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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第二章:世界を動かす者

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026:朝が来た

 窓から差す陽の光を浴びながら起床する。

 小鳥の囀りが良い感じに耳に心地よく。

 洗濯し立ての服に着替えれば柔軟剤の良い香りがした。

 目が血走っているデフォルメされた犬の絵が書かれたTシャツに。

 下は履き心地の良い黒いロングパンツに着替える。


 そうして、トーストが出来るまでぼんやりと窓の景色を見ていた。

 酔っぱらいがゲロを吐き、警察に追いかけられる覆面の男たち。

 何時も通りの光景が広がっていて、俺は独りで頷いていた。

 すると、かしゃりと音がして機械のアラームが鳴り響く。


 俺はゆっくりと窓から離れてカウンターの奥に移動する。

 そうして、カリカリに焼けたトーストを二枚手に取った。

 次にまた二つをセットし直してから、俺は後ろに視線を向ける。

 後ろの引き出しから皿を二枚取り出して、トーストをその上に置く。

 そうして、冷蔵庫を開けて中から昨日作っておいた煮卵を取り出す。


 冷やしただし汁などを使って作った煮卵で。

 丸一日漬け込んだ事によって味が染み込んでいるのが分かる。

 それを丁寧にスプーンで掬い上げてまな板の上に置き。

 包丁でスライスしてからトーストの上に並べた。

 豪勢に八つも作ってしまったが、問題なく並べられそうだな。


「……ベーコンでもあったら良かったが……これはこれでいい」


 シンプルな見た目であり、どろっと出た黄味が食欲をそそる。

 俺はごくりと喉を鳴らしつつ、予め起動しておいたコーヒーメイカーからコーヒーが入ったポッドを取り出す。

 ポッドを傾けながらちょろちょろと出て来た真っ黒な液体を見つめる。

 引き立ての豆の良い香りがしていて、思わず笑みが零れる。

 綺麗な黒色でありゆらゆらと白い湯気が昇って行く。

 合計で四つのカップにそれを注ぎ、俺はその内の二つに砂糖を入れてミルクを流し込んだ。

 たっぷりと使ったからもう残りは無い。

 

 恐らくは無いだろうが。

 もしかしたら、すぐに出発する事になるかもしれないと思って食品は使い切ろうと考えていたが……いけるか?


 まぁ昨日の話であり、卵やミルクなどを使っておく以外にやる事は無い。

 俺は熱々のコーヒーを持ってテーブルに二つ置いた。

 その直後に、またカシュリと音がしてトースターから音が鳴る。

 俺は小走りに移動して熱々のトーストを出して皿に並べた。

 そうして、同じ作業を繰り返して――出来た。


 出来立てのそれをテーブルに持っていく。

 そうして、帰って来る二人の分のコーヒーも並べておいた。

 ヴァンとイザベラはブラックで、ミッシェルは砂糖一つにミルクをたっぷりと。


 彼らの趣向に合わせて調整しておいた。

 俺は並べられたそれらに満足そうに頷く。

 そのタイミングでガチャリと事務所の扉から音が鳴った。

 視線を向ければ、イザベラがまず先に入って来た。

 彼女はその手に買い物袋を持っていて見た感じは軽そうに見えた。


「……良い匂いがするねぇ。朝食かい?」

「あぁ、皆の分も作った」

「そいつはいいね。ありがとう」


 イザベラは俺に礼を言いながら荷物を適当な場所に置く。

 そうして再び視線を扉に向ければ、ヴァンとミッシェルがまた喧嘩をしていた。

 内容は北部地方へ行くことについてで……。


「だぁかぁらぁ! 現地で依頼を受けながら調査した方が手っ取り早いの! その方が金も稼げてナナシたちの名も広まって」

「――ばぁかぁかぁ!? SAWが根を張っている所で奴らの息の掛かった企業から依頼を受けるだぁ!? 姐さんやナナシを殺す気かバカッ!」

「あぁぁぁ!! またバカって言ったなぁ!? バカって言う方がバカなんですぅぅ!! バカバカバカのまな板ぁぁ!!」

「――殺す殺す殺す殺す殺す!!」


 バカと言い合う二人。

 しかし、ヴァンがミッシェルの触れてはいけない何かに触れてしまったようだ。

 彼女の顔は女性とは思えないような鬼の形相で。

 流石のヴァンも恐れを成して俺の背後に隠れた。

 俺はヴァンに背中を押されながら何とかしろと言われて……はぁぁ。


「……飯を食ってからにしろ。冷めるだろ」

「……ッチ。命拾いしたな」

「へ、へん! お、お前なんか怖く――ひぃぃ!」


 ぎろりと睨まれた瞬間にヴァンはガタガタと震える。

 俺はそんなやり取りに安心して。

 彼らをソファーに座らせてから、俺自身も料理の前に座る。


 イザベラは既に食べ始めていて。

 俺たちも目の前の料理に手を伸ばした。


 カリカリで熱々のトーストを手に取る。

 そうして、顔の前に近づければふわりと香ばしい麦の香りがした。

 それをそのままがぶりとかぶりついた。

 一口目はさくりと気持ちのいい音が響いて。

 ゆっくりと噛めばもちもちのパンの弾力が俺にとっては心地いい。


 噛めば噛むほどにパンのほのかな甘みが口に広がり。

 上に載った煮卵の濃い味付けも上手く調和していた。

 醤油をベースに色々なスパイスを混ぜて見て。

 初めての試みであったが、上手く出来たようで良かった。


 甘みと塩味がこれほどまでに合うとは……美味いな。


 二口、三口と食べていく。

 気持ちいい音を響かせながらトーストを食べていった。

 そうして、全てを平らげてから置かれていたコーヒーに手を伸ばす。

 ほかほかと湯気が昇っていて、マグカップを掴めば僅かに熱を感じた。

 香りを嗅げば、慣れ親しんだ苦みと乳の匂いが漂ってきた。

 俺はゆっくりと口をつけて中身を飲み始める。

 火傷をしないように注意しながらゆっくりと飲んでいって……うん、美味い。


 苦みの強いコーヒーであり、ヴァンはこれが好きだと言っていた。

 ブラックならもっと苦いのだろうが、俺はこれが良い。

 砂糖の甘みがたっぷりで、ミルクが口当たりをまろやかにしてくれている。

 ちゃんと苦みも感じられて、朝の一杯としては満足のいく仕上がりだ。


 少しずつ飲んでいけば、少しだけあった眠気も消えていく。

 意識がスッキリとして、体が心から温まって行く。

 天気も良いから、素晴らしい一日になるような気がしてくる。

 やはり食事はいいものだ。仲間と一緒に食べるのなら尚の事良い。

 俺はそんな事を想いながら三人を見ていた。

 イザベラも食べ終わってコーヒーを優雅に飲んでいる。

 その手には端末が握られていて、何かを見ている様子だ。

 ヴァンは大きく目を見開きながら「う、うめぇ!」と喜んでいた。

 そんなヴァンを茶化していたミッシェルもトーストを食べれば黙っていた。


 ヴァンはガツガツと食べていく。

 そうして、全てを平らげた後に俺に視線を向けて来た。


「なぁなぁ! あの卵はどうやって作ったんだ!? めちゃうまだったぜ!」

「……俺にも教えてくれよ。俺好みだった」

「……そんなにか?」


 俺は少しだけ不思議な気分だった。

 確かに端末を使って少しは調べた。

 だが、それほど特別な事はしていないと思っていたが……まぁいいか。


 俺は今回煮卵を作る為に使った材料や掛けた時間を教える。

 すると、二人は黙って聞いてくれていた。


「――以上だ」

「……え、それだけ?」

「……それだけだ」

「……俺でも出来そうだけど……何か秘密があるのか」


 訝しむような目で俺を見るヴァン。

 ミッシェルは顎に手を添えて考えていた。

 本当にこれだけであり、我ながらシンプルな味付けだとは思う。

 だが、俺自身も上手く出来ていた様には思っていた。


 また作ってやると言えば、二人は喜んでくれた。

 そんな二人を見ながら――咳払いが聞こえて来た。


「取り込み中に悪いね。話し、あるんだろ?」

「……あぁ、そうだった……まぁ飲みながらで良いから聞いてくれ。二人には話していたけど、改めて言うが。俺は北部地方に遠征に行く事に決めた。勿論、全員でだ」

「それは知ってるよ。問題なのはSAWの依頼を受ける事だろ……姐さんはいいのか?」

「ん? いいんじゃないかい。大企業なら支払いが滞る事も無い。金を払う方に私は従うよ」

「……だってさ。イザベラは金が発生するのなら何だって良いって言っただろ?」

「……じゃあナナシは?」


 ミッシェルは俺に視線を向けて来る。

 俺は少しだけ考えてみた。

 SAWの息が掛かった企業からの依頼を受ける事によって。

 俺たちは北部地方への立ち入りを許可される。

 そうして、そこに存在する国々へもある程度は問題なく入国できるだろう。

 戦争に介入しない限りは、身の安全も保障される筈だ。


 ただ、ミッシェルの言う通り問題はある。

 相手は以前、俺たちを騙した奴らなのだ。

 その時は何も言えなかったが、また騙される危険だってある。

 それこそ、第二選考などと表して危険な相手と戦わされるかもしれない。

 そうなれば、最悪の場合、俺とイザベラは死ぬ事になるかもしれない。


 そもそも、SAWという企業について俺たちはまだ理解できていない。

 あの貰ったデータでは、バカでかい何かを探していて。

 その資料の中には、異分子の国の事も書かれていた。

 計画と奴らが呼んでいるものの正体は何で。

 それに異分子がどう関わっているのか分かっていない以上……信用する事も出来ない。


 情報を明かさず強引に仲間に加えて来た奴らだ。

 ミッシェルはそんな不義理を働く奴らが許せないんだろう。

 気持ちは痛いほど分かるし、俺も願う事なら奴らとの関りは避けたい――が、そうも言ってられない。


「俺はヴァンの提案通りで良いと思う。北部地方で仕事をするのなら、奴らと関わる道は避けては通れない。何かされる可能性もあるが、奴らは既に俺とイザベラを計画に加えたと言っていた……多分だが、邪魔になるような事はしてこないだろう」

「……多分ねぇ……まぁ、それなら良いよ。二人が良いんなら、もう俺は何も言わない……で、何時行くんだ?」


 ミッシェルは取りあえずは納得してくれたようだ。

 彼女はヴァンに出発の日取りを聞く。

 すると、奴は端末を取り出して何かを調べていた。


「ええっと。準備もある上に天候の事も考慮して……まぁ一週間後だな」

「一週間後か……まぁ輸送機のメンテンナンスくらいならそう掛からねぇし……うし。じゃ俺は行くぜ。メンテに資材の仕入れ……あ、金は後で請求するからな」

「おぅ頼むぜぇ……じゃ、俺は依頼の手続きと入国許可証の発行を……ごちそうさま」


 ミッシェルはいそいそと出ていった。

 ヴァンも手を合わせて食事を終わらせて、コーヒーを持ってパソコンの方に行ってしまった。

 残ったのは俺とイザベラで、彼女は俺に視線を向けてきて笑う。


「暇だろ?」

「……まぁ」

「じゃ手伝ってくれ。助手がいるんだ」

「……分かった」

「お、素直だね。良い事だよ」


 俺はゆっくりと手を合わせる。

 そうして、食事を終わらせてから皆の分の食器を含めて片付ける。

 皿とコップを運んで、流し台に置いてから水につけておく。

 洗うのは帰ってからであり、彼女を待たせる訳にはいかない。

 彼女は持ってきた袋を掴んでから、その中を漁り何かを取り出した。

 球体状のそれは使い古しのように汚れていた。

 古いオイルがこびりついて乾ききっていて擦り傷も多い。


「……それは?」

「メリウスの記録媒体……名のある傭兵の戦闘ログが入っているらしいよ。それをアンタに見せてやる」

「……それで学べと言うのか」

「そうだよ? 先人の知恵や経験は役に立つ。それを学んで吸収してこそ傭兵だ……ま、刺激が強すぎるかもしれないけどね。試してみるかい?」


 俺を試すような口ぶりで聞いてくるイザベラ。

 恐らくは、その記録媒体の映像を俺に見せる方法も特殊なのだろう。

 軍人時代の”教育”ほどではないだろうが……まぁいい。


 やれることがあるのなら何だってやる。

 強くならなければこの世界では生きていけないから。

 俺は静かに頷いて、イザベラと共に部屋を出ようと――


「あ! ナナシ待ってくれ! お前に渡すものがあるんだ! こっちに来てくれー!」

「……渡すもの?」


 俺は首を傾げながら、椅子に座るヴァンの元へ近づいていった。

 彼の前に立てば、彼は自らの体をペタペタと触っていた。

 そうして、ハッと思い出したかのように胸ポケットに手を伸ばす。


「ほい、お前のライセンス――Dランクへの昇格、おめっとさん!」

「……! ありがとう」


 彼から手渡されたライセンス。

 漆黒のカードには何も書かれていない。

 暫く見つめていれば、指紋を翳すように文字が浮かび上がって来た。

 小さな枠内に右手の親指を当てて――浮かび上がって来た。


 俺の名前とDランクという表記。

 達成任務の数や年齢や性別などの情報もある。

 所属はL&Pになっていて、俺専用のライセンスと言えるものになっていた。


「色々とあって遅れてたけど。これでお前も、堂々と傭兵を名乗れるぜ」

「……今までは違ったのか?」

「んぁ? いや、傭兵だけど……それが無いと証明できないじゃん? だからだよ、だから」

「……そうか」


 俺は取りあえず納得する。

 そうして、指でライセンスを撫でながら小さく笑う。

 また一つ想い出が増えた気がした。

 彼から貰ったライセンスをポケットから出した財布の中に入れる。

 大切なものであり無くさないようにしなければいけない。


「さ、行くよ。時間は有限だ」

「ん。それじゃ行ってくる」

「おう。頑張って来いよ」


 ヴァンに挨拶をしてから去って行く。

 傭兵の証を貰い、これで晴れて正式な傭兵になれた。

 もっともっと力をつけて、会社に貢献しなければならない。

 その為にも、限りある時間を有効的に使いたい。

 俺はイザベラの背中を見つめながら、先ずは彼女に追いつく事を小さな目標として定めた。

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