020:繰り返す死
息が苦しい。全身が痛みを発している。
喉はカラカラに乾いて、口内には血の味が広がる。
最悪だ。最悪な気分だが、倒れる訳にはいかない。
限界まで、限界を超えて――ッ!
スラスターから響く音。
甲高い音を響かせながら、砂を巻き上げるように疾走する。
地面をスライドしながら移動すれば、奴が俺を追って来る。
ガタガタとコックピッド内が激しく揺れて、巻き上げられた砂が奴に覆いかぶさる。
奴も凄まじい勢いで駆け抜けて、砂のカーテンを突破していく。
視界に映る景色は勢いよく流れて行って。
迫りくる暗殺者はブレードをキラリと光らせた。
互いに音速で動きながら、長い道を駆けて行く。
奴が姿勢を低くした。
ブーストをする前の動作で。
その一瞬の変化を俺は見抜いた。
咄嗟にマシンガンを放つ。
無数の赤熱した弾丸が放たれて奴へと殺到する。
激しい炸裂音が響き渡り、奴の前方に濃い弾幕を展開した。
全力で放ち続ければ、奴は弾くのではなく回避を選択した。
大きく横へと跳躍しながら動いて。
俺は奴の動きに合わせるように横へブーストし前に立ち塞がる。
そうして、残ったミサイルを全て放った。
四連装のミサイルが敵を追尾していく。
距離は離れているが、着地する瞬間には当たっているであろうタイミング。
奴は機体を着地せる前にその手の長いブレードで地面を叩きつけた。
地面が大きく爆ぜて奴の機体は大きく飛び上がった。
着地の瞬間を自分の手でズラし、そのまま宙に逃れて見せた。
ミサイルは一瞬にして移動した奴を何とか追尾する。
しかし、タイミングがずれた事によって奴は容易くミサイルを全て両断した。
一瞬遅れて奴の背後で激しい爆発が起きた。爆風と共に崩落した壁の一部が落ちていく。
そうして、奴は爆風を利用して俺の近くまで迫り、何事も無かったように地面に着地した。
俺は機体を急停止させて――加速した。
奴がミサイルから逃れて、着地した瞬間。
その瞬間を狙うように、奴の脇を一瞬で駆け抜ける。
全身が強烈なGを受けて悲鳴を上げる。
肺の中の空気を強制的に吐き出されて俺は強く歯を食いしばった。
シートに体を押し付けられながら俺は一気に奴の脇を駆け抜ける。
奴は驚きながらもブレードを振るう。
が、一瞬反応が遅れて俺の脇を掠めるだけだった。
奴の背後を取った。完全なる死角。
そう認識して、俺はマシンガンを放つ。
奴の意識外からの攻撃でありこれならば――ッ!?
また悪寒が走った。
が、俺はそれを無視して弾丸を放った。
奴を此処で終わらせる為の攻撃だ。
無数の弾丸が一直線に飛んでいった。
当たる。確実に避けられない――そう思っていた。
奴の像がブレて――分裂した。
「――ッ!?」
放った弾丸は空を切る。
左右に別れたそれが大きく飛び上がり壁に足をつけた。
そうして、強く壁を蹴り上げて此方に向かってきた。
二体に分裂したそれが左右から攻めて来る。
どれだ。どれが本物だ――俺は一瞬戸惑った。
しかし、すぐに後方へと飛びながら攻撃を続けた。
迫りくる敵へ目掛けて全力で銃を連射する。
マシンガンを握る手を広げながら、左右の敵に同時に攻撃を仕掛けた。
左右の敵へと弾丸を放ち――すり抜けていった。
何方も幻影――それならッ!
「ちが――上ッ!」
左右共に幻影だ。
それを理解して、すぐに敵の位置を予測した。
相手の動きを読んで上を向き――刃が迫る。
夜空の星々を背にして降りて来る漆黒の暗殺者。
至近距離、すぐ目の前に刃が見えていた。
時間が極限まで遅くなり、俺はそれを見つめていた。
全身が凍り付き、呼吸も出来ない。
心臓を氷のように冷えた手で鷲掴みにされた感覚――死だ。
「――!」
体が勝手に動く。
そうして、サブスラスターが一気に噴いて――機体が回転する。
足で地面を蹴りつけて回れば地面から足が離れて。
逆に頭部が地面に向けて動いていった。
視界が回転して、迫って来た刃が頭部を撫でる。
金属を削る音が耳に聞こえて、俺の頭に血が上っていく。
そうして、俺は曲芸師のように派手な回転をしながら。
大ぶりの攻撃で胴体ががら空きの奴に対して蹴りを放った。
上から下に向けて振り下ろした蹴り。
何故、銃を使わなかったのかは自分でも分からない。
咄嗟に繰り出した攻撃がこれで。
奴の肩部がぐしゃりと凹み、奴は溜まらず後ろへと飛びのいた。
俺は奇妙な姿勢のまま後ろへと下がる。
そうして、右手のマシンガンを放り捨てて手で地面を擦った。
姿勢をすぐに戻しながら、俺は機体を安定させようとした。
後ろへと勢いのまま後退しながら、俺は荒い呼吸で敵を睨みつける。
熱い――機体内はまるで灼熱のようだ。
全身が痛みを発していて、ぼたぼたと顎から汗が滴り落ちていく。
少しだけ乱れたセンサーの映像では、奴の美しかった機体は少しだけ変形していて。
奴は静かな殺意を放ちながら、ブレードを眼前でクロスする様に構える。
もう体が限界だ。
これ以上は、死んでしまう。
だが、それでも――やるしかないッ!!
「あああぁぁぁぁ!!!」
血を吐きながら強く叫んだ。
俺は最期の力を振り絞る。
そうして、機体を大きく動かして跳躍――壁を使って変則機動を開始した。
爆発的な加速。もう自分自身で制限する事は無い。
激しく跳弾する弾丸のように、俺は周りの地形を利用して飛翔する。
死を覚悟した機動であり、相手も完璧に捉えられない。
壁に機体を打ち付けるように移動。
脚部で壁を踏みしめながら大きく飛んだ。
システムが警告を発する。脚部への負担がかかり過ぎていて。
これ以上続ければ、脚部の回路がショートしてしまう――構うものか。
奴の周りを飛びながら、ロックオンも出来ない状態で弾丸を撃つ。
炸裂音が小さく聞こえて遠ざかって行く。
耳がキーンとして、頭がズキズキと痛みを発した。
酸素が足りない。息が苦しい。
頭痛が最高潮に達して、体からバキバキと音が鳴った。
がふりと吐血しながら、俺はレバーを握りしめる。
朦朧とする意識の中で、俺は敵を見続けた。
奴へと必死で攻撃を続ける。
縦横無尽に駆け巡りながら、奴の反応速を上回る速度で攻撃を続けた。
弾丸が無くなるまで、全ての武装を酷使する。
奴は機体を動かして回避するが――被弾した。
バチリと弾丸が奴の装甲に当たって火花が散る。
奴は機体をよろけさせながら、必死になってブレードを振るう。
ただのラッキーパンチではない。
此方を捉えきれなくなり、弾丸が当たったのだ。
少しずつ、少しずつだが――当たり始めていた。
――勝てる。このまま押し切ればッ!!
確実にダメージが入っている。
それを認識しながら、俺は速度を高めて命を削る。
壁を蹴りつければ爆発音のようなものが響き壁が崩れる。
警告音がけたたましく鳴り、脚部の出力が低下していく。
視界が一気に変わり続ける中で、己の勘だけを頼りに操作する。
痛みも苦しみも、全てを無視して――闘志を燃やし尽くす。
システムが別の警告を発する。
連続して弾を放ち続けてバレルがイカれた。
真っ赤に赤熱するそれは限界を迎えて何も吐き出せなくなった。
ミニガンは残弾ゼロで――パージする。
肩部の武装全てを捨てて。
マシンガンすらも奴へと投げつけた。
奴は俺の武器を斬り伏せて――目の前に立つ。
ブーストによる瞬間移動に近い機動――お前の真似だ。
《――ッ!!》
「あああああぁぁぁ!!!」
拳を握る。
そうして、全力で振るう。
金属の塊が勢いのままに飛ぶ。
奴の頭部を捉えたそれがクリーンヒットし――奴の顔面を大きく歪ませた。
バキリと音が聞こえて、奴の面がはじけ飛ぶ。
残骸が宙を飛び、俺は再び血を吐いた。
まだだ、まだ、まだだ――なっ!?
《許容限界を確認。放熱を開始します》
「ま――ッ!?」
スラスターが強制的に停止する。
出力が一気に低下した状態で、敵の前に出てしまっているのだ。
そうして、完全に機動力を失った俺は拳を振り抜いた状態で止まり――怖気が走った。
全身を駆け巡る寒気。
心臓が一瞬にして凍り付く感覚。
絶対零度の中で、何も身に着けていないような――絶望感だ。
咄嗟にレバーを操る。
機体の姿勢が崩れて――視界が大きく揺れた。
見えていたものが消えた。
今、俺の目に映っているのは夜空で――派手な音を立てて転がる。
ガラガラと地面を転がって、激しく体をシートに打ち付けた。
ヘルメットがガンガンと当たり、バイザーがパキリと砕けた。
ゆっくりと揺れが収まってから俺はか細い呼吸を繰り返し――ようやく理解した。
ノイズが走るディスプレイの映像には、下半身だけになった俺の機体がある。
今の一瞬。頭部のセンサーが破壊された状態で、精確に俺のコックピッドを狙ってきた。
あり得ない。そんな事が出来るのか。
俺は激しく戸惑いながら、がふりと血を吐く。
呼吸がし辛い。肺に折れた骨が刺さったか。
意識も消えかけていて、血の気が失せていく。
機体を失った。
そして、俺自身も戦える状態ではない。
完膚なきまでの敗北であり、死が迫っていた。
死神の足音が聞こえるようで。
冷たい手の感触が心を包む。
俺は歯を食いしばりながら、ジッと敵を見つめていた。
奴はゆっくりと俺の前に立つ。
そうして、ブレードを振り上げながら俺を見ていた。
《終わりだ》
「ぅ、ぁぁ」
声が出ない。
何も言えない。
これで終わりか、これで俺は――何かが見えた。
奴の背後から飛んできた何か。
それが一瞬にして迫り、静かに奴の隣に降り立つ。
そうして、奴の腕を片手で掴んだ。
音も無く表れて、奴の攻撃を難無く止めたそれは――”碧い獣”だった。
「――ッ!」
何故、お前がそこにいる。
何故、また俺を見逃すような真似をした。
聞きたいことは山ほどある。
しかし、口からは乾いた音しか出ない。
俺は奴の姿を目に焼き付けながら、手を伸ばした。
触れられる距離にいる。
機体の手を動かせば、奴の足を掴める。
それなのに、俺はレバーを操作せずに手を伸ばし続けた。
意味の無い事は知っている。
掴めたとしても、お前なら容易く振りほどける事も。
俺は何故か、奴に強い何かを抱いていた。
それは最初に相対した時から感じている事で――俺はアイツを欲しいているのか?
知りたい。
全てを、アイツを――この感情を。
お前は一体何だ。
お前は何がしたいんだ。
答えろ、答えろよ――頭に声が響く。
『探せ。答えを――探せ。真実を――明かせ。秘密を――我が” ”よ』
「――!」
まただ。またあの声だ。
今度はハッキリと聞こえた。
男か女かも分からないが、言葉として聞こえた。
違う。これは奴らの声じゃない。
パイロットからの通信では無く。
頭に直接、響いてくるような声で。
機械的な無機質な声が脳に響いていく。
誰だ。誰なんだ……一体、これは……っ。
意識が沈んでいく。
保っていられない。どんどん闇へと落ちていく。
冷たく暗い穴の底へと吸い込まれていくように。
全身から力が抜けていって、何も感じなくなっていく。
この感覚を俺は知っている。
何度も経験した死ぬ寸前の感覚で……まだ、俺は何も……。
知りたいことは山ほどある。
問い詰めたいことも残っていた。
それなのに、俺は此処までなのか。
此処で果てるのが俺の運命だったのか。
認めない。認めたくない。
これからだ。これから始まるんだ。
こんな結末を俺は認めない。
必死に願う。懸命に祈る。
全てに、俺を救う何かに――懇願した。
まだ終わりたくない。
まだ死ぬわけにはいかない。
心が震える。冷たさしか感じないこれを受け入れたくないのだ。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――嫌だぁ!
死にたくない。死にたくない。
誰も望んで死ぬ事を選択する筈がない。
どんなに理不尽で、どんなに惨めな人生であろうとも構わない。
俺の死が、こんなのなんて嫌だ。
俺はもっともっと戦って……仲間に、家族に誇れるような死を……。
ゆっくりと碧い獣が俺に視線を向ける。
ジッと俺を見下ろしていた。
その視線が、まるで俺に憐れみを抱いているようで――自分がひどく惨めに思えた。
死に場所を求めていた。
でも、その死に場所を選んでいた。
何処で死のうとも関係ないと思いながら。
俺は物語の主人公のような華々しい死を心の何処かで臨んでいたんだ。
「ぅ、ぁ、ぁぁ」
涙が、零れ落ちる。
こんな情けない俺が。
死を拒み続ける俺が。
なれる筈なんて無かった。
憧れを抱くだけで、得られる筈が無かった。
本当の自由も、英雄のような最期も――手に入らない。
それを理解した瞬間。
俺の心の何かがぷつりと切れる。
そうして、最後の力も空しく。
意識は急速に闇に染め上げられていった。
もう奴も碧い獣も俺を見ていない。
奴らは俺に背を向けて去って行く。
俺は敵としても見られることなく。
此処で消えていくのだろう。
静かに手が下へと落ちていく。
そうして、ことりとシートの脇に落ちた。
あぁ、そうか――死ぬのか。
でも、もしも――もしもだ。
チャンスがあるのなら――俺は――必、ず――――…………




