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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第二章:世界を動かす者

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044:罪人の秘密

 任務に復帰し、戦場へと向かった。

 変わり映えのしないクソのような光景が広がっていて。

 無数の花火が上がり、多くのメリウスが残骸となって地上に転がっていた。

 互いの領土を奪い合う為に、熾烈な戦いが繰り広げられている。

 攻めのムンドに守りのファルヌス。

 この前は押されているように感じたが、今も尚、ファルヌスは後退せずに堪えていた。


 そんな中で両国のエース機も出張っていて。

 運の良い事にその両者がぶつかり合う場面に出くわせた。

 データの収集だけでも手に汗握るような攻防だった。

 途中、邪魔をしてくる傭兵もいたが俺は適当に片付けておいて。

 二人の戦闘から多くの事を学びながら、その日の任務を終えた。


 エース機同士の戦闘という貴重なデータを収集できたからか。

 ヴァンが言うには何時もよりも報酬が多かったらしい。

 SAWの工場襲撃時の金とデータ収集の金を加えて……それなりの現金が手に入った。


 いや、現金はそんなには持ち歩いていない。

 ほとんどが電子決済で済む店だからこそ、あまり持たなくても良いが。

 俺は念の為に現金を持っていて、大体が現金で支払いを済ませている。

 昔の仲間も言っていたが、信用できるのは目に見えるものだけらしい。

 だからこそ、電子決済に頼らずに現金で支払っておけと忠告されて……今も俺はそれを守っている。


 レストランで食事をして倉庫に帰り。

 シャワーを浴びて、寝間着に着替えて眠りにつく。

 そうして、翌日の朝となり――現在、俺は一人の少女と共にベンチに座っていた。


 碧い獣の情報を手に入れて、出現する可能性の高い場所も分かったが。

 神託まではまだ少し時間があり、日が迫るまではこの街で待機しておこうと皆で結論付けて。

 そうして、今日は任務も無く。ヴァンたちも用事があり、それぞれが別行動を取る中で。

 俺は暇を持て余して、教会へと向かった。

 約束通り、茶をご馳走になろうと考えていたのだが……何故か、子守を任されてしまった。


『あら、ナナシ様ですね? 此処に来られたと言う事は……今、お暇ですか?』

『……まぁ、はい……何か?』

『あぁいえ。お客様にこんな事をお頼みするのはとても厚かましい事だとは思うのですが……お願いします! マリアちゃんと一緒に買い物に行ってくれませんか!』

『……え』


 修道女のマーサさんからのお願いだ。

 無下にも出来ずに引き受けてしまったが……本当に俺で良いのだろうか。


 視線を横に向ける。

 彼女は可愛らしいフリルのついた青いドレスを着ている。

 長い綺麗な金髪を腰まで伸ばして、身長は恐らく120センチより少し上か。

 綺麗な青い瞳を俺が買ってあげたアイスに向けて、ちろちろと舐めていた。

 異分子であるからこそ、首には首輪もつけられていて。

 病的な程に白い肌をしていて、体は少し瘦せているようにも見える……ちゃんと食べているのか?


 マーサさんの話では、このマリアと名乗る少女は孤児院に来て日が浅いようだ。

 両親は既に他界していて、異分子である彼女を引き取りたいと申し出る人間は誰もおらず。

 このままでは、軍に入るか劣悪な場所に放り込まれてしまうと考えて。

 偶然、その話を聞いていたマーサさんが神父さんに掛け合ってこの子を孤児院で引き取ろうとお願いしたらしい。

 その結果、彼女は俺のように軍に入れられる事も無く、優しい人間がいる場所で生活できるようになった。


 だが、この子は誰にも心を開かないらしい。

 何時も孤児院にある本を一人で読んでいて。

 周りの同年代の子供たちも、そんな彼女を警戒して話しかけられないそうだ。

 マーサさんも何とかしようとしていたが、そんな時にこの子は俺を見つけてマーサさんに俺の事を聞いていたようだ。

 どんな人か、何処にいるのとか……良く分からないが、彼女は俺に任せてみようと思ってしまった。


「……」

「……」


 異分子の仲間とは交流してきた。

 しかし、こんなにも小さな子供と接した機会はない。

 昔の記憶を辿ろうにも、軍に入った時の俺でさえ十歳は既に迎えていた。

 この少女は、精々が七,八才だろう……何を話せばいいんだ。


 眉間に皺を寄せながら考える。

 時刻はそろそろお昼時であり、マーサさんにはランチ代まで貰ってしまった。

 本当はあまり特別待遇はダメらしいから、このお金も彼女の自腹で。

 そんな彼女の気遣いを無駄に浪費して、何の成果も得られなかったではダメではないのか。


 俺は考えた。考えて、考えて、考えて……ゆっくりと口を開く。


「……歳は幾つになる」

「……七歳」

「……そうか」


 ダメだった。

 歳を聞いただけで、会話が終わってしまった。

 俺はこんなにもコミュニケーション能力が乏しい人間だったのか。

 ヴァンたちと話している時は、普通だった気がするが……もしかして、ヴァンたちが話し上手だったからか?


 悲しい事実がこの時になって発覚してしまう。

 俺は暑くも無いのにダラダラと汗を流す。

 いや、違う。俺はそんなんじゃない。

 必死になって会話を続けようと考える。

 どうすればより長くより面白く会話できるのかを考えて――


「……軍ってどんな所なの」


 少女が自発的に話しかけて来た。

 しかし、素直に喜ぶ事は出来ない。

 彼女は軍について俺に聞いて来た。

 それはつまり、彼女には何となくであるが……俺が異分子であると分かるのだろう。


「……あまり良い所じゃない……飯はまずい。衛生環境も最悪だ。仲間もどんどんいなくなる……二度と戻りたくはない」

「……辛かった?」

「……あぁ辛かった……でも、仲間たちの事は大切だった……彼らの言葉を俺は憶えているから」


 エマだけじゃない。

 多くの仲間たちがいたからこそ、今の俺がいる。

 忘れようとは思わない。

 どんなに最悪な思い出で溢れかえっていたとしても。

 その中で出会えた仲間たちとの思い出だけは、俺にとって最高のものだった。


「……良い所じゃないのに、楽しそうに話してる……訳わかんない」

「……すまない」

「……」


 少女は口を閉ざす。

 そうして、アイスを頬張る。

 美味しそうには食べていないが、マズくはないのだろう。

 彼女はアイスを平らげてから、その下のコーンもぱりぱりと食べていく。


 俺は少女から視線を逸らして空を見る。

 死んでいった戦友たち……今も彼らは、俺の事を見ていてくれているのか。


 

「……神父様のこと、どう思う?」

「……ん? アンドレー神父の事か? 良い人じゃないのか……もしかして、何かされて」

「違うよ。何もされてない。寧ろ、神父様は優しすぎるから……でも、怖いと思う時もある」

「……それは、どんな時に?」


 

 俺は少しだけ興味が湧いてマリアに聞く。

 すると、彼女は視線を地面に向けながらぽつぽつと語り始めた。


「……教会には悩みがある人がいっぱい来るの。神父様はそんな人たちの助けになりたいって言って、時間が過ぎてもきちんと話を聞いてあげてて……私、ある時にね。喉が渇いて真夜中に部屋から出たの……そしたら、声が聞こえてきて……気になって行ってみたら、あの小さなお部屋の中で神父様と男の人が話してたの……男の人は息遣いが荒くて、神父様は何時もみたいに穏やかな声で話を聞いていたの……」


 マリアの話を自分の中で解釈していく。

 恐らく、その小さな部屋というのは告解室だろうか。

 罪を告白する場所であり、神父はその話を聞いていたのか……だが、少しだけ妙だ。


 告解をする時間は決まっていると聞いたことがある。

 人気がある教会では、予約をしたりするところもあるらしい。

 概ねが、信者や救いを求める人間の話をきちんと聞く為にスケジュールを管理しているようだが……真夜中か。

 

 それも、皆が寝静まり活動している人間がほとんどいない時間帯だろうな。

 そんな時間に、告解に訪れる変わり者はいないだろう。

 いたとしても、神父も寝ている筈であり、外で大きな声で騒がない限りは対応しない筈だ。


 マリアの口ぶりからして、その告解に訪れた男が騒いだ可能性は低い。

 神父以外の人間が眠っていたのがその証拠だ。

 ならば、考えられる可能性は一つだけで――それは”予定にあった”訪問という事だ。


 誰にも話を聞かれたくなかったのか。

 いや、それなら別に真夜中でなくてもいい筈だ。

 それこそ、人払いをしたり場合によっては告解室では無く別の場所でも良かっただろう。

 それをせずに、態々、真夜中に訪問した訳は何だ……?


 俺は黙り込んだマリアを見る。

 その手はギュッと握りしめられていて……何かを恐れているのか。


 少しだけ考える。

 この先の話を聞くのなら、覚悟がいるかもしれない。

 場合によっては、マリア自身を疑う事になるかもしれないのだ。


 俺は少し考えて――マリアに尋ねた。


「何かを聞いたのか。良かったら、教えてくれないか」

「…………あの夜、神父様に会いに来た男の人は…………よく聞こえなかったけど…………”殺した”、とか。”バラバラに”、とか…………っ…………神父様は優しい声で、男の人の話に相槌を…………怖くなって、それ以上は聞けなかった。急いで部屋に戻って、毛布に包まって、それで……っ」

「――ありがとう。もう大丈夫だ」


 マリアは話を続ける内に表情を曇らせていき。

 最終的には恐怖で声が震えていた。

 俺は彼女を安心させる様に笑みを浮かべながら礼を言う。

 

 彼女の言葉を信じるのであれば……例の殺人鬼の影がちらついた。


 殺した、バラバラに、というワード。

 それらを答えに導くのであれば、殺した人間をバラバラにしたというものだろう。

 恐らくは、真夜中に教会を訪れた男は重い罪を犯して。

 その許しを求めて告解に訪れたのかもしれない。


 神父はその話を聞いていたらしいが。

 何故、何もしようとしないのか。


 もしも、もしもだ。

 その告解に訪れた男が本当に例の殺人鬼であるのなら。

 神父としての立場があるとはいえ、警察に報告すべきの筈だ。

 それをしないのは何故か……いや、”しない”んじゃない。”出来ない”のか?


 告解に訪れた凶悪犯。

 そいつが自らの罪を告白して、それを知った神父を生かしておくのか?


 俺がもしも犯人の立場であるのなら。

 秘密を知った人間を生かしておくことはしない。

 もしも、生かしておくのなら……相手が絶対に秘密を洩らさないような手を打つだろう。


 恐らく、神父はこの事件に巻き込まれて。

 秘密を知った彼は、犯人から監視されて自由を奪われているのだろうか。

 教会には多くの孤児もいて、彼らの魔の手が何時忍び寄るかも分からない。

 神父は犯人からの報復や襲撃を恐れて、誰にも犯人の正体を明かせずにいる。


 となれば……俺が動けない神父の代わりに、犯人を捕まえなければいい。


 本来であれば、こんな厄介事には巻き込まれたくない。

 ただでさえ、今は碧い獣の動向を追っているのにだ。

 関係の無い事件に巻き込まれるのは死んでも嫌だった……だが、もう俺も無関係ではない。


 マリアという少女に関り、彼女から話を聞いてしまった。

 此処で無視をして、何事も無く街を離れて……もしも、神父や孤児院の子供たちが殺されれば……それは寝覚めが悪い。


 何時、彼らが殺されるかも分からない状況で。

 俺だけが事件を解決できるのであればだ。

 見過ごして最悪の結果を招くよりは、関わって防ぐ選択肢を取るのが賢明だ。


 ……子供が怯えている姿なんて見たくはないしな。


 俺はゆっくりとマリアに視線を向ける。

 そうして、安心させる様に笑みを向けた。


「何とかしてみせる。安心しろ……とまでは言えないが、最善を尽くす」

「……分かった……気を付けてね……私も……」


 最後の方は何を言ったのか聞こえなかった。

 彼女は視線を下に向けたまま、拳を固く握っている。

 こんな幼い少女が怯えているのだ。何もしない訳にはいかない。

 だが、相手は死体をバラバラにするような変態だ。

 殺しにも慣れており、どんな人間かも分からない。

 最低限、会いに行くのであれば銃などの武器を持っておいた方が良いだろう。

 

 何が起きるかは分からないが……先ずは、神父に話を聞いておかなければならないな。


 次から次へと問題が発生するこの状況。

 まるで、神が俺に試練を与えているようで……俺はただただ、喉に小骨が刺さったような不快感を抱いていた。

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