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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第二章:世界を動かす者

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028:慕われている神父

 輸送機は無事に着陸し、俺たちは現地の兵士の指示を受けた。

 青い制服を着て白色の飾緒をつけた眼鏡の男。

 ヴァンが彼と握手をし互いに簡単な自己紹介をした。

 その時に、その男が国家に属する軍人ではなく、SAWから派遣された兵士であると分かった。

 その空港はファルヌスの同盟国であるロンドとSAWが共同で管理使用している。

 男の名はマルコで、彼は傭兵たちの世話役を任されているらしい。

 街の異様な冷たさはこの地方特有のもので、慣れれば静かで目には優しい場所だと教えてくれた。

 

 そんな彼の話を聞き終えて、ヴァンはマルコからカードキーを受け取っていた。

 それが倉庫を開ける為のもので、彼はポケットに仕舞う。

 宛がわれた倉庫へ向けて移動を始めなければならない。

 傭兵に対してのサービスは噂通り充実していて。

 メリウスを運ぶ為の特殊車両を無償で貸してくれた。

 

 流石に輸送機を直接倉庫へと運び込む事は出来ないようで。

 輸送機だけは最寄りの空港へと置いて欲しいと願われた。

 そうして、俺たちは渡された黄色く巨大な特殊車両を見てから話し合った。

 

 ヴァンがアンブルフを運び、ミッシェルがワンデイを運ぶ事になり。

 俺はヴァンの横に乗り込んで街の中を移動した。

 

 メリウスを専用のカバーで隠しながら移動する。

 街の住民らしきものは見かけたが。

 あまり俺たちに対していい感情は持っていない事は一目で分かった。


 車両に気づけば目を逸らし。

 視線が合えばあからさまに嫌そうな顔をしていた。

 傭兵が彼らにとってどう思われているのかは分かった。


 そんな住民たちを見つつ、俺は偶々見かけた街の施設についてヴァンと話し合っていた。

 ヴァンが言うには、店の看板に青い札のような物が付けられている店が傭兵専用らしい。

 国の人間たちも住民が傭兵に対して何を想っているのかはよく理解している。

 だからこそ、なるべく双方を接触させないようにするための計らいらしいが……それでは何も解決しないと思う。


 一時的な対策、その場しのぎであり。

 何れは相対しやり合う日が来るだろう。

 そんな時には、この地方からもおさらばしたい。

 誰も積極的に渦中に飛び込みたいとは思わないだろうからな。


 酒場にゲームセンターに。

 レストランや……春を売る店もか。


 煽情的な衣装に身を包んだ若い女性たち。

 ヴァンはそんな女たちに鼻を伸ばして手を振っていた。

 俺はため息を零しながら、運転に集中する様にお願いした。


「……まぁ大丈夫だろうけど。あんまり住民には会わない方がいいかもな」

「そうだろうな……警備はちゃんとしているのか?」

「ん? それは問題ないと思うぜ。倉庫に出入りできるのは関係者だけで。倉庫一つ一つには厳重なロックが掛けられているし……あぁ、でも、アレがあるな」

「……? アレって何だ?」


 ヴァンが何かを思い出して不安そうな顔をする。

 俺はそれは何かと彼に聞いた。

 しかし、それを説明する前に倉庫があるエリアに侵入する為のゲートに着く。

 大きな鉄柵が長々と設置されていて、一つのゲートの前には武装した兵士がいる。

 見たところ国の所属では無く、SAWが雇っている兵士だと分かった……そうか。


 ヴァンが車を降りて、兵士と話し始めた。

 そんな彼を心配しつつ、俺はこの街が属する勢力を分析した。


 今回、俺たちが依頼を受けたのはSAWだ。

 何処の国からも依頼は受けていないにも関わらず。

 俺はファルヌス国の同盟国であるロンド国の領土にある街へと入る事が出来た。

 それはつまり、SAWという企業の影響力が強いからで。

 SAWが正式な依頼として出した戦闘データの収集も、表向きには許可されているのかもしれない。


 いや、精確に言えば表向き”だけ”で……そうか。だからか。


 どの国も積極的に戦闘データを提供は出来ない。

 それは国としての権威を失うどころか。

 国民からは企業に屈して尻尾を振っているようにしか見えない。

 だからこそ、メンツを気にしている彼らは直接寄越せと言われれば拒否しても。

 依頼として出す分には何も言わない。

 邪魔をするし、可能な限り撃墜するが。

 それで傭兵を入国させない事はしない。

 

 SAWはそれでいいと思っているのか。

 邪魔するだけなら、それ相応の傭兵を用意する……いや、違うな。


 奴らにとっては戦闘データを収集する傭兵すらも、奴らの餌でしかない。

 寧ろ、戦場へと出る兵士よりも俺たちの戦闘データを集めたいのかもしれない。

 そうでなければ、態々、二つの国から危険視されるような依頼は出さない筈だ。


 自信があるんだ。

 こんなふざけた依頼を出したとしても、両国は自分を裏切る事はないと。

 それだけの影響力を持ち、それだけの力を持って――奴らは何をしようとしているんだ?


 見えない。奴らの狙いも、奴らの考えも……だが、今はいい。


 

 俺の夢は――本当の自由を掴む事だ。



 その為に、碧い獣を追って此処まで来た。

 SAWの計画も今は無視で、兎に角、奴を探さなければならない。

 俺やイザベラは依頼を熟しつつ、暇な時間は積極的に情報を集めるつもりだ。

 少しでも情報を集めながら、俺は自らに与えられた謎を解いて見せる。

 果たしてあの声は何なのか。そして、答えとは……。


 そんな事を考えていれば、ヴァンが運転席に乗り込んだ。

 扉を閉めてからサイドブレーキを解除して。

 ゲートが完全に開けばゆっくりと進んで倉庫エリアへと侵入した。


 飾り気のない灰色の倉庫が等間隔で設置されている。

 これ全てにメリウスが格納されているとは思わないが、かなりの数だ。

 遥か先まで続いており、俺は思わず息を飲んだ。


「……馬鹿ってのは世界中から集めれば、この街くらいは呑み込めちまうんだ。驚く事じゃないぜ」

「……そうだな……戦う事を止められないのが、人間だ」

「……」


 ヴァンは何も言わない。

 黙って前を見ながら静かに車を進めていった。

 俺も自然に口を閉ざして周りの景色を見ていた。


 ガタイの良い男たちが昼間から酒を飲んでカードゲームをしている。

 中には、筋トレをしている人間や年季のある車を整備している人間もいる。

 そのどれもが戦い慣れしてそうな雰囲気で。

 正に北部地方に住む傭兵と呼べるような風貌だった。


 また、始まるんだ。

 依頼を受けた時から決まっていた。

 戦場への誘いであり、もう逃げる事は出来ない。

 本物の戦場であり、しばらくぶりの地獄だろう。


 どんな傭兵がいるのか。

 どんな戦いが起きるのか。

 交戦を避けるべきだと心では分かっているのに――手が疼く。


 何時から俺は、こんなにも戦場を恋しく思ったのか。

 いや、最初からだったのかもしれない。

 自由は無く、虐げられてきた来た俺が唯一自由に振舞えるのが戦場で。

 理不尽を受けて来た俺が、戦場では理不尽を振りまく存在になれた。


 悔しかった苦しかった――だから、暴れた。


 全ての苦痛を超えるほどに。

 全ての受けた痛みを返すように。

 俺は戦場で戦い、多くの敵を殺した。

 殺して殺して殺して……今の俺になった。


 戦闘を楽しむなんて最低だ。

 殺しに何も思わないなんてどうかしている……その通りだよ。


 俺は壊れているのかもしれない。

 壊れていながら、人間のように生きている。

 美味しい食事に喜び、仲間との時間を噛みしめて。

 後悔も悲しみも無く、ただただ生きている。


 ……今はそれでいい。仲間たちも気づいていない。


 人を殺す為の道具ではない。

 人のように喜べる人生を送る。

 俺は仮初の自由を手にした。

 後はこの首の枷を外すだけで――


「――ぃ、おい! おいって!」

「――ッ! どうした?」

「どうしたってお前……いや、いい。着いたから降りてくれ」

「あぁ」

 

 考え事に没頭してヴァンの声に気づかなかった。

 俺は彼に謝りながら助手席から降りようとした。

 その時に、ヴァンからカードキーを渡された。

 俺はそれを受け取って、急いで倉庫へと駆けて行った。


 カードキーをパネルに翳せば音が鳴り。

 パネルを操作して大きなシャッターを開かせた。

 音を立てながらゆっくりと巨大なシャッターが開かれていく。

 俺はそれを見ながら……何だ?


 声が聞こえて来た。

 大勢の人間の声であり、視線を向けた先には何かの一行がプラカードを持って歩いていた。

 白い服に身を包んで、その看板には”出ていけ傭兵!”と書かれている。


 恐らくは現地の人間であり……まずいな。


 外に出ていた傭兵たちはもういない。

 彼らは声が聞こえた瞬間に中へと入っていった。

 今いるのは、俺たちだけで――視線が俺たちに向く。


「出ていけッ! 出ていけッ!!」

「ハイエナはいらないッ!! 俺たちの国を穢すなッ!!」

「そうだッ! そうだッ!!」


 声を荒げながら自身の主張を叫ぶ集団。

 その集団が此方に近づいてきていて。

 俺はヴァンに視線を向けた。

 彼は早く中に入れと顎を動かして指示をする。

 しかし、俺一人が避難してヴァンたちはどうなる。


 車を人が取り囲めば動かす事が出来なくなる。

 奴らの目は血走っていて、何かが起きても不思議じゃない。

 そんな中にヴァンやイザベラ、ミッシェルを置いていく事は出来ない。


「……よし」


 俺は決意を固めた。

 そうして、足を動かして住人の前に立つ。

 ヴァンが後ろで「何してんだ!」と言っているが無視する。


 殴られるのには慣れている。

 この程度の人数の暴力に屈しはしない。

 俺が前に立てば、奴らは声を更に荒げてプラカードを振る。

 そうして、奴らが俺に襲い掛ろうとして――誰かが前に立つ。


「ストップッ!!」

「――ッ!? し、神父様!?」

「……神父?」


 前に立った人間は俺よりも大きい。

 身長は百八十五くらいでガッシリとした体つき。

 奴らとは違い黒いカソックを着ていた。

 両手を広げながら、必死になって住人たちを宥めている。


「暴力はいけません。貴方たちは獣では無く人なのですから。理性で訴えかけなければ」

「で、ですが!」

「……信じてください。己の魂を。正しき選択こそが、平和を得られるのです」

「……分かりました……行くぞ」


 暴徒に化す前の住民達。

 それらは目の前の一人の男の言葉によって宥められて。

 冷静になった奴らは進路を変えて、再びデモ活動を続けた。

 ヴァンを見れば後ろでホッと胸を撫でおろし、神父と呼ばれた男に礼を言っていた。

 神父はゆっくりと振り返り、その角ばった顔をくしゃりと歪める。


「大丈夫ですか? 貴方の行動は勇敢でした……ですが、それで己を傷つけてはいけませんよ」

「……ありがとう……貴方は?」

「あぁ、失礼。自己紹介がまだでしたね……私、この街で教会兼孤児院の管理を任されていますアンドレーです。さきほどのように月一回行われるデモ活動に参加して、諍いが起きないように見張っているのですが……もしや、初めて来られた傭兵の方でしょうか?」

「あぁ……月一回もあるのか?」

「……えぇ、そうでもしないと彼らも何時爆発するか分かりませんので……大体、”水精の日”に行われていますので。その日はなるべく倉庫から出ない方がいいでしょうね……あ、これは私の連絡先です」


 アンドレーはそう言って、手慣れた様子でポケットから紙を出す。

 そこには彼の端末のアドレスらしきものと教会の場所が書かれていて……何故、俺に?


 俺が顔に出していれば、アンドレーはにこりと笑う。


「此処に来られた方には渡しています。皆誰しも悩みはあるので。その解決の助けが出来ればと……些細な事でも構いません。お困りの事があれば、相談しに来てください……それでは、失礼します……えぇっと」

「……ナナシだ。あっちはヴァン。あっちの運転席にいるのがミッシェルでその隣がイザベラだ」

「……ようこそナナシさん。私は歓迎します」


 神父は笑みを絶やすことなく去って行く。

 デモの列に再び加わった彼を見ていれば、倉庫のシャッターは完全に開かれていた。

 ヴァンは急いで中へと車を入れて、ミッシェルたちも車を入れていた。


「……悩み、か……」


 彼が渡してきた紙を見つめる。

 話して見た感じ、彼は良い人そうには見えた。

 街の住民も彼を信頼しているようで……何か手がかりがあるかもしれない。


 図らずも手に入れたコネクション。

 この街で波風立てずに厄介になる方法を彼は知っているだろう。

 そして、もしかしたら碧い獣の情報も……まさかな。


 渡された紙を大切にポケットに仕舞いながら。

 俺は少しだけ先が見えた事を喜ばしく思った。

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