奥様は客人をもてなす
年が明けた。
冬休みも明けた。
宣言通り仕事だか女だかに忙しくなった尊様が帰ってこなくなったので、作った惣菜を家政婦さんズに強請られるがままに納品した。
時にはメッセージで要求されたおかずと米を詰め込んで弁当なるものを納品し、またある時には私の正月太り解消のため、余り物を丁寧に重箱にぶち込んで納品したりした。
最初はテスト近いしダルイなと思っていたが、始めてみれば実質運び屋(家政婦さん)に普段食べているものを横流ししただけなので、なんてことはなかった。むしろ余り物を処分してもらえて、私のボディ的に良かったと言える。
そんな感じで結果的には手間なくお得に献身的な嫁っぷりをアピールできたので、内心ウムと頷いた新年の幕開けだった。
「ここがたーくんの新しいお家なのね!」
いつも通り無難な手応えでテスト期間を終え、うららかな気持ちで迎えた土曜の昼下がりである。
昼食を終えてリビングでまったり散歩番組を観ていたら、尊様が女連れで帰ってきた。
「日当りが良くて素敵なリビングね!ねえあっちのお部屋はなあに?」
「詩織、勝手にうろつくな。大人しくソファに座ってろ」
「いいじゃない、やっと連れて来てくれたんだもの。すごく楽しみにしてたんだから!」
「知るか。勝手をするなら叩き出すと言ったはずだ」
「もう、久しぶりに会った従妹に対してどうしてそんな意地悪を言うの?たーくんが愛想がないのは昔からだけど、そんなんじゃ雪子さんに愛想つかされちゃうわよ?ね、雪子さん」
「はあ」
「ほら!まったく、女心がちっともわかってないんだから。まあいいわ、まずはたーくんのお部屋に行きましょう!」
急に話を振られて出た私の気の抜けた返答を、気にした様子もなく是と受け止め、たーくん様の腕をブルンブルンしはじめた詩織嬢は、可愛い顔してメンタル強めだ。即座に振り払われていたが、そんなことでは負けない詩織嬢はたーくん様の腕を再度捕まえて、ルームツアーに旅立っていった。
そんな二人を尻目に、客人をもてなすお役目がある私は、淑やかにキッチンに滑り込む。
ここに来る客人といえばお義母様とお義姉様くらいなので、若い娘さん向けの菓子など常備していない。
まあないものはないのだから、あるものを出すしかない。
ちょうど先日高級干し柿が届いたところだったので、茶菓子はそれでいいだろう。
通販で取り寄せた不揃いキズ有りお買い得品だが、言われなければ気がつかぬ程度だし、本来は贈答品としても扱われるような品なので味は絶品だ。
それにイイ感じの皿にちょこんと乗せとけば、大抵のものはなんだか凄そうな品格を醸し出す魔法が掛かるのである。
それにしてもだ。詩織嬢とは今まで親族の集まりでしか顔を合わせたことがなく、その時の二人もあの温度差だったのだが、こうして家に連れてくるということは、実は仲が良いのだろうか。
あの感じからいって手は出していないと思うが(詩織嬢はスレンダー美女ではなく小柄で華奢な可愛い系だし一応親族だし)、もしや手のかかる妹系で放っとけない系のツンデレお兄さん系なのだろうか………。
込み上げる笑いにフタをして、先日お義母様からいただいた美味い緑茶を淹れリビングに運ぶと、ソファにはぶすくされた顔の詩織嬢と通常運用(無表情)の尊様が座っていた。
「あの、お口に合うかわかりませんが…」
「どうしてたーくんのお部屋に入れてくれないの?前は一緒にお部屋で遊んだりしたじゃない」
「前って、お前がまだ中学生の頃の話だろう。その時だってお前が勝手に入ってきて好き勝手しただけだ」
「そんなことないわ。高校生の時、勉強だって教えてくれてたじゃない」
「叔母に頼まれて仕方なくな。それも俺が留守の間に勝手に部屋に入っていたお前を追い出して客間で……おい待て雪子。それはもしかして、北條の干し柿じゃないのか」
「え、はい。よくおわかりですね」
「いつだったか、何かの席で出されたことがある。なかなか手に入らないと聞いたが……どうやった?」
「そうですね……あそこはその年の販売が開始されると同時に予約で埋まってしまいますから。……なんというか、裏技を少々」
まさか客のまえで訳ありお買い得品だと言うわけにはいかないので適当に誤摩化すと、何かを察した様子の尊様が目を細めて私を見るので私も見つめ返す。
「……ちょっと、たーくん!雪子さん、申し訳ないけど今は私とたーくんがお話ししてるところなの。邪魔をしないでもらえるかしら」
「申し訳ありません。ごゆっくりどうぞ」
話しかけて来たのは尊様なので文句はあっちに言って欲しいが、ご機嫌ナナメの女は面倒なのでさっと謝ってさっと退散した。
その後、夕食まで居座ろうとした詩織嬢を、尊様は忙しいからと早々に追い出していた。
しぶる詩織嬢は帰り際、私に「でもね、たーくんって本当はとっても優しいのよ。なにか悩みがあったら私になんでも相談してね」と言って帰っていった。
「それで、裏技とはなんだ」
「うらわざ」
忙しいと言って詩織嬢を追い出していた尊様が、まったりとソファでくつろぎながら言った。
ちなみに夕食は尊様リクエストの鍋焼きうどんで、今は食後の茶を悠々しばき中だ。
「俺が食べたやつは少し傷があった。味は申し分なかったからB級品か」
「ああ、ええ、そうです」
何の話だと思ったら昼の干し柿の話だった。
もう隠すべき客はいないし、尊様にはバレているみたいなので素直に頷く。
「正規のものは電話注文か現地に直接買いに行くしかないが、そのどちらもよほど運が良くないと手に入らない。もしくは何かしらコネやツテを手に入れるかだが、それも難しいと聞く。味はもちろん美味いが、知る人ぞ知る希少価値で、幻の逸品扱いだ。味が問題ないならB級品とはいえ欲しがる者は多いだろう。どうやって手に入れた。入手方法が違うのか?」
「いえ、毎年電話で注文しています」
「毎年手に入るのか……連絡先は同じなのか?」
「ええと、最初の二年はそうでしたが、それ以降は携帯の番号を教えられたのでそちらへお掛けしています」
「まて。よほどのコネがあるやつのみが直接携帯で社長と話せるという噂があるが……それか?」
「さあ……社長かどうかはわかりませんが、私がいつもお話しているのは、のんびりした感じのおばあちゃんですよ。今回お電話した時もメイ子さん…あ、その方のお名前なんですけど、最近スマホに換えたみたいで、使い方がわからなくておっかなびっくりなのよって言う話とか、孫が元気で体力がもたないって言う話などを二時間ほどしたでしょうか」
「……そうか。だがなぜわざわざB級なんだ。そのツテがあれば正規のものも手に入るだろう」
「それはあの……お買い得なので」
「お買い得」
「ええ。私が子供のころからのお付き合いなのですが、当時はあまりお小遣いもなくて、奇跡的に繋がった電話での交渉結果、傷があったり、多少見栄えが落ちるものを値下げして売ってもらえることになったのです。どうせ食べるのは私だけですし、味さえ良ければ満足なので、今もそのまま注文させてもらっています。正規のものと味が変わらないのに懐に優しいなんて、とても素晴らしいです」
やけに干し柿に食い付いてくる尊様に説明しながら、名家の嫁がお買い得品について力説して良かったんかと内心首をひねったが、金持ちは意外とケチであると聞いたことがあるので、直接注意されない限りは問題ないということでいいだろう。まあ、注意されても注文自体はやめないけどな。
「あ、でも今回は私が結婚したことをお伝えしたら、お祝いにと桐箱に入った立派なものを二箱贈ってくださったんですよ」
「は?どこにある。まさかもう食ったのか」
「昨日、お義母様とお義姉様がいらっしゃったので、一箱は差し上げました。もう一箱は一応私たちへのお祝いなので、尊様にお見せしてからと思ってとってありますよ。お伝えするのが遅くなって申し訳ありません。お持ちしましょうか?」
尊様は意外と渋好みなので、干し柿は嫌いじゃないだろうと思っていたが、この食いつきようだと好物なのかもしれん。
「……いや、今はいい。本家も喜んだだろう」
はー、と息をついてソファにもたれ掛かった尊様は、ひと一人分空けて座っていた私の腰を引き寄せた。
そしてそのまま横腹の肉をむんずと掴み、「お前の食への執着が身になって良かったな」と言った。どういう意味だおっさんコラ。
それにしても、相変わらず家にいたりいなかったりの尊様だが、いる時の距離感がこのごろ近くてゆゆしき事態だ。
夫婦なら普通なのかもしれんが、我々夫婦にとっては普通じゃないはずなので、普通に戸惑う。しかも好確率で肉を掴まれるんだがいったいなんのつもりだ。
「お前はどこもかしこも柔らかいな」
「そうでしょうか。硬いところもありますよ」
「どこがだ」
「そうですね……骨とか爪とか」
「当たり前だろう」
さらっとツッコんだ尊様に今度は頭を引き寄せられて、唇をハムリとされた。
「ここもやたらと柔らかい」
「……歯は硬いです」
「そうか。じゃあ確かめてやろう」
結構です、という言葉はさっさとフタをされ、しばしの間好き勝手された。
そして歯が硬いことを存分に確認した尊様がおっしゃった感想が、
「お前、歯並びいいな」
だった。
なんかよくわからんが、無性にぶん殴りたい衝動に駆られた。
がしかし淑女として実行するわけにもいかず、想像のなかで二発ほど頭をひっぱたいておいた。
愛されない妻として、そろそろ文句を言ってもいいんじゃないだろうか。
誰が良いと言ってくれ。
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