言ったもん勝ち
救いのないヒドイ話です、気をつけて。
私には、友達がいた。
小学校二年生の時のクラスメイト、かずちゃん。
かずちゃんはずいぶん気が強くて、空気を読まずに言いたいことを言う子だった。
かずちゃんはずいぶんデリケートで、言ってもいないことを気にして感情を爆発させる子だった。
「あの子んち汚いよね!」
「あんたの作ったお菓子マズい!」
「どうせあたし嫌われてるし!」
「あんたもあたしのことブスって思ってるんでしょ!?」
「みんなで集まってあたしの悪口を言ってたんです!」
多感な時期、かずちゃんは孤立するようになった。
いつもかずちゃんの妄想虚言の被害にあっていたクラスメイト達の、堪忍袋の緒が切れたのだ。
いつもかずちゃんにひどいことを言われて、泣いて、謝っていた私を見たクラスメイトが行動に出たのだ。
クラスの女子全員が集まって、かずちゃんを責め立てた。
「ケイちゃんいじめるのやめなよ!」
「自分の意見ばかり優先するのやめて!」
「ひどいこと言ってるってわかってる?!」
「クラスメイト差別するのやめて!」
「何で人の思いやりを馬鹿にするの!」
私は、集団で注意をする女子の恐ろしさにかたまってしまい、一番後ろで、黙っていることしかできなかった。
「裏切り者!女子全員引き連れて、あたしのこといじめた、首謀者!!!」
いつの間にか、かずちゃんの中で、私がかずちゃんをイジメたことになっていた。
周りは誰一人認めていなかったが、いじめられたと言い張るかずちゃん本人が、私をイジメの首謀者と認定していたので、どうにもならなかった。
「佐藤は山本をイジメているのか。」
「ごめんなさい。」
「ねえ、ケイちゃん、昔は仲よくしてくれてたじゃない?もう、うちの子のこといじめるのやめてくれる?」
「ごめんなさい。」
「ケイちゃん、ちゃんと言った方がいいよ、いじめてない、むしろいじめられてるって!!」
「ごめんね、これ以上、事を荒げたくないの。」
事あるごとに、私は頭を下げた。
反論するような気の強さを持っていなかったし、反論したところでどうせすべて否定されて終わることを知っていたのだ。
何かを一つ言えば、ものすごい勢いで攻撃されるという事を知っていたのだ。
何も言わずに、ただ謝ることが一番被害が少ない事を知っていたのだ。
「かずちゃん、ごめんなさい。」
かずちゃんに、何度も何度も頭を下げたけれど。
「サイテー。あたし一生許さないから!謝ったってあたしの傷は消えないんだからね?!」
一度もかずちゃんは、私を許してはくれなかった。
中学で謝り続けた私は、離れた高校に通う事になり、かずちゃんとは疎遠になった。
時折聞こえてくるのは、地元でずっと私を恨み続けているという、噂。
いじめられたせいで性格がねじ曲がってしまった。
いじめられたせいで人が信じられなくなってしまった。
いじめられたせいで友達を作りたいと思えなくなってしまった。
あいつがいなければあたしはこんなことにはならなかった。
あいつがいたせいであたしはこんなことになってしまった。
憎くて憎くてたまらない。
あいつがいなくなる日を心待ちにしている。
恐ろしいまでの憎悪、怨念、妄執、悪意、憤怒、敵対感情……。
周りは皆、恐れ戦き、どんどん孤立に拍車がかかっていったようだ。
かずちゃんに恨まれ続ける私は、小さくなって生きていくことしかできなかった。
かずちゃんに会いませんように。
かずちゃんに見つかりませんように。
かずちゃんに忘れてもらえますように。
ひっそりと生き続けていたある日、私を訪ねてきた人がいた。
「あなたに会いたいと願っている人がいます。」
孤独に生きていた私に、会いたいと願う人などいないと思っていた。
孤独に生きて来た私に、会いたいと願う人などいないことを知っていた。
私に、会いたいと思う人が、いるのだとすれば。
「私は会いたくありません。」
「もう来ています。」
眩しい光が、私を襲った。
「この人が、あたしをイジメた人です!!!」
かずちゃんだった。
かずちゃんは、私の事が憎くてたまらなくて、テレビ番組に捜索を依頼したようだった。
私への恨みを、テレビで涙ながらに語り、タレントの協力を得て、私の元にやってきたのだ。
「謝らないんですか。」
「最低ですね。」
「人の人生をめちゃめちゃにして心が痛まないんですか。」
「土下座するべきです。」
「一生悔いて生きていくべきです。」
「あなたにできることは何だと思いますか。」
「申し訳ありません。」
「謝って済むと思ってるんですか。」
「20年もの間の罪を一言で済ませるつもりなんですか。」
「人の人生を狂わせておいてよく謝れますね。」
「あなたなに様なんですか。」
「もっと誠意を見せるべきなんじゃないですか。」
「申し訳ありません。」
一か月にわたって、私の謝罪の様子が放映された。
心のこもらない薄っぺらい謝罪だと話題になった。
いじめをする人間の冷たさがよくわかると話題になった。
いじめられた人間の傷はいつまでたっても癒されないと話題になった。
十年勤めた会社を解雇された。
いじめをするような人材はいらないと言われた。
実家の跡地で、放火騒ぎがあったと知った。
両親が生きていたら、恐ろしい事件が発生していたに違いないと思った。
自宅アパートが特定され、攻撃されるようになった。
ドアは破壊され、家の中は荒らされ、モノがなくなり、見知らぬ誰かに襲われて、気が付いたら病院だった。
いじめの首謀者に天誅が下ったと、話題になった。
入院中に、アパートが解約されることを知った。
身寄りのない、孤独な自分。
思いのほか重傷で、動くこともできない。
どうすることも、出来ない。
警察が時折私を訪ねてきた。
「申し訳ありません。」
何を言われても、私は謝ることしかできない。
市役所の職員が時折私を訪ねてきた。
「申し訳ありません。」
何を言われても、私は謝ることしかできない。
病院の先生が毎日私を訪ねてきた。
「申し訳ありません。」
何を言われても、私は謝ることしかできない。
見たことの無い女性が私を訪ねてきた。
「申し訳ありません。」
何を言われても、私は謝ることしかできない。
警察が来て、同行を求められた。
歩くことのできない私は、車いすに乗せられて、久しぶりに外の空気を吸った。
大勢の人が、私を見ているのが分かった。
大勢の人が、私を見て何かを言っているのが分かった。
わたしは、大勢の人の前で、謝らなければいけないことを悟った。
「申し訳ありません。」
車いすに乗ったまま、柵に囲まれた席に連れていかれたので、私は謝罪した。
あちらこちらから聞こえてくる、声。
あちらこちらから聞こえてくる、騒めき。
あちらこちらから聞こえてくる、すすり泣く、音。
ああ、私は、知らぬ間に、こんなにもたくさんの人たちをイジメてしまっていたのか。
「なにか、言いたいことはありますか。」
「申し訳ありません。」
謝罪したところで、受け入れてもらえないことを知っている。
謝罪の言葉さえ聞き入れてもらえないことを知っている。
私の言葉は、何一つ聞いてもらえないことを知っている。
何を言われても謝り続けた。
私は、いつまで謝り続けなければいけないのだろう。
私は、いつまで生きていなければいけないのだろう。
私は、今日も謝り続ける。
「お加減いかがですか。」
「申し訳ございません。」
私は、今日も謝り続ける。
「暴行事件の犯人から謝罪の手紙が来ていますよ。」
「申し訳ございません。」
私は、今日も謝り続ける。
「同級生の皆さんから手紙が来ていますよ。」
「申し訳ございません。」
私は、今日も謝り続ける。
「テレビ局の代表者が謝罪に来ていますよ。」
「申し訳ございません。」
私は、今日も謝り続ける。
「全国から励ましのお手紙が届いていますよ。」
「申し訳ございません。」
私は、今日も謝り続ける。
「あんたのせいでめちゃくちゃよっ!!」
「申し訳ございません。」
私は、今日も謝り続ける。
「ぶっ殺してやぅうウウウウ!!!」
「申し訳・・・ございません。」
私を責める誰かの声と、サイレンが鳴り響く中、私は、今日も謝り続ける。
「大丈夫ですか!!!」
「申し訳・・・ござい・・・。」
私は、今日も、謝り続ける。
「もう、し・・・」
わたしは、きょう。
「・・・・・・。」
謝ることをやめて、目を、閉じた。