021:扉を開く鍵(side:???)
作戦は終了した。
ボスの”予知”通り、間抜けな標的は現れた。
情報を出せば、自分の命は助けてくれると考えて……愚かだ。
三大企業の重役であろうとも、所詮はこの程度だ。
用が済めば、あの男を泳がせておく必要も無い。
我らと同じ状態へとなろうとしているアイツは、なりふり構っていられなかったのだろう。
だからこそ、危険を承知で我々に接触してきて。
こうして、我らが欲しているであろう情報を渡してきた。
情報の真偽は定かではないが。
ボスはそれこそが扉へと繋がる道への光だと言っていた。
”ボス”と”不完全な神”が、互いに求めている存在――”鍵”と呼ばれるものへの道。
ボスはまだ俺たちに全てを話していない。
しかし、それはまだその時ではないと言うだけだ。
俺たちは待つ。ボスが話してくれるその時まで。
そして、その日を迎える為に、俺たちは手足となり動いていく。
不要な存在を抹消し、救いを求める同胞を助ける。
我らの国は、どんな暴力にも屈しない。
鋼の如き意思と、それを包む強靭な肉体が野蛮な人間たちを叩き潰す。
我らは決して忘れはしない。
我らの故郷を焼き払い。
我らの大切な友や家族を虐殺し。
多くの同胞の血を流しながらも、それを否定せず肯定し続ける悪魔共を。
奴らを殺すのが我らが使命。
奴らを粛清する事こそ先祖の願い。
呪われた血ではない、我らは真に選ばれし存在だ。
それが理解できず受け入れられないのであれば、我らも力で持って対抗する。
全ては死んでいった者達の想いで――止まる訳にはいかない。
山の中に存在する拠点。
我々の協力者たちが作り上げてくれた場所で。
木々が生い茂った山の中には大きな洞窟が存在した。
上空からでは発見が困難な場所で、木々の立体映像を解かなければ分かる事は無い。
普段は我らの同胞が活動する為の拠点に使っているが。
今日だけは我々も中継地点として間借りさせてもらう。
敵に発見させる恐れは無い。
偵察機が上空を飛ぼうとも、拠点の外部に作られた”電波吸収コート”がレーダーを誤認させる。
メリウスを拠点内部に隠してから外へと出て。
俺は割り当てられた部屋の中で椅子に座りギュッと拳を握った。
今日の任務は終わった。
目的は達せられて、俺たちは祖国へ帰還する途中で……解せない事があった。
それは今回俺が戦った傭兵――ナナシと言った男についてだ。
今回の取引で傭兵の介入が予想される事は最初から分かっていた。
接触した男は部下からの信頼は薄く。
野心に満ちた人間たちから、その座を狙われていると知っていたから。
しかし、今回、現れると思われていた傭兵は所詮はEランク程度だろうと当たりをつけていた。
正式な手続きを踏んで依頼を発行できたとしても。
暗殺紛いの依頼が発行されて、三大企業の重役が殺されたと知られれば。
すぐにでも企業は動き、依頼を出した人間の特定を急ぐだろう。
そして、依頼を出した傭兵たちの素性や今まで受けた依頼の情報も確認されてしまう。
そうなれば、もしもそいつらを重宝している人間がいれば真っ先に怪しまれる。
今回の事でいえば、少しでも情報の漏洩を防ぐ為に。
名が知れ渡っていない傭兵を起用したのだろう。
間違いがあるとすれば、俺たちの存在を理解していなかった事だ。
Eランク程度は数の内に入らない。
実戦経験の乏しい人間であれば尚の事だ。
”SQ”が傭兵の殲滅を開始し、俺は反対方向から来るであろう傭兵を迎え撃ちに行った。
そこまではいい。問題はその後で。
現れたのは単機で現れた傭兵だった。
すぐに勝負は決すると思っていたが……まさか、だ。
邪魔をする存在が現れた事によって戦いは長引いた。
しかし、あの男は依頼を達成する事を優先し。
勝てないと分かっていながら、仲間を先へと行かせた。
勇敢ではあるが、死に急いでいると思ったが……奴は強かった。
ただのEランクの傭兵ではない。
戦い慣れしていて、最初の段階で俺を振り切ろうと動いていた。
が、それが出来ないと判断すれば仲間を先行させて。
自分が囮となり、俺という存在をその場所に長く留まらせようとした。
判断力があり決断力も高かった。
恐らくは、ランクはEであろうが実力はそれよりも数段上だ。
機体の制限を解除したのだろう。
速度が桁違いな程に速くなり。
此方の”未来視”も上手く機能しなかった。
その結果、決して安くはない代価を払いながらも。
停止した奴を倒して、俺たちは此処まで戻って来た。
何故か、SQがあの場に現れて俺の矛を収めさせた。
理由は知らん。が、恐らくはボスの指示だろう。
奴が自らの意思で行動したように見える時は、決まってボスの指示だ。
仲間たちもそれを理解しているからこそ、奴の行動を咎めない。
しかし、それでも腑に落ちない。
何故、ボスはあの男を殺さないように指示したのか。
同胞であるからか。いや、今までも敵対した同胞は数多くいた。
敵に懐柔されたか、全てを諦めただけで……その時は始末していた。
だが、今回はボス自らの指示でそれを止めた……何故だ?
トドメをささせなかったのはどうしてか。
アレほどの機動で機体を操作したのだ。
俺がこの手で始末せずとも、奴は勝手に死んでいる筈だ。
仲間が回収したとしても、恐らくはもう二度とメリウスには乗れないだろう。
無駄な事だ。
トドメをさせずとも、奴に未来はない。
それなのに、どうして……それも俺には言えないのか。
ボスは俺たちを信用している。
そして、俺たちもその信頼に忠義で持って答えて来た。
誰一人として裏切る事無くついて行き……いや、一人は離反したか。
俺よりも長くボスの傍にいた奴。
ボス自らの手で育てられながら、自らの意思で出ていった同胞。
奴はボスから離れて何処かへと行った。
俺はそいつがどんな奴だったのかは知らないが。
Kの称号を持つ者なら、知っているのだろう。
男か女かも分からないが……まぁどうでもいい。
今はそれよりも、奴の事だ。
感覚で同胞である事はすぐに理解した。
遅れて現れた奴は、同胞では無かったが。
奴だけは紛れも無く、同じ存在であると分かった。
奴には何かがあるのか……?
ボスが隠すほどの何か。
そして、そうであるのなら……再会する日はそう遠くないだろう。
瀕死の重傷を負っている筈の傭兵。
再起は不可能であるはずだが、ボスが生かせと言うのなら。
奴は再び蘇り、戦場に現れるだろう。
その時もまた戦いになるかは分からないが。
敵として立つのなら、どんな存在であれ排除する。
その時にまた、ボスが生かせと言うのなら――真意を聞く他ない。
何を隠しているのか。
そして、俺たちに知られたくないものとは。
それを知る日は近い気がした。
計画は順調に進んでいる。
後は、この世界をさ迷っている”鍵”を見つけ出すだけだ。
「……何処にいる……”災厄”の名を与えらし、過去の亡霊よ」
死して尚、この世に留まる者。
かつて世界を恐怖に陥れ、全てを滅ぼした存在。
二つの世界を破壊し尽くし、役目を終えれば自ら命を絶ったという。
それはやる事が無くなったからか。それとも、退屈で生きるのが苦痛になったからか……理解しようとも思わない。
魔王の考えなど、人間が理解できる筈は無い。
ましてや心無き亡霊に成り下がった愚者だ。
生前の目的に縛られながら、破壊を繰り返すそれには興味など無い。
――が、それは重要な鍵であり。ボスはそれを欲している。
ならば、俺たちはそれを全力で手に入れるだけだ。
必要な鍵は全部で四つ。
俺たちが長き時を懸けて手に入れる事が出来たのは……たった”一つ”だけだ。
計画は進んでいる。
だが、進みは遅い。
俺が生きている間に、事が済むかも定かでは無いのだ。
情報は手に入れた。
求める鍵の所在を表す情報であり。
対象は俺たちの考えが正しければ、決まった日に姿を現す。
この情報を持ち帰り、ボスたちに渡せばすぐにでも解析が進められる。
謎を解き明かす事さえ出来れば、鍵を手にする事も出来るだろう。
もう一つ。あと一つ手に入れば――ようやく半分だ。
それまでは、死ぬわけにはいかない。
それまでは、止まっている暇は無い。
あの日、ボスに救われたこの命。
俺は生涯を懸けて、あの人に報いなければならない。
それが親衛隊となり、”SJ”の称号を与えられた俺の使命だ。
「来る日。全てを終わらせる。呪われた運命も断ち切り――同胞たちの魂を解放する」
誓いを立てる。
全ては神により狂わされた同胞たちの為。
死して尚、永遠の苦しみを味あわされている家族を救う為だ。
彼らに安らぎを。
そして、彼らに幸福を――この手で届ける。
「神殺し――やってみせる」
拳を握りながら、静かに闘志を燃やす。
誰もが出来なかった”大罪”を俺は自分の手で成し遂げたい。
この世界を管理している奴を殺せば、俺たちは救われる。
傲慢にも人の運命を決めつける奴は――この世界には不要だ。
新たな神は、俺たちのボスが――視線を扉に向ける。
誰かが部屋の前に立った。
足音からして誰なのかはすぐに分かった。
俺は無言で扉を見つめる。
すると、強引にロックを解除した奴――SQが部屋の中に入って来た。
全身を覆うほどの大きさの灰色のロングコート。
頭にはフードが被されていて顔は見えない。
奴は一言も発する事無く、俺へと近づいて来た。
俺は壊れた扉をチラリと見てから舌を鳴らす。
こいつには教育者が必要だ。俺は前からボスにそう進言していたのに……戦いしか能の無い愚か者め。
俺はゆっくりと椅子から立ち上がる。
そうして、腕を組みながら何の用かと聞いた。
すると、奴はゆっくりとポケットから紙を取り出した。
俺は目を細めながら、渡されたそれを受け取る。
中を開いて書かれている内容を確認して――ッ!
「…………これは、事実か?」
「……」
奴に質問すれば、小さく頷いた。
俺は舌を鳴らしながら、腕の装置を起動する。
周波数を合わせながら、俺は此処へと向かってきている輸送機のパイロットに繋ぐ。
《ライダー01。そちら》
「SJだ。あとどれほどで着く」
《……一時間ほどですが》
「三十分で来い。緊急事態だ」
《……分かりました》
要件を伝えて通信を切る。
そうして、大きく息を吐きながらどかりと椅子に座る。
まずい事態だ。
情報が漏れていたようで。
他の企業の連中が動き出している。
中でもSAWの奴らが何かを企てているようだ。
敵領土内にある拠点へと送られてきた暗号文。
それを解読してSQが持ってきたが、かなり深刻だ。
恐らくは、ボスへの耳に届けるのであればこいつが適任だと諜報部の奴らが考えたのだろう。
何処へ誰が向かうかは教えていなかったが、こいつが諜報班に漏らしたと思われる。
口の軽い奴であり、聞かれれば何でも喋る……が、今回はそれに救われた。
本国へと持ち帰らずに重要な情報を親衛隊に伝えた。
通信など使って知らせれば、最悪、傍受されて居場所が特定されてしまう恐れがあるのにだ……よほど危険な状態だな。
諜報班に所属する人間であれば、敵に発見させるようなヘマは侵さないだろう。
そちらの心配はしておらず、問題はやはりこの情報だ。
何故、奴らが鍵の情報を手に入れる事が出来たのか……?
いや、そもそもそんな情報を手にして奴らは何をしようとしている。
鍵があったところで奴らにはそれをどう使うのか理解できる筈は無い。
宝の持ち腐れであり、奴らにとっては何の価値も無い物の筈だ。
「……今はいい。だが、何れ障害になる……SAWを調べるしかないか」
奴らが計画しているものの内容を知る必要がある。
何故、鍵を狙っているのか。
そして、それを手にして何をしようとしているのか……何が何でも知りたくなった。
窓から見える景色。
俺の壊れた愛機を整備している同胞たち。
それを静かに見つめながら、俺は心に這い寄る”未来への恐怖”を誤魔化し続けた。




