030:軌跡を描いて
速度を上げていく。
後ろから追走してくる刺客は機体を小刻みに揺らしていた。
風の影響を受けて揺れている訳ではない。
アレは線が極端に細いから、空気抵抗を限りなく低くしている。
唯一肩部に積んだミサイルポッドだけが影響を受けそうだが、それでも通常の兵装よりは貧弱だ。
……レバーを握る手が触れているのか?
ドラッグか酒か。
何方にしろ話し方からしてろくでもない人間だろう。
俺はそう思いながら――機体を横にズラす。
サブスラスターを噴かせて横へ行けば。
奴が急にブーストして接近してきた。
勢いのままに横を通過していき。
チラリと見れば、その手に持つ箱を前に向けていた。
恐らく、アレは何らかの武装であり接近しなければ使えないのかもしれない。
一気に旋回しながら再び俺へと向かってくる敵。
それを見つめながら俺は再び加速して逃げる。
空中には複数のメリウスが戦闘していて。
前方に躍り出るそれらを紙一重で避けていく。
上空を飛行しながら、邪魔な障害を避けて展開された弾幕を回避。
四方八方から聞こえる炸裂音を無視すれば、機体を流れ弾が掠めていった。
文字通り掠めただけで被害は無い。
奴もひらりと回避していき、速度を落とす事なく向かってきた。
直線移動時の加速力では向こうが上か。
仕掛けてこないのは様子を伺っているからか。
何かを狙っており、巣穴の前で待ち伏せする蛇の様だ。
ねっとりとした視線を感じながら、俺は機体を左右に振る。
相手の攻撃を誘う動きであるが、相手はまるで動じない。
――それなら!
ペダルを強く踏む。
その瞬間にメインスラスターから甲高い音が鳴り響き。
体に更なる負荷が掛かり、機体は動きを加速させた。
相手を引き剥がす気で放った推力。
流れていく景色の中で、すぐ目の前にメリウスが躍り出る。
俺はそれを回転しながら避けていった。
奴はそんな俺にピタリとついてくる。
まるで、この程度はなんて事は無いと言わんばかりで――いや、違うな。
機体の揺れが増している。
背部センサーでしっかりと確認できた。
一瞬見ただけでも分かってしまうほどだ。
これで確信を持ったが、奴は相当に強い薬を服用している。
それも短時間での高機動戦であれば問題なくなるほどのもので――命削りだな。
短い時間で情報を集めていく。
そんな中で奴が何かに勘付いてミサイルを放ってきた。
ロックオンをした状態での攻撃で――加速した。
機体がブーストすれば、一瞬で奴から距離を取れた。
ミサイルを放つ瞬間だけは奴は無防備で。
その隙を逃さないように加速した。
後ろからミサイルが追って来るが関係ない。
俺は機体を回転させて、その刹那の内に飛来するミサイルに照準を合わせた。
そうして、ボタンを押してエネルギー弾を放つ。
一瞬の内に放った五発のエネルギー弾。
それがミサイルに命中し、空中で爆ぜた。
奴は黒煙の中に消えて、俺はその瞬間に機体を急停止させた。
「――っ」
強い負荷であり、一瞬だけ意識が飛びそうになる。
が、今までの戦いで大分慣れた。
意識を繋ぎとめながら、間髪入れずに下へと加速。
その瞬間に、奴は黒煙から出て――銃口を向ける。
《――ッ!!》
「シィ」
奴が息を飲むのが分かった。
それを感じながら俺は狙いを定めて弾を放つ。
無慈悲に放たれたエネルギー弾が奴へと目掛けて殺到する
バチバチと音を立てながら空を翔ける光の弾は奴の装甲を――ッ!
奴のセンサーが此方を見る。
その瞬間――奴の機体が消えた。
一瞬。ほんの瞬きの合間だ。
奴の機体が消えて、甲高い音が鳴り響いた。
それを聞いて、俺は奴がブーストを使ったと理解した。
レーダーは無意味。俺は奴の行動を予測し――ブーストした。
エネルギーを一気に消費し、前方へと飛ぶ。
すると、背後から何かが通り過ぎていくのが分かった。
背部センサーで捉えれたのは、紛れも無く奴で……あの一瞬で距離を詰めたのか?
再び高速移動をし、奴から逃げていく。
奴は不気味な笑いをしながら、俺は追って来ていた。
極限まで装甲を削り、必要最低限の武装で戦いに臨む戦闘スタイル。
近接戦闘をメインに、意表を突く形でミサイルを放ってくる。
離れ過ぎれば、混戦状態の中で奴は再び姿を消すかもしれない。
アレだけの高機動戦でも、意識が保っていられのは強い薬を服用しているから。
このままでは時間だけが過ぎていき、イザベラの身が危ない。
目を離す訳にはいかずこのまま逃げ続ける訳にもいかない――試すか。
俺は機体を回転させる。
そうして、背後に視線を向けながらエネルギー弾を放つ。
銃口に光が収束し、それが塊として吐き出された。
青いエネルギーの塊が連続して放たれて――奴の複眼が動く。
ギョロギョロと動かしながら。
奴はその細長い枝のような機体を動かした。
まるで、ゴムのように跳ねるような機動。
サブスラスターを噴かせて機体が一気に上昇。
空中で機体を回転しながら、一気に横へとスライドした。
意味不明な機動。気持ちの悪い動きであり、狙いがつけづらい。
銃口を動かしながら弾を放つ。
しかし、奴は奇妙な動きでそれらを全て回避して――レバーとペダルを操る。
背筋に悪寒が走った。
その瞬間にブーストして機体を横にずらす。
すると、奴は凄まじい勢いで加速して突っ込んできた。
その手の箱を俺に向けていて――奴が機体を回転させる。
その手に装備した箱の先端には穴が空いていた。
そして、奴は機体を回転させながらその穴を俺へと向ける。
何故かは分からない。が、俺の心が強い警鐘を鳴らして――激しい音が鳴り響く。
大爆発を起こしたような衝撃。
奴の箱の後方部から煙が一気に噴き出していた。
空気がピリピリと振動して、次の瞬間にはシステムが警告を発していた。
機体が大きく揺れて火花が散る。
「――ぐっ!!」
レバーを握りながら襲い掛って来た衝撃に耐える。
そうして、ペダルを踏みながら機体を一気に移動させた。
奴から距離を離しながら、何が起きたのかと確認する。
すると、左脚部がごっそりと無くなっていた。
《ケケケ、惜しいねぇ。惜しい惜しい……次は殺すよぉ》
「――!」
今の攻撃は――バリスタかッ!
強力な炸薬を使って大型の銛を射出する武器。
その破壊力は凄まじく、一撃必殺と言っても過言ではない。
近接戦において無類の強さを誇るのがパイルバンカーなら。
中距離での戦闘においてはバリスタほどの貫通力を誇る武器は無い。
極限まで一撃の貫通力を高めたそれが、俺の左脚部を抉り取っていった。
アレはパイルのように杭を何度も放つタイプでは無い。
使い捨ての弾丸のように撃ち込むものだ。
何発撃てるかは分からない。が、攻撃力を高めた結果がこれならなら連射は出来ないだろう。
隙を伺って撃ち込み確実に仕留めるもの――接近戦は危険だ。
奴の複眼が此方を見る。
その瞬間に、俺は高速で移動しながら奴へと弾を放つ。
奴はその場から飛び跳ねるように移動して。
宙を跳ねるように動いていった。
一瞬速く、一瞬遅く――やり辛い。
後ろ向きで移動しながら攻撃を続ける。
奴はそんな俺を追いかけてきながら、オープン回線で不気味な笑い声を上げていた。
厄介だ。非常に厄介で――面白い。
強敵だから怖気づく事は無い。
勝てない相手で無い限りは、逃走を選択はしない。
こいつには勝てる。
あのゲームで戦った傭兵や漆黒の暗殺者程――こいつからはプレッシャーを感じない。
俺はオープン回線に繋ぐ。
そうして、奴に対して言葉を送った。
「酔っているのか?」
《ケケケ、それはぁどうかなぁ》
「そうか。だが、あの世では酒は飲めないぞ」
《んぁ? 何だってぇ?》
奴は惚けたように聞いてくる。
俺はくすりと笑って言ってやった。
「良かったな。死んでも言い訳が出来る。酔っていたから、負けたとな」
《……ケ、ケケ、ケケケケケケ――ぶち殺すッ!!》
奴はキレたようだ。
それまで揺さぶるような動きをしていたのに。
機体の速度を上げて襲い掛って来た。
俺はそんな奴をニヤリと笑いながら、自らも速度を上げる。
正面に向き直りながら、メインとサブ全てを使って加速。
互いに高速戦闘状態であり、目の前を塞ぐように現れる兵士たちをギリギリで避ける。
奴はバリスタを俺へと向けている――させない。
俺はサブアームを動かして背後にショットプラズマを向けた。
《――!!》
奴が息を飲むのが分かった。
俺は敵をロックオンしながらボタンを押す。
貯められたエネルギーが一気に放出され。
網のように広がった散弾が奴の視界を奪う。
奴は一瞬の内に判断を決めて――大きく曲がる。
《これし――あぁッ!?》
奴が回避する事は予測していた。
俺はその瞬間を見極めて一気に横へとブースト。
体に強い負荷を掛けながら、機体を回転させて奴に銃口を向ける。
奴も咄嗟に武装を俺に向けて――炸裂音が響く。
奴のバンカーが放たれる。
そうして、俺の――脇腹を掠めていった。
システムが被害状況を報告してきた。
が、俺はそれを無視して弾を放った。
バチバチという電気の音を聞きながら。
一気に弾を連射して奴の機体に当たった。
被弾した箇所は赤熱し、奴の脚部と左腕は半ばから吹き飛ばされた。
もう戦えない状態。それを理解して――奴はスラスターを一気に噴かせた。
戦線を離脱する為に宙を翔けていく。
向かう場所は奴のセーフゾーンで。
俺はそんな奴を見つめて――ペダルを強く踏む。
《はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!! 何で!!》
何で追いかけて来るのかそう言いたいのだろう。
俺の任務はこの戦場にいるエースパイロットの戦闘データの収集だ。
戦闘データを回収すれば、それで任務は達成される。
こいつを追う理由は無く、殺したとしても報酬に影響はない――が、関係ない。
一度は敵として相対した。
こいつが生きて帰って、また襲ってこない保証はない。
こいつは俺を知っている。そして、俺を狙うように――何者かに指示された。
多くの傭兵を殺すのなら、あんな大層な武器はいらない。
確実に一機を墜とす為の武装で――生かしておくのは危険だ。
奴は必死になって逃げている。
来るなと言うがそれを無視して――リミッターを解除した。
「――っ!」
ペダルを強く踏めば、体が強くシートに押し付けられた。
体から悲鳴が上がっているのを聞きながら、一気に視界が変わって。
奴を追い越してその前で止まる。
そうして、奴に向かって直進した。
《あ、あああぁぁぁぁぁ!!?》
ぶつかる。そう言いたいんだろう――違うな。
俺はレバーを同時に操りながらボタンを押しペダルを軽く踏む。
スラスターを切り、羽の角度を変えて機体を少し広げた。
サブスラスターが機体を微調整し――突風が吹く。
前方から迫る奴が発生させた風。
それを受けて広がった機体に風が掛かり――動いた。
風の上を滑るように機体がズレた。
そうして、奴が俺の上部をすれすれで通過しようとしていた。
奴の荒い呼吸が聞こえる。
心臓の鼓動が早まっているのも手に取るように分かる。
死を目前にして怯えていて、泣き叫びそうだ。
そんな奴を静かに見つめながら、俺は背負っていたショットプラズマを二つとも向けて――放つ。
勢いよく放たれて青い閃光が迸る。
眼前の脆い機体に当たり、奴の機体に風穴が空く。
全身に無数の穴が空き、真っ赤に赤熱し輝いていた。
機体全体が激しくスパークしながら、奴はオープン回線越しに最期の叫びを聞かせて来た。
《そんなそんなそんなああぁぁぁああぁぁ――――…………》
奴は情けない悲鳴を上げていた。
そうして、通信はぶつりと切られて奴の機体は下へと落下していった。
バラバラになった奴の残骸を一瞥し、イザベラに通信を繋ぐ。
すると、彼女はもう片付いたのかと聞いて来た。
「終わった……そっちは大丈夫か?」
《問題ないよ……気を付けな。さっきの敵は明らかにアンタを》
「――分かっている。後でヴァンに報告する」
通信を一方的に切断する。
そうして、息を吐いてから機体を操作した。
明らかに俺を狙ってきた敵。
その実力はそれほど高くは無かったが、此方は足を一本失った。
初見殺しのような武装であったが、関係ない。
もっと気を引きしめなければ次もこう上手くいくとは限らないのだ。
戦いの反省をしながら移動する。
無数の音が騒々しく響く戦場。
こんな場所では識別コードが無ければ敵も味方も判別出来ないだろう。
混沌と化した部隊を眺めながら、俺はその中を移動していく。
時折、天から落ちて来る残骸を避けながら。
俺は彼らと違って優雅に飛行していた。
「……客観的に見ればこう見えるんだな……」
この戦場に思う事は何も無い。
互いの主張を通す為の戦い。
欲しい物を手にする為の戦いであり、俺はただの部外者だ。
口出しする事も、介入する事も避けたい。
が、何者かが俺を狙ってきたのであれば……もしかしたら、そいつは俺をこの戦いに加えようとしているのか?
まだ何も分からない。
俺の勘違いで、奴は単なる通り魔だったのかもしれない……まぁそれこそあり得ないが。
あんな武装の上に、明らかに俺を狙うような発言。
自分から貴方を殺しに来ましたよと言っているようなもので。
奴を雇った人間は馬鹿では無いかと思ってしまう。
もしかしたら、人選は適当で。
俺を襲う事自体が目的だったかもしれないが……何が狙いだ。
怪しい存在は多く存在する。
国々もそうで、一番怪しいのはSAWだ。
奴らが俺に対してもう一つの試験を与えたと解釈するのが自然だろう。
一度は同じような事をしたのだから、二度目が無いなんて事は無い。
「……でも、何でそんな事を……意味が無い」
奴らがしてきたとしてその意味は?
既に計画に加えたのなら、今更、力量を計る必要は無い。
試すような事を繰り返して何になる。
それも今回はイザベラは無視して、俺だけに対してだ……不可解過ぎる。
ハッキリ言って謎だ。
奴らの行動には意味が無い。
最初の選別に意味があっとしても、今回の事に関しては何のメリットも無い。
だから、奴らが犯人から除外されると言えばそれも違う。
国々が俺個人を狙う必要性は確実にない。
もしもデータを採られたくないのであれば、俺とイザベラを纏めて狙うだろう。
それをしなかったのは、そう指示されていなかったから。
つまり、戦闘データの収集を妨害するのが目的ではない。
そうなれば、国々が態々、俺を標的にする理由も無い。
国々が違い、SAWを疑おうとしても理由が不透明だ。
一番怪しいのは間違いなくSAWだが……ヴァンなら何か気づくか。
俺だけでは何も分からない。
一度、帰還してこの事を報告する必要がある。
この状態でも、戦闘を続行する事は可能だ。
他の人間が襲ってくる可能性もあるが、帰還するのはロスに繋がる。
俺は少し悩んで、戦闘を続行する判断を下した。
機動には何も問題はない。
少しバランスが悪くなるが、空中戦であればさして影響は無い筈だ。
無数の閃光をディスプレイ越しに見つめながら俺はレバーを強く握る。
興奮が冷めていき、心臓の鼓動が落ち着いていくのを感じながら。
俺は姿の見えぬ敵に少し恐怖していた。




