……歳は誰だって取るさ。あまり年寄り扱いするんじゃないよ」
「……お優しいですねぇ。貴方のような人が、孫の嫁になってくれたら嬉しんですが……どうです?」
「奴隷になるつもりはないよ」
階段を登り終えた店主。
彼は汗を拭いながら、イザベラに結婚を進める。
彼女はかなりきつい事を言っていた。
しかし、老人は気を悪くせず。寧ろ正直な答えを言うイザベラを益々気にいっていた。
通路を歩いて行きながら、ヴァンは俺に耳打ちしてくる。
「奴隷になるつもりはねぇってよ……寧ろ、アイツの方が相手を奴隷みたいに扱き使うんじゃね?」
「――なるかい? 私の奴隷に」
「……ごめんなさい」
聞こえていた様であり、イザベラは綺麗な笑みでヴァンを威圧する。
ヴァンはぷるぷると震えながら謝っていた……案外、お似合いかもしれない。
そんな事を考えながら通路を進み。
老人は真ん中の部屋の前に止まる。
「えぇ、ではこの204号室と隣の206号室をお使いください」
店主はそう言って204号室の鍵を差し込んだ。
中に入れば、綺麗な部屋であった。
清潔なシーツが敷かれ掛け布団が丁寧に折りたたまれたベッドが二つ。
壁は目に優しい暖色であり、ホテルの外観と違って塗装の剥がれなどは無い。
天井はそれなりに大きな窓があり、太陽の光が差し込んできていた。
壁にはモニターは無く、代わりによく分からない絵が飾られていた。
「此方の部屋はトイレとバスルームになっています。何かありましたら、備え付けの受話器を取ってください。フロントに繋がりますので」
「レストランがあるって聞いたけど、そこは何処なんだ?」
「あぁ、レストランは一階の出入り口から入って来て左の通路の奥にあります。利用時間は午前八時から十時の間と午後十二時から二時まで。それと午後七時から九時までになります……ルームサービスに関しては何時でも問題ありませんよ……チェックアウトは指定の時刻より一時間以内でお願いしていますが……お客様は皆さま以外いないので、どうぞごゆっくり」
店主はそう説明してくれた。
随分と優しい対応であり、客がそんなに来ないからなのか。
見たところ別に悪い所は無いが……何か理由があるのか?
まぁ見てくれが奇妙なのもあるだろうが。
それさえ直せば、客もすぐに来るように思える。
不安要素があるとすれば料理であり、そこが問題なのかもしれない。
そんな事を考えていれば、店主は説明を終えてヴァンに鍵を渡していた。
隣の部屋の構造も同じようであり、これ以上、時間を取らせたくないと思ったのだろう。
俺たちは彼に礼を言ってから、イザベラの方に向く。
「私たちはこの部屋にするよ。それでいいね?」
「あぁいいぜ……取りあえず。荷物を置いてからフロントに集合するか。時間は……まぁ三十分後で!」
「はいはい……ナナシ。勝手に行くなよ」
「分かっている……行こう。ヴァン」
「おう」
ヴァンはイザベラに鍵を渡す。
そうして、部屋から出て扉を閉めた。
俺たちは隣の部屋へと向かい、その中へと入って行った。
店主の言っていた通り、構造に大きな変化はない。
ナップサックを適当な場所に置きながら、俺たちはベットに腰かける。
見かけ通りふかふかのベッドであり、柔軟剤の良い匂いがした。
「うーん! 良い所だぁ……そうだろ?」
「あぁ、最初は不安だったがな」
「……?」
訳が分かっていないヴァン。
俺は何でもないと言いながら端末を見る。
時刻は午前十時であり、神託が行われるのは明後日の午前九時だ。
皆が大広場に集まり、大神官が神より託された神託の内容を公衆の面前で発表する。
恐らくは、かなりの量の人が集まって来るだろう。
なるべくトラブルを起こさないように身を潜めておく必要がある。
……不安はあるが。戦闘にはならない筈だ……たぶんな。
ナップサックを見つめて軽く撫でる。
エマとの約束を果たす為に、俺は此処まで来た。
もうすぐ奴と会えるかもしれない。
いや、会えない方が確率的には高いだろう。
しかし、それでも俺は奴を探し出して見せる。
限られた時間の中で、俺は絶対に。
本当の自由を手にする為に。
己のやりたい事の為に……見ていてくれ、エマ。




