019:制限解除
重力に逆らうように奴が大きく跳躍する。
イザベラは漆黒の暗殺者に目掛けて弾丸を放った。
狙撃用のライフル弾の威力は本物で、当たれば軽量級のメリウスであれば装甲を貫けるだろう。
しかし、奴は空中で器用に機体を動かしてスレスレで弾丸を回避。
舞でも踊っているような軽やかな動き。機械があんなにもしなやかに動けるものか。
俺は激しく戸惑いながらも、奴をキッと睨む。
地面を滑りながら、奴の背後から迫る。
奴はまだ此方に視線を向けていない。
俺はそんな奴が着地した瞬間を狙ってマシンガンを背後から放った。
連続する閃光。炸裂音を響かせながら、奴へと弾丸が迫る。
――が、奴は俺の動きを読んでいた。
空中でスラスターをサブスラスター使い器用にその場で機体を回転させて俺の方に向く。
奴の恐ろしい赤い瞳がギラリと光り。
そうして、流れるような動きで銃弾を全て弾いて見せた。
見えない。見えないほどの速さで、恐怖が再び湧き上がる。
そのまま奴の機体の像がまたしてもブレる。
蜃気楼のように揺れて――俺は直感で機体をすぐさま横へとスライドさせた。
瞬間、俺が元居た場所を通過していく敵。
凄まじい勢いで駆け抜けて、その刹那に放たれた一太刀が俺の脇腹を掠めていく。
システムが軽微の損傷を伝えてきて、振動が中に伝わって来た。
俺は冷や汗を流しながら、舌を打つ。
もしも、一瞬でも判断を迷っていれば、今頃俺はコックピッドごと両断されていただろう。
心臓は静かに鼓動を早める。
ドクドクドクと太鼓を叩くように連続して音が聞こえて
暑くも無いのにダラダラと汗が流れていく。
着ているスーツが汗ばんでいて気分が悪い。
奴を見続ける為の集中力が切れそうだ。
――ダメだ。目を逸らすな。逸らせば確実に死ぬ。
一分一秒であろうとも目を離せない。
奴から目を逸らせば一巻の終わりで。
イザベラの援護が無ければ、俺はとっくに終わっていた。
……だが、この状況が続くのはまずい。
敵の攻撃を何とかしのいで。
敵も俺たち二人の相手をしている事で、狙いを絞れずにいる。
このままかく乱し続けて、奴のエネルギー切れを狙うのも手だ。
恐らく、先ほどのブレードの攻撃による岩石の破壊。
あの白いエネルギーが何なのかは分からないが。
アレはかなりのエネルギーを消耗する技だろう。
あの機体自体が、出鱈目な機動力を生み出す為に相当なエネルギーを消費する設計の筈だ。
そうでなければ、あんな軽やかな動きも機動力も得られる筈がない。
もしも、そんな機体があるとすれば……それこそ御伽噺の世界の話になる。
現実的に考えるのなら、それ相応のリスクが存在する。
つまり、奴もずっと戦いを続けられる筈が無いのだ。
俺の機体と似たタイプであり、俺よりも燃費は悪いだろう。
あくまでも仮定の話だが、そう思わずにはいられない。
そんな思考の合間にも、奴は得意の機動力を武器に俺へと向かってくる。
姿が一瞬にして消えて、次の瞬間には俺の眼前に現れる。
俺は舌を鳴らしながら、一気にレバーを引きペダルを踏みつけた。
スラスターから一気にエネルギーが噴射されて、シートから離れそうになる体をベルトが防ぐ。
俺は暴れ馬を制御しながら奴から距離を取り。
ブーストによる圧迫感に吐き気を覚えながら。
必死になって弾丸をバラまき続けた。
奴は、俺のマシンガンの弾丸くらいなら難無く弾けるのだろう。
しかし、イザベラの攻撃に関しては弾くのではなく避ける事を選択していた。
それは何故か――何が違う?
機体を操作しながら、奴へと攻撃を放ち続ける。
肩のミニガンを奴の足元へと放つ。
奴はそれを横へのステップで回避し――身を屈める。
奴の頭上を弾丸が通過して、壁を破壊する。
ライフルの威力は相当なもので。
当たれば奴の軽い機体なら難無く破壊できるだろう。
そんな事を考えていれば、バキリと音が聞こえた。
センサーを動かして見れば、頭上からメリウスにとっては小さな岩が落ちてきている。
それは奴の頭上から落ちてきて――え?
奴は難無く回避するのかと思った。
が、実際は岩は奴の機体に当たり。
奴は意表を突かれたかのような反応をしながら距離を取った。
大したダメージにはなっていない。
岩はライフルの弾丸程度の大きさで。
それが少し上から降って来ただけだ。
だが、アレは奴にとっての初めてのダメージで――まさか!
俺は試してみたいことが出来た。
アレを見て建てた仮説であり、それを証明する為には奴へと接近する必要がある。
それはかなりの危険を伴う行為――だが、試す価値はある。
俺はスラスターを噴かせて奴へと接近する。
奴は武器を構えて迎え撃つ姿勢を取る。
俺はそんな奴をセンサーで捉えながら、ロックオンを知らせる機械音を聞いて――切った。
システムによるロックオン機能を解除する。
これがなければ、弾なんて当たる事は無い。
素人でも分かる愚策だろう。
だが、この状況で奴を己の勘だけで狙いボタンを押せば――両手の武装から弾丸が放たれる。
ガラガラと音を立てて銃口から閃光が迸る。
何の狙いもつけていな連射は、奴の周りを飛び回り――奴が大きく機体を動かして回避する。
やはりだ。奴は俺の攻撃が”見えていない”。
先ほどまでは難無く弾いていた攻撃だ。
だが、今のアイツは目に見えて分かるほどにその場から飛びのいた。
それはつまり、俺の攻撃が弾けないからだ。
これでハッキリとした。
奴はどういう訳か俺の攻撃を完全に”見切っている”。
そして、恐らくではあるが此方が狙いを定めれば定めるほどに奴のそれは精度を高めていく。
多分だが、此方の攻撃の軌道がハッキリとでは無いが見えているのかもしれない。
奴はそのおぼろげな線を自らの勘で補い完璧なものにしているのか。
そこまでは分からないが、見えているものと見えないものがあるのはハッキリした。
ロックオン機能を使い狙えば当たる筈の攻撃が、逆に弾きやすくなってしまう。
此方の狙いや意思を見抜くのだ。想いや精度が強くなればなるほどに奴の力は効力を増す。
そして、奴の見切りの限界は敵一人だけなのか。
そうでなければ、弾数の多い俺の攻撃を弾けて。イザベラの攻撃を弾けない訳が無い。
俺の攻撃を集中的に見て弾いていて、単発での攻撃を仕掛ける彼女の攻撃を避けるのが証拠だ。
一対一であれば最強。
負けなしの能力であり、初見で見破るのは難しいだろう。
そんな超能力のようなものが存在すること自体信じ難いが。
奴の動きを見れば今は信じる他ないだろう。
俺はシステムを戻しながら奴を睨む。
そうして、ニヤリと笑いながら勝機の光を見た。
どういうメカニズムかは分からない。
しかし、狙いをつけて奴を攻撃しても未来予知のように全てを防がれる。
逆に何の狙いもつけていないような出鱈目な攻撃であれば。
奴は予測もつかないそれを恐れて逃げる事しか出来ない。
つまり、奴にとっての脅威は”ラッキーパンチ”か――奴が”反応出来ないほどの速さ”の攻撃だ。
奴の能力を上回るほどの速度。
そして、奴が対処できなくなるほどの手数。
その二つをクリアした方法は――1つだけある。
俺は奴から距離を離しながら、後方にいるイザベラに素早くメッセージ送る。
通信は傍受されている可能性があり。
パネルを叩くことによって素早くメッセージを入力し送る。
返事はすぐに返って来て、彼女は同意できないと言う。
俺は通信を繋いで、彼女と話した。
「それしかない……大丈夫だ。勝算はある」
《……それを信じて、私が納得するって?》
「しないな……だが、もう決めた。タイミングは任せる」
《……勝手な男だよ。全く!》
イザベラは奴へと攻撃を仕掛ける。
奴は機体を左右に揺らして弾丸を回避。
俺は奴へと攻撃を放とうとして――その足元に弾丸を見舞う。
激しい銃撃によって土が捲れて砂が飛ぶ。
視界が不良となり、レーダーで捉えた奴は溜まらず横へ逃れようとした。
その隙を見逃す筈が無く、彼女は機体を一気に加速させた。
そうして、開けた道を突っ切っていき――標的の元へと駆けて行く。
《死ぬんじゃないよ!》
「あぁ」
俺の作戦通り、彼女は俺が作った隙を利用して行ってくれた。
これで、依頼が達成できるかは賭けだが。
こいつが此処に居続けているのは、その先で待つ何かを守る為だろう。
十中八九が、標的かそいつが密会する相手で……まだいる可能性が高い。
奴は静かに俺を見る。
その赤い双眼センサーは妖しく光っており。
見ているだけで腕が小刻みに震えるほどだ。
本能が恐怖を感じている。
戦ってはいけない相手。相対すれば逃げるのが絶対の敵。
いや、俺を敵として見てはくれないほどの格上だ。
そんな奴を前にして、俺は愚かにも戦う選択肢を取った。
真面じゃない。何時もの俺ではない――だが、それでいい。
これは犬としての俺ではない。
仮初の自由を手にした俺が”選んだ道”だ。
その選択に後悔は無く――死ぬわけにはいかない。
再び通信を繋がされる。
相手は眼前の暗殺者で、奴は静かに言葉を発した。
《それがお前の選択か……名を言え》
「……ナナシ。ただのナナシだ」
《……覚えた……お前に、栄誉ある死を》
戦士のように俺の名を聞く男。
そうして、ブレードを横に構えながら奴が姿勢を低くする。
勝負を決めるつもりであり、それだけの力があると自負している。
本当は勝てる見込み何てほぼ無い。
彼女に先に行くように指示する為の体の根拠で……だが、ゼロじゃない。
俺はゆっくりと呼吸を整える。
そうして、力一杯にリミッター解除のボタンを押した。
コックピッド内は赤い光に包まれて。
ディスプレイには危険を示す言葉が出ていた。
《リミッター解放。全システム制限を解除します》
「俺が死ぬか。お前が死ぬか――懸けてみよう」
機体内に取り付けられたコアが激しく稼働する。
全身に濃度を増したエネルギーが駆け巡って行く。
スラスターから響く音が変わり、高さを増していった。
センサーが少し乱れたが、それは機体内の温度が上昇したからだろう。
俺は武器となるマシンガンを構えながら――ペダルを強く踏む。
《――ッ!》
奴の横を一気に通過。
体を押しつぶすほどの圧。
それを多分に感じながら、俺はレバーを操作して機体を回転させた。
奴は一瞬の俺の変化に驚いている様子だ。
がら空きの背中が見えていて、俺はそのままマシンガンを全力で放つ。
無数の弾丸が一直線に飛び――奴が消える。
瞬きの合間に、その場から移動していた。
奴は機体を大きく横へとスライドさせて。
キラリとセンサーを光らせた。
その瞬間に俺は再びペダルを踏みつけた。
爆発的な加速――眼前に敵が現れる。
《――ッ!?》
「ぐぁッ!!」
ゼロ距離に迫った敵。
互いに凄まじい機動で接近したことによって機体がぶち当たる。
巨大な金属の塊が衝突した事によって互いに後方へと弾かれた。
胴体分は大きく凹んでいて、センサーからの映像が激しく乱れる。
しかし、俺はそんなことなどお構いなしに前方に向けて全ての武装の弾丸を放った。
肩部のミニガンと両手のマシンガンが火を噴く。
激しい炸裂音を響かせながら、目の前に無数の閃光が迸る。
乱れたセンサーの映像が回復して、奴の機体に少なからず弾が被弾していたのを確認した。
出鱈目な攻撃であろうとも、あそこまで距離を詰めてしまえば当たるもの。
奴は舌を鳴らしながら、機体を回転させて砂煙を発生させた。
奴の姿が消えた。
しかし、レーダーで奴の居場所は分かる。
俺は再び機体を加速させて――ッ!
体に掛かる負荷が俺の全身を襲う。
ミシミシと嫌な音が耳に聞こえてきて。
俺は口内を不快な味で染め上げながら。
レーダーで捉えている敵に向かって蹴りを放つ。
全体重を乗せた一撃で――え?
煙が晴れた一瞬。
奴の機体を肉眼でハッキリと捉えた。
そうして、一瞬だけ脚部に奴の機体の装甲に触れた感触がして――霞のように奴が消えた。
バランサーが誤認するほどの違和。
俺の全身に悪寒が走り、俺はなりふり構わずにペダルを踏む。
その瞬間に、機体は一機に前進し――ぐぅ!
背中に一瞬何かが触れた。
システムも警告を発していて。
俺は地面を滑りながら距離を取った。
確認をすればメインスラスターに損傷が出ていて。
奴が先ほどの一瞬で俺の機動を見抜いて攻撃してきたと言う事だ。
凄い……敵だが、賞賛してしまう。それほどまでに奴の目は本物だ。
たった数回の攻防で。
奴は己の目を慣らして、此方の動きに適応してきた。
強い――だが、それだけだッ!
機体を操る。
ペダルを踏みながら、俺は加速に合わせる。
一瞬にして景色が変わり、ベルトが体を締め付けた。
胃の中のものを吐き出すのを堪えながら、俺は奴の周りを飛翔する。
限界を超えて、俺は奴と戦う。
互いの生死を懸けて、二機のメリウスは地を駆けた。




