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【完結】死にぞこないの猟犬は世界を知る  作者: うどん
第一章:選び辿る道

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017:傷だらけの経歴

 壁の外側の街で酒店を営んでいる女主人。

 彼女の名はマーサといい、この街で一番の酒豪だと言っていた。

 シミ一つ無い綺麗な白い肌に、頭には青いバンダナを頭に巻き付けて。

 鋭い青い目をしていて、服の袖を捲り筋肉質な腕を見せつけていた。

 身長は百九十センチを超えていて、彼女の体はどんな男よりも逞しかった。

 少しだけ治安の悪いこの場所で、店を開いているとだけあってその気性は少しだけ荒い。

 が、話して見ればとても気さくな人だった。


「ナナシ! こいつなんてどうだい?」

「……これも火乃国のものか?」

「おうよ! こいつは上等な麦酒の中でも更に格の高いもんさ。何せ、ここいらで言う”特権階級”が飲むもんだ」

「ほぉ……高いか?」

「ははは……当たり前だろ」


 マーサは酒瓶を持ったまま固まる。

 俺はゆっくりと財布を取り出して中身を見た。

 最初の依頼で受け取った金はまだある……が、無駄遣いは出来ない。


 ヴァンに要らない物を拾って来るなと言った手前。

 俺が必要の無い物を買い込んで持っていけば、アイツがどんな反応をするかは目に見えている。


『あれあれぇ? ナナシくーん。これは何かなぁ?』

『……酒だ』

『ふーん。おさけねぇ……また?』


 脳内でイメージしたヴァンの顔。

 最後の方は俺の肝臓を心配する様な目だった。

 俺自身も、何故ここまで酒に拘る様になったのかは分からない。

 しかし、イザベラから勧められたものがあまりにも美味しくて……気づけば、こうして彼女の通っている店に行くようになっていた。


 マーサとはもう既に顔馴染で。

 彼女から勧められた酒を既に三本も買ってしまった。

 そのどれもが御試し用の小瓶であり、すでに俺の体内に吸収されてしまった。

 今日は、その中の三本の内、最も気にいった一本を買いに来ようと思ってきたが……彼女は商売がうまい。


 彼女の目は本気であり、どれも自信のある品なのだろう。

 その証拠に、彼女から買った酒は全て美味かった。

 それぞれが全く違う味わいでありながらも、どれも俺の舌に合っていて。

 俺は本気で悩みながら、かれこれ一時間ほどマーサと話していた。


「さぁ、男ならビシッと決めな。こいつらにも寿命があるんだからね」

「……うーん」

「さぁ、さぁ!」


 マーサはグイッと酒の瓶を俺の頬に押し当てる。

 俺は眉間に皺を寄せながら、ひんやりとした瓶の感触を頬で受ける。

 そうして、目を泳がせながら……何だ?


 ポケットが震えている。

 俺はマーサに断りを入れてからポケットに入れた端末を取った。

 誰なのかと確認すれば……ヴァンか。


 さっと電話に出て端末を耳に当てた。

 すると、ヴァンが焦ったような声で俺の名を呼ぶ。


《ナナシ! 今何処だ!?》

「……店の前だ」

《店? 店って何処の――いや、今はいい。すぐに会社に戻れるか?》

「今からか? いや……大丈夫だ」

《そうか。ならすぐ来てくれ――”名指し”の依頼が入った》

「――ッ!」


 ヴァンからの通話が切れる。

 俺は少し目を見開きながら固まって。

 ゆっくりと端末を見つめてから、サッとポケットに仕舞う。


「お、おい! どうしたんだい? 酒は」

「――悪い! また来る!」


 マーサは店を飛び出した俺を呼ぶ。

 俺はそんなマーサに謝りながら駆けて行った。

 初仕事から次の依頼がこんなにもすぐに舞い込んできた。

 それも俺個人への依頼であり、少しだけワクワクしている。


 走りながらあばらの辺りを摩る……大丈夫だな。

 

 既に痛みは”引いている”。

 怪我は完治しており、すぐにでも出撃できるだろう。

 どんな依頼なのかは分からないが。

 何であれ受けようと思う。

 今は少しでも依頼を熟して、名を挙げなければならない。

 それが会社の為になり――ヴァンの”夢”にも繋がるだろうと信じている。



 

 会社へと戻り階段を駆け上がる。

 そうして、ガチャリと扉を開ければヴァンが腕を組みながら椅子に座っていた。

 イザベラとミッシェルもいて……何だ?


 イザベラは不機嫌そうな顔で銃を整備している。

 ミッシェルも何だか怒っていて、俺には顔を向けてくれない。

 二人共、苛立ちを露わにしていて俺はどうしたのかと思った。

 しかし、二人に事情を聴くよりもやる事がある。


 俺はヴァンの前に移動して、彼に依頼は何だと聞いた。

 すると、彼はゆっくりと顔を挙げてから端末を置く。


「……メッセージが届いている……受けたくなかったら言ってくれ。すぐに断るから」

「……? あぁ」


 何故だか暗い表情のヴァン。

 それを不信に思いながらも、俺はゆっくりと彼の端末に触れた。

 すると、端末から映像が投射される。


 依頼主らしき人間の顔は見えない。

 体も黒く塗り潰されていて誰かは分からなかった。

 椅子に座っているようであり、彼はゆっくりと説明を始めた。


《初めましてナナシ君。私の名前は……仮にZとしておこう。君に是非とも受けてもらいたい仕事がある》

 

 自らをZと名乗った男か女かも分からない人物。

 機械的な合成音声で語るそいつは、一方的に依頼の説明を始めた。


《私は”大安共心社ダイアンキョウシンシャ”で重役を務めているある男を――君の手で消してもらいたいのだよ》

「……殺しか」


 大安共心社とは、三大企業の一つだ。

 東部地方において勢力を拡大している企業であり、軍事部門において強い影響力を持つ。

 彼らの開発する物の中で、メリウスの動力系のパーツは世界中で人気がある。

 確か世界シェアナンバー1を取ったと聞いたことがある。


 そんな大企業の重役をZは俺の手で殺すように依頼してきた。

 正気の沙汰では無く、常人であればすぐに断るだろう。

 しかし、Zは俺が断らない事を理解している。

 何故ならば、企業はただの個人の傭兵などには全く興味はなく。

 例え重役を殺そうとも、企業側が報復に出る事はほぼ無いと言える。

 まぁ何度も何度も企業に対して損害を与え続ければ危険視されて消されるが。

 まだ俺はそれほどの大事は起こしていない。

 

 寧ろ、危険な立場なのはこのZ本人であり、バレれば確実に消されるだろう。

 そんな俺の考えを読んだのかZはくすくすと笑う。


《私の心配はいらないよ。何故ならば、この依頼も会社にバレる事は無い。”傭兵統括委員会”には多額の金を既に支払った。だから、君は気兼ねなく依頼を遂行してくれればいい》


 傭兵統括委員会か……不安だ。


 奴らは世界中に存在する傭兵を管理している。

 どの依頼を受けて、どれだけの戦果を挙げたか。

 名を挙げれば異名が付き、それ相応のランクが与えられる。

 依頼の全てを検閲し、不適切な物であると判断すれば発行される事は無い。

 逆に言えば、奴らが承認さえすればどんな依頼も”正しいもの”となる。

 どんな基準で依頼を厳選しているのかは分からない……が、承認されたのならこれも問題ないのだろう。

 

 誰であれ登録さえすれば最低ランクのEが与えられる。

 Eランクは誰でもなれる上に、数だけ多いからこそ注目される事は無い。

 雲の上の存在である百人に選ばれるような”最上位ランカー”であれば、それだけ注目度も上がるだろう。


 逆に言えば、それだけ監視の目も厳しくなる。

 突出した力は危険であり、管理されなければただの災害だ。

 統括委員会は、そんな災害を引き起こさない為に存在して。

 このZのような依頼者の情報まで取得しているのだ。

 そうでなければ依頼を発行する事は不可能で。

 彼らを間に挟まずに行われる依頼は、事実上は禁止されていた。

 もしも確認されれば傭兵家業は終わりであり、世界中で指名手配される。

 中には、強者と戦いたいからと非合法の依頼を積極的に受ける奴もいるらしいが……この男は本気で安全だと思っているのか?


 傭兵統括委員会は、全てにおいて公平で公正でなければいけない。

 奴らはそう誓いを立てており、少しでも不正を行えば処罰される。

 だからこそ、金如きで奴らが誓いを破るとは思えない。


 依頼の情報は秘匿される。

 しかし、三大企業が動けば依頼内容の開示なんて朝飯前だろう。


《もしも、依頼を受けてくれるのならすぐにもで返事をして欲しい……言っておくが、君以外にも私は傭兵を雇う。君がダメでも代わりはいるんだ。私が君を指名したのは、単にまだ名が知れ渡っていないからだ。新米如きが自惚れるんじゃない》

「……」

《名を挙げたいだろう? 金が欲しいだろう? 失礼ながら君程度では贅沢を言っている余裕はないと思うがね。何せ、君たちは世界にとって害悪でしかないのだから……さぁ、選択の余地はない――君の決断に期待しているよ》


 そう言って、奴のメッセージは消える。

 誰を殺すのか、何処にいるのか。

 必要な情報は、依頼を受けてから明かすのだろう。

 一方的であり高圧的な依頼者であった。

 恐らくは、三人は先にメッセージを確認したのだろう。

 気分を害したのも頷けるが……俺は別にいい。


「依頼を受ける。そう返事をしてくれ」

「はぁ!? 嘘だろ! そんな依頼なんか受けるなよナナシ!」


 ミッシェル先輩が我慢の限界を迎えて立ち上がる。

 隣に座っているイザベラも「金なんて出やしないさ」と言う。

 ヴァンも同じ意見のようで、この依頼は受けない方が良いと言った。


「……何故だ?」

「何故って……お前は良いのか? ぼろくそに言われた上に、こんな汚れ仕事なんか……本当に受けたいのか?」


 ヴァンは心の底から俺を心配している。

 傭兵同士の戦いであるのなら箔がつくが。

 これはほぼ無抵抗な人間を殺すだけの仕事だ。

 それも闇討ちであり、卑怯者のそしりを受ける可能性がある。

 二人も同じであり、俺の経歴に傷がつくと思っているのだろう……でも、違うんだ。


「……俺の経歴には最初から傷しかない。皆は知らないが、殺しなんてずっとやって来た……子供も、女も、老人も……軽蔑してくれてもいい。俺はこれしか知らなかった……だから、今更だ」

「…………そうか」


 ヴァンは大きく間を開けて絞る様に言葉を発する。

 誰も否定できない。誰も庇う事は出来ない。

 俺は上からの命令で多くの人間を殺してきた。

 異分子だったからなんて関係ない。

 俺にとっては彼らも人であり、未来があったんだ。

 俺は身勝手にもそんな彼らの人生を奪ってしまった。

 償いなんて出来ない。謝ろうとも思わない……それに意味は無いから。


 どんなに人として振舞おうとも。

 どんなに幸せな時間を過ごそうとも。

 俺が人殺しである事実は変わらない。

 それを悲観するつもりはないし、それで塞ぎ込む事も無い。

 肯定も否定もせず、俺はその事実だけを認識して生きる。


 だから、ヴァンが思い悩む必要は無い――これが俺だ。


「もう一度言う。依頼を受けたい」

「……分かった。なら、もう何も言わない」

「ありがとう。それじゃ」

「――ただし! 一つ言いたいことがある!」

「……? 何だ」


 俺は機体を見に行こうとして止まる。

 ヴァンは真剣な目で俺を見ながら、ゆっくりと言葉を発した。


「……自分の価値を低く見積もるな。お前はもっと価値ある人間だ……いいな?」

「……分かった」


 ヴァンは静かに俺に言う。

 俺はくすりと笑いながら頷く。

 やっぱりこいつは変わっている。

 ただの異分子に対して価値があるなんて……良い奴だよ。


「お、俺も行くぜ! 俺はメカニックだからな!」

「なら、私も行こうかね……ま、出番は無いけど」


 二人はソファーから立ち上がる。

 ミッシェルは腕を回して、イザベラは手入れした銃をホルスターに仕舞う。

 そんな二人を見てから、俺はゆっくりとヴァンを見る。

 彼はパソコンを起動してカタカタと何かを打ち込んでいた。

 恐らくは、これから依頼主から依頼の詳細を聞き出すのだろう。

 待っていても良いが、何時頃終わるかは分からない。

 先に機体を調整してから、彼に後で説明してもらった方が良いだろう。

 

 真剣な顔であり、瞳には静かな怒りがある……真面目な奴だ。


 信頼できる雇用主の顔を見てから。

 俺はゆっくりと歩き出す。

 二回目の依頼は、俺が猟犬時代に行っていた”暗殺”だ。

 どんな人間であろうとも関係ない。

 命令されるがままに、俺は敵を――殺すだけだ。

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