モトジムカーナ
四人部屋の病室に入ると、浅見さんは寝ていた。私は起こさないようにサイドテーブルの上を片付け始めた。男性向けの成人雑誌、バイク雑誌、DVD。何故か床にはハンドグリップとダンベルもあった。まだ動かせる状態でもなかろうに。
持ってきた花と病院から借りた花瓶を持って水場に行き、水を取り替えて花を生けた。部屋に戻って、花瓶をそっと置いたはずなのに浅見さんは目を覚ましてしまった。
「なんだ、来てたのか」
「ええ。今さっき」
「そうか。でももう来なくていいぞ。看護師がお前のことを俺の彼女だと言って誤解をするから、俺はナンパもできない」
「彼女だなんて・・・。嫌だわ、ちゃんと誤解は解いてくださいね」
「だから来なくていいって」
「でも怪我は私のせいですから。退院までお世話します。洗濯物、出して下さい。コインランドリー行って来ます」
「真鍋のせいじゃないって何度も言っているだろう。それに折れたのは右腕で、寝たきりじゃあないんだから。身の回りのことは自分でできるって」
「タオル一つ畳めないのに、ですか?」
「お節介な奴だな」
「はい、よく言われます」
そこに看護師が入って来た。
「浅見さーん。お体拭きますよー。あら? 彼女さんいらしたのね。じゃあ今日は彼女さんに拭いてもらおうかしら」
屈託のない、笑顔の素敵な若い看護師さんだった。こういう女性が浅見さんの好みだろうか。
「いやこいつは職場の同僚、後輩で、彼女じゃないですから」
真剣に否定しているのが面白い。でも私もやっぱり浅見さんの恋人扱いはちょっと遠慮したい。
「私、彼の彼女じゃないんで。洗濯行って来まーす」
私はビニール袋を持って病室を出た。彼の彼女じゃないって、そんな言い方合っているのだろうか?
コインランドリーから戻ると、三神所長が病室に来ていた。
「こんにちは、三神所長」
「なんだ、お前ら付き合っているのか?」
「違いますから。ああ、もう説明するのが面倒になってきた。勘弁して欲しい」
しょっぱい顔をする浅見さんの代わりに私が説明した。
「三神所長、浅見さんは私の指導員で、それ以上でもそれ以下もでもありません」
「なんだ、つまらん。それ以上の関係になればいいじゃないか。誰も止めやしないだろう」
私は三神さんを睨んだ。
「退院はまだ先なんだろ?」
「ええ、経過は順調ですが、まだあと十日は掛かるみたいですね」
浅見さんは他人事のように言った。
「ギブスを外すのが三週間後。その後リハビリで・・・。この夏はおしゃかですね」
「うーん、困ったなあ。来週のレース、コースマーシャルが足りなくなる」
三神所長は浅見さんから私、そして窓の外に目線を移して言った。
「もしかして、浅見さんの怪我、入院と関係あることですか?」
「まあね。ほら、儂らバイクレースをしていると言ったろう? コースの設営やタイムキーパー、ペナルティのチェック、MCなんかもやるんだ。浅見も選手兼運営スタッフ。選手はともかく運営側が減るとレースに支障をきたす」
私はサーキットを走るF1を想像した。
「あんなの、それ専用の人がいるもんだと思っていました」
「儂らのは非公式の草レースだから。って、もしかしたら勘違いしているかな?」
「ガミさん、何にも知らない素人に説明もなしじゃあ・・・」
浅見さんは、ちょっとここにあった雑誌やDVDは何処やった? と私に尋ね、私はサイドテーブルの最下段から取り出して渡した。
三神所長は雑誌を手に取るとぺらぺらとページをめくり、ほら、これだ、そう言って私に雑誌を渡した。ゼッケンの入ったビブスを着たライダーが、転倒寸前までバイクを倒している。その横には工事現場で見る赤い三角コーン。
「これが?」
浅見さんはゴソゴソとDVDをセットしてポータブルのプレイヤーで再生を始めた。
「ほれ、動画の方が解り易いだろ」
バイクに跨ったライダーが前方に集中している。ヘルメットのシールドを下げていて表情は読み取れないものの、全身から発する気のようなものを感じた。不意に排気音が大きくなり、バイクは飛び出して行った。カメラはその動きを追う。加速、減速、三角コーンを右に回って、すぐに今度は左回転。一回転以上回って猛然と加速。カメラが変わると今度は右へ左へと連続で切り返す、えーとなんだっけ? あ、そうそうスラロームだ。
「これがレースなんですか?」
大勢の車両が一斉に走り出すのをイメージしていたが、画面の中には一台しかいない。
「そ。これはモトジムカーナって言って、パイロンで作った複雑なコースを走ってタイムを競う、タイムトライアルレースなんだ。パイロンの接触や足つきは減点。勿論転倒もね」
「モトジムカーナ・・・」
「面白そうだろ?」
面白そうだろう? そう言われてもピンと来ない。浅見さんは私の表情を読み取って、
「この競技の最大の特徴は、最高速度がせいぜい5,60km/hくらいまでしか出ないってこと。しかも一瞬な。迷路のようなコースで走る止まる曲がるの基本動作を極限まで突き詰めた、言わば究極のテクニカルレースなんだ」
三神所長がその後を引き継いで。
「排気量によるクラス分けがないのも面白いとこでさ。まさにライダーのテクニック勝負さ」
「バイクでも車でも、排気量の大きい方が速いんじゃないんですか?」
私にはやっぱり解らない。
「でかいバイクは比例して重い。重いバイクは加速しないし止まらない。パワーと重さを扱えるテクニックがあっても、軽量級のバイクにタイム負けすることなんてしょっちゅうさ。さっき言ったろ? 最高速度そのものが低いんだ。大排気量が有利ってことはない」
「それでも浅見はリッターバイクに拘っているよな」
「自分の愛機に拘っているだけですよ。中小型に乗り換えるつもりもないし」
三神所長は、浅見さんと私の顔を交互に見ながら言った。少しためらっている素振りで。
「でね。その草レースが来週あるんだが、運営のスタッフはいつもミニマムでね。浅見が来れないとなると・・・」
「行きます! 私、浅見さんの代わりをします」
三神所長の顔がぱっと明るくなった。浅見さんはやれやれという顔をしている。もしかしたら私、はめられた?
「そうか! 真鍋君が来てくれるか! そりゃあいい。いや、その方が良い。うん、浅見、ゆっくり休め」
三神所長は嬉しそうに、そして浅見さんは私に向かって声には出さず、阿呆、と口が動かした。
日曜日、河川敷の指定された場所に行くと、言われた集合時間より一時間前だと言うのに既に沢山のワンボックスカーが止まっていた。三神所長もいる。運動会で使うようなテントを張っている。
「おはようございます」
私が声を掛けると。
「おはよう! 早速で悪いけど、こっち、手を貸して下さい」
着く早々仕事を頼まれた。既に何人もの人が、(選手なのだろうか? )あちこちで動き回っている。
「そこ、引っ張って、角っこをポールに引っ掛けて! そうそう、そしたらベルクロで固定して」
パイプに被せた天幕の下に潜り込んで、ポールを伸ばす。パチンと音がして脚が伸びきると出来上がりだ。三神さんは車から机とパイプ椅子を引っ張り出した。
その横のトラックには沢山の三角コーンが、大変な量だ。赤と青、黄色のは少し小さいみたい。
「コース設置頼みます」
三神所長が声を掛けると、トラックには既に人が乗り込んでいたのか、徐行を始め、何人もの人たちがその後ろを付いて回る。荷台からコーンが降ろされて行く。彼らは配置図を手に、それに基づいてコーンを並べて行く。
「君! このメジャーの端を持って、ここに立って」
いきなりメジャーを渡された。
「しゃがんでメジャーを地面に着けて」
指示をもらってメジャーの端を地面に着けた。ははあ、コーンも正確に距離を測って位置決めするのか。一か所終わると、次、あっち行って! 向こうに行って! とやたら人使いが荒い。でも私は指示をもらわないと何もできない、全くの素人なのだ。私は言われるがままに敷地の中を右へ左へと移動した。
ここは自動車教習所の教習コース、なのか。中を歩き回ると、クランクやらS字やら見覚えがあるが、作られているのは敷地の半分だけ。あとの半分は何もない。そこに並ぶいくつものコーン。赤と青はペアなのか、並んでいることが多いけど必ずしもそうとは限らないようだ。並べて、わざと倒してある場所もある。矢印みたいだ。車の教習コースの半分くらいをコーンは複雑な配置で区切っている。黄色はコースの両サイド、なのだろうか。あ、そうだ三角コーンじゃなくてパイロンと呼ぶのだった。急に思い出した。
小一時間掛かって、パイロンの設置は終わったようだ。コースが出来たのだろう。でも私にはさっぱりわからない。左右を何度も見ていると、私にメジャーを渡した人がコース図をくれた。矢印でコースの走るべき順序が示されている。私はそれを見てぎょっとした。行ったり来たり、右にグルグル左にグルグル、何と複雑なコースなのだろう。目を白黒させている私を見てその人はニコニコしている。
「真鍋君はここに座って、エントリーの受付を開始して下さい。Nのエントリーシートを持ってきた人はこっちのノートに名前を書いてもらって、緑のビブスを渡して下さい。番号とエントリーの順番は一致させてね。で、こっちのパソコンの表にその人の名前を探してビブスの番号を入力する。間違わないでね。Sのエントリーシートの人はこっち。赤のビブスね」
最初のテントに戻ると三神所長に次の仕事を言い付けられた。いつの間にかテントの横には大きなスピーカーが置かれ、スタートの場所には信号機と何の機械があり、コードがここまで伸びている。
スタートとゴールは同じエリアだ。ここもパイロンで区切られている。スタートの合図で時計はカウントを始め、ゴールはバイクがフィニッシュラインを横切ると自動で時計が止まる。合図前にスタートラインを出てしまうとフライングでペナルティ、ゴールもエリア内で完全停止しないと、つまりオーバーランはペナルティだ。私の仕事は、スタートアンドフィニッシュラインの横に居て、スタートのスイッチを入れること、ゴールタイムを記録すること、スタートとゴールのペナルティの有無を確認すること、そして、ゴールタイムにペナルティを加算した修正タイムを計算して記録すること、だ。あ、時計のリセットも。
「スタートのスイッチを入れたら、十秒以内の任意の時間で機械が勝手にカウントダウンを始めるから。あそこの青いのが光ってスタートでタイム計測の開始。それ以前にラインを踏むと赤いのが光るからフライングはすぐわかるよ」
「ペナルティの集計って、どうするんですか?」
「今日はコースを十六ブロックに分けて、各々を八人のマーシャルが監視してるから。ライダーが通過したら無線でペナルティの個数を連絡して来る。君は無線を受けてこの表に入力すればいいんだ」
「スタートのスイッチを入れるタイミングはどうするんです?」
「各ブロックで、例えばパイロンが接触でずれたりしたら位置を修正するんだが、それが終われば旗が上がる。それを見て判断するんだけどね。MCに見て貰って、選手紹介やスターティングエリアへの誘導もMCにお願いするから」
かなり大雑把な説明を、エントリーの合間に受けた。
「三神所長は?」
「儂は審判長兼、解説。あと雑務全般」
エントリーの受付が終了すると、すぐにライダーズミーティングが始まった。これが終わると三十分だけ、選手はコースの下見に歩くことができる。そして皆がコース図を片手に歩き始めると、私は何もすることがない。ふと思ったことが口に出た。
「皆さん、このコースは初見なんですよね?」
「コースの設定にいくつかパターンはあるけど、毎回変わるからねえ」
「今回のコースはどなたが作ったんですか? 作った人、事前に知っている人の方が有利になるんじゃあ?」
「真鍋君、いい所に気が付いたね。この草レースでは前回レースの優勝者がコースを決めるんだ。で、その人は走れない。運営スタッフに回るのさ。でもスタッフは基本総出で、ほら、パイロンの設置とか皆でやってたでしょ? コースマーシャルも同じ。ま、そっちは経験者がやるけどね」
「じゃあ、MCの人も?」
「うん、今コースを歩いているよ。JKMCのマリナちゃんだ」
「JKMC?」
「現役女子高生。放送研究部の。後で紹介するよ」
私は遠くコースを見渡した。受付をしたのに女子高生がいたことに気が付かなかった。もっとも、七、八人いた女性選手は皆若かったから見逃してもおかしくはない。はっとした。
「あ、じゃあ前回優勝したのって?」
「そ、儂!」
三神所長は自慢げに胸を張った。そして私に。
「真鍋君も一緒にコースを見てみよう」
そう促してすたすたとコースを歩き始めた。
「だいたいSクラスの人で一分半から三十五秒、Nクラスの人でも二分は切れると思う」
コース図を片手に歩いているものの、歩いている人の位置が違う。何故だろう。コーンのすぐ横を歩く人、離れた場所を歩く人。
「あれはね」
三神所長が解説してくれた。
「自分のバイクでどう走るかをイメトレしているんだ。バイクによってはタイトなターンが苦手な、SS系のバイクもあるから」
SSKって何だろう? さっぱり解らない。自分が場違いな所にいる気がして仕方がない。
スタートのテントに戻ると、トラックの荷台にテニスの審判が座るような脚立が乗っていて、そこに可愛らしい女の子がちょこんと。
「あ、彼女がマリナちゃん。あそこでコースの全体を見ながらレースの実況をしてくれる。スタートのキューも彼女が出してくれるよ」
三神所長が紹介してくれた。パッチリとした眼の印象的な、本当に可愛いという形容詞がぴったりとくる女の子だ。マイク付きのヘッドホンを着けている。
「実況のマリナでーす」
「お手伝いの、真鍋です」
「ねえ、ガミさん。今日は浅見さん、来ないんですか?」
「こら、ガミさんって言うな! もうウチの連中、若い子に余計な事ばかり教えるから・・・。浅見はね、先週だっけ? 骨を折って入院中」
「まあ! どこで転倒したんですか?」
彼女の顔が一瞬こわばる。
「いやあ、バイクじゃないよ。仕事中の労災。右腕をね、ぽっきと。それだけ」
「病院教えて下さい。お見舞いに行かなくっちゃ」
私は驚いた。女子高生が浅見さんのお見舞いに行くんですって?
「マリナちゃんは浅見さんと親しいの?」
彼女は私の顔を覗き込んだ。真剣な目だ。
「真鍋さんこそ、浅見さんとはどんな関係なんですか?」
またこれか。
「私は浅見さんと同じ職場で、浅見さんは私の教育係って言うか、指導員で。まあ、そういう仕事上の関係。マリナちゃんは?」
「あたしは浅見推しなんです」
はあ? 一般公務員に、推し、なんてあるの?
「格好いいじゃないですかあ。男らしくてワイルド感があって。ちょいワルとか不良じゃなくて、硬派な感じ? 私の周りにはいないタイプんですう」
JKにはそう見えるのだろうか、それとも彼女が特別なのだろうか? ガサツで、乱暴な言葉使いで。筋肉質でイケメン的な外見に惑わされているだけでは? それともあいつ、幼気なJKを誘惑したのか? ナースをナンパしようとするのならまだしも! カチンときた。
「真鍋さん? どうかしましたか?」
「いえ何でも。・・・ねえマリナちゃん? 私は男の人の第一条件は優しさだと思うの。人はね、強くないと他人には優しくできないものよ? 逆に言えば他人に優しい人が強い人とも言える。乱暴な言葉遣いや威圧的な態度は男らしさではないわ。見た目のワイルド感に騙されていない?」
「それは真鍋さんの男性観ですよね? 私は優男より、有無を言わさぬ強引さで引っ張ってくれる人が良いんです」
「ああー。もしもし? 浅見の病院なら後で教えてあげるからさ」
三神所長が腕時計に目を落とすと、そろそろ行ってみようか、と声を掛けた。マリナちゃんはコクンと頷いくと、目を閉じて静かに深呼吸。大きな目を開けると音楽のスイッチを入れた。ラップ系のBGMが流れ始め、彼女はマイクのスイッチを入れた。
「みなさーん! おはようございます! 早速ですが、皆さん準備はいいですか? 今日も元気に行っちゃうよ⁈ 日頃の練習の成果を見せて下さいね」
明るく陽気なイントネーションのMCがいきなり始まった。はきはきして聞き取りやすい声だ。会話の時とはトーンが違う。啞然と見上げる私にマリナちゃんがウィンクした。
「第一ヒートスタート十五分前、コースマーシャルは配置について下さい。Nクラスゼッケン一から五番の選手はウォーミングアップエリアへ」
赤のビブスを着た選手がマーシャルとしても無線を片手にコースへ散って行った。
NクラスのレースではSクラスの選手がマーシャルを務める。マリナちゃんはSクラスの選手だ。マリナちゃんがエントリーシートの資料から選手名と車両を読み上げる。前回レースの成績や近況を入れて会場を盛り上げる。どうやら常連さんが多いようだ。と、私にキュー。はっとして、タイマーのリセットを押し、確認してからスタートボタンを押した。数秒後、勝手に始まるカウントダウン。選手の緊張がすぐ横にいる私にも伝わって来る。黄色のランプが点灯するとバイクのエンジン音が急激に大きくなり、緑のランプでバイクは勢いよく飛び出して行った。フライングはなし。私はスターティングエリアでのペナルティをゼロと入力した。
コースはセクション毎に十六ブロックに分かれている。選手がセクションを通過する度に担当のエリアマーシャルから無線で連絡が入る。と同時にマリナちゃんの実況も。
「ああーと、岡崎選手、パイロンで接触、これは痛いワンペナ!」
「岡崎選手、緊張していましたかライン取りをミスりましたね。パイロンの出口で膨らんで、あのラインでは次の進入が苦しいですよ」
三神所長がマリアちゃんの横で解説をしている。私は無線を聞き洩らさないように集中して、セクションブロック毎にペナルティを入力した。そして帰って来る選手。急ブレーキでバイクを停めて、電光表示板の時計を振り返る。その眼差しに彼らの真剣さが判る。陽気なMCとは裏腹に、彼らは真剣なのだ。
Nクラスの選手の走行が終わると小休止が入った。
「マーシャルの入れ替えを行います。Nクラスの選手はコース配置について下さい」
緑のビブスが箒を持ってコースに入り、コース上の砂や小石を掃いてSクラスの選手を入れ替わった。
「十五分後にSクラスのスタートです。ゼッケン一から五番の選手はウォーミングアップエリアへ移動してく下さい」
マリナちゃんはヘッドホンを外した。
「さてここからは私、三神が実況を行います」
可愛らしい声が野太いおじさんの声に変わる。どこからかブーイング。
「マリナちゃん、頑張ってね」
トラックを慎重に降りる姿に、私は声を掛けた。彼女は片手で拳を突き出してウィンクを一つ。
「ありがとうございます。頑張ります」
くー、可愛いなあ。
全ての選手が走り終えると、これで第一ヒートは終わり。早めの昼食兼休憩があり、この三十分間もコースウォークに充てられた。私はこの間にエントリーシートに実走のタイムを書き込み、下位のタイム順に順序を並べ替えた。第二ヒートは、第一ヒートの下位のタイム順に出走が始まる。ただこのタイムにはペナルティは加算されていない。走った本人は解っているかも知れないが、他の選手は誰にいくつペナルティが加算されているか、順位は判らないシステムだ。
レースの結果は各ヒートのタイムにペナルティを加算した修正タイムの、良い方が選ばれる。スタートが遅い方が好成績という訳だが、この順番が絶対ではない。ペナルティの数によっては、最終結果は逆転される可能性もあるのだ。
マリナちゃんがテントに戻って来ると、第二ヒートのMCが始まった。マリナちゃんの選手呼び出しも熱が入る。選手のテンションも上がる。
第二ヒートは熱くなり過ぎて転倒者が何人も出た。皆一秒、いえコンマ一秒を削るのに必死なのだ。チームの歓声、家族の応援、タイムに一喜一憂する姿。非公式の草レースとは言え、胸が熱くなる。このレースの面白さは解らないが、参加者が楽しんでいるのはよく解る。
第二ヒートを全て終えると、パソコンの表計算ソフトのおかげで、修正タイムと順位は即時に判る。レース終了の十分後には表彰式が始まった。和気あいあいとした雰囲気の中、優勝者のコメントとマリナちゃんの、おめでとうございましたぁ、という声で締め括られた。
これで片付けをして今日は解散かな、そう思ったら次のイベントが始まった。
「今度は何が始まるんですか?」
「ん? 今度は練習会。コースのね、交差する部分とか回転の部分を除いて走るの」
見るとセクションブロックのパイロンが倒されて、コースがリメイクされている。いつの間に。三神所長はマイクに手を伸ばした。
「慣熟走行しまーす。参加希望者はスターティングエリアに集まって下さーい」
三々五々と集まって来た。三神さんが走行の順番を指示する。
「マサ君は、今日はもうちょい順番下がって。生馬ー! お前はそこじゃないだろ! いい加減後ろからつつくの止めろって! もっと前! 上がって上がって!」
数台のバイクがポジションを入れ替え、長い縦列になった。
「八人ずつで行くよ」
三神所長がスタートラインで仕切る。先頭の人が右手を上げた。それを見て後続の七人が手を上げる。と、いきなり始まった。八台のバイクが繋がっているかのように連続して走り出し、コーンの間を縫うように走って行く。まるで連結された電車だ。
「電車みたいでしょ? トレインとも呼ぶんですよ」
いつの間にか私の横にはマリナちゃんがいた。
「真鍋さんは走らないんですか? ってゆーか、今日はバイクじゃないんですか?」
「私は車で来たの。お手伝いだから」
まさかここで、バイクには興味がないとは言えない。そんな言葉を口にしようものならアウェイは確定だ。
「私、これが好きなんですよねー」
マリナちゃんはそう言うと、自分のバイクに跨った。マリナちゃんのグループの順番だ。集団毎の間隔を空けつつ、八台が一塊になって走る。接触しそうでしない。ダンスを見ているようだ。いや、集団行動か。これは面白い。
最終集団がスタートすると、先頭集団が戻って来た。テントの横を回り込んでスタートラインに着く。最終集団の最後のバイクがセクションのツーブロック先まで行くと、先頭者が声を張り上げた。
「次、ペース上げまーす」
右手を上げた。