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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第二章:世界を動かす者

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039:逃げるが勝ち

「――ッ!」


 奴の機体がブレる。

 背後には柱があり、奴の足は既に柱についていた。

 機体の姿勢が一気に低くなったその僅かな動きを察知して――横へと飛ぶ。


 スラスターから爆発音が響いて、視界は一気に流れていく。

 歯を食いしばりながら衝撃に耐えて、すぐ横を何かが通過していったのが分かった。

 サブスラスター全てを噴かせて横にブーストすれば、奴が先ほどまで俺が立っていた場所を勢いよく通過する。

 空気を震わせるほどの加速。

 まるで、空気そのものを味方につけているかのような速さで。

 あの逆関節による跳躍はスラスターによるブーストよりも遥かに危険だ。

 気を抜けば一気に距離を詰められて、あのパイルバンカーでコックピッドを貫かれるだろう。

 そうなれば最期であり、何とかして奴の隙を見つける必要がある。


 背中を見せて離脱しようとすれば、奴は一気に襲い掛って来る。

 逃がしてくれる気は更々無いようで。

 ヴァンから送られたタイマーを見れば、刻一刻とリミットが迫っている。

 このまま悠長に戦っていれば、俺も奴も仲良く消し炭だ。

 そうならない為にも、奴をどうにかして撒くか倒す必要がある。


 異名付きの凄腕を、短時間で屠れると思うほど自惚れてはいない。

 が、全く手も足も出ないとは思えなかった。

 確かにこいつは強い。だが、漆黒のメリウスや蒼い獣ほどのプレッシャーは感じない。

 ならば、幾らでもやりようはある筈だ。


 俺はペダルを踏みつける。

 そうして、ジャングルのような空間を翔け巡って行く。

 柱を盾にしながら、変則機動で奴をかく乱する。

 

 加速――そして、軌道を一気に変える。


 連続して進路を急激に変えれば、吐き気がこみ上げるほどの圧が体に掛かる。

 三半規管を大きく揺らすほどの振動に圧であり、常人であれば一分も持たず吐いているだろう。

 耐えられるのはメリウス乗りだけで。

 俺だけがこのじゃじゃ馬を上手く乗りこなせる。


 機体を左右に揺さぶりながら、柱の隙間を縫う。

 そうして、上方の金属の棒の隙間を潜り抜けながら。

 敵へと銃口を向けて弾を乱射した。

 連続して発生した閃光と共に、勢いよく弾が奴目掛けて飛来する。

 奴はそんな弾丸の軌道を完璧に予測して、またしてもひらりと機体を回転させて避けて見せた。


 惚れ惚れするような華麗な動きだ。

 だが、あんな見かけだけの技術に意味は――ないッ!


 俺は機体を急停止させた。

 そうして、逃げるのを止めて奴へと向かって行く。


《――!》


 奴が驚いたのが分かった。

 だが、奴はすぐに対応してきてパイルバンカーを構える。

 俺はそんな奴を見つめて――見えた!


 奴の動きの軌跡。

 僅かな未来で予測される行動が見えた。

 俺はその未来の動きを見ながら、機体を合わせるように動かした。


 互いに凄まじい勢いで宙を翔けている。

 密閉空間で発生する風の威力は相当な物だろう。

 機体は激しく揺さぶられていて、気を抜けば意識ごと持っていかれてしまう。

 俺はそんな風の力を存分に味わいながらスローモーションの世界で奴を見つめる。


 奴の機体の下を抜けるように移動しようとした。

 奴はそんな俺の動きを完璧に予測していて。

 パイルバンカーをその位置にセットしていた。

 そこを通った瞬間に、俺の機体には大きな風穴が空く。

 そんな未来が見えて心臓は鼓動を速めていく。

 ドクドクドクドクと鼓動して。俺は大きく開いた目でそんな奴の静かな殺気を浴びて――口角を上げた。


 レバーを左右共に逆方向に倒す。

 そうして、左右のペダルの踏む力を僅かに変えた。

 その瞬間、綺麗な姿勢で飛んでいた俺の機体は一気にバランスを崩した。


 突風が吹き荒び。

 俺の機体はそんな風の影響を受けて――機体が一気にズレた。


《――!?》


 奴のパイルバンカーが作動する。

 炸薬が爆ぜて、その獰猛な一撃が放たれた。

 しかし、その空間には隙間が出来ていて。

 鉄杭は空を切り、わずかながらに俺の胸部装甲を小突いた。

 が、それでもかなりの威力で装甲が凹む音が響いた。

 機体全体が揺さぶられて脳みそがシェイクされそうになる。

 俺はその衝撃に耐えながら、キャノンの砲塔を奴へと向ける。


「――シィ」

 

 狙いを定めた。

 ロックオンが完了して――ボタンを押す。


 その瞬間に、機体には大きな衝撃が加えられて機体が後ろに下がった。

 放たれた砲弾は奴の機体――から外れた。


「――はぁ!?」


 思わず声が出た。

 確実に当たる距離で。

 外す筈は無かった。

 しかし、奴は俺の弾を避けて見せた。


 一瞬の動きで分からなかったが。

 恐らくは、スラスター全てを使ってブーストしたと思われる。

 必殺の一撃を躱されて、意識が完全に逸れていた筈だ。

 それなのに、奴は最小限の動きで俺の意識の外からの一撃を回避した。

 必中の攻撃を避けた奴はそのまま柱へと脚部をつけて――飛ぶ。


「――っ!」

 

 爆発的な加速で、俺へと迫って来た。

 俺はそんな柔軟な動きをする奴に舌を巻く。

 ブーストしながら回避。

 

 奴の単眼センサーがきらりと光る。

 そうして、横を通過しながら左手の武装を此方に向けて来た。

 何かは分からないが、途轍もなく嫌な感じがする。

 だからこそ、俺はそれを大きな動きで回避しようとした。


 三つのパラボラが動く。

 激しく振動し始めて――何だッ!?


 空間が激しく振動している。

 遠く離れた俺の場所までそれが伝わって来て。

 耳が激しく痛みを発していて、視界が揺れているような錯覚を起こす。

 システムも誤作動を起こし始めた。

 レーダーやディスプレイにはノイズが走り。

 奴の動きが見え辛くなり――まずいッ!


 一瞬の隙。

 奴がそれを見逃す筈もなく――眼前に奴の目が迫った。


 本能で機体を一気に右へと動かす。

 その瞬間に、あの強烈な炸薬が爆ぜる音が響いて――強い衝撃が機体全体を襲う。


「がぁ!!?」


 コックピッド内が揺れて火花が散る。

 システムが警告を発していて、今の一撃で”左腕”が持っていかれた。

 出力が一気に落ちていき、姿勢制御が不安定になる。

 しかし、何とか姿勢を制御しながら、俺は奴から距離を取った。


 荒い呼吸を落ち着かせながら、俺は奴への警戒心を跳ね上げた。

 右手の武装は一撃必殺のパイルバンカー。

 そして、あの左手の武装は兵器類のシステムを狂わせるジャマー兵器だ。


 ジャマー兵器で相手の動きを止めさせて。

 動きが止まった敵をアレで仕留める戦い方。

 恐ろしい戦法であり、初見殺しもいいところだろう。

 避けられたのは運が良いだけであり、本当であれば今の一発で死んでいた。


 柱の隙間を縫うように移動。

 背部センサーで確認すれば、奴は俺を追って来ていない。

 しかし、部屋全体に響き渡る警告音とは違う音が聞こえて来る。

 微かだがスラスターの音や何かを蹴りつける音が響いていて。

 奴が俺を狙いながら動き回っているのが分かった。


 今逃げ出せば、確実に仕留められる。

 片腕を失った状態で戦える筈も無い。

 これで俺と奴の差はかなり開いてしまった。

 もう勝てる見込みもほぼ無いだろう――が、道は見えた。


 奴の戦い方が分かり、このフィールドは奴に適した空間である事も分かった。

 此処で戦いを続けても、命を削られていくのが関の山だ。

 任務達成を優先する為に、俺は奴と真っ向から戦うという”芝居”を打った。

 逃げる事が出来ず、奴を倒そうという姿勢を見せ続けたのだ。

 恐らくは、奴は手負いの俺が最期に何かを仕掛けて来ると思うだろう……そこが勝負だ。


 恐らく、こいつの任務は俺の排除の他に。

 オーバーロードを引き起こそうとしているバイオリアクターの停止も含まれている筈だ。

 俺がこいつと此処で戦ったのは、ギリギリまで奴を足止めしてオーバーロード邪魔をさせない為だ。

 時間を見れば、この施設から離脱する時間を含めて……ギリギリだな。


 これ以上の戦いは双方共に意味はない。

 オーバーロードは間もなく果たされて。

 それを止める為には、ヴァンが仕込んだウィルスを排除する必要がある。

 その為の時間はもうほぼ無い。


 奴が任務を優先するか。

 それとも、命を優先するか――賭けになるだろう。


 俺は顎に垂れた汗を拭う。

 そうして、レバーを握りしめて移動を開始した。

 柱を盾にしながら移動して、入って来た出入り口を目指す。

 下へと下降しながら、奴からの攻撃を警戒する。


 今この瞬間も、奴はジャマー兵器を起動している。

 恐らくは、密閉空間であれば絶大な威力を発揮するのだろう。

 奴自身は対策をしているだろうから、その影響は受けずに。

 レーダーはほぼ使い道が無く、索敵をしても現在位置は掴めない。

 奴は常に移動をして、位置を気取られないようにしている。


 周囲を警戒しながら進む。

 そうして、出入り口が見えた。

 俺はそのまま出入り口に近い柱に添うように移動した。

 準備は整った。迎え撃つのなら此処であり――奴も仕掛けて来る筈だ。


 滞空しながら、足を柱に付ける。

 そうして、片腕の武装を構えながら警戒した。

 時間は刻一刻と迫っていて、焦りが生まれそうになる。

 コックピッド内は蒸し暑く、だらだらと汗が流れて。

 俺はノイズがひどくなっていくのを感じながら目を細めて――ッ!!


 気配を感じた。

 右上から何かが迫って来ている。

 俺はキャノンの”位置を調整”し、片腕のライフルを敵に向けた。


 間髪入れずに放つ。

 すると、そこには敵がいて――すり抜ける。


「――デコイッ!?」


 空間に投影された立体映像。

 本物と同じ信号を発するそれはデコイで――悪寒が走る。


 

 すぐ近く。


 死角から迫る死神。

 

 ジャマーがぱたり止んでレーダーが回復し。

 

 隣から奴の信号をキャッチした。


 

 

 射程圏内――完全なる詰み。

 

 


《さようなら》



 

 奴が別れの言葉を発した。

 そう、その通りだ。

 これでさようならだ――あばよ、”ピエロ野郎”。


 ボタンを押す。

 その瞬間に、キャノンの砲弾が放たれる。

 位置は既に調整済み。

 狙うのは奴では無く――足をつけている柱だ。


《――なッ!?》


 至近距離に撃ち込まれた砲弾。

 それが着弾し爆ぜる瞬間に、俺はリミッターを解除した全てのスラスターを噴かせた。

 奴へとロックオンをしていなかったから奴も気づかない。

 最初から奴を殺そうとしておらず。俺が逃げる為の準備を進めていた事も。


 奴は攻撃を中断し、回避するが間に合わない。

 そのまま爆風に呑まれてしまう。

 俺は後方から発生した爆風を利用して、機体を極限まで加速させた。

 完全に爆風を利用できず、脚部がイカれてしまった。が、問題ない。


「――ぅ!!」

 

 何時もの比ではない限界を超えた速度で体から何かが折れる音が聞こえた。

 口内には鉄錆の味が広がって、体が鈍い痛みを発している。

 俺はそれを我慢しながら、一気に通路へと躍り出てそのまま加速し続けた。


 もう道は覚えた。

 後は己の腕次第で――何とでもなるさッ!!


 来た時は別れ道があった。

 しかし、戻る時はそれは機能しない。

 ほぼ直線のように見える道をただ進んでいく。

 警戒すべきは塞ぐように立つ柱で。

 俺はその隙間を縫うように移動した。


 時折、曲がり切れずに壁に当たるが関係ない。

 止まる事なく進まなければならない。

 機体から悲鳴のようなものが常に発せられて。

 衝突した部位が凹み、擦った部分から火花が発せられた。


 目を見開きながら、常に前を見る。

 操作を少しでも誤れば激突して即死だ。

 嫌な緊張感であり、呼吸を忘れてしまうほどだ。


 レバーを動かし続けて、ペダルは踏みっぱなしだ。

 スラスターから鳴り響く音は通路に反響し。

 俺へとプレッシャーを与えて来る。


 進み、進み、進み続けて――見えた!


 昇降機の元まで戻って来た。

 俺はそのまま重く硬いレバーを起こして上昇する。

 が、一気に向きを変える事は出来ず。

 脚部が床について火花が散った。

 姿勢が乱れそうになるのを手動で調整し。

 俺はそのまま強引に上へと向かって行った。


 隔壁は展開されたままで。

 中に奴が残されているから閉じられないのだろう。

 奴が追って来ている気配は無い。

 必死になってシステムを戻そうとしているのか。

 任務を優先するのは流石だが、もう間に合う筈は無い。


 俺はそのまま一気に突き進む。

 そうして、昇降機のエリアを突破して――残り十五秒ッ!


 

 通路を進み外へと出る――十秒。


 

 上へと出れば、警備用のロボットやドローンが道を塞いでいた。

 俺はそれらを無視して、強引に突破しようとした。

 奴らは俺へと攻撃を仕掛けてきて。

 回避できなかった攻撃が機体に当たり、装甲ははじけ飛んだ。

 中のオイルが漏れ出し、スパークしているのが分かる。

 システムは警告を発し続けて、このままでは機体が持たない――関係、ないッ!!



 奴らの包囲網を突破し、一気に加速――五秒。



 巨大な施設内を一気に進む。

 障害物など関係ない。

 目で捉えてからでは遅く。

 ほぼ己の勘で全てを避けていった。


「あと、少し――ッ!!」

 

 機体を一気に上昇させて壁を超えようとした。

 これを超えれば後は何も無い。

 超えろ、超えろ、超えろ超えろ超えろ超えろ超えろ――超えろッ!!!!



 コックピッド内は激しく揺れる。

 内部のシステムが悲鳴を上げて頭上から火花が落ちて来る。

 体に掛かる熱を無視しながら、俺は奥歯を強く噛む。

 そうして、壁を――超えた。


 

 壁を超えて更に加速、全身の痛みが強烈なものになり意識が朦朧としてくる――ゼロ秒。


 

 システムが警告を発した。

 高エネルギー反応を検知して――瞬間、背後の施設が一気に膨れ上がった。


「――ッ!!」


 施設全体を覆うように発生した青いエネルギーの塊。

 バチバチとスパークするそれは、触れれば一瞬で蒸発されるものだと分かる。

 巨大なエネルギーの塊はどんどん大きさを増していく。

 距離を離す俺へと近づいてきていて、俺は朦朧とする意識の中で必死になって加速を続けた。


 もう少し、もう少しだけ――体よ持ってくれッ!!


 歯が砕けそうになるほどに噛む。

 そうして、声も出ないほどにカラカラに乾いた口から掠れた空気音だけが鳴る。

 俺は前を見続けて進み――エネルギーが四散していく。


 広がったエネルギーの塊が勢いを衰えさせて。

 ゆっくりと四散していった。

 その瞬間に俺は作戦エリアから離脱して――そのまま機体を地面に着地させた。


 ガリガリと大地を削っていき、ゆっくりと停止する。

 その瞬間に、装甲が展開されて溜まった熱が吐き出されて行った。

 システムが稼働限界を超えたと言っていて……もうどうでもいい。


 熱さも痛みも感じない。

 今はただ、どうしようもなく眠かった。

 意識は途切れかけていて、ゆっくりと瞼が下がって行く。

 遠くの方から仲間の声が聞こえて来る気がしたが。

 もう意識を保っていられない。


 俺は、そのまま、意識を手放し、て――――…………

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