025:碧い獣を追う者
「あぁ? それで負けちまったのか?」
「あぁ完膚なきまでにな……ふふ」
「……負けたにしては嬉しそうだなぁ、おい」
二人で椅子に座りながらインスタントのコーヒーを飲む。
広い倉庫の中には、俺の愛機であるアンブルフとイザベラの愛機であるワンデイがいた。
ワンデイの方は整備は完了しているらしい。
後は俺の機体だけで、破壊された状態から此処まで修復できたのは素直に凄いと思った。
新品同様であり、彼女一人で作業をしたのなら凄まじい腕だと思った。
彼女は俺の話を聞いてコーヒーを飲みながら。
片手でカタカタとパソコンを操作していた。
手慣れた様子であり、何をしているのかと聞けば機体のデータを集めていると教えてくれた。
「お前に渡したアンブルフの機体データが入ったディスク。それを解析しているんだよ……すげぇな。お前本当に人間か?」
「ん? どういう意味だ」
「……いや、どういう意味って……いいか。人間ってのはどんなに鍛えようとも限界がある。一昔前の戦闘機のパイロットで例えるのなら、奴らが耐えられるGは精々が9から10だ。それも一瞬の合間だけだからな。今のメリウスのパイロットなんかは、ある程度の高機動戦にも耐えられるだけの体の構造をしているけど……さぁ問題だ。それは何故だ?」
「……薬による心肺機能の調整。後は発展した対Gスーツによるのものか?」
俺がそう答えれば、ミッシェルはニヤリと笑う。
「正解だ。メリウス乗りは如何に速く動けるかを常に考えている。昔のように装甲を厚くしてバカすか撃ち合うのは終わったんだ。今はスマートな戦いこそがメリウス戦の華なんだよ……あぁ話を戻すけど。薬なんかを使えば心肺機能がそれに最適化されるようになる。改造手術を受ける奴もいるがそれはちっとばかしリスクがあるし金も掛かる。だからこそ、定期的に薬を服用する事で戦闘時だけ体を作り替えるような方法を取る訳だ」
「……昔は不思議だった。あんな錠剤一つで何が変わるのかと。だが、いざという時にアレを飲んでいなかった人間がどうなったかは知っている。メリウス乗りとしては最低限、必要な事なんだろう」
「そうだな。そして、薬を定期的に服用していけば大体二,三年で体の構造は最適化される……流石に、もう飲んでいないよな?」
ミッシェルは不安げな顔で聞いて来た。
俺はそんな彼女に笑みを浮かべながら、静かに首を左右に振った。
「もう飲んでいない。退役時に薬の処方も無くなったからな」
「……てことは、辞めるまでは飲んでいたのか?」
「あぁ、飲めと言われてな……まずいのか?」
「……いや、別にまずくはないけど……どんなもんを飲んでたかは覚えているか?」
ミッシェルは興味があるのか質問してきた。
俺は昔の記憶を思い出しながら、錠剤の名前を答えた。
「……確かAG-703だったか?」
「…………ちょっと待てよ…………」
ミッシェルはコーヒーを置く。
そうして、両手でカタカタとパソコンを叩き始めた。
俺はそんな彼女を黙って見ていた。
態々、調べてくれているようで。
俺は彼女に心の中で感謝した。
そうして、砂糖がたっぷり入ったコーヒーを飲む……美味い。
ブラックでもいいが。
どうせなら砂糖やミルクを掛けて見たかった。
軍人時代はコーヒー自体、飲みたくても飲めなかったからな。
飲めたとしても水のように薄い色がついているだけの何かで。
こうやって外に出れば、少しでも贅沢な飲み方をしてみたいと思っていた。
エマはコーヒーよりも、ココアが飲みたいと言っていたな……今度、飲んでみよう。
俺はくすりと笑う。
想い出の中で生きている彼女は何時も笑っていて――ミッシェルが驚いたような声を挙げた。
俺はゆっくりと顔を挙げて彼女を見る。
すると、彼女は口をパクパクさせて画面と俺の顔を交互に見ていた。
何やら驚いている様子で……いや、怯えているのか?
「何か分かったのか?」
「……その前にさ。体に、その……ふ、不調とか無いのか?」
「……? 特に無い」
俺が正直に答えれば、彼女は顔面蒼白で怯えていた。
何をそんなに怯えているのかと気になって。
俺は椅子から立ち上がって、彼女のパソコンを覗き込んだ。
そこには俺が飲んでいた薬の画像と説明が書かれていて……指定禁止薬物?
妙な単語が見えた。
俺は説明書きを読んでいく。
すると、この薬の危険性について事細かに書かれていた。
「……身体機能を劇的に変化させて高負荷領域においても戦闘を行える状態にする……通常の薬剤よりもアンベラルミンの成分が強く、一年以上服用すれば幻覚や幻聴の症状が現れ……服用を開始してから二年以内に心肺機能が停止し死亡する……なるほど」
「なるほど、じゃねぇよ! えぇ!? おま、お前……本当にこれ飲んでたのか?」
「……これだと思う。俺以外の人間も……飲んでいたのか?」
「いやいやいや、そんな訳ねぇだろ。こんなもん処方してたら医師免許剥奪どころじゃねぇぞ?」
ミッシェルはダラダラと汗を流していた。
それほどまでの事であるが、俺は何となくそんな気はしていたと思った。
他の仲間たちには支給していなかったかもしれない。
幾ら異分子であろうとも、発覚すれば大事になっていたかもしれないからな。
恐らくは、俺個人へのいやがらせでこんなものを飲まされていたのだろう。
あの上官や他の連中にとって俺は一番気に食わない存在だっただろうからな。
どんなに過酷な任務を与えても、生きて帰って来て。
殴られ蹴られても顔色一つ変える事無く黙っていたのだ。
そんな俺を苦しめる為の悪意に塗れた嫌がらせ――俺は笑う。
「何で笑うんだよ!?」
「……いや、何となく……俺は初めて奴らの鼻っ柱を折る事が出来た気がしたから」
俺がそう言うとミッシェルは目を丸くする。
彼女は知らなくていい。
悪意に塗れた人間が存在する事を。
俺だけがそれを知っていて、そんな奴らの悪意を乗り越えた事を。
俺は勝ったんだ。暴力も権力も使わずに、奴らを悔しがらせた。
奴らの思惑通りに俺が苦しんで死ぬ事は無かった。
それだけ分かれば、もう十分だ。
俺の代わりに怒ってくれる彼女。
俺はそんな彼女を宥めながら、もう気は済んだと伝える。
彼女は不服そうだが、俺が心から笑っている事に気づいて気を静めてくれた。
「……まぁこの前、先生がお前の体調べてたから。その時に何も言っていなかったし……でも、何かあったら絶対に言えよ! 我慢するんじゃねぇぞ! 絶対だからな!」
「あぁ分かった……ありがとう、先輩」
「……ふん」
彼女は照れくさそうに鼻を鳴らす。
そうして、グイッと冷めてしまったコーヒーを飲み干す。
空になったコップを机に置きながら、彼女はパンと手を叩く。
「よし……まぁかなり話が逸れちまったが……お前のGへの耐性がかなり高かったって言いたかったんだ。他のメリウス乗りなんて比較にならないほどにな……誇っていいんだぜ」
「そうか……うん、嬉しいよ」
「……けどよ。そんなお前でも勝てないなんてなぁ。あの”トリコロール”そんなに強ぇのかぁ」
「……ん? トリコロールって何だ? 俺が戦ったのは黄色だ」
「……あぁ? 黄色? そんな筈は……いや、でも……もしかして」
ミッシェルは顎に手を当てて何かを考えていた。
そうして、またカタカタとパソコンを叩き始めた。
画面を見れば俺の戦闘時の記録映像を見ていて。
そこには完全にセンサーが捉えきれずにぼやけているアイツが映っている。
俺は笑みを浮かべながら、こいつだとミッシェルに教えた。
しかし、ミッシェルは何も言わずに画面を食い入るように見ている。
「……これは何だ……ゲームのキャラ、いや動きが……でも、こんな機動出来る訳……じゃあ、これは……」
「……?」
ぶつぶつと独り事を言うミッシェル。
完全に自分の世界に入って行ってしまった。
そんな彼女を見つめながら、俺は自分の椅子に座り直す。
まぁ彼女なりに何か面白い発見があったのかもしれない。
そう思いながら、俺はコーヒーのお代わりを淹れようかと考えて――端末が震える。
空のコップを机に置く。
そうして、ポケットから端末を出して……ヴァンか。
電話の主はヴァンで。
俺は応答して電話に出た。
「な」
《――ビッグニュースだぜ! ナナシ!》
なんだと聞こうとして、ヴァンの声に遮られた。
かなり興奮している様子であり、思わず端末から耳を外してしまった。
俺は眉を顰めながらゆっくりと端末を耳に戻す。
そうして落ち着くようにヴァンに言った。
すると、ヴァンは俺に謝りつつ、声のトーンを落として話し始めた。
《マニアと接触して話を聞いてきたが。奴は本物だ。情報の真偽は定かじゃねぇけど、その熱意は半端じゃねぇ……奴は碧い獣の動向を追っていたみたいでな。お前が奴と二回も接触したって言えば喜んで情報を渡してくれたぜ!》
「……それで、何処にいるんだ?」
《聞いて驚くなよ――”北部地方”だ》
ヴァンは勿体ぶる事無く教えてくれた。
そうして、少なからずその情報に俺は驚いていた。
何故ならば、北部地方はSAWの影響力が強く。
彼らの会社や工場の多くはその地方にあるとされていた。
図らずも、一番危険視している連中の庭に行くことになってしまった。
まだ計画と呼ばれるものを実行する時ではない。
だからこそ、招集もされていないが……どうする。
SAWが何を企んでいるのかは分からない。
そして、そんな危ない連中がいる場所で碧い獣は何をしようとしているのか。
もしかしたら、俺を倒したあの漆黒のメリウスも現れるかもしれない。
今度こそ後れを取る訳にはいかない。
リベンジマッチが出来るのなら戦いたいが、勝てるかどうかは怪しい。
行くのなら碧い獣を追う事を優先する。
心では戦いたいと思っているが、現実的に考えれば交戦は避けるべきだろう。
準備を整える必要もあり、俺はヴァンに何時頃帰るか尋ねた。
《……まぁ明日の朝だな》
「分かった。それじゃ」
《あ、ちょっと待ってくれ。実を言うと北部に行くにしても色々と手続きが必要なんだ。あそこは今、各国が戦争状態でピリピリしてるからな。このまま手続きをせずに行ったら、最悪の場合、スパイの嫌疑が掛けられちまう》
ヴァンの言いたい事は分かる。
北部に行くのなら、最低限、メリウスを運んでいく必要がある。
フリーの傭兵であろうとも、信用が無ければ国には入国できない。
国境を超えるだけでも面倒で……つまり、アレだな。
《もう気づいていると思うが……向こうで仕事を引き受ける事にした。そうした方が、色々と手間が省けるからな》
「……まぁ、そうなるな」
国境を超えたりする時に便利なのが、その国の人間から正式な依頼を受ける事だ。
統制委員会のお墨付きであれば、如何なる問題も解決できる。
依頼の内容はその国の人間も確認できるため、入国管理官たちにとっては裏取りもし易い。
その為、正式な手続きを踏むよりも、仕事として入国する方が楽なのだ。
観光で行けるとは思っていなかったが……向こうでも慌ただしくなるな。
非日常の繰り返しに笑みが零れる。
そんな俺の笑みを察したのかヴァンも笑っていた。
《ま、ナナシは場数も踏んでるし大丈夫だろうさ。イザベラもついてくるし……暫くは、帰って来られなくなるから。やり残した事があるのなら、早めに片付けておけよぉ》
「分かった。準備を整えて待っている……ミッシェルにも伝えておく」
《おう。頼むぜ……あ、それと》
「ん?」
電話を切ろうとすれば、ヴァンはまだ何か言いたい事があるようで。
俺は彼に何かと聞こうとして――
《ランクが上がったらしいぜぇ。良かったなぁ。じゃ!》
「――ちょま……切れた」
最後の最後で重要な事を言われた。
ランクが上がったと言ったが、それは恐らく傭兵ランクだろう。
上がるのであればDランクで……こんな短期間でか?
何が起きたのか。
奇跡でも起きてしまったのか。
俺はそんな事を考えながら端末をポケットに仕舞う。
ふと静かなミッシェルを見れば、彼女はカタカタとパソコンを打っていた。
思考からは抜け出したようで、今は夢中になって何かの作業をしている。
……かなり集中している様子だ……様子を見ていよう。
彼女の邪魔をするのは気が引ける。
だからこそ、ひと段落するまで待とう。
ゆっくりと椅子から立ち上がり、置かれていたポッドを掴む。
水を汲んできてお湯を沸かして、二杯目を飲もう。
彼女も飲みたいだろうから、今度は俺が用意する。
コツコツと足音が響いて。
俺は倉庫内を歩いていく。
「……Dランクか……ふふ」
今日は良い事が沢山あった。
素晴らしい一日に感謝して、俺は足取り軽く進んでいった。




