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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第二章:世界を動かす者

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043:至福の料理を

 ミッシェルと買い出しを終えて倉庫へと帰る。

 その途中で、警官たちが規制線を敷いていたが……また殺人事件だろうか。


 ミッシェルと共に少しだけ様子を伺っていた。

 遺体があったと思われる場所には見えないようにホロが張られていた。

 ホロの中では刑事らしき人間たちが集まって調査をしていたと思われる。

 後からアンドレー神父が走って来たので、殺人事件で確定したが。

 物騒な街だと思いながら、俺はミッシェルに夜間はあまり出歩かない方が良いと忠告する。


 不審に思ったミッシェルから何故そんな事を言うのかと聞かれて。

 俺は教会で修道女から聞いた話を彼女に教えた。

 すると、彼女はそんな話は知らなかったと驚いてた……あまり知られていない事なのかもしれないな。


 何故、警察は事件について公にしないのかは分からないが。

 この事件は連続して起きているのだと分かった。

 夜道は危険であり、出歩くとしても俺かイザベラかヴァンと共に行った方が良い。

 ミッシェルは戦闘経験の無いメカニックであり、荒事は俺たちの仕事だ。

 そう思いながら、俺たちは倉庫へと戻って行った。



 倉庫のあるエリアに戻り、自分たちの倉庫の前に立つ。

 ミッシェルがカードを翳して扉を開けて中へ入ろうとした。

 

 その時に、ミッシェルは周囲を警戒していたが。

 恐らく、ミムラが待ち伏せしているのではないかと思っていたのだろう。

 俺は彼女に大丈夫だと言い聞かせながら、キッチンへと向かう。

 階段を上がって行って、共有スペースの中へと入る。

 カーテンは閉められていて、俺は電気をつける。


 街での買い物が長引いてしまった。

 戦争中の国であろうとも、物資の類は豊富だった。

 まぁレストランに美味しい料理があって、酒場にも質の良い酒が置いてあったのだ。

 多分、問題は無いだろうと思っていたが。野菜や肉も新鮮なものばかりだった。


 海産物も豊富にあり、俺は海老や昆布などを買い。

 他にも、野菜を数種類買って来た。

 小麦粉や薄力粉も買って帰る。

 旅行客向けの店だからか、少し割高には感じたが質は悪くない気がした。

 これだけの食材があるのなら……おやっさんのレシピを試せる。


 買い物袋をテーブルに置く。

 そうして、食材を幾つか手に持つ。


「……なぁ、何作るんだよ」

「ん? それは……聞きたいか?」

「……あぁ、いや、やっぱりいい……お楽しみってやつなんだろ?」


 ミッシェルは笑みを浮かべながら俺の脇腹を小突く。

 俺は笑みを浮かべながら、服の袖を捲った。

 此処からは時間の勝負であり――楽しい料理の時間だ。



 時間の掛かる工程を早く終わらせる為に、食材を並べる前に準備をしておく。

 そうしてその後に、ゆっくりと時間を掛けて並べられた食材を使って俺たちは料理を開始した。

 ミッシェルも手伝ってくれたお陰で、俺の負担も少しで済んで。

 おやっさんのから教わったレシピ通りに、俺は料理を進めていった。


 先ず、俺が始めたのは生地作りだ。

 小麦粉を山のように積んで、その中に塩と水を混ぜた塩水を流し込む。

 全てでは無くちょっとずつで、山を崩しながら混ぜていき生地を捏ねていった。

 そうして、生地の状態がおやっさんの指示通りになったらそれを大きな袋へと入れる。

 中の空気を出来る限り抜いてから、それをミッシェルに渡した。

 俺がこれを足で踏めと言えば、ミッシェルは「は?」と言ってぽかんとした表情をしていた。

 しかし、俺が無言で彼女を見つめれば彼女は渋々従って生地を踏みに行った。

 踏みに行く前に、適度に生地を折りたたむように指示もしておく。勿論、流れを終えれば五分は休ませる様にも言って。


「さて」


 生地は彼女に任せて問題ない。

 俺は並べられた野菜に目を向ける。

 鶏肉もあり、俺はそれを手に取りながらカットしていった。

 玉ねぎにニンジンに、ナスや……大葉はこのままだ。


 ”揚げやすい”大きさにカットして、玉ねぎはくしに刺しておく。

 まな板を手早く洗って、乾いたタオルでよく拭う。

 そうして、鶏もも肉を並べてからさっとカットした。

 ぷりぷりの肉であり、脂身もほどよくある。


 流れる汗を軽く腕で拭う。

 そうして、油の方に視線を向けた。

 適度に火加減を見ながら、油を熱していって。

 さえばしを持ってつければ、ぷつぷつと気泡を発していた――よし。


 卵を持ち割り入れる。

 薄力粉と冷水を流しいれて、よくかき混ぜる。

 手早く、メリウスで鍛えられた筋力と技量をフルに使い無駄なく混ぜる。

 そうして、ダマが一切ない状態を作り材料に打ち粉をしておく。


 混ぜ合わせた衣用の生地に材料をつけて。

 それらをほどよく熱せられた油の中へと投入する。

 静かに入れれば、油の気持ちの良い音が響いてきて食欲を大いにそそられた。


 いっぱいにならないように注意しながら、材料を入れていく。

 そうして、残りは次へと持ち越してパチパチと音を立てるそれらをジッと見つめる。


 まだだ、まだ、まだだ……まだだ……まだ、まだ……よし。


 黄金のように輝くそれらを油の海から掬い出す。

 てらてらと輝く”天ぷら”は、正に金塊のような美しさを俺の目に映してくれた。

 さっと油から掬って行き、よく油を切っておく。

 そうして、出来上がった天かすも網で掬い上げながら次の材料も投入しておく。勿論、打ち粉も忘れはしない。


 音をよく聞きながら上手に揚げていく。

 カラッと揚がった天ぷらを見る度に、腹の虫が鳴り響いて口内は洪水のように唾液で溢れていた。

 野菜の天ぷらとエビの天ぷら。そして、鶏肉の天ぷらを作っておく。


「おーい。もういいかー」

「あぁ持って来てくれ」


 天ぷらははこれで完成だ。

 出来上がった天ぷらを置いて油を切りながら。

 発生した天かすを一つに纏めて。

 油が入った鍋を邪魔にならないスペースに移動させる。

 布巾で汚れてしまったキッチンテーブルを拭いてから。

 やってきたミッシェルから生地を受け取った。


 袋から取り出した生地はほどよい硬さで。

 それをテーブルの上で丸めていく。

 丸く丸くして、そのまま十五分休ませておく。


 俺は生地を安全地帯に置きながら、油をよく切った天ぷらを皿に盛りつけていった。

 ミッシェルの分。そして、そろそろ帰って来るであろう二人の分もだ。

 俺は病み上がりなので、油物は控えて置く。

 綺麗に盛り付けたそれを適宜、彼女に渡せば彼女は急いでテーブルに持って行ってくれた。


 全ての盛り付けを終えてから、俺はもう一つの鍋を見る。

 鍋一杯に水で満たしたそれの中には、昆布や小魚の煮干しを入れていた。

 煮干しは腸や頭を落としておけば、臭みや苦みが出ないぞとおやっさんに教えてもらった。

 かれこれ三十分ほどは漬けていて……よし。


 火をつけてツマミで調整する。

 火加減を見ながら、鍋を回すことなく待つ。

 じっくりと煮ながら待ち……そろそろか。


 泡がなべ底に集まり始めたのを確認し。

 箸で昆布を取り出して、少し火を弱めてまた待つ。

 ミッシェルがまだなのかと聞いて来たので、先に食べていてくれと言っておく。

 すると、彼女は喜んで料理を食べる準備を始めた。

 

 片手間で新しい深底の鍋にたっぷりと水を入れて。

 火にかけてから置いておく。

 これは暫く放置であり、途中から使う事になる。

 

 煮干しを煮ながら、出て来る灰汁を丁寧に取って行く。

 そうして、丁寧に丁寧に作業を進めて行けばミッシェルの歓声が聞こえて来た……ふふ。


「もういいかな?」


 煮干しを取り出してから、今度は大量の鰹節を入れる。

 そうして、再び煮て行きながら待って、出てきた灰汁を取って行く。


 鼻を慣らせば、かつおや昆布、煮干しの良い香りが漂ってきた。

 口内に溜まった唾液は今にも口から漏れ出しそうで。

 俺はごくりと喉を鳴らしながら、ザルに薄い布を敷き詰めてから別の鍋を用意する。

 そうして、火を止めてから出汁が入った鍋を持ち、ザルの中に流しいれていった。


 ぐつぐつと煮えたそれからはふわりと海の幸の香りが溢れてくる。

 トクトクと注いだそれを一滴残らず出して……よし。


 空いた鍋を流し台に置いてから。

 残りカスが入ったそれも流し台に入れて置く。

 片づけは後であり、残りの肯定も早めに済ませておこう。


 だが、その前に……よし、出来ているな。


 此処からはより素早く片付けていく。

 十分に寝かせた生地を掴み、打ち子をまぶしてから勢いよく叩きつける。

 そうして、手でよく捏ねてから薄く延ばして行き丁寧にたたんでいく。


 薄く延ばしてたたみ、薄く延ばしてたたみ。

 それを何層にも重ねてから、包丁を取り出して――素早く切って行く。


 タタタタタと連続して音が鳴り、均等な細さで切られていく生地。

 一瞬にして長く綺麗な麺が出来上がり、先ほどからぐつぐつと煮えたぎっているお湯の中に――投入。


 ぼちゃりと深底の鍋の中に入れてから棒で混ぜていく。

 この調理器具一色も、おやっさんから借りたもので。

 おやっさんは無駄なく、全ての工程を流れるように済ませろと言っていた。


 ぐつぐつに煮えたお湯の力で、後は勝手に麺が踊ってくれる。

 俺は出汁が入った鍋を再び火にかけ沸騰させていく。

 そして、おやっさんから貰った”魔法の品”を取り出した。


 小さな容器に入ったそれら。

 中身は料理には欠かせない調味料だ。


 比較的透明な二つのやつを適量回し入れてから煮る。

 十分に中に混じったアルコール分を飛ばしてから。

 おやっさんが独自に作った醤油を垂らしいれる。

 そうして少しだけ煮てから、最後に俺自身の勘で天然の本塩を――パラパラと入れた。


 後は鍋を混ぜてから、お玉で小皿に中身を注いで……うん、美味い。


 薄くはなく濃くも無い丁度いい加減。

 海産物の旨味がたっぷりと入っていて、上品な塩味が口を大いに楽しませる。

 香りづけの意味もある醤油も上手く調和していて、スープとして完成されていた。

 色も綺麗な黄金色であり、出汁は透き通る様な輝きを見せていた。

 香り、味、そして見た目……完璧だな。


 灰汁は一切なく、アルコールや煮干しの苦みも一切ない。

 成功であり、これならおやっさんも納得してくれるだろう。


「さぁ、仕上げだ」


 後は、この鍋の中で踊る麺に集中するだけだ。

 そんな時に、部屋の扉が開く音がして……ヴァンとイザベラが帰って来たな。


「んぁ? 良い匂いだな……って、ナナシ起きたのか!?」

「とっくにな。今は絶賛、料理中だよ。ほら、冷めない内に食えよ」

「おぉ! これは天ぷらだな! うまそー……なぁ、何か数おかしくね?」

「そ、そうかぁ? おかしくねぇよ……こ、これは姐さんのだからな!」

「ありがとう。ほら、ヴァンも座りな。折角の御馳走をそんなしかめっ面で堪能するつもりかい?」

「……え、いや……野菜も一つ無いし。鶏肉も……あれ、小さくね? 不自然じゃね? ねぇねぇねぇ」

「う、うるせぇ!! 文句を言わずとっとと喰え! 速い物勝ちなんだよ!」

「あぁぁぁ!! 認めたなぁぁぁ!! テメェこの野郎……だから、太るんだよ!!!」

「ぶぅぅ!! は、はあああぁぁぁ!!? お、おま。い、何時見たんだよ!!?」

「……え? 本当に太ったのか?」

「――ッ!!!?」


 ミッシェルとヴァンが喧嘩している。

 何やらガチャガチャと騒がしくなって。

 物が飛んでいる音がするが……まぁ大丈夫だろう。


 俺は二人の騒がしい声をBGMとして聴きながら、麺を茹でて行く。

 そうして、二人の喧嘩が収まり互いの荒い呼吸が聞こえ始めたころ……出来上がりだ。


 熱々の湯を流しに捨てて、麺をザルに取り出しておく。

 よく冷えた流水で麺を洗ってぬめりけを取ってから、適量を取って丼に盛っていく。

 そうして、熱々の出汁を掛けてから小葱や天かすを掛けて――よし!


「出来たぞー!」

「はぁ、はぁ、はぁ……い、一時休戦と行こうじゃねぇか」

「はぁ、はぁ、はぁ……い、いいぜ……はぁぁ」

「……馬鹿だね。ほんと」


 二人が汗を垂らしながらやって来る。

 俺は料理を運ぶようにお願いした。

 ヴァンが二つ持っていき、俺とミッシェルは自分の分を持っていく。

 そうして、テーブルの上に置けばイザベラとミッシェルは天ぷらを既に平らげていた。


「美味かったよ。店を出せるくらいに……アンタ、本当は料理人だったんじゃないのか?」

「だよな! 俺もそう思ったんだよ。マジで天才だろ」

「どれどれ……っ! うめぇぇぇ!!」


 ヴァンがひょいっと天ぷらを掴み食べて目を輝かせる。

 二人も俺の腕を認めてくれて褒めてくれた。

 嬉しい反応であり、俺は少しだけ照れくさく感じる。

 そうして、恥ずかしさを誤魔化すように三人に食べてくれと願う。

 箸を手渡してから、俺はピッチャーから全員分の水をコップに注いでいく。

 ヴァンは天ぷらを食べて、二人はうどんをずるずると啜っていた。

 感嘆の息を漏らしながら食べていく三人。

 俺は頬を緩めながら、三人の反応を喜んで……うん、美味い。


 うどんはつるつるでコシがあり、それでいてスルスルと胃の中に運ばれていくようだ。

 アッサリとしたスープが麺と絡み合って、空っぽの胃の中を満たしてくれる。

 優しい味であり、冷え切った体を芯から温めてくれた。


 三人はニコニコと笑いながら談笑を初めて。

 俺もそんな三人の話を聞きながら、今という時間を楽しんだ。


 碧い獣の動向も、SAWという企業が企んでいる事も気になるが……今はただ、仲間との時間を楽しもう。

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