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年男=厄年=定年

作者: 日下部良介

 年が明けた正月元旦。

 家族で近所の神社に初詣へ出掛けた。例年は大晦日の深夜に並ぶのだけれど、年を重ねるのに伴い、寒い深夜に外で並ぶのは億劫になってきた。一緒に暮らす娘夫婦に子が出来てからは元旦の昼間に詣でるようになった。


 今年は寅年。娘は我が子に虎柄のスカートを着せた。そう言えば、去年は牛柄の服だった。

「えーっ? そんなの着せるの?」

 妻が娘に言う。

「だって寅年だもん」

 娘は初詣には我が子に干支にちなんだ服を着せるのだと決めているようだ。

「可愛いじゃないか」

「えーっ! 大阪のおばちゃんじゃないんだから」

 そう言って妻は私の言葉を否定する。そもそも、へんてこな服装イコール大阪のおばちゃんというのは偏見でしかないと私は思うのだけれど、それを言うと話がややこしくなってしまいそうで苦笑するにとどめておいた。


 神社に着くと予想通り初詣に訪れた参拝客の行列ができていた。家族でその行列の最後尾に並ぶ。

「まあ、30分くらいかな」

 何年も並んだ経験上、私はそう見立てた。列は少しずつ進んでいく。途中、厄年の年齢が表示された立て看板があった。

「今年は本厄だ」

 今年60才になる私は本厄となる。それは解かっていたのだけれど、妻は驚いた様子で私に向かって言う。

「たいへん! 厄払いしなくちゃじゃない!」

「大丈夫だよ」

「なんかあったら後悔するから」

 妻も私もこれまで厄に入るたびに厄払いをやって来た。妻は既に厄を終えているためか私の最後の厄を気に留めていなかったようだ。

「今日はなんだから、そのうちやって来るよ」

「必ずだよ! パパに何かあったら困るんだから」

 その場をやり過ごして、この日は家族での初詣を無事に終えた。まあ、妻が私のことをこういう風に案じてくれているのには感謝しかない。

 私が厄払いを行ったのはそれから半月後だった。会社での新年参拝を行う機会があったので、そのついでに個人的に厄払いもしてもらった。これで妻も安心するだろう。ただ、“ついで”にというのは妻には言わない方がよさそうだけれど。


 そもそも、厄年というのは本来“役年”と言われていたらしい。人生において色々な役割が回って来るであろう年齢になったのだということで、むしろめでたいことのはずなのだけれど、それがいつの頃からか“役”が“厄”に変わったのだそうだ。まあ、そんな話を妻にしても厄払いをしなくてもいいという話にはならないだろう。

 実際、60才になる今年は年男でもある。そして、今年の誕生日で長く勤めてきた会社も定年となる。なんともめでたいではないか。


「えーっ!」

 今年で定年だと妻に話した時だ。仕事を辞めて、悠々自適の生活ができるほどの貯えはない。年金暮らしを満喫すような年でもない。その気になればまだまだ働けるのだけれど、妻にとっては夫の定年は人生の一大事なのだろう。

「定年と言っても、仕事を辞めるわけではないよ。給料は下がるかも知れないけれど」

「そうなんだ。ちょっと安心した。ねえ、定年なら退職金が出るわよね!」

「そうだな」

「やった!」

 退職金という言葉に反応したのは妻より娘の方だった。娘にはまだ小さい子供がいる。親の収入を大いにあてにしている。

「ダメよ! ダメダメ! それは私たちの老後の資金なんだから」

 妻はすぐに反論する。

「少しくらいいいでしょう?」

「絶対ダメ!」

「ちぇっ、あーあ、宝くじでも当たらないかな…」

「あんたにだって旦那が居るでしょう!」

 娘がチラッと旦那を見る。旦那は一瞬苦笑して顔をそむける。

「家族なんだから、家族が必要な時に使えばいい」

「さすがパパ! この子のためにも長生きしてね」

 そう言って、自分のひざの上にちょこんと座った我が子の頭をなでる娘。

「じいたん、長生きしてね」

 孫にそう言われると妻も私も何も言えない。まあ、働けるうちは頑張ろう。この家族が居るから、今までもずっと頑張って来られたのだから。





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― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃくちゃ温かいお話ですね(T ^ T) 私も昔ドラ○もんの服着せてたので、娘さんの気持ちは分かります笑笑
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