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03. 奥様はパーティに出席する





「式のことだが」


ようやく暑さが柔らいできた、ある朝のことである。

ザ・日本の朝食を平らげた尊様が、食後の茶をすすりながらおっしゃった。

何故か一緒に食べることを強要されているので、私も食後の茶をすすりながら首を傾げる。


「式、ですか? あの……なんの式でしょう」

「結婚式だ」

「結婚式。……申し訳ありません、私社交に疎くて……どなたが結婚されるのですか」

「もうしている」

「は、それはどういう」

「俺たちの結婚式だ」


なんと。

確かに我々は結婚式をしていない。届けを出して、引っ越して、親族に紹介されて、今だ。

どんな曰く付きだろうと名家とは体面を慮るものだと思っていたから、この簡素で無駄のない流れに当初は困惑した。そんな素晴らしいことが本当に許されるんですかという困惑だ。

だというのに……まさか今更ヤる気じゃないだろうな。


「母がしろとうるさい」

「……もう籍を入れて半年以上経ってますし、しなくていいのでは」

「じゃあお前が母を説得しろ」

「無理です」


そうだろう、というように尊様は頷いた。

あなたも無理だったんですね。


「まあ式は別にしても、安斎家として披露目の場はいずれ設けることになるが。俺が跡取りじゃないことを感謝しろ。兄貴のときは衆人環視のなか、ゴンドラに乗せられ背後に花火だ。恐ろしいだろう」

「心より感謝致します」


思わずテーブルの上に三つ指をついてしまった。想像しただけで恐ろしい。

私の儚い抵抗は儚く散り、結局、来月催される安斎家主催のパーティに嫁として出席することになった。

それでお披露目とするらしい。

今までは私がまだ学生ということでのらりくらりと躱していたが、いい加減、いろいろと外部が五月蝿いんだとか。

籍を入れてすぐに親族への挨拶は済ませているが、本家次男として外向けへの披露も必要らしい。やはり名家は名家だった。あの頃抱いた私の困惑とぬか喜びを返して欲しい。

正直面倒な予感しかしないが、まあ、メインじゃないだけマシということにしとこう。しとかないと逃げたくなるからな。

後日、挙式については新婚旅行も兼ねて、ロマンティックな海外挙式を二人だけで挙げたいと、どうにかお義母様を説得した。尊様と力を合わせて。

心のこもった説得の副作用として、私と尊様が相思相愛なラブラブ夫婦だと認識されてしまったが、まあいい。細かいことは気にしない。

たぶん来年になるだろうが、初めての海外旅行が楽しみでならん。

希望はマチュピチュかアンコールワットだ。







一生来るなという願い叶わず、パーティはやって来た。

興味のなかった政財界の主要な出席者を頭に叩き込み、当日はホテルのスイートルームでお義母様にバカみたいにお高い着物を着付けられ、日中会社に行っていた尊様と合流して会場入り。

壇上のお義父様からの有り難いお言葉を拝聴したあとは、ひたすら紹介を兼ねての挨拶回りだ。ダルい。

挨拶回りといっても相手からわらわら寄ってくるのでほぼ移動してないが、ローストビーフを食べに行きたいのに絶え間なく有象無象が湧いてきてツラい。

キレイなお嬢様方は私を鼻で笑って尊様に色目使ってくるし、偉そうなおっさん方はたいていゲスいし、まあ中にはふっつーの人も好意的なひともいるが、こいつらのせいで旨いもんが食えんと思うと平等に憎く感じるのが不思議だ。

それにしても、そろそろ表情筋が死んでしまうな。

ちょっと波が落ち着いたところで、尊様にひとこと言ってお手洗いに逃げた。


「あなた、調子に乗らない方がいいわよ」

「はあ」


顔筋に休息を与えつつ着物を着崩さぬよう用を足し、個室から出たとたんこれだ。


「残念だけど、彼は私みたいなスレンダーで美しい女が好きなの。これはあなたの為でもあるのよ。本妻だからといって愛されると勘違いしてしまったら辛いでしょう? お子様には難しいかもしれないけれど……身の程をわきまえてお過ごしになった方がいいわ」


最初に尊様から言われた簡潔なお言葉を、わざわざ詳しく言い回してくれた奇麗なお姉さんは、私を馬鹿にしたようにうふふと笑った。

メンドクセと思いながらも慎ましい私は神妙な面持ちで視線を落とし……お姉さんの胸元あたりでハッとなる。

この人が過去の女か現在進行形の女かしらんが、尊様は乳もスレンダーが好みということでいいだろうか。ますます私とは正反対だな。

自画自賛スレンダー美女は、その後もなんかいろいろ言って去ってった。

わざわざこんなところまでお疲れさまでした。つーか香水の残り香がスゴイな。

やれやれと思いながら手を洗ってトイレから出たら、ちょうど向こうから尊様が歩いて来るところだった。


「遅い。なんでこんなところにいるんだ」

「近くのお手洗いが混んでいたので」

「だからといって最上階まで来る必要があるか」

「ちょうどエレベーターが来たのでつい……それにしてもよくここがわかりましたね」

「一応護衛をつけてるからな」

「まあ。それはそうと尊様」

「なんだ」

「ハンカチを貸していただけますか」

「……まったく。ほら」

「ありがとうございます」


さすがの私もお値段八桁の着物で拭く勇気はないので、自然乾燥させようと思っていたのだが、ちょうど良かった。

あーあ、こっそりラウンジで茶でもシバこうと思ってたのになー。護衛め。

借りたハンカチで手を拭いてお返しし、また会場に戻ってなんとか残りの有象無象を捌ききった。

私がお手洗いに行ってる時に両親と妹が挨拶に来ていたらしく、その場にいたらしいお義母様に後から面白い妹さんねと微笑まれたので微笑み返しておいた。

ナニ仕出かしたのか知らんが、トイレ行ってて良かったと心から思った。

そんなこんなで概ね恙無く終了したお披露目だが、悔いがあるとすれば、ローストビーフを食べ損ねたことだろう。

気がついたら新しい料理が置かれており、跡形もなかったのでどうしてやろうかと思った。

腹が立ったので、一緒に帰るという尊様に高級肉の塊を買って貰って、次の日作って食べた。美味かった。

俺が買ってやったんだとか言って半分尊様に食われたのが不満だ。








お読みいただきありがとうございます。

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