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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第二章:世界を動かす者

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027:灰色の街

 カタカタと小刻みに揺れる輸送機内。

 鉄で作られた箱のような空間の中で振動によって取り付けられた簡易ベッドが音を発していた。

 小窓から見える景色には青空が広がっている。

 交易都市を離れて、今現在は北部地方の上空を飛行していた。

 

 出発するまでの準備期間中。

 俺は色々な事をしてきた。

 その一つが、イザベラからの学びの時間で。

 彼女が体験させてくれた傭兵の戦闘データはかなり凄かった。

 俺と同じ軽量級のメリウスだろうか。

 その機動は素早く、次から次へと襲い掛る敵メリウスを撃墜していた。


 かつて伝説として存在した傭兵の一人。

 その名は”アーサー・クラウン”。

 またの名を”鉄騎士”と呼ばれていた。


 Aランクの中で十番以内の実力で。

 十五年前まで、上位ランカーとして長くその存在を知らしめていた傭兵だ。

 有名な戦いで言えば南部地方であった”カシウス平原の強襲”だとイザベラは言っていた。

 たった一機で敵陣に突入し、瞬く間に二十機のメリウスを撃墜した伝説を持つ。

 彼の活躍により、平原にて堅牢な拠点を有していたタンブル人は撤退を余儀なくされて。

 南部地方においてケラルト人の力を強めたのは間違いなく彼だと誰もが言う。

 ケラルト人はそんな彼を英雄だと今でも思っていて、ケラルト国の中には彼を英雄とした物語もあるらしい。


 だが、そんな彼の伝説も十五年前に終わっていた。

 戦死したわけではない。

 彼は忽然と姿を消して、何処かへと行ってしまった。

 誰に告げる訳でも無く、当時の自宅ももぬけの空で。

 その時はかなり話題になって新聞にも取り上げていたらしいが……まぁそれはいい。


 彼の戦闘データは素晴らしかった。それだけだ。

 見たことも無い動きで敵の攻撃を躱す鉄騎士。

 巧みな動きでレバーを操りながら、弾丸が装甲を撫でるだけで終わるのだ。

 イザベラの貸してくれた機器のお陰で、そんな彼の操縦方法も何となく分かった。

 全身に装着する専用のスーツを着て、彼が戦闘中に感じたあらゆる事を追体験できるのだ。

 アレはペダルとレバーを同時に操り、風の流れを利用していた。

 言うのは簡単だが、やってみようと思えばその難しさは誰でも分かる。

 同時操作は何とか出来たとしても、その時の風の流れを利用するのは難しい。

 

 しかし、俺でも数回だけはシミュレーターで成功した。

 そして、その数回でのこの技術をモノに出来ればかなり戦略の幅が広がると確信した。

 風を利用する事によってエネルギーの消耗を抑えつつ。

 一気に機体を動かす事によって敵の攻撃を避けられる。

 予備動作も無くスラスターも使っていないからこそ、相手はその機動を読む事は出来ない。

 無駄な動きを省く事で、今までは大きく機体を動かしていたのを最小の動きで簡略化できるのだ。

 それは此方の手数を増やしたり、単純に隙を埋める事が可能になる。

 戦闘中の隙を無くし、エネルギーの消耗を抑えられるだけでも――勝機は上がる。


 絶対にものにしたい。

 そして、これを完璧にマスターすれば上位ランカー……いや、最上位ランカーも夢では無いだろう。


 俺はそんな事を考えて静かに笑う。

 そうして、手に持った本をぺらりと捲る。

 

 輸送機に乗り込みどれほど経ったか。

 簡易ベッドの上で横になりながら、拠点となる街への到着を待った。

 エマの本ばかりを読んで、北部地方についての情報を改めて確認した。


 北部地方には複数の小国家が存在していて。

 領土拡大の為に各国が小競り合いを続けていると書かれていた。

 何十年も前に書かれたこの本にも書かれているところを見るに歴史はかなりあるのかもしれない。


 中でも、ムンド国とファルヌス国が勢力を拡大しているようで。

 ヴァンにも確認してみたが、あそこに存在する国の大半がこの両国のどちらかと同盟を結んでいるようだ。

 つまり、今や二つの国が同盟国を纏め上げて戦争をしているようなもの。

 北部地方に住む人間たちはその戦争を”鉄くずの戦い”などと呼んでいるらしい。

 理由は簡単であり、戦線には多くのメリスウが出されては撃ち落されるからで。

 前線ではメリウスの残骸が山のように転がっているらしい。

 その所為か、中にはその残骸を漁り使えるパーツを売りさばく闇商人もいて。

 国もプロを使って使える部品を回収させているとか……。


 血の気の多い人間がほとんどと言われるほどに好戦的な人間が多い北部地方。

 名のある傭兵のほとんどが北部の出身だと言われる程だからな。

 レベルは高いだろうが。それはあくまで個の力だろうと俺は考えている。

 頭に血が上り易い人間がチームとして戦えるのかは怪しいし。

 何より、名のある傭兵は単独で功績を遺した人間がほとんどだ。


 任務を遂行する上で、敵との交戦は避けられない。

 ヴァンから簡単に説明を受けたが。

 俺たちが今回、北部にて受ける任務は前線へと出て戦っている兵士たちの戦闘データの採取だ。

 これはSAWから直々の依頼であり、ミッシェルは訝しんでいた。

 長期的に行える任務の中では、比較的、安全と言える任務ではあるが……どうなるかは分からない。


 仮にも戦場のど真ん中で、メリウスが飛行をしていればどうなるか。

 それも、両国のメリウスの戦闘データを採っていると知られれば。

 先ず間違いなく、俺たちは撃墜されるリスクが高まるだろう。

 何方の国もSAWからの依頼であったとしても、戦闘データを採られるのは嫌な筈だ。

 SAWはどの国とも繋がりがあり、その情報が敵国に渡る恐れもある。

 正式な依頼であるからこそ、俺たちの存在はバレていて。

 態々、狙って消しに来る人間もいるだろう。

 それを潜り抜けて何とかして戦場にいるメリウスの戦闘データを回収する必要がある。


 この依頼を受けた傭兵は他にもいるらしい。

 だが、その任務が一月も続いた傭兵はおらず。

 そのほとんどが撃墜されたか。

 リスクが高過ぎる事を理解して早々にリタイアしていた。


 ヴァンは危ない仕事になると言っていた。

 その上で、イザベラと俺を組ませると言う。

 生存率を少しでも上げる為にと交渉した結果。

 SAWからの支援も取り付ける事が出来て。

 武装や弾薬などは彼方が全て手配してくれるらしい。


 ……まぁヴァンが言うには、実戦で自社の製品をテストさせるだけだと言っていたが。


 仮にも大企業であるSAWが、ガラクタを送りつける筈は無い。

 ちゃんとしたものである事は分かるが……全く不安が無い訳じゃない。


 SAWのメリウス用の武装はそのほとんどがエネルギー兵器だ。

 エネルギー兵器は、実体弾のように弾丸を必要としない分。

 莫大なエネルギーを消費する為に、長期戦には向いていないとされていた。

 しかし、SAWは専用のカートリッジの開発に成功した為に。

 それを幾つか携帯していれば、長期戦も可能であることを証明してみせた。


 そのカートリッジの製造方法は秘密で。

 どの企業もそれを解析しようとしても出来たかったと噂で聞いたことはある。

 そもそも、SAWのエネルギー兵器は他の企業のそれとは大きく異なる機構をしていた。

 多くの企業がエネルギーの消費を抑える努力をする中で。

 SWAはエネルギー消費量を無視してその威力や性能を高めていった。

 一部の武装に至ってはそれにより、エネルギーの”色”が変わるらしいが、俺は見た事が無い……いや。


「……あれは、そうなのか?」


 思い出したのは、暗殺の依頼を受けた時に出くわした敵。

 あの漆黒の暗殺者は、白いエネルギーを纏っていた。

 あんな色のエネルギーは見た事が無い。

 もしかして、あれがそうなのかと思った。

 だが、アレをエネルギー兵器というには些か違う気がする。


 奴自身も実体剣として使っていたからこそ、アレが基本の使い方なのだろう。

 つまり、あの色はその兵器によるものではなく。

 あくまで機体に搭載されたコアによるものだと予想していた。


 SAWの一部のエネルギー兵器がどんなものかは知らない。

 だが、高出力に加えて高性能なそれが戦場で見られれば。

 たちどころに戦況は変わる事だけは分かる。

 もしも使う事が出来る人間がいるとすれば、エースパイロットだろう。


 戦局を容易く変えてしまう兵器……危険だな。


 敵には回したくないと心から思う。

 だが、もしも敵になれば……。


 音が聞こえた。

 それは操縦席から通信が繋がれた音で。

 ゆっくりとスピーカーを見ればヴァンの声が聞こえて来た。


《あーあー……ナナシとイザベラへ。起きてるか? もうすぐ着くから準備しておいてくれ。頼むぞ》

「……よし」

 

 本をパタリと閉じる。

 そうして、窓から見える景色を再び見た。

 すると、輸送機はどんどん下へと降下していって。

 雲の下に見えるのは、背の低い建物が並ぶ一つの街だった。


 遠目だからハッキリとは分からないが。

 どれもコンクリートで出来た簡易的な建物ばかりだ。

 人が住むにしてはやけに飾り気が無く、まるで囚人を収容する為の監獄の様に感じる。

 冷たい印象を覚える街であり、他には倉庫らしき長大な建物が数多く存在する。

 街の半分以上がそれと言っても過言ではない……噂通りだな。


 この地方では長い間、小競り合いが頻繁に起きている。

 その為、自国の兵士を使うだけでは消耗が激しすぎるのだ。

 このままでは疲弊しきった状態で、他の国の相手もしなければならない。

 自国で兵士を募ったとしても限界があり、民を失えば国力は失われていってしまう。

 そう思った各国の首脳は傭兵を積極的に雇用するようになり。

 今では、外部からやって来る傭兵の為に、今俺たちが来ている街のようにメリウスを格納する為のバンカーを大量に作っているようだ。

 他にも傭兵たちの為に専用の酒場や娯楽施設を作らせて。

 この街のように住民では無く、傭兵の為の街として機能する所がほとんどらしい。

 より多くの戦力を、より強大な力を。

 それを求め過ぎた結果、北部地方には傭兵を志願する人間が後を絶たず。

 今では立派な戦争屋を大量生産する地方として位置づけられている。


 最も、そんな風に街を改造すればどうなるか。

 地元の住人は反発し、デモ活動も頻繁に起こっているらしい。

 地元の警察も、そんな彼らに手を焼いていて。

 死傷者こそ今はまだ出てないが、このままでは遅かれ早かれ衝突は避けられない。


 ヴァンはそれも危惧していた。

 自分たち傭兵にとって現地の人間から敵視されればどうなるか。

 街の設備を使え無くなり、最悪の場合には闇夜に乗じて襲撃される恐れもある。

 厄介事はなるべく避けたい。

 なるべく波風を立てない様にはしたいが……。


 窓から視線を逸らす。

 そうして、ベッドから立ち上る。

 本をナップサックに入れてから。

 俺はゆっくりと伸びをする。

 そうして、設置された椅子に座り直してからシートベルトを付けた。


 正直、俺は北部地方について本の知識でしか知らない。

 現地民が何を想っていて、何をしようとするのかも謎で。

 仲良くなるつもりは無いが、敵視されるような事になるのは御免だ。

 となれば、地元で一番信頼されているような人間と仲良くなるのが得策だが。

 そう都合よく、そんな人間とパイプを繋げられるとは思っていない。


「……先ずは、情報収集か」


 何時だってやる事は同じだ。

 情報を集めて作戦を立てる。

 碧い獣と接触し、謎を解き明かすまで此処を離れる訳にはいかない。

 その為に、安全に長く滞在できるように策を講じる。


 反発があろうとなかろうと、対策を考えるのは当たり前だ。

 不穏な街の景色を思い出しながら、俺は少しの不安を紛らわすように頭を動かし続けた。

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