036:企業の闇
「だぁかぁらぁ! やっぱロケットパンチ一択だろぉぉ!?」
「はぁぁぁあ!? だぁれがそんなもんをメリウスに搭載すんだよバァカ!!」
「男のロマン! 永遠の憧れェ! 拳一つで強敵を粉砕ィ! 必殺技となればこれだろぉがぁバァァカ!!」
「……何だこれは」
ふらふらになりながらも何とか倉庫へと戻り。
誰もいなかったから暫く仮眠をしていた。
そうして、何やら騒がしい声が聞こえてきて隣の共用スペースに行けば二人が喧嘩をしていた。
イザベラはそんな馬鹿どもをケラケラと笑いながら見ていた。
その手にはグラスに並々と注がれた琥珀色の液体が……うぅ。
まだ少し、頭がくらくらする気がする。
それはこの馬鹿二人の声の所為だけではない……と思いたい。
俺はゆっくりとイザベラの傍の椅子に座る。
そうして、二人は何の言い争いをしているのかと質問した。
「ん? あぁ……勿論、アンタの話さ」
「俺の?」
「そうそう。これから先、色んな敵と戦う事になるからね。特に格上との戦いでどうすればアンタが勝てるかを話し合ってたのさ。どういう訳か。武装を一新しようって話になってね。あのバカがロケットパンチにしようなんて言うもんだから。ミッシェルが切れたんだよ。真面目にやれってね……ま、その通りだと思うけど」
「……ロケットパンチ……良い響きだな」
「……冗談だろ?」
イザベラは乾いた笑みを零す。
しかし、ロケットパンチという言葉に惹かれたのは事実だ。
すると、喧嘩をしていた筈のヴァンは俺の言葉を聞いて一瞬にして隣に移動してきた。
「いやはや! 此処に同志がいらっしゃるとは! さぁさぁ言っておやりなさい! ロケットパンチ最強と!」
「嘘だろ……ナナシは真面だと思ってたのに」
ヴァンは鼻を伸ばすようにどや顔をする。
そうして、俺の肩をバシバシと叩きだした。
ミッシェルは何故か、深い絶望を顔で表現していた。
「……いや、響きが良いと言っただけだ。別にそれを付けろなんて言っていない」
「え!? な、何でだよ!? ロケットパンチがありゃどんな敵も一撃必殺だぞ!」
「……いや、使う場面が限られるし。連発し辛そうな上に、何より隙が大きそうだ……現実的じゃない」
「ふぐぉ!!? せ、正論だと」
「……ぷ、ざまぁ」
胸を抑えながらよろけるヴァン。
涙を堪えながら唇を噛みしめている。
そんなヴァンを見つめながら、嫌らしい顔で笑うミッシェル。
俺は本当に仲が良いんだと思いつつ、イザベラに視線を向ける。
「武装の事は嬉しいが……碧い獣の情報を手に入れたんだ」
「へぇそれは凄い……で、どんな情報?」
「……碧い獣は何かを探している。奴らの通信を聞いた人間の話では災厄の痕跡と言っていたらしい……三人に心当たりは無いか?」
「災厄の痕跡? 何だよそれ。聞いたことがねぇぞ……姐さんは?」
「さぁ、どうだろうねぇ……いや、さっぱりだ。ヴァンは何か……ヴァン?」
「……」
イザベラがヴァンに視線を向ける。
返事が無い事を不信に思い見れば、ヴァンは小さく口を開けて固まっていた。
何かに驚いた顔で、俺はヴァンに声を掛けた。
すると、彼はハッとしたように正気に戻り。
心当たりがある事を伝えて来た。
「……前の職場……そこで聞いたことがある……古い神話のような話だ。嘘か本当かも分からないような話で……」
「勿体ぶるなよ!」
「……災厄ってのはあるものを象徴する言葉だ。それはバカみたいな強さで世界中の人間たちを蹂躙して、たった一人で世界を滅ぼした存在を指している……その物語では、災厄が世界を終わらせて新しい世界が生まれたって言うけど……な? 信じられねぇだろ。俺も今の今まで、そんなバカげた話信じていなかったが……はは、関係あると思うか?」
ヴァンは笑いながら言う。
しかし、その笑みは引きつっている。
無理に笑っている顔であり、何か思う所があるのかもしれない。
前の職場というものも気になる。
そんな話題が日常の合間で話されるものなのか?
少なくとも、イザベラもミッシェルも知らなかったのだ。
つまり、世間一般の噂話では無く。
限られた場所でのみ話されていた話題となる。
詮索するのは簡単だ。
でも、ヴァンの顔を見て何となく分かってしまう。
彼は自らの過去を知られたくないのかもしれない。
何故なのかは分からないが……そんな気がした。
「……関係あるとは思う……災厄がその化け物だったとしてだ……何故、碧い獣はそれの痕跡を追っていると思う?」
「……そうだねぇ……可能性を考えるのなら先ずはそれが”生きている”か”死んでいる”かが先だろうね」
「……え? いや、姐さん。ヴァンは古い神話みたいな話って言ったんだぞ? て事は少なくとも、俺たちの爺さんが生まれるよりも遥か昔の話じゃねぇのか? そんな奴が生きてる訳……」
「まぁ普通ならそうだ……だけど、ナナシの話を思い出してみな。こいつは言った筈だ。災厄の”痕跡”を探しているって……つまり、跡が残っているくらいには時間がそれほど経っていないって事だ……生きているか。生きていたかだ」
イザベラは酒を飲みながら、冷静に分析する。
俺はそんな彼女の言葉を補うように、SAWの物資運搬車両を奴は襲っていた事も三人に伝えた。
「……またSAWかよ……アイツ等、やっぱり何か隠しているよな……絶対に怪しいぜ」
「三大企業何だから、怪しくて当然だよ……隠すのもお手の物さ」
「……十中八九、碧い獣はSAWが災厄の情報を持っていると当たりをつけているんだろうな。でなきゃ、狙ったように車両を襲う事なんてしねぇよ……それで、奴らは何か持ち去ったのか?」
「いや、話しによれば中身を確認してから全ての車両を破壊したと言っていた。理由は分からないが」
「……? 全て破壊した? 何でそんな事を……他の人間に知られたくなかったからか、それとも……いや、ダメだな。情報が少なすぎる」
ヴァンは頭を抱えてため息を零す。
ミッシェルも眉間に皺を寄せて考えていた。
イザベラを見れば優雅に酒を飲みながら、窓に視線を向けていた。
俺も視線を向ければ、既に陽は沈んでいて外は真っ暗だ。
仮眠をとるつもりが、かなり寝てしまっていたようだな。
頭上の照明器具が部屋を照らしていて。
俺は光を見つめながら考えた。
碧い獣は災厄と呼ばれた何かの痕跡を追っている。
そして、ヴァンが言うには災厄は過去に存在した無類の強さを誇る化け物で。
イザベラの推察通りなら、それは生きているか。遂最近まで生きていたかだ。
だが、もしも生きているのなら何故――被害が出ていないのか?
過去のそいつは人間たちを殺して、世界を終わらせたそうだが。
もしも生きているのであれば、過去と同じようにまた人類を脅かすのではないか?
そうなっていないのは、そいつが死んでいるからか。
いや、死んでいるのなら痕跡を追ったところで意味はない。
十中八九が生きていて、そいつの何かを利用しようとしている筈だ。
そうでなければ、態々、災厄なんて呼ばれて恐れられた存在に会いたいなんて思わない。
それこそ、戦えば少なくとも都市一つは容易く、落とせ、て…………待て。
「……ヴァン。SAWが渡してきたデータを覚えているか」
「ん? あぁ、憶えているけど……どうかしたか?」
「……考えてみてくれ。もしも、災厄が生きているのなら何故、目立った被害が無いのかを」
「……確かに、生きているのなら被害がある筈だ。でも、被害が出てないって事は…………て、おいおい…………そういう事か!?」
「はぁ? お前らなに勝手に騒いでんだよ! 分かったなら教えろよ! なぁ姐さん!」
「……ふふ、そういう事ねぇ」
「……え? 俺だけ?」
どうやらミッシェル以外は気づいた様だ。
俺は静かに頷いてから端末を操作する。
そうして、映像を空中に投影した。
そこにはSAWから送られたデータの中に存在する一枚の画像データが映し出されていた。
黒い煙のようなものに包まれた何か――これが答えだ。
「ミッシェル先輩。これが何か分かるか?」
「え、いや。分かんねぇけど……何だよ」
「恐らく、これは街を襲った何かで。俺の記憶が正しければ、街を巨大な何かが襲ったという記事もニュースも聞いたことが無い……だが、これはフェイクでは無い。紛れも無い真実の一枚だ……つまり、どういう事か分かるか?」
俺は敢えて答えを言わずにミッシェルに問いを投げる。
すると、彼女は腕を組みながら食い入るように写真を見つめる。
「つまり、だ。これは本物で、実際に街を巨大な何かが襲ったっていうことで……え、それってつまり……誰かが隠ぺいしたって事か?」
「そうだ。街を襲った何かの情報を隠ぺいした。そして、それに関わっているのは――恐らく、SAWだ」
俺がそう言うと、ミッシェルは驚いていた。
無理も無い。街一つを蹂躙した何かの情報を。
三大企業の一つが隠ぺいしたのだから。
ヴァンから話は聞いていた。
彼はこの街を訪れた事があって記憶にあったと。
そして、この街は五年前に天災に襲われて今では誰もいない事も。
生存者はゼロであり、現地には救助隊が向かった形跡は無いのだ。
此処でようやく繋がった。
アレは天災によるものではない。
この巨大な何かに襲われて街は消滅したのだ。
そして、SAWはそれを隠していた。それは何故か――これこそが、災厄だからだろう。
「奴らは災厄について知っている。そして、俺の読みが正しければ、この巨大な何かが――災厄だ」
「――っ!」
ミッシェルは息を飲む。
イザベラは慌てずに俺を見てきて。
ヴァンは腕を組みながら、険しい表情を浮かべていた。
そして、俺はもう一つ分かった事を伝える。
「……それと、あの異分子の国の情報……アレにも意味があると思う」
「……それは俺には分からないが……聞かせてくれ」
「あぁ……恐らく、俺を襲った黒いメリウス……アイツは異分子だ」
「あぁ? 何で分かるんだよ。見てもねぇのに……」
ミッシェルは訳が分からないと言った顔で俺を見る。
今の今まで、俺も奴の正体について自信が無かった。
しかし、ジョンと相対した時に、俺は初めて分かった事があった。
それは、互いに異分子であれば、俺たちは”互いの存在を知る”事が出来るのだと。
その事をミッシェルに伝えれば、益々、眉間に皺を寄せてしまう。
こんな事を言ってもすぐには信じられないだろう。
だが、実際に俺は首輪を掛けていない状態のジョンを異分子であると看破した……まぁ機械は違うと判別していたがな。
「……あの時、アイツは俺の事を同胞だと言った。それはつまり、あいつ自身も俺が異分子だと気づいていたからだ……確証は無いが、アイツや碧い獣は……異分子の国の兵士かもしれない」
「……つまりだ。異分子の国の連中も災厄の情報を探していると。SAWは奴らと敵対関係にあって、SAWの連中は俺たちに奴らの情報を提供したと……何か。回りくどくねぇか?」
「……今回ばかりはアンタと同じ意見だよ……態々なぞ解きをさせる理由が分からない。知っているのなら、その通り言えばいい。何故、こんな事を?」
ヴァンもイザベラも不満そうだ。
もしも、最初から教えていれば無駄な時間を掛けずに済んだ筈だ。
こんな事をさせる理由はない。
あるとするのなら……また、テストをさせたのか?
何のテストかは分からない。
だが、それ以外に理由が見つからない。
もしもそうなのであれば、何れ、明かされる時が来るのか……だが、別にいい。
それを待っている暇は無い。
俺はSAWの事なんてどうでもいいから。
俺は俺自身の目的の為に、夢の為に――行動するだけだ。
本当の自由を手にして、ヴァンたちと一緒に会社の名を広めて。
まだ見ぬ世界を見に行って……そうさ。これからだ。
災厄であろうと碧い獣であろうとも関係ない。
俺の目的が果たされるのであれば、何処までも追いかけてやる。
自らの掌を見つめてから、ギュッと握りしめる。
「……理由なんてどうでもいい。進むだけだ……少しずつ分かって来たんだ。もう少しで、辿り着けそうなんだ。止まる訳にはいかない」
「……そうだね。そうだとも……その為に、私たちは来たんだ……ま、私は稼がせてもらうけどね」
「そうだな! うじうじ考えても仕方ねぇ。分からんもんは分からん! 分かるまで探せばいいんだ! はは!」
「……姐さんもヴァンも、何でそう楽観視出来るんだよ……はぁ、何か悩んでいる自分がバカらしく思えて来たぜ」
「――お前は元からバカじゃん?」
「あぁぁぁ!!? んだとてめぇぇ!!」
ヴァンとミッシェルがつかみ合いの喧嘩を始めた。
互いに両手で相手の頬を引っ張り合っていて。
イザベラはそそくさと酒を持って退散してしまう。
残された俺はそんな二人を見つめて笑みを浮かべた。
もう少し、もう少しで分かりそうだ。
不穏な風も感じるが。今はただ、明るい未来を見ていたい。
俺は心からそう思いながら、騒がしい空間に留まり続けた。




