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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第二章:世界を動かす者

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040:雨の日の贈り物(side:ヴァン)

 窓をパチパチと雨粒が叩く。

 倉庫全体に掛かる雨が、広い倉庫内に反響していた。

 煩くはなく、これくらいであれば誰でも眠れるだろう。

 

 太陽の光は分厚い雲に遮られて、部屋は少しだけ冷えて来た。

 風は吹いていないが、かなりの雨が降っていて。

 今、外を出歩いている人間はそうはいないだろう。

 俺はそっと相棒の掛け布団を上に上げてやる。

 

「……」


 狭い部屋の中には、俺とナナシがいる。

 アイツはベッドの上で眠っていて。

 穏やかな寝息が静かに聞こえていた。

 安心しきっている。戦場から離れれば、こいつは何時も安らいでいた。


 そう、戦場から離れればだ。


 一度戦場へと行けば、ナナシは人が変わったように戦う。

 冷静そうに見えながらも、その心はガソリンを注いだ炎のように荒れていて。

 ただ敵を効率的に殺す事を考えていた。

 戦って戦って、相手を殺す。勝てなければ逃げる事も考えているが。

 勝てる要素があり、敵を倒す事でメリットがあるのなら……こいつは迷うことなく相手を討ちに行く。


 全部見ていた。

 ナナシのアンブルフの戦闘記録を閲覧して。

 ナナシが戦っていた相手の声や姿を見ていた。


 SAWが俺たちを試した依頼では、弾が無駄だからと無防備な人間を轢き殺した。

 SAWからの正式な依頼で襲撃してきた敵を逃がすことなく確実に始末した。

 

 冷静だ。何処までも冷静で……全くと言っていいほど躊躇いが無い。

 

 そういう奴だ。知っていたさ。

 初めて会った時に感じた瞳の奥に宿る光。

 強い意思を感じながらも、戦いへの欲が見て取れて。

 無抵抗で暴行を受けていても、ずっと光を宿していた。

 

 まるで、かつての自分を見ているようで……俺はこいつを放っておけなかった。


 このまま放置していれば、何れは死ぬ事になるかもしれない。

 もしくは、取り返しのつかない失敗を起こすだろう。

 かつての俺のように、”償う事が出来ない罪”を背負うかもしれないのだ。


 こいつはそうなってはいけない。

 今はいい。でも、何れは戦う以外の道を見つけられるようにしてやりたい。

 傭兵なんてどうせ長くは続けられない職業だ。

 何れは引退して、結婚して家庭を持つなり、第二の人生を謳歌するなりすればいいさ。


 それまでは、俺がこいつの相棒として……一緒に答えを探してやる。


「ナナシ……」

 

 相棒の名を呼ぶ。

 しかし、返事は返って来ない。

 穏やかな眠りにつくナナシは、きっといい夢を見ているんだろうな。

 

 カチカチと時計の秒針が刻まれていく。

 俺たちに与えられた専用の倉庫の一室。

 ナナシの為に与えた部屋の中で……あいつは眠っていた。


 体中に包帯を巻きつけて、腕には点滴をさしている。

 頬にも大きな絆創膏が張られて、頭にも俺のバンダナでは無く包帯が巻かれていた。

 全て医者が処置してくれて、それまで俺たちは外で待っていた。

 任務が終わりすぐに処置をしてもらってから……今日で三日目か。

 

 意識はまだ戻っていないが、命に別状はない。

 機体をフルで稼働させた上に、リミッターを解除して全力で飛行していた。

 その為、体の筋繊維はズタズタの上に、骨も折れている箇所がある。

 普通であれば暫くの間は戦えないが……やっぱりすげぇよお前は。


 医者の話では、驚くべき回復速度で傷が癒えていっているという。

 折れた骨も綺麗な状態でくっついていて、筋繊維もそのほとんどが修復されていた。

 これなら後一週間ほどで、完治しているだろうとも言っていた。

 

 自己治癒能力が高いとか、そんなレベルの話じゃない。

 医者ですら不気味に思うほどの回復力であり、正直、俺もナナシのそれに怯えていた。

 これほどの回復力なら、その代償も大きいのではないかと。

 医者は何らかの副作用があるかもしれないと忠告して。

 もしも、体や精神面に異常が見られたらすぐに連絡して欲しいと言っていた。

 よそ者である俺たちにも親切で、医者として最後まで面倒を見てくれるんだろう……ありがたい事だよ。

 

 先ほどまで此処でナナシを見ていた医者。

 まだ年若い医者だったが、本職の人間が言うのなら間違いは無いだろう。

 素人がプロを疑っても意味は無いしな。


 眠っているナナシに視線を向ける。

 俺が来ても起きる気配は無く、任務を終えてからずっと寝たままだ。

 恐らくは、傷を回復させる間はこうやって意識が沈んでいくのかもしれない。

 傷の治りが早いが、その間は真面に動けないのだろう。

 そして、傷が大きければ大きいほど眠りは深くなる。

 

 こいつには何時も無茶ばかりさせてしまっている。

 俺は安全な場所で指示を出す事しか出来ず……とても歯痒かった。


 硬い椅子の上に座りながら、拳を握る。

 もっと俺が優秀であれば、もっと俺が周りを見れていれば……”昔のように”メリウスに乗れていれば。


 後悔ばかりが出てきてしまう。

 もう俺も後少しで三十代で……格好悪ぃなぁ。


 こんな不甲斐ない姿をナナシだけじゃなくアイツ等に見られた日には。

 多分、一月は絶対に揶揄われるだろう。

 それだけは絶対に嫌であり、アイツ等の前では弱い姿を見せてはいけない。

 それが社長としての務めで、俺が一番に気を付けなければならない事だろう。


 眠っているナナシの顔を見る。

 苦しそうな顔ではない。

 落ち着いた顔色であり、寝息も穏やかだった。

 痛みや苦しみを感じていないのなら良かった。


「……そうだ」


 思い出したように俺は立ちあがる。

 そうして、ナナシが持ってきたナップサックを漁った。

 中にはアイツが大切にしている本などが入っていて……あった。


 適応剤と呼ばれるものが幾つか入っている。

 異分子たちはこれを定期的に打たなければならない義務があり。

 もしも、打たずに暫く放置していれば首輪から信号を送られて。

 すぐに最寄りの警察官が駆け付けてきてしまう。

 恐らく、最後に投与してからそろそろ一月は経過する頃だろう。

 打っていた所は見ていたから、日数は問題ない筈だ。


 俺はゆっくりと適応剤が入ったそれを一つ手に取る。

 そうして、ナナシの近くに立ち腕を取る。

 確か、体のどの部位に刺しても問題ない筈だが……腕でいいかな。


 ゆっくりと適応剤を腕に当てる。

 そうして、横のボタンをカチリと押した。

 すると、カシュリと音が聞こえてきて中の薬品が投与された。

 ナナシの顔を見れば少しだけ嫌そうな顔をしていた。


「痛かったか……ごめんな」


 ナナシに謝りながら、空になったそれを外す。

 腕を見れば、投与された跡は残っていない。

 針を刺して投与したわけはないのか……よく分からないな。


 不思議な物だと思いつつ、俺はそれを適当な場所に置く。

 目覚めた時、ちゃんと投与してあると教えなければいけないからな。

 目立つところに置いてから、俺は静かに息を吐いた。


 このままナナシが目覚めるまでは、イザベラにSAWの依頼は任せておく。

 奴らの施設を襲撃したが、奴らから何かをされる事は無い。

 襲撃も妨害も無く、ただただ放置されていた。


 分かっていた事だ。

 奴らが俺らのような人間を相手にしない事は……問題は依頼主だな。


 生産工場への襲撃を依頼したそいつ。

 連絡はまだ来ていないから、生きているのか死んでいるのかも分からない。

 ただどういう方法を使ったのかは知らないが。

 工場の破壊が成功したと分かった瞬間に、金の振り込みは完了していた。

 それもかなりの額で……多分、全ての要望を満たしたからだろう。


 金はいい。

 いや、金もあるのならいいが。

 問題なのは、ナナシが一番欲していた情報をまだ受け取っていない事だ。

 これが大問題であり、これでは報酬が合わない。

 まさか、最初から騙すつもりだったのか?


 疑心暗鬼に陥りそうであり、もしもそのジョンとやら会えたのなら一発殴って――扉を誰かが叩いた。


「……誰だ?」

「……私だよ。荷物を受け取ってね……入ってもいいかい?」

 

 扉をノックしたのはイザベラだった。

 俺は中に入る様に指示する。

 すると、アイツはガチャリと扉を開けて入って来た。

 その手には小さな小包があって……誰からだ?


 此処に俺たちがいる事を知る人間はそうはいない。

 ましてや、荷物を送って来るような奴を知り合いに持つ人間はこの中にはいない。


 怪しい。怪しすぎる。

 俺が訝しむような視線を向けていれば、イザベラは小さく笑う。


「問題ないよ。さっきミッシェルに調べてもらった……取りあえず、爆発物ではないよ」

「……そう、か……でも、何があるか分からないからな。俺が開けて見る。お前は離れていろ」

「はいはいっと」


 荷物を受け取れば、見かけ通りそこまで重くは無かった。

 ゆっくり壁に取り付けられた机に置いて、紙を剥がしていく。

 丁寧に丁寧に紙を剥がして、中の白い箱を開封して――あ?


 中を開けて見れば、小さな記録装置が入っていた。

 手に取ってよく確認してみるが……普通だな。


 一般家庭のパソコンや端末でも使用できるもの。

 タイプは古めのものであり、この程度のものであれば高度なウィルスなどを仕込む事は出来ない。

 シンプルに文字や画像データなどの情報を読み込むもので……あいつか。


「どんな奴が持ってきた」

「普通の男だよ。愛想の良い二十代の優男さ。雨の日だから灰色のレインコートを着ていて……狐みたいな顔のね」

「……そいつがジョン……いや、奴の仲間だろうな」


 データを送信してくるのではなく。

 直接、宅配を装って情報を渡してきた。

 それほど、この情報の存在を知られたくなかったのか。

 それとも、自分たちの痕跡を残さない為か……多分、両方だろう。


「すぐに確認しよう。ナナシが起きる前にな」

「……不安か?」

「……不安に決まってんだろ……どんなやばいもんか計り知れねぇ」

「……私もだよ……何故だか知らないが、今も寒気を感じている……こういう時は決まって危険の前触れだ」


 イザベラはそう言う。

 俺を脅している訳じゃない。

 本心からの言葉であり、この手に持つ小さな媒体には得体の知れない何かが込められているのだろう。

 俺はそれをギュッと握りしめながら、部屋を後にしようとした。


 扉に手を掛けてゆっくりと開き。

 外に出ようとした時に、イザベラに視線を向けた。

 アイツは眠っているナナシをジッと見つめている。


「……大丈夫だ。安心しろ」

「……」

 

 イザベラは無言で歩く。

 俺は道を譲って彼女を部屋の外に出し、ゆっくりと扉を閉めていった。

 ナナシは今も穏やかに眠っていて……ゆっくり休んでくれ。


 心の中でナナシを労う。

 そうして、パタリと扉を閉じてから俺はパソコンを置いている共用スペースへと向かう。

 イザベラも俺の後をついてきていて、二人で情報の確認をしに向かった。

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