婚約破棄劇の傍観者ですが見ていられません「お兄様やっちゃってください」
ありゃ。ホントにやるんだ。
卒業前の学内パーティで、自分の婚約者相手に断罪劇を始めた王子様を、私は会場の片隅からTVのバラエティー番組か配信動画の小芝居を見る気分で眺めていた。
ショートコント、婚約破棄!
いやいや。当事者はきっと真面目にやっているんだろうから、茶化しちゃいけないな。メンバーがステレオタイプで、セリフがいちいちド定番でアレンジがなさすぎて陳腐極まりないから、ギャグに聞こえるんだけど、それは私がそういうジャンルを知っているというだけで、言ってる本人にとっては初回限定オリジナルなんだから。
特にターゲットにされた側にとってはツライだろう。
家格を考えると、あの場にいたのが自分だった可能性もあるだけに、あまり他人事とも思えない。
このバラエティー芸人王子の婚約者は、侯爵家の大人しそうなお嬢さんだ。黙って従順に耐える模範的ご令嬢である。
“白鳥のような”という形容詞を女性の首から肩のラインを表現するのに使うのは、こういう体型の人が存在するからなのね、と納得する華奢な美人さんだ。あまり直接の交流はないが、控えめだけどしっかりしていて、とても素敵な子であることを私は知っている。
彼女が婚約者で、なんの不満があるというのか。あのボンクラめ!
私みたいな悪役令嬢顔の女が婚約者だったら、王子の腕にぶら下がってニヤニヤしているそのチンクシャの小娘をイジメ倒したという言いがかりも説得力があったかもしれないけれどさぁ。そこにいる“雪に耐えて麗しい花”みたいな令嬢を大人数でかさにかかって罵っているところは、もう見るに堪えないというか、なんというか……。
あー、ダメだ。ムカムカしてきた。
私のお友達もみんな眉をひそめている。これはやりすぎだよ。
そもそも、そこの売女がクラスどころか学院全体の女子からハブられているのは、そこの優しい白鳥さんのせいではなくて、自業自得。忍耐多めの貴族女子規範を無視しまくって、男漁って好き勝手やらかしすぎたせいにほかならない。
単に奔放なだけなら「流石ですわね。とても真似できませんわ」と言われるぐらいだったろうが、そのアホンダラは、バカで声の大きい男をだまくらかしては味方につけて、我慢している私達をコケにするような態度をとって優越感に浸るという所業を繰り返したのだ。
その集大成がこれと言われればそれは納得。
まさに卒業記念作品。
ふざけんな!
ここで黙っていては女がすたる!
……いや、この世界。すたるも何も、ここで女が出しゃばることは慣習上、許されていないんだけどね。私は前世だかなんだかの記憶があるから、半分、ここの人じゃないんだよね。
だから介入する。
ええ、させていただきますとも。だって、白鳥さん、見捨てられないじゃん。
「お兄様」
私は本日、私をエスコートしてくださったお兄様の上着の袖を軽く引っ張った。
このパーティは、大半の子は婚約者や、恋人とペアを組んで参加するのだが、残念なボッチ用ルールとして、親族の参加も認められている。
ええ、ええ。未だに婚約者もいい人もいませんよ!悪かったわね。
家柄も器量も良すぎると釣り合う相手が見つからないんです!
ついでに言うとうちのお兄様と比べると、学内の同年代の男がみんなお子様に見えるのが悪い。
ブラコンと言うなかれ。
私は兄を頼りにしているだけで、けしてブラコンではない。
とにかく私はこれまで、困ったときにはお兄様に丸投げ!で万事解決して育ってきたというだけだ。厄介事を全部押し付けてきた気はするが、お兄様自身もちょっとシスコン気味らしく、なんでも相談するように、と日頃から私に言い聞かせ続けているんだから問題ない。
だから、今回の件もまずはお兄様にお任せすることにした。
「(なんとかしてくださいませ)」
「(アレを?)」
「(お兄様が動いてくださらないのなら、自分で彼女を助けに行きます)」
「(降参)」
目線で少し会話しただけで、お兄様は私の要求を呑んだ。
うん。ちょろい。
「(この場は私に任せて、お前はお友達と一緒に、もう会場の外に出なさい)」
こういう場で女性が物申すのは社会的にアウトなのだ。だから“動くぜ”と脅すと、かわりにお兄様が全部やってくださる。
お兄様、世間体気にするもんね。
はっはっは。お兄様の動かし方は熟知しているのだ。ブラザーコントロール略してブラコン?そういう意味では私はブラコンのマスタークラスだぞ。
「失礼、少々よろしいでしょうか」
穏やかだけれど不思議によく通る声で、お兄様が声をかけると、視線がお兄様に集まって、皆が道を開けた。
よっしゃ。これは、勝つる。
あとは任せた。
お兄様、やっちゃってください。
ツカツカと体幹のしっかりした姿勢で前に進み出るお兄様のかっこいい後ろ姿を見送りながら、私は言われた通り、友人達と一緒にさっさとその場を立ち去った。
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私の妹は転生者だ。
他世の記憶があるという。
きっかけは幼少期の流行り風邪。高熱にうなされて何やら不思議なことを言い出したかと思ったら、熱が引いたらすっかり大人びたことを言うようになった。
病気療養の名目で、しばらく領内の風光明媚な別荘で一緒に過ごし、ゆっくり話を聞いて、彼女の主観と現状をすり合わせ、今後の対策を話し合った。
なにか私の知識で役に立つことがあればと提案されたが、根本から事情の違う世界に適用させられる程の専門的な知識を持ってはいないようなので、まずはここで真っ当に生きていくための常識を地道に習いなさいと諭した。
異なる常識があるということは、とんでもない思い込みをしやすいという意味では、むしろ学習にはマイナスなのだと丁寧に説明してやると、彼女も納得してくれた。
ある意味でハンデを負ってしまった妹のために、私はできるだけのことをした。
不要な負荷のかかる婚約は辞退するように両親を説得し、良い家庭教師を厳選して、知識レベルの歪な彼女のペースに合った学習をさせた。抑えるべきところは矯正し、伸ばして良いところは存分に褒めて奨励した。
他世の記憶に関しては、自分が全面的に聞くので、他所では口外しないようにと言い聞かせた上で、同年代の他家のご令嬢方との交流もよくさせて、世間知らずにはならないように十分に配慮した。
その甲斐あって、妹は無難に良い令嬢に育った。貴族子女の通う学院でも、育ちの良い友人達と穏やかに交流を深め、楽しく学業にうちこめたようだ。悪目立ちするようなできの科目のないバランスの取れた優秀な成績で、評判もよく、家族として誇らしかった。
卒業祝いの学内パーティでエスコート役を果たすことになったときには、ついにここまで!と感極まってしまった。
この日のために用意した可愛いドレスを着て、少しはにかんで私の腕に手を添えてくれる妹はとても綺麗だ。目元が父に似ているせいで、ちょっと勝ち気な印象があるが、明るく華のあるチャーミングな美人に育った。
ほうっておくと雲霞のように有象無象がよってくるので、虫よけは大変だった。
ここまでの苦労の日々も報われて、このように幸せそうに私のエスコートで今日という日を迎えてくれたのだ。このまま何事もなく、あとは穏便に……と甘いことも考えていたのだが、やはりそうはいかなかった。
「なんだ、マグニフィクス公!ここは、学院内だぞ。なぜ貴様がここにいる」
「卒業のお祝いを述べに参りました。殿下」
うちの妹のためにな。
ついでに後でスピーチも頼まれている。
「今さら俺の機嫌を取りに抜け駆けか。バカめ。卒業記念パーティは部外者の立ち入りは禁止だぞ」
「ええ、存じております。私もここの卒業生ですので」
なんなら、今のこの卒業記念パーティのルールの大半は、私が在学中に準備委員会で企画立案したものがベースですよ。
私が学生総代を3年歴任したのはよくご存知ですよね。あなたが初等部の頃、馬鹿をしでかすたびに上級生として散々絞り上げましたから。
その反動で、私が卒業するやいなや権力を振りかざして大きな顔をして、高等部に上がった途端にむりやり総代になって4年間、働かずに威張ってたんですって?早く卒業してほしいって後輩連中が陰で愚痴ってましたよ。
「ご卒業おめでとうございます」
「そんなことはどうでもいい」
お前ごときが卒業できるとは思わなかった、と言わんばかりの目で見てやると、案の定、王子は癇癪を起こした。
煽り耐性がなさすぎる。
「衛兵!誰かおらんのか?!この部外者をつまみ出せ」
「はて?部外者とは?」
私が微笑んでも、黙っても、ひたすら一方的に怒りをつのらせるのは、この王子の特技だ。ほんの小猿の頃から巧妙に神経を逆撫でし続けてやったから、条件反射で見苦しくわめきだす。もう私のやることなすことが腹立たしいのだろう。
しかし、どんな嫌がらせをするときでも、常に正義と大義名分と沢山の証人は私の側にあるように巧妙に立ち回ったので、未だに奴は私に一矢報いることすらできていない。逆に、このおサルがずさんな報復を試みるたびに、それを暴き立てて立場を悪化させて、ギリギリのラインで温情措置をとって、関係者に恩を売って来た。
国王夫妻を含む関係者一同の間では、私は辛抱強く王子を諌める忠臣で、王子は不条理に反発して、文句を言わない相手に癇癪をぶつけたがる馬鹿という認識ができあがっている。
今も、聞くに堪えない罵詈雑言を、場もわきまえずに口にする王子に、会場のほとんどの者がドン引きしている(妹から教わった表現は言い得て妙な言い回しが多い)。そりゃぁ、招待客であることを示す花飾りを胸につけている私を、部外者だの乱入者だのと呼んでも説得力ないでしょう。学院章を胸につけている学生だけが関係者というわけではないんですから。
それに単に一言挨拶をするために王子の前に来ただけの私を、無礼者、狼藉者呼ばわりも無理がありますって。
そうですね……ちょうど私の真後ろにあなた方に虐められていた美しい侯爵令嬢がいて、まるで私がかばっているかのように見えるのは偶然です。
それから、さっきからそちらをピンポイントに威圧して、煽りまくっていますが、王子の隣にいる側近候補の筋肉だるまだけが微妙に察知できる加減にしているので、他の人はそんなことは気づけませんからね。
ほらほら、力自慢君。私は腹を立てているよ。大人しそうな顔をしているけれど、ほうっておくと強硬手段に出ちゃうかもよ?気づいているのは君だけだよー。
「ええい、誰でもいい。この毒蛇を放り出せ!」
「はっ、ただいま」
この王子とつるんでいるだけあって、今一つ考えの足りない筋肉だるまは、命令が出たのを幸い、私を取り押さえようと飛びかかってきた。
アホが。立場を考えろ。
一学院生が、その命令で私に手を出していいわけがないだろう。
騎士団長の後妻の子だよな。母親が違うだけで、こうも我が悪友と違うものか。いや、あんなのが二人いても困るが。
「やめたまえ」
利き手を痛めると書類が書けなくなって困るので、逆の手でいなして、適当に足蹴にして転がして踏みつける。
こういうのは腕力とはあまり関係がないので、細身の私でもできる。か弱いご令嬢を苛めることしかできない筋肉だるま程度は、訓練を受けた大人の脅威にはならない。
それにしても他愛無いな。ホントにあの団長の子か?
まぁ、この年なら強さも性格も親のせいではなくて自分のせいだから仕方ないな。我が悪友殿を馬鹿にするだけで、あの悪鬼のような特訓を受けてこなかったお前が悪い。
そうこうしていると、すぐに私の護衛がやってきた。本当はこのタイミングだと職務怠慢なのだけれど、今日は私の事前指示通りなので上々。
襲撃犯の拘束と連行は彼らに任せて、私は真後ろにいたたおやかな令嬢に怪我はなかったかと声をかけた。
「怖い思いをさせてしまいましたね。もう大丈夫ですよ」
待機させていた部下を呼んで、彼女を落ち着ける控室でゆっくり休ませるように指示を出す。
「何を勝手なことをしている!その女は罪人だぞ。拘束して牢獄に連行しろ!貴様ら、この私の命令が聞けないのか?!」
それ私の部下ですから。
残業手当も私が払っているので、気安く使おうとしないでほしい。家族手当と福利厚生まで面倒見てからものを言え。
実は、王子の私兵も配せない部外者立入禁止の学内会場に、私の部下が待機しているのにはわけがある。
仕事が山程あって時間が取れそうにないが、可愛い妹のためでもあるなら、ぜひスピーチを引き受けたいと言ったら、控室で仕事ができるよう、道具と部下の持ち込みを、学院側が特例で許可してくれたのだ。
在学中から優等生をしていて、先生方の覚えがめでたいと、こういう大事なときに融通が利く。
思い通りにならなくて地団駄を踏む王子に、私は「なにか事情がおありなら、教えていただけませんか」と丁寧に尋ねた。
これを慇懃無礼と感じるのは、僻み根性だからギャラリーの共感は得られないよ。お生憎様。
さっきから視野の端でキャンキャン騒いでいた派手な小娘と二人で、とりとめのない話をわめきたててうるさいから、彼らの隣で紙束を持っている奴に説明を求めた。
こいつは、現宰相の遠縁の甥……という建前で養子になった年取ってからの息子だ。仕事一筋で生きてきた宰相が、うっかり羽目を外して外で作ってしまった子で、目に入れても痛くないほどかわいがっているらしい。正直、甘やかし過ぎだ。
“王子の婚約者が、醜い嫉妬故に、王子の真実の愛の相手を虐げ続けた挙げ句、殺害しようとした”証拠と証言だと、穴だらけの報告書を読み上げてくれた。専門用語の読みがいくつか間違っていたのは、手下に作らせたレポートの誤記ではなくて、君の覚え間違いだよな?勉強が足らんぞ。
「それは由々しき訴えだが、胸に手を置いて誓えるほど確かかね?」
私が片手を胸に置いて、もう一方の手を上げて見せると、彼は私と同じように左胸に手をあてて、誓って真実だと言った。
「なるほど」
私はさも感心したというように重々しく肯いた。
「あなた方もこの訴えは真実だと誓うのですか」
「もちろんだ。私と彼女の愛は本物だからな」
王子は隣の小娘と一緒に仲良く胸に手をあてて、誇らしげにそう答えた。王子の後ろで、「そうだ!そうだ!」を連呼していた者たちもあわててそれにならった。ここは、王子に賛同したほうが良さそうだと踏んだ周囲の者も同じポーズを取ったので、その場はまるで尊い誓いがなされたかのように、なにか厳粛な雰囲気に包まれた。
私は部屋の端のテーブルで黙々と速記録を取っていたうちの書記官に「記録せよ」と告げた。
「第一王子及び以下の者は、学院章にかけて宣誓した」
意識していなかったかもしれないけれど、君達、胸に学院章つけているよね。学院内で学院章に手を乗せて宣誓する行為は、法廷での宣誓に準じる。この証言は正式な告発として扱われるので、偽証罪も適用されるぞ。
後ろの“そうだ!そうだ!コーラス隊”と、周囲のうなずきブラザーズの名前も、全員もれなく呼んでやると、事態を悟った何人かは青ざめた。
今さら顔を隠してもだめだよ。
妹の在学中に誰が学院にいるかなんて、何年も前から頭に入っているし、顔はもちろん勢力関係も交友関係も完全に把握しているので、今、誰が最後の篩に引っかかったかはバッチリ確認したからね。
「では、その証拠物件を学院長に提出したまえ。法廷には私が事前連絡しておこう」
「あ、いや。こ、これは……」
焦って書面を胸に抱え込む宰相の息子。おいおい、それではこれは不確実なでっち上げだと白状するようなものだぞ。
「貴様など、信用できるか!」
「きっと私達から証拠を取り上げてごまかすつもりなのよ。そんな詐欺師の口車に乗っちゃだめよ」
おっと、罪状追加。
小娘の発言に、周囲の何人かの顔がさらに青ざめる。
ほほう。君達は多少は常識があったようだね。
でも残念。乗る船を間違えたな。
私は学院長に頼んで、この場の責任者は学院長だと皆に説明してもらった。学院長が、この件は後は我々に任せるようにと言うと、大半の者は落ち着きを取り戻した。卒業生とはいえ、皆まだまだ学生気分だから扱いやすい。会場内に多少いる他の大人達は当然静観。分別があればこんなややこしい話で目立つ行動はしない。
「学院長、ではこの場で起こったことについて、これから証言録と証拠品の写しを各三部作成しますので、ご確認の署名と割印をお願いします」
「はい。承知しました」
「本件について、今この場にいない生徒からも証言を得たいのですがよろしいですか?この場にいる者は、ここで見聞きした内容で発言を変える可能性があるので、バイアスのない証言も欲しいのです」
「ご尤もです。もちろん結構ですとも」
「ありがとうございます」
「本件は資料が整い次第関係各所に報告しますが、名誉毀損及び侮辱罪に関する起訴は明日提出する予定ですので、学内で必要な手続きは本日中に行ってください」
「……承知いたしました。御配慮に感謝いたします」
小声で学院長と軽い打ち合わせを済ますと、私は「せっかくの卒業記念なのだから、不快な話はここまでにして、パーティの続きを楽しんでくれ」と会場内の皆に言った。不満げだった王子と小娘は、楽団に音楽を演奏させると、あっさり機嫌を直してダンスを始めた。
青い顔をした何人かが、この隙に逃げようとしたが、先程ブラックリスト入りしたメンバーについては、後で個別に話を聞きたいからと、別室に隔離した。
王子の散財の片棒を担いで大儲けした豪商の小倅よ。夜逃げなんぞさせるわけがないだろう。
全部終わるまでゆっくりしていけ。
ほどよいタイミングで、王宮からの兵が泡を食ってやってきたので、バカ王子軍団の身柄の確保は任せた。
うちの優秀な書記官達が爆速で仕上げた資料の写しを一部渡すと、若い近衛はちょっと涙目になっていた。やっと配属された先が泥舟ってのはつらいよな。もし路頭に迷ったら、優秀なら拾ってあげよう。
私も前回の人生で妹が婚約破棄されて、とばっちりで路頭に迷ったときは、死ぬほど辛くて、結局、死んだからな。
「お兄様」
「やあ、待たせたね」
私はもう少し後始末があるから、一緒に帰れそうにないと妹に詫びた。
「お祝いの日なのにすまない」
「いいえ、かまいませんわ」
なんと良い子に育ってくれたことか。無事に今日を乗り越えてくれて良かった。
前回の仇討ちは果たした……というかこのあと誰一人無事に逃す気はない。
「では、君。申し訳ないが私のかわりに妹を家まで送ってくれないか」
妹の脇にいる青年に声をかけると、彼は上ずった声で返事をして背筋を伸ばした。
お前、そういうことだから、いつまで経っても“お友達”枠から出られないんだよ。この根性なしめ。チャンスをやるから、ものにしてみろ。
私はそろそろ妹の守役をお前に譲りたいんだ。
私はその他の“御学友”達に、少し事情確認に協力してほしいと頼んだ。うまい具合に会場にいなかった面々だからちょうどよい。
妹の取り巻きとして厳選した彼女らには、回顧録用の日記をつけることを推奨してある。学内で起こったことを、詳細かつ赤裸々に記録しておくと、卒業後に面白い本が書けると吹き込んだのだ。
特に、学内で後に有名になりそうな人物のエピソードを書いておくとよいと、バカ王子絡みの面々の行動をウォッチするようにそれとなく勧めておいた。第三者が検証可能で日時が特定できる出来事を交えて書いておくと、リアリズムが出てウケると教えたので、証拠能力のある記録と証言が出てくるだろう。
それ以外にも、予め仕込んでおいた協力者からの情報はしっかり確保しているので偽証罪を成立させられるのは確実だ。
今頃、学院長は実刑判決を食らう生徒がここの“卒業生”にはならないように、必死で卒業認定の取り消しと退学手続きの文書を作成しているだろう。
学院卒か中退かは、その後の進路が雲泥の差だから、たいした罪には問われないかもしれないうなずきブラザーズも、もれなくお先は真っ暗だ。ざまあみろ。
私は復讐のために人生やり直しているぐらい執念深いんだ。それぐらいで済んだなら感謝してほしい。
もちろん、王子とその取り巻き連中はその程度で許す気はない。徹底的に公的立場を抹消してやる。皆、甘やかされたお坊ちゃん育ちなので、地位をなくすと生きていけないだろうが、良い気味だ。
親が偉いだの、跡取りだと目されているだのというのは、親に圧力をかけられる立場の者からすれば、なんの意味もない。
このときのために、私はこの若さで父から家督を譲り受けた。激務をこなし、学生時代から築いた人脈で派閥抗争で優位に立ち、権力基盤は万全だ。
この代のアホども全員に復讐しても国政に影響がないように、人材も十分に育成してある。
学生時代から、優秀なのに日陰で腐っていた奴らをどんどん引き上げて育ててやったので、私の世代は黄金の世代と呼ばれているくらいだ。
次期宰相?今の筆頭補佐を繰り上がらせればいい。家督を継ぐ前に一時期一緒に仕事をしたが、家格がいま一つなだけで、仕事はできる男だった。うちの派閥が付けば、十分にやっていけるだろう。
だが、ここからの処分も人事も、私は表立って旗を振る気はない。私はたまたま現場に居合わせたので、誰でもするはずの対応を手伝っただけという立場からはみ出さない。
もちろんその過程で自分に不当に与えられた侮辱については徹底抗戦する気だが、法廷に持ち込むのであって、私刑をするつもりはない。
罰を下すのは、あくまで法廷であり、国王であり、各家の家長なのだ。その判断に私は関わらない……十分に忖度してもらえるだけの立場と権力はすでに手に入れているからだ。
は?温情措置?
そうたびたびでは、教育効果がないでしょう。
私自身が家督を継いで日も浅く、未だ若輩の身ですから、今、率先して社会の規範を破るつもりはありません。
私は黙って見ているから、私が満足するだけの処分をきっちりやってくれ。
私は十分に働いた。これからは、復讐ではなく、自分の失われた幸福を取り戻すために生きるのだ。
私は、バカ王子に婚約破棄を言い渡された令嬢のいる控室に向かった。
「お待たせしました」
私は彼女に、この件は公正に審査されるよう取り計らうので、けして貴女が無実の罪で陥れられることはないだろうと保証した。
ここで待つ間もずっと不安だったのだろう。彼女は緊張で青ざめてこわばっていた顔を少し緩めて、小さく息をついた。
「ただし、殿下との婚約はやはり解消されるでしょう」
「それは仕方がありません。父は落胆するかもしれませんが、むしろそうしていただいた方が我が家のために良いと思います」
「貴女に責のない形になるよう私からも口添えはさせていただきますので、ご安心ください」
「ありがとうございます。御配慮痛み入ります」
「侯爵邸までお送りします。お父上には私から直接今回の顛末を説明します。よろしければ道すがらでも結構ですので、これまで何があったか聞かせてください」
「お父上には直接話しづらいことでもどうぞ、情報の出処を伏せて話をするのは得意です」と言って微笑むと、彼女は言葉をつまらせて、涙ぐんでうつむいた。
マズい。笑顔が怖いと定評のある人間がやっていい行動ではなかった。
私がうろたえてハンカチを差し出すと、彼女は肩を震わせて静かに泣きながらそれを受け取り、小さな声で途切れ途切れに礼を言った。
ぐう。不憫。
物凄く肩を抱いて慰めたいが、流石にまずいので、私は胸の花飾りを外して、彼女に差し出した。
「これまでお辛かったでしょう。もう耐え忍ぶ生き方はやめましょう」
彼女は小さな五弁花を束ねた花飾りを見て、ハッと顔を上げた。
「貴方が……」
「やっと直接お会いできたのに、私は貴女を泣かせてばかりですね」
彼女の目から大粒の涙が零れた。
「私……ずっとこの花に支えられてきましたの」
それは良かった。
あのボンクラ王子に蔑ろにされて、つらい思いをしている彼女を傍観していられなくて、私は匿名でずっと彼女に手紙や些細な贈り物をしていた。
だって、彼女がバカ王子と婚約させられたのは、うちが妹に来た話を蹴ったからなのだ。ちょっと慰めるための一言メッセージを送ったり、非常識王子が婚約者なのに用意しないアレコレをかわりに手配してあげたりするぐらい当然ではないか。
しかし、流石に実名で送るわけにはいかないので、私は、この野辺に咲く小さな花の形の印だけを署名代わりにしていた。
「この花の名は、“再び楽しむ”という意味なんです。環境が悪い間は花が閉じるのですが、周囲の状況が好転すると再び花開くのだそうです」
人生やり直している私の決意の花だ。なにせ前回、野垂れ死ぬ直前に見た思い出深い花だからな。今日この日に胸に飾るために、在学時代に卒業記念パーティの来賓はこの花の花飾りをつけるというルールを作って浸透させたぐらい気に入っている。
「さぁ、貴女も再び咲きましょう」
「……はい」
彼女は涙を拭いて、微笑んだ。
「最後にお会いできて直接お礼が言えて良かったです。私、これで思い残すことなく修道院に参ることができます」
待て、待て、待て!
私は大変な思い違いをしている彼女の手を引いて、さっさと馬車に乗せた。
馬車が侯爵邸につくまでの間中、私はこんこんと彼女を説得し、言葉を尽くして修道院行きを思いとどまらせた。
くそう。たった一言が言えれば簡単な話なのに面倒くさい。一刻も早く正式に婚約解消してくれないことには埒が明かん。
私は前世での婚約者を妻に迎えるためのプランを必死に練りながら、「生まれる前から愛していました」というのは、プロポーズの言葉として陳腐だろうかと思案した。
お兄様、前途多難。
でもこの男なら絶対にハッピーエンドを引っ掴んできます。(というわけで決意を込めてハッピーエンドタグつけてます)
幸せになってね、白鳥さん。
やらかし気質の妹も、苦労症の友人以上恋人未満くんと、こちらは能天気にハッピーエンド予定です。
お読みいただきありがとうございました。
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